アーゴヨンに話しかけていると、背後で扉が開く音がした。
「ユウリ、違う方法を考えたんだ」
「え……?」
クマだらけのホップだった、でも自信に満ちた表情をしている。随分と久しぶりに見た顔だった。
「演じ続ける必要なんてない」
「……どうして?」
「じゃあ、聞くが、わざわざユウリを追い詰める理由がどこにある?」
「私が決めなかったら、ホップだってやらないでしょう」
「……最終的にタイムマシンの開発がより進んだ形になれば、干渉してくる未来とは大幅に変わってるはずだ。自分達が無かったことになるんだぞ?」
……考えていなかったわけじゃない。
「……彼らの想定してるタイムマシンだと、完成して、本当に20年前の事件を無かったことにできても、同じことだからだよ」
過去改変の後、今の自分がそのまま存在できないことだってある、改変した日から続く世界がそのまま手に入るとは限らない。
今みたいに間接的にしか過去に関われないのなら、改変に巻き込まれて自分達も消えるだろう。
「……ああ、そうだよな」
「たとえ過去を変えたとしても私が幸せになるわけじゃない、それでもいいって思ってるんだよ。前の私ならそう思ったかも知れない」
「だったら。いや、だからこそ、演じ続けるなんて消極的な発想は必要ないんだ」
「……どういうこと?」
「──タイムマシンの完成を早める。それが確定的になれば、その時点で干渉しようとしている未来は消滅する」
「……いいの?」
「…良いんだ。タイムマシンさえ完成させれば、使い方に文句を言うような未来の連中は消える。……まあ、ユウリが望むなら使っても良いけどな」
「どうするの?だって完成するには10年かかるんでしょ?」
「研究を公表して、あの日失敗した実験をもう一度行う」
「……え?」
「ああ、なにもタイムマシンを作りますなんて言うわけじゃない。あの実験は、ムゲンダイナのエネルギーを励起させるものだ」
「でも、願い星がなければそんなの」
「……出来るさ。俺を誰だと思ってる」
「ホップは……ホップでしょ?」
「俺はもう、あの頃の無力だった俺じゃない。信じてくれ。必ず出来る」
「……本当に、出来るの?」
「ああ、出来る。二人一緒なら」
「一緒に?」
「だって、ユウリは俺の……」
「ライバル、だからね」
「……ああ。そうだ」
「分かった」
「未来に逆襲するんだ」
ホップの表情は、彼が道を決めた時のものと同じだった。
「私はどうすれば良い?」
「俺を信じて、試合に勝ってくれ。それだけでいい」
「……言ってくれるじゃん」
負ける恐怖が、誰かを失うかも知れないなんて不安が、すっかり何処かに行ってしまった。
こんなことで救われてしまうなんて、我ながら単純過ぎて笑えてくる。
これは……負けられないなぁ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「グラードン!断崖の剣!」
「カイオーガ!根源の波動!」
"ファイナルトーナメント"の試合終盤、"シュートスタジアム"のフィールドは原型を留めないほど荒れ果てていた。
地面から吹き出す溶岩と、それを飲み込もうとする津波が衝突し、陸地と海が生まれては上書きされていく。
異常な熱気と止むことのない雨が互いの陣地を奪い合う。
「はははっ!スタジアムごと吹っ飛びそうだなぁ!」
赤いスーツのキバナさんは気取った服に似合わない凶暴な笑みを浮かべる。
「チャレンジの時と同じく瞬殺してあげますよ!」
「やってみせろよ!さあ、今度こそ修行の成果を見せるぜ、グラードン──」
キバナさんが首から下げた赤い宝石が強い輝きを放つ。
「──!!」
咆哮したグラードンが真紅に煌めく宝石に覆われる。
「またメガシンカですか!させるか──」
「──ゲンシカイキだ!」
宝石は黒く染まり、中央に燃えるようなオメガの紋章が現れ──
「カイオーガ!!根源の波動だぁぁ!」
放たれた水流が真紅の宝石に殺到し、そして砕けた。
「はっ、変身する前に倒せば大した──」
しかし。
「──!!!!」
瞬間、熱波がカイオーガの生み出した雷雲を掻き消し、殆どの水場が蒸発した。
「これが"終わりの大地"だ!」
揺らめく陽炎の中に立っていたのは、数倍の体躯へ変化した赤黒い身体。
体表の紋様には溶岩のような光が巡っている。
強い日差しなんてものじゃない。
手を伸ばす不遜な者を悉く焼き尽くす、大地の業火がそこにあった。
「変身したからなんだ!カイオーガ!根源の波動!」
微動だにしないグラードンへ──水流は到達する前に消え失せた。
「なに……それ……」
「ゲンシカイキしたグラードンに、水は届かねぇ」
「……本当に大人気ない」
封じられた水タイプ以外の技でグラードンを倒せるようには思えない。
「ユウリなら"分かる"だろ」
赤い宝石を指さすキバナさん。
「さあ!ついてこいよ!グラードン──」
もう手持ちはカイオーガしかいない。
「……貴方達に出来て、私にできないことなんて、ない」
時間が静止する。
胸元の青い宝石とダイマックスバンドを見比べる。
知らない未来と私の過去。
皆が使ってくるメガシンカなんて、未来なんて使いたくなかった。私はそれを否定したかった。
もう、私は今を否定しない。
「カイオーガ──ゲンシカイキ」
「──!!!」
青い宝石にエネルギーが流れ込み、呼応したカイオーガは群青の鏡面に覆われた。
「──断崖の剣!」
溶岩と切り立った巨石の群れが、黒く染まっていく鏡面に突き刺さり、砕け散る。
そして。
「──!!!!」
カイオーガの咆哮が鳴り響いた。
数倍になったその体躯に走るのは、眩い光の文様、フィールド上空からは叩きつけるような雨が、あらゆるものを洗い流すように降り頻り、暗雲が竜巻を巻き起こす。
そして、水の中を泳ぐように、当然のことのように空へ舞い上がった。
「そうだ!俺が待ってたのはそれだ!」
「……そんなに嬉しいですか?」
「ああ、これで本気を対等に──」
「それならごめんなさい。キバナさん。カイオーガ──ダイマックスだよ」
「……は?」
ボールに戻す。答えは私に告げている。ゲンシカイキも、メガシンカとかと同じで、ボールに戻して解除されることはない。
それなら、ダイマックスとも両立する筈だ──
「──!!!」
さらに巨大化したカイオーガは、スタジアムの開かれた天井すら覆うほどまでの大きさに達した。
「遊びはもう終わりなんです。カイオーガ!ダイストリーム──」
決壊したように、途方もない水量がグラードンの"終わりの大地"を塗り替え、スタジアムを海に変え、何もかも押し流した。
スタジアムに張り巡らされた観戦用のバリヤーすら一つ残らず木っ端微塵に破壊し、観客席さえ水浸しにして。
水没して音の割れたスピーカーが試合終了を告げる。
「勝者、チャレンジャー、ユウリ!」
そして、最後に立っていたのは私とカイオーガだった。
歓声も非難の声も聞こえなかった。
私が見ていたのは、来賓席から私に手を振っていたマリィだけだったから。
最後に越えなければならない壁は、私を最初に保護した他ならない彼女。
いつか、星を眺めるように見つめた彼女の元まで、私はようやく戻ってきた。
私は負けない。勝って先に進むために。