カイオーガの背の上。
平野に広がる爆煙が視界を塞ぐ。
降り頻る雨が私を濡らす。
「ユウリさん、素晴らしいです!流石は我らの救世主!」
後ろからサイトウさんの声。
褒められるようなことしてない。
「……ファンの人達が連れてるのって」
「皆、ムンナやムシャーナを育てています!勿論、ガラル全土で!ああ!ポケジョブで筋肉の募集があったら良かったのですが!」
「……ただの肉体労働」
「毎晩寝室に新鮮な筋肉をお届けします!」
ゴーリキーやカイリキーで鮨詰めになった部屋が浮かんだ。
「やめて……にしても」
彼らの手持ちは、どれも黒い煙を吐き出していた。
ムシャーナ達がそれを吐く時、悪夢は実体化するという。
そんなの、迷信だと思っていた。
願い星の収集から起こったガラルのエネルギーの励起。
ダイマックスの暴走が始まった時期。
ムシャーナ達の力。
「……そっか」
全てが、繋がった。
思い返せば、これまで暴走が起きていたのは、決まって私が現実を否定したい時ばかりだ。
私の夢が実体化したんだ。
夢の中ではポケモンを引き連れ、旅をしていたつもりだった。
でも、実際はダイマックスしたポケモンを率いて、ガラルの街を破壊して回っていたんだ。
今見ている景色は目覚める前に見えた光景と酷似している。
夢でシャクヤが泣きながら挑んできたのも、見知ったジムリーダー達と戦ったのも。
私にはバトルしてるように見えてただけで、本当は違った。
遊んでいるつもりで、何もかも壊してた。
全て、私がやったことで、私のせいだった。
「ああ、貴女に仕える喜びを全身の筋肉が分かち合っています……!ああ!明日はもっといい日になりそうですね、アブ太郎!」
『ババァルクウッ!!』
後ろから変な声。
「……腹話術って腹筋と会話するって意味じゃないと思うよ、サイトウさん」
「彼の名は"割っとこアブ太郎"──」
「聞いてない、喋ってる場合じゃない」
現実を受け入れる、割り切る、大人になる。
そんな言葉を繰り返して、自分を納得させようとした。
でも結局、私は心の何処かで納得出来てなかったのかもしれない。
だからそんな夢を見てしまって、それが実体化して。
取り返しがつかなくなった。
シャクヤも、私のせいで。
爆煙の中から巨影の行列がゆっくりと姿を現して、地を鳴らす。
中心で軍勢を率いるのはガチゴラス。
後から続くのは、ユレイドル、アバコーラ、アーケオス、ラムパルド、トリデプス、オムスター……そして、プテラが上空から降り立った。
見知らぬポケモンの名前もすらすらと出てきた。いつか誰かに聞いたんだろう。私が覚えてないだけで。
「フリーザー、行くよ」
シャクヤから返してもらった子を、ダイマックスさせて繰り出す。
「──!!」
降り頻る雨の中、飛び上がる青白い翼。
歌うような鳴き声は、何かを悼むような響きだった。
「アマルルガ、ラプラス」
更に二体をダイマックスさせる。
雨に交ざり、冷たい霰が降り始める。
昔はエネルギーが溜まらないとダイマックス出来なかったけど、思えば最近は全く気にしたことがなかった。
「四体同時……!?一体どうやって!?」
「…なんか出来た」
「つまり……救世主の御業ですね!」
「試合じゃないし、一体ずつ出す必要ない、違う?」
「えっ」
「ま、いいけど」
どうせ私には理解できない話だ。
「カイオーガ、ダイストリーム」
途方もない水量が爆発的に放出される。
「ラプラス、キョダイセンリツ」
「アマルルガ、ダイアイス」
空を埋め尽くす氷塊が隕石のように落下し始める。
「フリーザー、ダイジェットで加速させて」
大きく羽ばたいたフリーザーが旋風を巻き起こし、氷塊と水流を後押しする。
吹き荒れる猛吹雪が行進を貫き、通り抜けた先から軍勢を氷漬けにしていく。
これは葬送だ。
あの人が好きだった化石や恐竜、起き上がってしまった過去を、あるべき場所へ還す……
「……今、その身を大地に委ね」
平野は凍り付き、脅威は一つ残らず氷像となった。
凍ったユレイドルは氷花そのもの。
いつかシャクヤが差し出した花と同じ。
手を伸ばしても掴めないその花を、視界の中で握り込む。
「…土は土に、灰は灰に、塵は塵に──」
時間差で氷は砕け、凄まじい爆発を起こした。
視界は激しい光が埋めて、耳は轟音が塞ぐ。
遮断された感覚の中、見覚えのない景色と会話が、頭の中で何度も繰り返していた。
同い年くらいのシャクヤに、私がポケモンを預けるような話をしていて。
ホップのことで揶揄われたり、彼の調査に私がついて行くような話をしたり……
そして、彼女は鳥は恐竜が進化したものだとかいう知識を披露していた。
今更、そんなものを思い出して──
爆風が吹きつけ、私は現実へ呼び戻された。
押し出された空気が石礫を運び、あらゆるものを薙ぎ倒して、爆煙が再び広がる──
「フリーザー」
声をかけるとフリーザーは無言で風を起こし視界を晴らす。
風の後に、軍勢の姿は跡形も残らなかった。
「や、やりやがった……!」
「一撃……!?」
「ユウリ様!!」
「うぉぉぁぁぁぉおぉぉぉ!!」
次に、大歓声が沸き上がった。
試合に勝った時と遜色のない、熱狂が聞こえる。
「流石です!ユウリさん!氷像の演出とは!カッコ良すぎます!」
「カッコいいんじゃない……カッコつけてるんだよ……」
私の手は冷たかった。
これだけ寒くて、冷たいのに。
溶けて、しまったらしい。
「……シャクヤ」
私の手にはもう、氷の花はなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
騒ぐファン、そしてジムトレーナー達に囲まれ、私はエンジンスタジアムまで連行された。
どうしてもお礼が言いたいらしい。
サイトウさんには、他の街への加勢と戦ってるファン達への連絡をお願いした。
戦闘してるムンナやムシャーナを回収しないと、いつまでもこの騒動が続くかもしれない。
本当は私自身が今すぐにでも行くべきだ。
こんなこと、してる場合じゃない……だけど、賛同者を増やすには。
「さ、さあ、こちらです!」
スタジアムで私を迎えたのは、歓声だった。
観客席とグラウンドで座っていた避難民達が私を見ている。
……すぐには解放してくれそうにもない。
代表らしいジムトレーナーの隣には、何故か取材のカメラまで付いていた。
「ゆ、ユウリさ……選手!この度はエンジンシティを助けていただき!ありがとうございました!」
下げた頭から紺色の髪が垂れる。
「まだ他の街にも行かないといけないから……」
逃げたかった。
前にスタジアムで言われた通り、私のやってることなんて、マッチポンプでしかない。
カメラに映れば、効率よく信者を集められるといっても、今の状況でそんな悠長なことやってる場合じゃ──
「あ、あの、ユウリ選手、私のこと覚えてますか?」
「……どういう」
「20年前、ジムチャレンジで同期だったオリヒメです!」
「……え」
「水タイプの!オリヒメです!」
誰?
「あ、貴女、あの時のユウリ選手ですよね!?」
いや、それより、今まで知り合い以外、気が付かなかったのに、なんで。
「え、その」
しかもカメラの前で。
今は、不味い。
「だから、蘇ったってことなんですよね!?」
「……え?」
「きゅ、救世主は、復活する……だから貴女も……!」
目が、サイトウさんのそれに似た──
「復活……?やっぱりユウリ様は」
「なんつーパンクだよ……!?」
「救世主……!?」
「うぉぉぁおぅぉぉあ」
騒ぎが急に大きくなり始め──
「しゅ、取材班は信じ難いものを目にしています!まさか彼女は20年前に──」
ダメだ…いくら復活が象徴的でも、20年前の私と今の私を結びつけられると、マクロコスモスとの関係なんて馬鹿でも分かる……!
実験や事故のことなんて今の時代誰だって調べられる……!
そうなればフーリガン達の主張が、正しかったって、これ以上問題を大きく──
「はい、ストップ」
カメラとの間に随分と大きいバルジーナが割り込む。
その背に乗っていたのはマリィだった。
「まだ緊急事態だから、借りてく」
「あっ」
マリィに抱えられ、私たちを乗せたバルジーナは飛び立つ。
「ユウリ様ぁぁ!!」
騒ぐ声の中から逃れ、私は久し振りに感じる温もりに、胸がいっぱいになってしまった。
「ま、マリィ、私……」
「頑張ったね」
「ぅ……」
何も言えなかった。言えないことしかない。
「大丈夫、大丈夫だから」
「っ──」
耐えてたはずなのに、止まらなかった。
泣くことしか出来なかった。