ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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71 ONE LIFE

 

 地響きと咆哮、倒壊する建物、跳梁跋扈する巨影の数々──ダイマックスしたポケモン達がまるで行進するように、あらゆる事象を踏み潰して粉砕していく。

 

『現在──各地──大規模な──』

 

 シュートシティの壊れた街頭スクリーンに映るノイズ混じりのニュースは、ガラルの全てが蹂躙されていることを私達に伝えた。

 

「なんなの……これ」

 

 アルトマーレでの事件から、ずっとこっちの情報は入ってこなかったし、海に出ても変わらなかった。これがその真相だ。

 

「シュートは死守しましたが、他では未だスタジアムに市民が避難し、ジムリーダーやトレーナー達が鎮圧に向かっています」

 

 委員長は淡々と説明し、この事態に微塵も表情を崩さない。

 

「私、すぐに行くよ」

 

「それは止めた方がいいでしょう」

 

「何で?」

 

「先に話すべき事があります、一点目は今回の事件についてです」

 

「……委員長、何故こんなことに?」

 

 私の代わりに問う護衛の言葉に、彼は頭を振った。

 

「分かりません。君達が旅行に行ってから数日、フーリガン達の小競り合いはありましたが、終息しました。反対勢力の規模は然程大きくありませんでしたので」

 

「大きくなかった……?」

 

「そうです、あまりに不自然ですね。我々の警備や監視を掻い潜り、スタジアムで情宣を行える相手とは思えません」

 

 白い髭を撫でながら、私の護衛を見る。その目は決して優しいものではない。

 

「それを導ける者は多くはいないでしょう。だからこそ──私は貴方を泳がせた」

 

「ちょっと!委員長!こっちだって向こうでは仕掛けられたんだよ?そっちとも連絡なんて」

 

「ユウリさん」

 

 私の反論を止めたのは他ならぬニオさんだった。

 

「委員長、仮に連絡が取れずとも事前に指示をしておけば如何様にでも出来ると言うことですよね?」

 

「そして貴方がどのように扱われるのかも分かりますね?」

 

「……一番の容疑者ですか」

 

「違う!ニオさんは」

 

 私の否定も老人は意に介さない。

 

「ユウリさん。フーリガンの証言があるのです。"ニオを名乗る者に指示されてやった"とね」

 

「なに、それ……」

 

 訳が分からない。何もかも。じゃあ、あの街での言葉はなんだったの……?

 

「もうお分かりでしょう?」

 

「全く……その通りですね委員長」

 

「……!?」

 

 そして、彼が大人しくそれを認めるのも、理解できなかった。

 

「だからこそ私は判断するのです」

 

 ──ニオ君はシロだと。

 

「…………え?シロ?えっ?待って、え?」

 

「ユウリさん、私がニオと名乗っているのは貴方の前と必要な時だけです」

 

「本名じゃないの!?」

 

「違います」

 

「私、本名すら知らない男と旅行してたの!?」

 

「そうです」

 

「…いや、そんなことよりどう言うこと!?」

 

 情報が錯綜してるけど、とにかく。

 

「何で証言があったらシロなの?」

 

「そう名乗っているのを知るのはごく一部です。フーリガン達にその名前を教える必要はありません、後々知られれば私がやったことを白状するようなものですから」

 

「あ……そっか……」

 

「つまり、私を首謀者にしたい誰かがそう仕向けていると、はっきりした訳です」

 

 まさか、本名で名乗らなかったことが功を奏するとは思いませんでしたが。

 

 そう言って苦笑いするニオさん。

 

「じゃ、じゃあ、よかった……の?」

 

「……良い知らせばかりだったら良かったのですが──」

 

 そうして静かに告げた言葉の内容を、私はすぐに理解出来なかった。

 

 理解したくなかった。

 

「……え」

 

 私は考えもしなかった。前回は一部の被害者を除いて、大きな怪我をする人はいなかった。

 それが本来、奇跡と呼べるほど有り得ないことだったなんて。

 

 考えればすぐに分かることなのに。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 計器は規則的なリズムで波を示し、機械が繋がった先に横たわる女性の拍動を映し出す。

 果敢に巨獣達を食い止め、多くの命を守った彼女は……重傷を負ってここへ運び込まれた。

 薄い布団の下に体が隠れている筈なのに、あまりにも厚みがなかった。

 

「……シャクヤ……?」

 

「あ……ユウリ…だよね?おかえり?」

 

 彼女はこちらを向いているのに、私がどうか問いかけるように言った。

 

「今、外は大丈夫?」

 

「……今は大丈夫だって、委員長が……ごめん…その…こんなときに居なくて」

 

「別に?私がしくっただけ…だし?ユウリは悪くなくね……」

 

「……でも!私が旅行なんて行かなかったら!」

 

「じゃ…おあいこって…ことで」

 

 ユウリが眠る前、旅行に行ってて何も出来なかったんだから。

 

 そんなことを言って自嘲気味に笑う。

 

「お土産……持ってきた?」

 

「え?何でそんなの……」

 

「……えー?ないわー、なしよりのなしー」

 

「買ったもの、全部船で沈んじゃったし……」

 

「じゃあ、あんじゃん」

 

「え?」

 

「話だけでも…おみあげになるって」

 

「……わかった……そうだ!」

 

 鞄からこころの雫を取り出して、触れる。

 

 誰かの記憶を映し出せるなら、私の記憶だって出来るはず。

 

「お願い──」

 

 声に応えた宝玉は、病室にアルトマーレの姿を映し出し、私はそれを指差しながら話をした。

 

「あんな風に水上レースがあって、人が凄く沢山いて……皆んな親切で……」

 

「未来からメールが来たりして」

 

「道に迷って、通り抜けられる壁があって」

 

「その先には隠された庭園があって……」

 

「実はそこまではニオさんとロトムに誘い込まれてて」

 

「それで、こころの雫が深海とか、空とかこの星とか宇宙を見せてくれて」

 

「でも綺麗なだけじゃなくて、悲しい歴史もあって」

 

「ポケモンの捕まえ方とか教えたりして」

 

「ニオさんが例の装置を使って」 

 

「全部手引きしてたのかと思ったら違って」

 

「カイオーガを……」

 

「──それで、それで、私は結局今と向き合うしかないって思って……あの頃に戻れなくても、向き合って生きていけば……きっと良くなっていくと思った……だから帰って来た……のに」

 

 シャクヤは私の話に相槌を打ち、時折驚きながら聞いていた。

 そうして私が全て語り終えると、何か納得したような、安心したような声で呟いた。

 

「そっか……私が勝たなくても……なら……大丈夫……か」

 

 その言葉は、まるで。

 あの日の約束を果たすつもりがないような。

 

「…今の方が良いって思わせてくれるんじゃなかったの…?」

 

「生きていく気ならさ……それで……」

 

「今が良いわけない、こんなめちゃくちゃになって……シャクヤだって!」

 

「ごめん……でも私さー……もう、約束…守れなさげなんよね……はは」

 

「何で、こんな怪我なんて」

 

「……ユウリ、ちゃんと、返す。そこ置いて…ある筈だから」

 

 白いテーブルの上にはボールがいくつか。

 

「何、言ってるの?……ねぇ、何でそんなこと」

 

「なんか…会えて…良かったなって……」

 

 彼女の目からは涙が溢れていた。

 

「ごめん、ユウリ。なんかさ……ずっと真っ暗なんだよ……何も……見えなくてさ……やばいよね」

 

「……見えて、なかったの?」

 

 私が映したものも、何も?

 

「うん…ごめん」

 

 だから最初に私かどうか聞いて──

 

「こんなのありえないし……たまるかって……思ったけど……話聞いたら……もう心配ないなって」

 

「やめてよ、勝手なこと言わないでよ」

 

 縋りついて、あるはずの手を掴むことが出来なかった。ただ、空を切るだけだった。

 

「向き合うんでしょ……ユウリ」

 

「でも……!」

 

「みんなと違って雑魚だったけど……守れたよ……上出来だって……笑ってよ」

 

「……シャクヤ」

 

「……笑ってよ、ねえ」

 

 見えない彼女が聞く。

 

「笑って……るよ、笑ってるから……!」

 

 そう、言うしか、私には出来なかった。無理矢理顔を作って、向き合うしか。

 

「ちゃんと、お別れ」

 

 そして顔を上げた瞬間、シャクヤは横から瓦礫に押し潰されて私の視界から消えた。

 

「…え」

 

 何が起きているかは直ぐに分かったけれど、分かりたくなかった。

 

 病室が壊れて。

 

 崩れた壁、向こうに、赤黒い光。

 

 建物が揺れた。それは何処かへ飛んでいった。

 

 あれは海の上で見た──

 

「あ、え、あぁ……ぁぁ」

 

 いない。いない。どこにもいない。

 

 見つからない、さっきまでいたのに。

 

 足元にはシャクヤが返すと言っていたポケモン達の入ったボール。

 

「ユウリさん!無事で──」

 

 ニオさんと、委員長が、来た。

 

「シャクヤ……?どこ?ねぇ、どこ?」

 

 瓦礫の下から、赤いナニカが垂れてきた。

 

「シャクヤ……シャクヤ……」

 

 重い壁の破片を持ち上げようとして、爪が割れた。直ぐに治った。

 

 私は、すぐに、治るのに。

 

 吹く風に舞って、何かが私に覆い被さった。

 

 それは、彼女が試合の時に着ていた白いコートだった。

 

「あ、ぁぁ……ぁ」

 

 服を抱きしめても、探している体温はどこにもない。

 

 私の頭はこんな時だって、正確な答えを教えてくれる。

 

 もう見つからないんだって言っている。

 

 どれだけ探したって、二度と見つからないって。

 

 私は、そんなこと、分かりたくなかった。

 

 分かりたくなんて、なかった。

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