「それでね!ホップがね──」
いつもと同じように試合の後、控え室で楽しそうに"彼氏"の話をするユウリ。出会った頃とは違う、長い茶髪が揺れる。
「そうなんやね」
あたしはその度、何ともないような笑顔で相槌を打って、やり過ごす。
「──で、流石に、今度の実験が成功したら、はっきりさせてくれると思うわけですよ!」
「……はっきりって?」
「えぇ?それ言わせるのー?」
聞きたくなかった。
「言いなよ」
でも聞かないわけにはいかなかった。後から知るより先に知っておいた方が、未練を残すより良い。
バッサリと断ち切ってしまえた方が。
「つ、付き合うとか……?」
少し頬を染め、目を逸らしながら、そんなことを言う。
その仕草は、あたしのためのものじゃない。
いじらしく思う自分のこころを消し去りたかった。
「……そんなん、まだ言っとらんの?」
……あたしが出る幕はないことなんて分かりきってるし……二人が関係を自覚して明確にすれば、完全に諦めるしかない。
「そんなんじゃないよ!大事じゃん!」
「お子様やね」
「なんだとぉ!」
あたしは、思いもしなかった。
この会話が、あたしの知っているユウリとの最後の会話だなんて。
◆◆◆◆◆◆◆◆
あの実験の日、あたしは願った。
実験が失敗するように願ってしまった。
先に進んでなんて欲しくなかった。
そんなことを願ったところで、何かが変わるわけでもないのに。
変わるはずも、叶うはずもないのに。
──あたしの願いは叶ってしまった。
事故が起きて、ユウリだけが生き残って、でも眠ったまま起きなくて。
時間はあっという間に過ぎて、一年経っても、ユウリは起きなかった。
こんなこと願ったわけじゃない。
見舞いに来る人達も頻度もだんだん減っていった。
彼女のために並べられた花は少しずつ減っていって、最後はマリーゴールドだけになった。
あたしは最後まで見舞いと看病を続けた。
それだけがあたしに出来る償いだった。
それしか出来なかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ずっと、ユウリは目を覚まさなかった。
どれだけ時間が経っても、あの頃のままの姿で、歳を取ることもなく。
どれだけ話しかけても、返ってくるのは機械がバイタルサインを示す音だけだった。
あたしはジムリーダーを続けながら、世話をし続けて。
そのうちホップはソニアさんと結婚した。
仕方のないことで、現実を生きているんだから当たり前のことだった。
だけどそれは、ユウリを諦めたって意味で。
とうとう、本当にユウリを見ているのはあたしだけになった。
20年は長かった。
一緒にいた時間より償いの時間の方が長くなった。
あたしでさえ、ユウリがもう絶対に起きないことを認めて、諦めそうになった。
あたしが諦めたら、ユウリは本当に死んでしまう。
もう、過去の出来事になって、お墓と変わらない何かになってしまう。
でも、あたしは無力で、昔からずっとユウリには何もしてあげられなかった。
結局、あたしは諦めた。
あたしも、現実を歩かなければならなかった。
アニキにこれ以上心配をかけるわけにもいかなかった。
スパイクタウンのこともあった。
あたしにはやるべきことがあって、ユウリに構わない理由は……諦める理由には困らなかった。
天秤に掛けて初めて気が付いて、おかしかった。
あたしは最初は町や、アニキ達の夢とか、自分の夢を追ってたのに。
それ全部と、ユウリが同じ重さになっていた。
最後にユウリに挨拶だけして、いつも置いていたマリーゴールドも片付けることにした。
そして病室の扉を開いて──
「……誰……?」
ユウリが起きていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……なんで、こんな……」
病室でユウリは何日も泣き続けていた。
事情を理解し、塞ぎ込んでしまった。
起きてから情緒は安定せず、些細なことで激怒しては、泣き始めることの繰り返しだった。
そして、ユウリは抜け出した。
まどろみの森で見つけたユウリには朽ちた剣が刺さり、血を垂れ流していた。
「ユウリ!」
あたしが見つけた時にはもう遅かった。
「帰りたい……」
抱き抱えると、口から血を吐いて呟いた。
ムゲンダイナの力のおかげで見た目も変わらず生きていたのだから、ユウリが死ぬ方法は一つしかなかった。
そんなもの、過去を覚えていて考えれば直ぐに分かるはずなのに、私たちにとってもう、あの事件はずっと前のことで。
「もう、誰もいない……みんな、私の知ってるみんなじゃない……私はここにはいない……」
「ユウリ、あかんよ、あかん。やっと、やっと起きたのに、あたし、ずっと待っとった」
「違う……私の知ってるマリィは……貴女とは違う」
「え……?」
「私にないものを持ってて、ちゃんと戦う理由があって……カッコいいんだ。泣いたり……なんか……しない」
ユウリの記憶は、ヨロイ島に行くまでのものしかなかった。だからこの言葉の意味は。
「本人には……こんなこと言わない…けど……可愛いんだよ……マリィは……」
立ち直るまで、ユウリはあたしなんか眼中にないと思っていた。
「ユウリ……?」
だから、こころの中にあたしがいないなんて、落ち込むユウリに何も出来ないなんて、そんなのは思い込みだった。
あの頃、気持ちを素直に伝えられれば、手を差し伸べることが出来れば。
もしかしたら、願いは叶っていたのかも知れない。
人の気持ちが分かったつもりだったのは、あたしも変わらなかった。
今更、そんなことを思った。
「笑うの上手に……なったかな……」
ユウリの時間はあの頃で止まっていた。
記憶の片隅の、僅かなやり取り。
笑顔の練習を見られたこと。
言われるまで思い出すこともなかった。
練習なんか忘れていた。そんなもの必要がなかった。
みんなの声援に応えたい、なんて言うのは建前で──あの時の私は、ただ、ユウリの前で笑いたかっただけだったんだから。
「……なったよ。とても、素敵な笑顔だったよ」
「そっか……それは……」
それっきり、ユウリは何も言わなかった。
何もかも今更で、手遅れで、どうにもならなかった。
どうにもならないのに、あたしは願った。
全ては泣き言で、我儘な願望だった。
もし、人生をやり直すことが出来るのなら。
過去の過ちを正すことが出来るのなら。
何を犠牲にしたって構わないから。
ユウリを救いたい。
あたしの思いなんて叶わなくていいから。
その"可能性"があっただけで生きていけるから。
今度こそ、ちゃんと応援するから。
子供が親に強請るように。
そう、祈って願って──。
再び、願いは叶った。
実験が失敗した時のように。あたしが望んだ形とは全く違う形で。
それから──
◆◆◆◆◆◆◆◆
何度目か分からない同じ朝。
もう、どうしてこうなったのかもよく分からない。
どうにかして、ユウリを止めなければいけないことだけは覚えている。
どうしてかは、分からない。
でもユウリが大事だと言うこと、止めるために必要なことは分かる。
未来には進ませてはいけない。過去を目指してもいけない。
必要なのは永遠に繰り返す今だけ。
ユウリの自宅を改造した病室には、様々な機械の管に繋がれたユウリが眠り続けている。
もうじき、目覚めるだろう。
そうして、私はまた花瓶の花をまた、新しく入れ替えた。
一輪しか飾られていない花を。
マリーゴールドの花言葉
「嫉妬」「絶望」「悲しみ」「いつも側において」
この花はかつて、太陽の象徴と呼ばれていた。