明け方のハロンタウン。
「隠し事は、ない?」
瓦礫の陰に立つ私は、朝日に目を細めるホップに聞く。
その目にはクマが出来ていた。
「……ない」
「あるんだ」
「…何もないよ」
私に隠し事があるのは間違いなさそうだ。
「……委員長の話は聞いてるんだよね?」
「分かってる」
「目的は私が過去を目指すことで達成される。言ってる意味、分かるよね」
「……そうか…」
「未来の私達だよ。タイムマシンの完成を早めようとしてるんだよ」
「結局俺はユウリを止められないってことか」
「私にはそのつもりないよ」
「……ユウリ?」
「代わりのものはあるんだってさ、どんなものにも」
「……すまなかった……」
「でも続けないといけない。タイムマシンを完成させないと、私たちの中の誰かが見せしめに殺される。シャクヤはそうだった」
「……続けないといけないのか?」
「どういうこと?」
「干渉が出来なくなるようにする方法が何かあるはずだ……」
「……この話を出すだけでどうなるか分からない」
「俺たちは……干渉される恐れを抱いて生きていかなきゃいけないのか……?」
「分かってる」
アーゴヨンの入ったボールを握りしめ、ハロンを後にする。
「そうならないように、祈ってるよ。私も」
◆◆◆◆◆◆◆◆
下見と、打ち合わせのためにエンジンスタジアムに降り立つ。
ここに来るまでに届いたメールは1通。
『ずっと、見てるから』とだけ。
また、10年後からだ。
……気が狂って幻覚でも見てるなら、その方が遥かにマシだったと思う。
薬でも飲んで精神科にでも通えば万事解決だ。誰も死んだりしない。
「久しぶりだね、ユウリ君」
「お元気そうで何よりです、カブさん」
「死ぬまでは修行だからね」
変わらず背筋の伸びたカブさんは、そう言って笑う。
同じようにユニフォームを着ていても、かなり年老いたように見える。
「対戦、楽しみにしています」
「こちらこそ。……相手は僕じゃないけれど」
チャレンジャーの相手をするのは別人だと言う噂は本当らしい。
「ジムトレーナーで私の相手が?」
「まさか。君の相手は──」
「──俺だ」
長身に赤いスーツの男が、芝生に似合わない革靴で現れた。
「キバナ……さん?」
「修行に行ってる間に起きるなんてな」
「雰囲気…変わりました?」
「20年だ。いつまでもパーカー着てるわけには行かないからな」
「……ダンデさんとは大違いですね」
「見せ方の違いだ。俺の方向性と、あいつの、な。そう変わらない」
「……そんなものですかね」
「カイオーガを捕まえたってのは本当か?」
「……そうですけど」
「なら本気を出して問題ないな」
「何の関係が?」
「俺の最強の晴れパーティに、最も相応しい一匹を捕まえたってことだな」
「雨の方が強いですよ」
「戦ってみれば分かる。ああ、そうだ。ちょっとこっち来いよ」
「何ですか?」
彼の手招きに従う。
「動くなよ」
キバナさんは不敵に笑い、青い宝石が嵌められた首飾りを私の首にかけた。
「……これは?」
「お土産。ホウエン地方の」
「お土産って割には…」
値段が高すぎるんじゃないかな。
「いいだろ、俺とおそろいだ」
首から下げた涙型の赤い宝石を見せる。
「……誰かに渡すように言われました?」
こころの雫を送ってきた相手なら、やりそうな気がする。
「いや?なんでだ?」
「こういうものを突然送ってくる相手がいるもので」
「そいつにとって価値があるってことだな」
「……どうですかね」
「俺は貢いでるわけじゃないぜ」
「なっ、そんなこと考えるわけ」
「フられちまったみたいだなぁ、これは参った」
「揶揄わないで下さい。これが何の役に」
「バトルには必ずカイオーガ出せよ。じゃあな」
「え、あの」
好き勝手に言うだけ言って歩き去っていくキバナさん。
「……調整に可能な限り時間を使いたいみたいなんだ、許して欲しい」
いなくなったキバナさんの代わりに弁解するカブさん。
「そういうことなら……」
「君と戦うために戻ってきたんだ。それだけ本気ってことだよ」
私が一度逃げなければ、彼らが先に帰還して、この街の被害も少なく済んだかも知れないのか……いや、もう悔やんでも仕方ない。
「……あの人の専門ってドラゴンじゃ」
「天候を首軸にするなら何のタイプでも良いって方針なんだ」
「ああ……だから」
殆ど前のナックルジムってことか。
この間のオリヒメとかいう人、水タイプとか言ってたのはそういう……
「……ジムを離れていたのは何でですか?」
「修行だよ。マリィ君に勝つために」
「マリィに?」
「彼女がチャンピオンになってから殆ど勝ててないからね。彼女だけには」
「……マリィってそんなに強かったんですね」
「強いね。ジムリーダーを突然辞めた時はどうしたのかと思ったけれど……格段に強くなったよ。本当に別人みたいにね」
「……皆、変わったんですね」
「物事は変わっていくものだよ。君だってそうだろう?」
「私は……世の中の速度に置いていかれたような気分です」
「走って追いつくしかないね」
「走るって、そんな」
「僕らの若い頃と比べても、ずっと変わり続けてる。良い面も悪い面もあるけど、僕は置いていかれないように、走ってるよ」
「あっさりしてますね」
「人生に必要な事は単純だから、陳腐に聞こえるんだよ。みんな同じことを言うからね」
「……そうですか」
「走ってみれば分かるさ」
歳を取っても背を曲げる事なく堂々と言う。
私の体は衰えることはないだろうけれど、同じように、心を若く保っていられる気はしない。
「僕は引退してるけど、試合だけが道じゃない。後任を育てるのも役目だ。……ジムトレーナー達も鍛え直さないとね」
「やること、沢山ですね」
「だから、次の試合は僕からの挑戦だよ。僕と彼の考えうる最強を君で試させてもらう」
「……受けて、立ちますよ」
「ユウリ君?大丈夫かい?」
「え?」
また、勝手に涙が垂れていたらしい。
「大丈夫、です」
「くれぐれも無理はしないようにね」
「はい」
私は今、初めて負けることが怖いと思ったんだ。
これまでは勝負にそんな感情はなかった。
ここで負ければ、何が犠牲になるか分からない。
願い星が集まる効率が落ちれば、未来にとっては不都合だ。より必死になるように仕向けるだろう。
誰かの命が失われるかも知れない。
見知らぬ誰かじゃなく、私の知る誰かの。
そんな恐れが、頭から離れない。
ホップが言っていたことはこう言うことなんだと理解させられた。
根本の原因を断たないなら、私達の自由なんて、もう心の中にすらない。
未来に追いつくまで、いつまでも。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「──?」
マクロコスモスの地下施設。
ボールから出したアーゴヨンは私を眺めていた。
タイムマシンが成立するには絶対に不可欠な存在がある。ムゲンダイナだ。
だから、もし未来からの干渉を完全に断ち切るのなら、その方法は演じ続けることでも、タイムマシンを開発することでもない。
幸か不幸か、私はその方法を知っている。
なんせ、一度完全に死んでいたのだから。
私達を殺す剣は、願えばそれを叶えてくれる。避けようのない理由があるのなら。
「──」
何も覚えていないのに、それは私をただ眺めている。
「……出来ないよ」
今のムゲンダイナは私自身だ。
誰一人知る存在のいない世界に放り出された、なんの繋がりも持たない、目覚めたばかりの私。
それを、手にかけるなんて私には出来ない。
私には出来ない。だから、いずれタイムマシンは完成する。未来からの干渉は始まる。
だから、シャクヤは殺された。
「……覚えてないかも知れないけどさ、ずっと私を守って、それで……」
どれだけ話しても、それはただ独りよがりにしかなからなかった。
アーゴヨンは他人を見るように、私を眺めるだけだった。
捕まえたばかりのポケモンのようだった。
まるで、知らない人から預けられただけの、おやの違うポケモンみたいだった。
「一人にしないで……生かしたなら……勝手にいなくなったりしないで……」
分かるはずもないのに、私は話しかけ続けていた。