ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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 シュートのホテルから見つからないように抜け出した私は、夜の沿岸から暗い海を眺めていた。

 今が何時だろうと、すぐにでもホップを問い詰めるべきだとは分かっていたけれど、なぜかそう出来なかった。

 

 もし本当に裏切られていても、私には当然の報いかも知れない。

 

 私には当然でも……

 

「こんな夜に一人歩きかお嬢ちゃん。ちっと危機感が足りないんじゃねぇか?」

 

 声の方を見ると、そこにはクララさんがいた。

 

「……クララさんは違うの?」

 

「身持ちも硬えんだよ」

 

「メタルだから?」

 

「鉄の処女だからな」

 

「クララさん、私、結局続けることにした。そうしたら、シャクヤが……」

 

「お前がそう思うのならそうかもなァ」

 

「……え」

 

「そうやって不貞腐れて、全部自分の所為にすればなれるもんなぁ。悲劇のヒロインによ」

 

「だって」

「だってもへちまもねェよ!」

 

 襟を掴まれる。

 

「誰が何と言おうと、あいつが自分の意地でタマはって、守って、死んだんだよ!自分の誇りのためだ!」

 

「暴走が起きたのは私が──」

 

「じゃあ包丁で人が死んだら包丁作った奴が真犯人かなぁ!?」

 

「だって私がしなかったら」

 

「死なねえだけのガキに何が出来んだ!」

 

「変えられるんだよ!過去を!」

 

「……メタルの聴き過ぎで耳まで馬鹿になっちまったか?」

 

「どっちが!」

 

「寝言は布団に入ってからにしろよ?良い子はマリィちゃんとおねんねの"時間"だろぉ?」

 

「私は過去を変えられる。そのための手段もちゃんとある!その手段を作ろうとしたのが暴走の原因なんだから!」

 

「だから何だよ」

 

「私が過去を変えようとしなければ」

 

「だから何だっつってんのが聞こえねぇのかこのガキがよォ」

 

「っ──」

 

「20年間この世は続いてたんだ、お前が死んでる間も!ずっと!お前なんか置き去りにしたって日は昇って来てんだ!」

 

「そんなこと知って」

 

「何もかも自分と結びつけないと気が済まねぇのか?」

 

「暴走が起きたのは」

 

「逃げりゃ死なねえだろ!」

 

「あの人が逃げるわけない!そうでしょ!」

 

「てめぇの決めてやったことだって言ってんだ!」

 

「選び得る選択肢がないならそうするしかないって言ってる!だからその状況を作った私が……」

 

「はぁ?自分だけは違うってことじゃねぇか」

 

「何言って……」

 

「お前が過去を改変しようとするのも、同じことじゃねぇのかよぉ?」

 

「え──」

 

「なるほどなぁ!お前がそうする状況を作った奴が悪いってことかぁ!で、その場合は誰が真犯人だぁ?」

 

「それじゃあ……」

 

「やっぱり包丁を作った奴かァ〜!ノーベル平和賞はお前のもんだなァ!おめでとう!次は総理大臣でも目指すかぁ!?」

 

「…ふざけないで」

 

「罪を被れば許される、お優しい誰かが構ってくれる。気の毒で責められもしねぇ、無敵の人かぁ?」

 

「そんなこと思ってな」

 

「他所の人生の背負えるほど偉かったのか?やっぱり総理大臣なのかなぁ?」

 

「っ──」

 

「マクロコスモスを動かしてんはクソ野郎で、その研究をしてんのはどうせホップ博士だろうが」

 

「それを動かしてるのが私──」

 

「何の意思もなくお前の言う通りか?違うだろ?」

 

「じゃあ……どうすれば……どうすればいいんだよ……私は私の決めたことに責任も負えないって言うの?私が決めたことでシャクヤが死んだんじゃなかったら……」

 

「残念だが、お前は総理大臣じゃない。普通のガキだ」

 

「…私が、普通?」

 

「そう、お前は特別なんかじゃない」

 

「普通なんて、なかったのに、何もなかった、私にはそんな」

 

「私はとても聡明だから引用しちまうがよぉ、"幸福な家庭はよく似たもんだが、不幸な家庭というのはそれぞれの理由で不幸"なんだなぁ」

 

「……だから何なの?」

 

「てめぇの不幸が個別だろうが、ありふれた普通のことだって言ってんだよ。じゃあなんだ?奥さんもいなくなって、シャクヤも死んでるオヤジは特別な人間か?その論理で行くならみんな特別だなぁ?あれ〜おかしいなぁ?それって特別って言うのかなぁ?」

 

「……」

 

「こんな目にあう自分は特別なんだ、何か理由がある、そんな分かりやすい話はねぇんだよ。それに、お前が変えなきゃいけねぇのは過去じゃねえだろ」

 

「…過去以外にないよ」

 

「"自分"だろうがよぉ?君ぃ、もしかして頭弱いのぉ?」

 

「弱くない!」

 

「生きてりゃ挫折することもあるし、自分が特別じゃないことくらい分かるだろよぉ、そん時どう振る舞うか考える。お前は今、そん時なんだよ」

 

「……わからないよ」

 

「理不尽だよねぇ!君は特別だ、可能性がある、なんてどいつもこいつも無責任に口からクソ垂れてさぁ!…実際は違え。私達は特別な存在なんかじゃねぇし、出来ねえことばかりだよ。人様の人生なんて余計なもん、背負えるほど大層な存在じゃないんだよ」

 

「……私だって……私だって大人になろうとした、認めようとしたよ」

 

「じゃあ、そうすりゃいい」

 

 彼女の手が私の襟元から離れた。

 

 力が入らず、跪く。視界のアスファルトに雫が垂れて濡れた。

 

「過去はいつまでもついてくる、無かったことになんて、私には出来ないって。だから、だから戻って来たのに……おかしいよこんな……私が悪くないなら、どうしてこんな、どうしてこんなことになるの……?」

 

「泣いても、変わらねえよ」

 

「泣いてない……私は泣いてなんか、いない」

 

「本当に自分のせいでシャクヤが死んだと思ってんなら、立って堂々としろよ」

 

「私は……」

 

「でもなきゃ、認めろ。ねぇんだよ。お前に何の責任も、背負う理由も。勿論、お前の我儘を叶えるための理由にされる言われも、な」

 

「……結局、私のやってることはただの我儘か」

 

「そうだろ。テメェの都合で過去を変えられちゃ困る人間だっているだろ。仮にお前の望み通りになったら、ホップ博士の家のガキは生まれねぇんじゃねぇか?」

 

「……だから私はその是非を問うために時間をかけることにしたんだ」

 

「人は死ぬぞ?過去を変えたとして、死ぬ度にやり直すのかぁ?寿命で死んだら、長生きさせるように野菜でも食わせるのかよ」

 

「…寿命なら仕方ないじゃない」

 

「馬鹿かお前。死ぬって意味じゃ同じことだ。テメェが言ってんのは、結局テメェが納得できるかってだけじゃねぇか」

 

「他の人が納得したから、私も納得しろって?」

 

「お前が納得してなかろうが、やってることはただこねてるガキの変わらねえよ。そんなもんに付き合わされる連中が哀れでならないねぇ」

 

「……我儘でもいいよ、だっておかしいじゃない……何で起きたら全部なくなってて、戻れなくなってて、みんな変わってるんだ……どんなに理由をつけても、嫌なんだよ……!こんな、こんなはずじゃなかった……嫌だ、嫌なんだよ、私の願いは叶ったはずだった!なのに、こんな、昔の繋がりじゃなくて、今できたはずのものも、なくなって、私は」

 

「何が欲しかったんだよ、お前は」

 

「……普通だよ、私は普通が欲しかった」

 

「……は?」

 

「好きな人と一緒に生きたかった。私を見つけてくれた特別な人と一緒に。見せたかった、お母さんに貴女の子供はちゃんと家庭を築けたって。私と対等に話してくれる、見てくれる友達が欲しかった。でも、何もかも手遅れじゃない」

 

「どんな大層なもんかと思ったらそんな話かよ」

 

「……え?」

 

「それは別に今でも叶うだろ」

 

「そんなわけないじゃない!私の知ってる人達はもう皆いないんだよ!」

 

「はぁー、別に一緒に生きたきゃ、そうすりゃあいいじゃねぇか。ホップ博士の家に転がり込めばいい。断らねえだろ。隙を見てガキでもこさえればいい。出来るかワカンねぇけど既成事実作っちまえばいい」

 

「そんなこと、していいの?」

 

「じゃあ過去は変えていいのかよ」

 

「虚しいだけじゃない」

 

「わかんねぇだろ」

 

「それにお母さんも、シャクヤももういない、代わりなんていないんだよ」

 

「言っちゃ悪いが、誰にだって代わりはいる。結局、必要な時にそこにいるってのが全てだ。男に関してもそうだがな。そりゃあ、理解ある相手ってのは得難いもんだがよぉ?」

 

「だって、私がしようとしてることわかって、それでも味方してくれるって、どうなっても味方してくれるなんて、他の人は言わなかった……ホップだって、私を止めるために色々とやってる。完全に味方ってわけじゃない……シャクヤだけだったのに」

 

「……なあ、ユウリちゃんよぉ。友達ってそんな大層な存在じゃねぇよ。期待を裏切るかも知れねぇし、喧嘩するかもしれねぇ、ふとしたことで疎遠になるかも知れねぇし、いつのまにかくたばってることもある。そんなもんだ。ましてお前が間違ったことしようとして止めようともしねぇのが友達って言えんのかよ、そう言う意味じゃ、シャクヤは失格だなぁ。都合良すぎるんだよ」

 

「……私は都合の良い相手求めてるだけって言うの?」

 

「そうだ。だが可哀想なお前に理解のある可哀想なお友達ならいるんじゃねぇかなぁ?」

 

「そんなのどこにいるの」

 

「てめぇの目と鼻の先に、知ってるクソの中じゃ最高の存在がな」

 

「……え?」

 

「私は勝手にそう思ってるぜ。お前がどう思ってようとな」

 

「なに、それ」

 

「私がそう思ってるだけかって聞いて、そうだって言ったろ。忘れたかなぁ?」

 

「……そうだね」

 

「都合いい味方じゃねぇけど、私はここにいる。それじゃあ、ダメか?」

 

 差し出された手。

 

「………私は」

 

 少し迷って、それを掴もうとして、気がついた。

 

 もしこれで私が過去の改変をやめようとしたら、未来から私達に対して干渉出来なくなるはずだ。

 

 タイムマシンなんて存在しなくなるんだから。

 

 なのに、未来からメールは来ていて、首謀者は明らかにこちらの事情を知り過ぎている。

 もし、タイムマシンの研究や完成を早めるために現在に干渉してるなら……

 

 今この瞬間こそ、止めなきゃいけないんじゃないの……?

 

 タイムマシンを完成させるには私がそれを意思を明確にする必要がある。

 

 逆なんだ、見殺しにしたんじゃない。

 能動的に殺したんだ。それなら辻褄が合う。

 

 ニオさんの名前を使ってフーリガンの騒動を起こしたのも、アルトマーレで不信感を植え付けようとしたのもそうだ。

 

 シャクヤとの関わりでタイムマシンの開発が遅くなったり、研究そのものがなくなったりする可能性を潰したんだとすれば。

 

 未来からすれば、"私が救われては"困るんだ。

 

 そしてシャクヤの生存がタイムマシンの完成を遅らせると判断した相手が、クララさんを狙わない理由がない。

 

「……クララさん」

 

「どうした?」

 

「私は今、その手を取れない」

 

 携帯の画面に文字を入力して見せる。

 

 どうやって監視してるのかは分からないけれど、声には出せない。

 

"やっとわかったんです"

 

「おいおい、なんの冗談だよ」

 

"シャクヤが誰に殺されたのか"

 

「冗談じゃないよ」

 

「私の話が理解できなかったのかぁ?」

 

"タイムマシンが完成したらどうなる?"

 

「私は過去を変えるしかないんだよ」

 

"もう未来から干渉は始まってる"

 

「……うわぁ、マジかよ」

 

"今やめたら、未来にとって都合が悪いんです"

 

「……あー、わかった、わかった。決意は固いってこったな」

 

"私の部屋に来てください、一人で行動すると危険です"

 

「ごめんなさい、クララさん」

 

「どっちにしろ私は勝手に思ってるだけだ、そうだなぁ、だが夜道は何が出るか分からねぇから送っていくが、それはかまわねぇよなぁ?」

 

「それくらいは……仕方ないので許します」

 

「仕方ないときたか、嫌われたもんだなぁ」

 

 歩き出す私に付き添うクララさん。

 

 私の話に即応できる彼女の回転の速さには感謝しかない。

 

 ……嘆いてばかりいられない、何も考えずに居れば見知った誰かが犠牲になる。

 

 過去を変えなかったとしても、私達はタイムマシンを作らざるを得ないのだろう。

 そして、シャクヤは仮に干渉がなかったとしても、未来では生きていない可能性が高い。

 姪を殺すような真似を委員長が許すはずもない。

 

 私は救われたと思われてはいけない。

 さもなければ、私が関係を紡ぐ相手は全て、"過去の改変のために"犠牲になるのだから。

 

 計画を続ければ、見知らぬポケモンや誰かが犠牲になるだろう。

 でも、彼ら全員を救うことなんてできないだろう。

 私は、私の手の届く範囲で、できる限りのことをするしかない。

 

 演じるしかない。

 

 今を生きていたいのなら。

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