「──!!」
巨影が原野を埋め尽くし、咆哮が響き渡る。
「ユウリ様のためにぃぃ!!」
「ロッケンローッ!!」
「うぉあおぁぁぁぁあ!!」
エンジンシティの外壁では激しい攻防が続いていた。
「負けるな…!ここで俺たちが止めるんだ!」
「エンジンジムの名にかけて敗北は許されんぞ!」
相対しているのはジムのトレーナーだけではなく、在野のトレーナー達──身の程知らずにも飛び出してきた素人集団──である。
後者が矢面に立つのは蛮勇でしかなく、待つのは犬死以外にない。
にも関わらず彼らが咎められないのは、状況が一枚でも多くの盾を要求しているが故のこと。
この街の絶対的な力の象徴は、遠方の地にいるからだ。
今現在のガラルにはジムリーダー不在のジムが二箇所ある。
一つ目はラテラル。これは事情により代理を立てている為だ。今回の防衛の任はその者が担っている。
試合中は仮面とコートを着用し、背格好が似ていれば代理だとは誰も気が付かない、なので公的には不在ではない。
──余談ではあるが前回の騒動でユウリが向かった際、迂闊にも不在であることを説明してしまっていたのは、代理を立てた当の本人だったが、筋肉信仰の女が乱入し有耶無耶になった。
そして、二つ目がエンジン。
開会式の会場であり、以前はジムチャレンジ三戦目の舞台となっていたが、現在はそこがチャンピオンカップへ挑むための登竜門だ。
ジムの序列では最上位に位置するが、当のジムリーダーは公式戦と一部の試合にしか顔を出さず、修行のためにガラルからしばしば離れている。
不在期間にはガラル最強のジムトレーナー達、所謂エリートトレーナーが挑戦者達を迎え撃っていたのだが……機能するダイマックスバンドを所有する者は殆どいない。
選手としての出場権を持つ者以外は、チャレンジ終了時にダイマックスバンドから願い星を摘出されているからだ。
失った願い星を手に入れるには、ジムでチャレンジへの参加を再び許可されるか、大金で購入するか、或いはオカルトじみた"強い願いに応じる"という噂に縋るしかない。
しかし彼らの参加許可は殆ど下りない、また強い願いの話は迷信として信じなかったし、購入は一部の人間にしか出来ず、ある種の特権に近かった。
という状況だったが、ダイマックスなしでも未熟なチャレンジャー相手の試合に問題はなかった。
むしろ諦めの悪い者や、子供達の儚い夢へ引導を渡すには、都合が良かった。
だが、ことここに至ってはそれが最悪の結果を生むことになった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「こんな、こんなはずじゃ……!」
こんなはずじゃない。自分達ならば上手くやり通せる筈だった、と。
誰かが半狂乱になりながら叫んでいた。
ジムトレーナー達は皆同じ気持ちだった。
原野を埋め尽くす巨影の数は想定を遥かに上回り、尽きることがない。
回復させるための道具ならば、街からの支援を受けている以上、不足はない。試合のように使用制限もない。
だが表面上回復したところでポケモンにも疲労は蓄積していく。
容赦無くトレーナーを狙ってくる攻撃を避け続けるには人間側の体力も足りない。
"人間が直接戦っていたような時代"とは違うのだ。
確かに、事態の早期から速やかに避難誘導や手配を済ませた彼らの動きは、称号の名に恥じない実に優秀な働きだったのは間違い無かった、彼ら自身もそう感じていた。
以前の暴走を受け、備えていた結果だ。
対策をまとめ、冷静に数で対処すれば、圧倒的な個が不在でも防衛は出来るとして、
ジムリーダーには帰還は不要とすら告げていた。
勿論、前回のような騒動であれば如才なく鎮圧してみせたことだろう。
今回の件で実力を認めて貰えれば、更に自分達の評価は上がり、ゆくゆくはジムリーダーへの道も開けるかも知れないと、或いは──
『"他人から貰った圧倒的に強いポケモン"だけでジムリーダーにまでなった者がいるのだから、能力があることを示せれば自分でも』
──という思考があったとしても、初動だけならば相応のものではあった。
立身出世、その為に危険やリスクを恐れない。
大いに結構なことだ。それが他者の命や安全とは無縁であるならば。
彼らが自らを称する登竜門という言葉、その由来は激流を登り切ったコイキングがギャラドスになる──という逸話から来ているのは周知の事実である。
現代では直接、関門そのものを指して用いるのもまた知らぬ者は殆どいないことだろう。
だがギャラドスの例から分かるように、本来その言葉が指すのは"竜門を登り切った者"なのだ。
断じて激流に紛れ他者を蹴落とすことに精を出したり、上流から釣り上げて貰うことを期待している"小魚"に与えられる称号ではない。
彼らがあげつらう"ポケモンに頼り切りのジムリーダー"はその竜門を越えた者で、その上この事件の中で自らの街を守り切っている。
結局のところ、実力が足りないのだ。
ジムリーダーを差し置いて代わりに立とうなどと考えるには。
そうして今、彼らは再び身をもって思い知らされた。
チャレンジャーに自覚させてきたつもりのの"甘さや未熟さ"というものは、自分達の中にこそあったのだと。
都合良く駆けつけてくれる救世主を願うことなど出来はしない。
強い願いこそが自らの希望を叶える、それを迷信としてしまった彼らには、許されることではないのだから。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「もうだめだ……このままじゃ……」
力尽きたポケモン達をボールに戻し、後退する男。
「諦めるな!私達が諦めてどうする!」
入れ替わるように前に立ったトレーナーの女が虚勢を張りながら手持ちを繰り出す。
「どうにもならないだろ!戦線を維持するのも限界だ!」
「ならわかるでしょ。ここは私がどうにかするから。……早く伝えてきなよ」
先程の声とは違い、男だけに聞こえるようにそう言う。
「……!……無理…するなよ」
男はその言葉の意味を察した。
「する時だよ!私は大丈夫だから!」
「わかった……無事でな」
男は駆けて行く、無力さを痛感しながら。
彼女の取り繕った表情には隠しきれない疲労が表れていたが、それでも退くしかない。
手持ちがいなければ足手纏いにしかならない。
「……行くよ──ギャラドス!」
紺色の髪を靡かせるのは、かつて無敗の男を下したトレーナー、──と同期だった女、名をオリヒメと言う。
彼女を知るガラルリーグファンはあまり多くない。
ジムリーダーや研究者、果てはチャンピオンにまでなった同期の華々しい功績の陰に隠れ、活躍に乏しい地味な選手だったからだ。
スポンサーが付く程度には期待されてはいたが、今となってはその頃を知る者は少ない。
彼女は腕のダイマックスバンドを一瞥し、唇を噛む。
"もしも、挑戦を諦めていなければ"、ダイマックスの力で街を守れたかも知れないと。
「今更ね──」
機能しないものを悔やんでも仕方がないと、迫り来る巨影を睨む。
「ギャラドス!ハイドロポンプ!」
「──!!」
放たれる水流は全身全霊の力を込めた一撃。
小手先の技術は通用しない以上、やれることは限られる。
「……」
それを正面から食らった巨体──アーマルドは咆哮の代わりに岩塊の雨で応答した。
「ギャラドス!避けて!」
「──!!」
声も虚しく、回避しきれなかったギャラドスは胴体に痛烈な一撃を食らってしまう。
「──、──!!」
それでも、起き上がり咆哮する。
主人のため、体力が尽きても倒れない。
ここで持ち堪えなければならない。
倒れてはならない。
それくらいのことは理解している。
跳ねることしかできなかった無力な小魚とは違うのだから。
「……ありがとう、もう一度──」
確かに彼らは過ちを犯した。
自らの力量を見誤り、最悪の事態を齎した。
だが、それで終わるわけにはいかないのだ。
「──ハイドロポンプ!」
「……」
振り絞った水流を浴びて尚、巨体は立っていた。
「なら何度でも──ギャラドス!」
思い出す、チャレンジャーだった頃を。
チャンピオンが駆けつけ、速やかに解決してくれたあの時代を。
ダイマックスの暴走事件なんて怖くなかった、ブラックナイトの時でさえ、彼がどうにかしてくれると思っていた。
解決したのは、その後チャンピオンになった同期だったが、心配はしていなかった。
しかし、無敗を破った少女は二度と起き上がれなくなった。
その後の容体は知らないが、20年も姿を見せなければ、もう二度と見ることはないのだろうと考えていた。
現在のチャンピオンが向かうのは出身地のスパイクタウンだ。彼方は新旧で街が二箇所ある上に、片方はダイマックスが使えない、更にジムリーダーが強くてもトレーナーが少ない。
本来の望みであるジムリーダーは自分達で遠ざけてしまっている。
ピンチに駆けつけてくれるヒーローなど、どこにも存在しないのだ。
──だからこそ。
「私達は!立ち向かわなきゃいけないんだ!」
声を張り上げ、自分と相棒を、そして同じように闘う仲間を鼓舞する。
自分達は未熟だった、目を覆いたくなるほど愚かだった。
後生大事に抱えていたのは、どうしようもないプライドでしかなかった。
だが、罪を犯したからこそ向き合わなければならない。
その結果、ここで散るしかないとしても。
無力な人々が逃げるための時間くらいは稼ぎ出せる。
たとえ勝てなくても、力不足であったとしても。
掲げていたその矜持に懸けて──
「ガラル最強のジムを!無礼るなぁぁ!!」
虚勢以外の何物でもないが、その言葉は確かに原野に立つトレーナー達を勇気付けた。
「ギャラドス──」
「──ッ」
しかし、頼みの綱である相棒は限界を迎え、技も撃てずに立ち尽くす。
それでも彼女の盾になる為に一歩も引くことなく、敵を睨む。
彼女の他の手持ちは既に力尽きている。何度も回復させた結果、もはや薬剤で急速に回復させるのは不可能な状態に陥っていた。
彼女はそれを隠し、まだ動ける可能性の高い先程の男と手持ちを生かし、街の住民を逃す為だけに、一匹だけで時間を稼いでいた。
「……ありがとう」
このままでは後退などままならない。
残った手段は身一つで囮になるくらいだろう、と決意した次の瞬間には、目の前に巨影の一撃が迫っていた。
爪は振り下ろされなかった。
「ユウリ様が助けてくれる!だから諦めるな!」
身の程知らずのトレーナー達が前に立ち、その手持ちのムシャーナやムンナが、透明な障壁を展開し、アーマルドの巨大な爪を受け止めていた。
ムシャーナ達は余程苦しいのか、黒い煙を吐き出している。
「ユウリ様ぁぁ!!早く来てくれぇぇ!!」
彼らはあの少女と同じ名を叫ぶ。
よく似た姿の子供がチャレンジに参加していたのは知っていたが、まさか本人のわけはなく、非難されて彼女も姿を消した。今更現れるわけがない。
「逃げて!もう私達でも時間稼ぎしか出来ない!貴方達じゃ──」
「時間稼ぎでいい!ユウリ様は絶対に来る!」
彼らはそう言って譲らない。
「どうして……」
「強く願えば、望みは必ず叶う!俺達に願い星だって落ちてきた!だから!諦めない!」
あまりにも単純だった、彼らの目にあったのは自分がかつて夢見ていた頃の光だった。
「「だって!俺達はユウリ様を信じてるから!」」
強い願いは叶う、現実を思い知らされてきたオリヒメにはそんな言葉は信じられなかった。
「だからあんたも信じるんだ!」
「…何を?」
「ユウリ様を!」
荒唐無稽で、馬鹿馬鹿しい話だと一蹴できただろう、普段の彼女ならば。
だが、今の彼女に出来ることは何もなく、本来守るはずの人々に守られている。
縋れるものは、何も残っていないかった。
それ故、彼女は祈る。
来るかどうかわからない救世主、ではなく、願い星が再び声に応えることを。
「お願い……」
ただ憧れていた頃のように願う。
願い星はきっと降りてくるだろう。
もし、オリヒメが物語の主人公だったならば、という但書が付くが。
無論、彼女は端役に過ぎない以上、都合良く願いは叶わない。
挑戦を諦め、自らを端役にしてしまったのは他ならぬ彼女自身だ。
「まだ!まだだ!信じれば!」
それでも青年達は盲目的に祈り続ける。
現実は残酷だ。
いくら祈ったところで、奇跡は起きない。
神は都合よく人の願いを叶えたりしない。
人の願いを叶えるのは、人でしかない。
「──!!」
咆哮が原野に響く。
その轟音は、巨影が更に増えたことを意味している。
もはや、時間稼ぎすらままならないことを、彼らは理解した。
大群に轢き潰される以外の道は何一つとして残されていないのだと。
「ユウリ、様……」
ムシャーナ達の結界が砕け散る。
「助けてユウリ様……」
アーマルドの爪が振り下ろされる。
「助けてユウリ様ぁぁぁぁ!!」
そして彼らは言葉を失った。
──目の前に迫ったものが、突然消え失せてしまい、言葉を失った。
「え……?」
遅れて爆音が鳴り、風が彼に吹きつけた。
彼らの目の前で、アーマルドは爆ぜていた。
一撃で戦闘不能にされ、ダイマックスが強制的に解除されたのだ。
「なんで……」
刹那。爆風よりも激しく、冷たい風が通り抜け、激しい雨が降り始めた。
「──!!」
咆哮と共に、後方から幾つもの凄まじい水流が放たれ、正面に並ぶ巨影達を穿ち、次の瞬間には見渡す限りの爆煙が広がっていた。
迫り来る行列の先頭集団を一掃した青い何かが、彼らの前に悠然と姿を現した。
それは青い体に赤い紋様を持つ海の化身。
水流で作り上げた丘のような波を玉座にして佇む者。
赤黒い光を纏うその者の名はカイオーガ。
その背を足蹴に立つ少女は、杖に両手を乗せ、袖を通していない白い外套をマントのようにはためかせていた。
その後ろには筋骨隆々の女を侍らせている。
「ゆ、ユウリ様!ユウリ様だ!!」
「来てくれた!」
「来た!ユウリ様来た!」
「これで勝つる!」
"信者"達が騒ぎ立てる。それに目を向けた少女は慈愛の籠ったような顔を向け、背後に立つ女から受け取ったメガホンから声を発した。
『後は、私が全部片付ける。下がりなさい』
「仰せのままに!」
「うぉぉぉ!!帰るぞぉぉぉ!!」
「助かったぁぁぁ!!」
「え……?え?」
ジムトレーナー達はこれまで全く言うことを聞かなかった彼らが、素直に話を聞き、瞬く間に撤退していく姿には困惑するしかなかった。
『貴方達も、もう、大丈夫』
オリヒメは自分の見ているものが信じられなかった。
あの少女は、紛れもなく20年前に見たユウリだと直感が告げていたからだ。
声も、操るポケモンの尋常ならざる強さも。
何もかもが、同じなのだ。
救世主は死して、後に蘇ると言う。
神の肉体は不滅の存在にして、その子である救世主もまた、決して滅びることはない命を与えられる。
信心深い者ではなくても、逸話くらいは知っていることだろう。
ましてやガラルに住む者がそれを知らぬことなどあり得ない。
それ故、オリヒメは考えてしまう。
信者達の言うように、彼女は本物の救世主なのではないか──と。
「わかり、ました」
ジムトレーナー達は、自分達よりも遥か年下に見える少女に従い、撤退していく。
結局何も出来なかった己に無力さを感じながら。
『ジムリーダーがいない中、良く頑張った。私が間に合ったのは貴方達のお陰。本当に、ありがとう』
「──っ」
本当は違う、私達はそんな褒められるような存在じゃないのだ、オリヒメはそう言いたくなってしまう。
他のトレーナー達も同じだろう。自らの過ちを取り返す為に必死になっていただけなのだから。
「私は……!私達は……!」
『いいんだよ、悪いのは貴方達じゃない。もしも貴方達に罪があるのなら──私が代わりにそれを背負うから』
「あ──」
少女は自分達の過ちを知ったうえで、許しを与えているのだ。
そう受け取ったオリヒメは何も言えなくなってしまった。
『後は、私に任せて』
現実にヒーローはいなかった。いないはずだった。
求めれば与えられるなんて、夢物語だけの話だった。
だが、救いは訪れた。
最後に現れて何もかも解決すると宣言するなど、大昔の三文芝居と何も変わらないが。
「ユウリ……様」
たしかにここに一人、また、信じる者が生まれた。生まれてしまった。
その様子を眺める当の少女が、自らの行為の悍ましさに吐き気を催していることなど、つゆ知らず。