廊下は無音だった。
座り込む私の前に立つ二人は、誰かが何か言葉を口にするのを待っているようだった。
「なんで……シャクヤのこと、先に教えてくれなかったんですか、委員長」
「本人が他の用件の後でもいいと言ったからです」
「先に会ってたら……こんなことにはならなかったかも知れない……あれが私を狙ってたなら……」
「そうですね、私の間違いでした」
「え…」
「貴女を会わせるのは"脅威を全て排除してから"で良かった」
委員長の表情は変わらない。
「彼女は自分よりも、ガラル中の危険に晒されている命を優先していました。他の用件というのはそう言う意味です。彼女の師も、父親も、この地を守るために今、戦っているのですから」
「…じゃあ、何で……」
「……あの子はどの道、長くはありませんでした。ですが、全て終わった後では二度と話すことは出来なかったでしょう」
「そんなの……分からない……分からないよ」
布団の下にあるはずの手足の厚みがなかったのは……
「私は貴女から、"人のこころが無い"とたびたび言われるので、その反省を活かそうと思っただけです……貴女方がガラルから出るのを見過ごしたのもその一環でした。そしてあの子に会わせたのも。…その結果、私は姪を失いました。より早く、そして残酷に。認めましょう、私は間違えました。いつも通り、なによりも結果を優先すべきでした」
言葉にほんの少しの逡巡を含みながら、それでも淡々と言い切る委員長。
「……」
「…ユウリさん、これで私も同じになりました」
「同じ?何が……」
「肉親を失ったことです。皮肉なことですが、ようやく貴女の"こころ"が理解できたのかも知れませんね」
「──っ」
私は、また。
「彼女は自らの意思で戦い傷を負った。それは必要な犠牲と言えるでしょう……ですが、自身の覚悟を蔑ろにされた上に、あんな無残な最期を迎える必要はなかった。それが、私の間違いです」
「そんなの認めても、シャクヤは戻ってこない……」
「戻ります。"過去を改変するのなら"」
「──っ、な、何を言い出して」
「ニオ君には話したのではありませんか?」
「……私はもう、過去を変えるつもりなんて……!」
「……そう……ですか」
老人は言葉を失った。当然だと思っていたものが無くなったんだろう。
何をしても問題がなくなる免罪符が消え、唯一の希望が潰えたと知って。
「……私、ポケモン達を片付けてくるから──アーマーガア」
「ユウリ!一人で行くな──」
ニオさんの声を無視して、繰り出したアーマーガアに掴まり、病院から飛び出す。
◆◆◆◆◆◆◆◆
今すぐにでも、暴れまわってるポケモン達を片付けに行って……行って……それで。
止めて、どうする?
八つ当たりしても、もう帰ってこない。
私のせいで……もう二度と。
「──?」
私の指示を待っていたアーマーガアは、何も言わなかったからか、程なくして降り立った。
『今まさに──ジムリーダー達が──』
降りた広場の街頭スクリーンには各地の様子。
「……みんな」
向き合うって決めた。今が苦しくても、昔に帰れなくても、それでもって。
なのに、どうして。
「ユウリさん」
「誰……?」
俯く私に尋ねる声は、女の人の声で。
顔を上げると。
「私です」
ニオさんがくれたお面と同じものを着けた筋骨隆々の女性が立っていた。
「迎えに来ました」
「……誰?」
「──マスク・ザ・サイトウと申します」
サイトウさんだった。
「ふざけてる場合じゃないんだよ……サイトウさん」
「巫山戯ているのは貴女だ、ユウリ」
「……は?」
「逃げている場合ですか?」
「私は逃げてなんか──!」
「逃げましたよ。貴女は私から、私達から。それからずっと待っていたんです、貴女が帰って来るのを」
「勝手なこと…言わないでよ」
「貴女は夢を見せた!そう思わせた者にはそれ相応の責任が伴うのです!」
「知らないよ、そんなの……!私は、ただ、もう普通に……今を受け入れて、それで何でもない日々を──」
『ユウリ様ぁぁ!!』
スクリーンから聞き覚えのある声。
「……え?」
『今、前回の危機を救ったユウリ選手を求める声が──全国で──理不尽なフーリガンに傷つき身を隠した彼女の代わりに──声を上げ──』
『ファン達はユウリ選手ならばそうすると言って前線で戦い──今も必死に呼びかけ──』
なに、してるんだ、あの人達は。
何で一般人が前に出て──
「見て下さい!彼らは貴女を求めている!」
「違う……違う、私じゃない、そんなんじゃないんだよ、やめて……やめてよ!」
『ユウリ!』『ユウリ!』
『ユウリ様!』『ユウリ様の顔見たいです!』
『とんでもねぇパンク待ってるぜ!』
『ユウリ様ぁぁぁ!!』
『ユウリ!』『生存報告待ってます!』
『俺達がいる!一人じゃないです!』
『ユウリ様!どこですかぁぁぁ!!』
『ユウリ様!俺だ!!結婚してくれぇ!!!』
『はやくきて〜はやくきて〜』
『復帰したら絶対見に行きますからぁ!!』
『──我々は信じています!必ずやユウリ選手が戻ってきてくれることを!そして、この間のように人々を救ってくれることを!』
身勝手だ、勝手すぎる。
理想を押し付けて、持ち上げて、私に戻れって?
フーリガンの一件で傷ついた人間を戻す?
それならこんなの逆効果だよ……嫌な気持ちになるだけだよ……!
『『『『助けてユウリ様ぁぁぁぁ!!』』』
「もう、やめて……やめてよ」
「他の道なんて選べませんよ。貴女は夢を見せた。救いがあると思わせた。そうしてしまった以上、応えるしかないのです」
「なんで、私は……」
「また逃げるんですか?逃げ続けるんですか?そしてヒーローが現れるのを待ちますか?その人が、代わりに戦ってくれますか?」
「っ……」
「そんなヒーローは、どこにもいませんよユウリ、いえ、貴女こそが救世主なのです」
「いや……いやだ」
「貴女が立てば、我々は貴女のために歌い、未来を讃えましょう。神が多くの幸を送るように、彼らから心楽しく祝われるように」
「私は……"ユウリ様"になんてなりたくない……ないんだよ」
それでも、思考は望んでもないのに、"適切な"答えを教えてくれる。
"そんなの"間違ってるのは分かってる。
──今、私が皆の救世主になれば、願い星だってもっと集まりやすくなるんだって。
そんなことしたらダメだって分かってるのに。
でも、そうすれば。
シャクヤがあんなことにならずに済む。
傷ついた全てを元に戻せる。
おかしくなった人たちを治せる。
ガラルを衰退させずに済む。
私のことで苦しむ人もいなくなる。
悲しいことを我慢しなくても良くなる。
お母さんにだってまた会える。
ホップへの気持ちを、諦めずにいられる。
どんな──どんな願いだって叶えられるじゃないか。
「貴女こそが我々の願いを叶えるのです!」
「サイトウさん……?」
「この世の真理は筋肉ではなかった!貴女だったのです!願い星を貴女に集めれば!それが叶う!そう告げられたのです!」
「なに、それ……」
「私は啓示を受け、それを広めました!私達が貴女を神の写し身として奉り!願い星を捧げるのです!さすればありとあらゆる願いが成就すると!」
"願い星を渡せばどんな願いも叶えてくれるって聞いたんだよ──"
「は、はは、そっか」
乾いた笑いしか出ない。
訳の分からないことを広めていたのは彼女だったか。なんて……なんて。
なんて、都合が良いんだろうか。
「そうだよ……」
「ユウリさん?」
「私が……私が全てを救うんだよ、そうすれば、良いんだ……」
「す、素晴らしい!覚悟が決まりましたか!では参りましょう!──我らが救世主よ!」
私は何度、間違えれば済むんだろう。
間違えた選択肢は、やり直せるんだと思っていた。後からでも、正しい方向に進んでいけるんだと。
何度も迷いながら進み直しても、行く先は同じ道にしか繋がっていなかった。
とっくに後戻りなんて出来なくなってたんだ。
私が望むかどうかなんて全く関係ない。
ニオさんは犠牲を無駄にするなって言った。
なら、無駄にしなければ良いんでしょう。
過去を改変するのは現実逃避じゃない。
犠牲さえ厭わないのなら、出来るんだよ、それを受け入れさえすれば……
「は、はは、出来る、出来るんだよ」
吐き気がする。
嫌で嫌で仕方がない。
こんなことしたくない。
誰かを私と同じ境遇にしたり、苦しめたりなんてしたくない。
だけど……そうしないと誰も救われないんだ。
何もかも、無かったことにしなきゃ。
「今度こそ、私が皆を助けなくちゃ……みんなのヒーローにならなきゃ」
諦めさえしなければ、どんな夢だってかなえられるんだから……さ。
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タイトルのリトルバスターズというのはThe pillowsの楽曲です。同バンドがファンのことをバスターズと呼ぶところから来ています。
まあ、ファンの熱い声援で奮起する回ですから適切ですね!
マスクザサイトウは……説明するまでもないでしょう。