ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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 目が覚めると天井を見上げていた。

 

 物々しく明滅する機械が部屋に並び、何かの数値を指し示す計器の針が揺れている。

 

 枕元にはいつ撮ったのか分からないポケモン達や友人達との写真が飾られ、すぐ側の花瓶には、マリーゴールドの花が挿してあった。

 

 "あの日と全く同じ"、だ。

 

 私のやってきた事は無意味で、何もかも永遠に繰り返すだけ。

 

 私は最初からどこにも行けなかった。

 

 もう、何もしたくなかった、何も見たくなかった。

 

 全てが真っ暗に見えた。

 

 投げ捨てた携帯の割れた画面だけが床に転がって──。

 

 ──同じじゃ……ない?

 

 まだ時間は巻き戻ってない?

 

 ……だからなんだ。私に出来ることはもう何もない。

 

 彼女は越えるべきチャンピオンで、私の帰る場所でもあった。

 

 目覚めない私を20年間ずっと見守っていたのは彼女で。

 目覚めてからこの世界に怯える私を抱きしめてくれたのも、外への一歩を踏み出させてくれたのも、彼女だ。

 

 なのに私を苦しめていたのも、シャクヤを殺したのもマリィで。

 

 全部裏で糸を引いていたのが彼女だった。

 

 それは私を止めるためで、そのためにマリィは今の時間に囚われて、延々と繰り返していた。

 止めるためには私を追い詰める必要があったというなら、私はマリィの事を責められるのだろうか。

 

 ここまでされても、私はマリィを憎める気がしない。

 

 彼女もまた訳のわからない因果に囚われているからなのかは分からない。

 

 シャクヤを殺したのに、ムゲンダイナを消したのに、私は憎み切れる気がしなかった。

 

 憎んだところで、世界が巻き戻って私もなかったことになるからかも知れない。

 

 きっと、夜はもう明けることがない。

 

 ブラックナイトは終わらない。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ユウリ」

 

 窓から冷たい夜風が吹き込んできた。

 

「迎えに来た」

 

 彼は外から手を差し出した。

 

「……何で?」

 

 とても昔のことを思い出した、いつかの雪が降り積もっていたあの日を。

 

「何でもだ、行くぞ」

 

 月の光と彼は、あの時の日差しのように眩しくはないけれど。

 

「……分かった」

 

 今の私が手を取るのには丁度よかった。

 

 肩を借りて、連れられたのはハロンタウンの丘の上。

 

 ひたすら続く何もない田園の景色を満月が照らし、夜霧が薄く辺りを覆い隠していた。

 

「ユウリ……俺にはいくつか謝らなきゃ行けないことがある」

 

 座ったホップがそんなことを言い出す。

 

「なに?」

 

「今回の実験。実は失敗が目的だった」

 

「ムゲンダイナ、消そうとしてたの?」

 

「そうじゃない。あの子はユウリの大事なポケモンだろう?」

 

「……ホップじゃなきゃできるよ」

 

「その話は一先ず置いてくれ。説明する」

 

「好きにすれば」

 

 どっちにしても現状は変わらないんだから。

 

「あの実験は本当に"未来から"メールが来ているのか確かめるためだった」

 

「信じてなかったの?」

 

 ……まあ正解だったけどさ。

 

「悪かった。未来の俺達がそんなことをするって信じたくなかったんだ。ユウリがそんなことをするなんてな」

 

「そう……」

 

 自分の願いのためにこの20年間を消し去ろうとしてたんだから、そんなこと、あるんだよ。

 

「あの実験は最初からガラルのエネルギーを励起させるくらいしか出来ないんだ」

 

「……それじゃあ」

 

「研究者は増えるんだ。未来にとって都合は良いはずだ。妨害されるなら、今の時間に犯人が居ると考えていい」

 

「……それが隠し事?」

 

「関係者の連絡方法を、それぞれ別にした。敢えて情報を与えて、誰の情報から問題が起こるかを確かめた」

 

「"この場には味方しかいない"って、委員長が言ってたのは、疑ってませんよっていうアピールだったってこと?」

 

「そうだ。俺と委員長が協力してないように見せるためのな。まあ、最後まで疑われてた彼は気の毒だけどな」

 

 ニオさんも疑われてたのか……委員長が連れてきたのにあの人しょっちゅう疑われて可哀想……筋肉は自業自得だけど……

 

「今回、漸くその尻尾を掴むことができた」

 

「それが…マリィ」

 

「悪いが鞄には通信機を仕掛けさせてもらった。やり取りは全て聞いた」

 

「……何で、黙ってたの?」

 

「ユウリの動向を把握する為に、何かしらの手段がある筈だからだ」

 

「聞かれるかも知れないから、ね」

 

「その通り」

 

 正しい。ロトムが情報を流してた以上、話すなんて最悪だろう。

 

 彼は……間違ってない。

 間違ってないけれど、正しかったけれど。

 現実的に考えて、問題を解決するために、やむをえなかったって、そんなこと分かるけど。

 

 でも、思ってしまう。

 

 私はホップを信じたのに、私の言ったことは信じてくれなくて。

 解決するための手段を"自分達だけ"でやってて。

 何も教えてくれなくて。

 あの時"信じろ"って言ったのは、要はマリィに聞かせるための嘘で。

 それで、どうして"二人で一緒"になんて言えるんだろうって。

 

「……話はお終い?私に黙って計画して、盗聴までして。全部終わったって教えに来たの?」

 

「違う。どうしてマリィがわざわざ種明かしをしたと思う?」

 

「……わかんないよ」

 

「まだ、世界が巻き戻ってないからだ」

 

 ホップは断言した。

 

「わざわざユウリに諦めさせるようなことを言った。これはどう言うことか分かるよな?」

 

「まだタイムマシンが生まれる可能性がある?」

 

「ああ、そうだ。俺達はまだ、負けてなんかいない。試合はまだ、始まってもいないんだぞ」

 

「でも、ムゲンダイナは……」

 

「……"無事だった"と言って返してやれたらどんなに良かったか……だけど信じて欲しい。タイムマシンの可能性があるなら、ムゲンダイナだって居なきゃおかしい。今、俺達の手元にいなくても、取り戻せるってことだ」

 

「……嘘ついてたくせに信じろとか、ズルいよ今更」

 

「大人は狡いんだ、ユウリ」

 

「私は子供だよ」

 

 私は、まだ。

 

「……流石だね。まだ希望持てるんだね。私には覆す方法なんて、考えても分からないよ」

 

「分からない?だからどうした」

 

「え……?」

 

「昔の人が飛行機を想像できたか?」

 

「それは……多分ないと思う」

 

「科学は考えて、考えて、少しずつ出来る事を増やして、積み重ねて発展したんだ」

 

「考えたよ、私は」

 

「少し考えたくらいで諦めるな、俺達が考えるより世界は訳が分からないことだらけで、知らない事だらけなんだぞ?」

 

「そっか……そうだね」

 

 私は試合の時にすぐに答えがでるから、最初から"正解"があるって頭が思い込んでるんだ。

 

 "出来るかどうかじゃなくて、どうしたいのか"。それが一歩目なんだろう。

 私が逃げ出す前に聞かれたのは、そう言うことだった。

 

「私は、出来ることなら、このまま終わりたくなんかないよ」

 

「それで良いんだ、ユウリ」

 

「でも、私のダイマックスバンドはもう使えない……砕けたんだよ、もう何も残ってない」

 

「残ってるさ」

 

 ホップが古びたバンドを私に見せる。

 

「──これって」

 

「俺のダイマックスバンドだ」

 

「……見れば……分かるよ……」

 

「使ってくれ、願い星はそのままだ」

 

「……ホップは、やめたのに、なんで」

 

「俺が言ったんだぞ?二人で一緒にって」

 

「もう願い星がないから、私と戦えないんじゃ、なかったんだ……」

 

「戦って無理やり止めるのは違う。それだけだぞ」

 

「ずっと、持っててくれたんだ」

 

 私、馬鹿だった。

 思い込んでただけだった。

 

 あの日から先の私はこのことを知ってたんだ。

 ヨロイ島で再会して、簡単に立ち直ったっていうのは、そう言うことだったんだ。

 

 知っていれば、違う道はあったんだ。

 

「何度でも言う。勝とうユウリ。二人で一緒に」

 

 バンドを差し出す彼。

 

 夜霧が月光を反射して、白銀の虹を作っていた。

 

「……ホップ」

 

 私はそれを受け取ろうとして、気がついた。

 

 私の手は彼と比べると小さくて/彼の手は私と比べると大きかった。

 あの頃とは比べ物にならない程、差があった。

 

 何か溢れそうで、顔を見ることもできなくて、俯くしかなかった。

 

「……私が借りた本の名前、覚えてる?」

 

「『夏への扉』だろ」

 

 何もかも、夢だったら良かったのに。

 どうしようもないくらい、現実だった。

 

「それが、どうしたんだ?」

 

「私、夢ばかり見てた」

 

「ユウリ……?」

 

「……ホップは大人になったんだね」

 

「そうか?」

 

「大人になるための時間が、あったんだよ」

 

「……時間のことは否定はしないが」

 

「それで、今、私を見てくれてて、私が起き上がるために"正しい"言葉を掛けてくれる。……正し過ぎるんだよ」

 

「…心から思ってることを言ってるだけだぞ?」

 

「だからこそ、もういないんだって分かるよ」

 

「いない……?」

 

「それを渡すってことは、今度こそ、本当に終わりってことだよ」

 

「どうして終わりなんだ?」

 

「それは二人が持ってて、初めて意味があるの。あの頃と、同じじゃないんだよ」

 

「……そうだな」

 

「とっくに終わってるって、分かってても、受け取ったら、終わらせることになるの」

 

 倒れ込むと、自然に抱き止められた。

 それだけ、身長差があった。

 私と彼の差はもう、埋まることはない。

 

「ずっと一緒だったらよかった」

 

 一方的に、顔も上げず、吐き出す。

 

「……ごめんな」

 

 声は困ったような一言だった。

 

「仕方なくても、教えて欲しかった。二人で一緒にって言うなら、隠し事なんてして欲しくなかった」

 

 言いたいことはもっとあるけれど。

 

「すまなかった」

 

 虹へ向かってどれだけ歩いても、その麓には決して辿り着くことは出来ないのだから。

 

「……でも」

 

「ユウリ?」

 

 ホップの手から、バンドを受け取り、離れる。

 震える自分の足で、何とか立つ。

 

「同じ気持ちでなんか、いられない。それだけのこと、それだけのことだから」

 

 バンドを腕につけず、ポケットにしまった。

 

 何もかも遠く昔に終わっていて、何もかも手遅れで、今更可能性だったものを手に取ったって、取り返せない、その差は埋まらない。

 

 ただ、失くしたことを知らせるだけだ。

 

「連れ出してくれて、ありがと」

 

 上手に笑えないけれど。

 

「違う道でも、歩いていけるから」

 

 出来る限りの笑顔を返そう。

 

「だから、私と友達になってくれませんか?」

 

「……え?」

 

「聞こえなかった?」

 

「いや、俺、友達ですらなかったのか?」

 

 キョトンとした顔で聞き返してくる。

 

「そうだよ」

 

「そうだったのか……」

 

「"ライバル"でも、"英雄"でもなくて、ただの友達」

 

「なろうって言ってなるもんなのかな……」

 

「わかんないかなー。わかんないよなぁー」

 

「なら分かるように言ってくれよ」

 

「教えてあげない」

 

 ずっと昔、胸に刺さった痛みはもう感じない。

 なにか大事なものを失くした筈なのに、涙も出ない。

 

 でもそれで良い。それで、良いんだ。

 

 ちゃんと、失くすことが出来たんだから。

 

「でもさ、ホップ。戦って無理矢理止めるのが違うのに、私にはそうさせるの?」

 

「それは……」

 

「私にはバトルしか出来ないって思ってるの?」

 

「そんなことはないぞ」

 

「私のこと一番分かってるみたいな顔して。やっぱり分かってないんだ」

 

「……分かってるつもりだったんだ」

 

「そんな顔する人なんて、私、知らないな」

 

「やめてくれよ」

 

「しーらない。どうせバトル以外に取り柄ないですよ」

 

 月虹に背を向けて、一人歩き出す。

 

「お、おい、待てって。どうするつもりなんだよ」

 

「ここからはじめるだけだよ、私が」

 

 振り返らず、答える。

 

 "さいしょからはじめる"って選択肢は、私にはないから。

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