ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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蛍じゃありません


09 ファイア・フライ

 ターフタウンのスタジアムには、初戦のジムチャレンジに集まった観客達が席を埋め尽くしている。

 

 ジムミッションを早々に終えて、芝生の上に立つ、そこには懐かしい空気が満ちていて、ほんの少しだけ過去に戻ったような気がした。

 

「──ユウリちゃんには悪い、でも、公平なジムチャレンジの為なんだな、こうしないと若い芽は出ないんじゃ!行け、タルップル!」

 

 腕を組んでいるヤローは厳しい顔をしてそういう。時を経て、肉体は衰えたように見えない、むしろ樫の木のように硬くなった印象を感じた。

 

「頼むよ、ベベノム!」

 

 向かい合う、互いのポケモン、相手は小柄ながら立派な進化系のドラゴンタイプ。

 

 初手からかつてのエース。間違いなく、一つ目のジムへ挑むチャレンジャーに対して繰り出すポケモンではない。

 

 対する私のベベノム……元ムゲンダイナは正直タイプもよく分からない、図鑑にはムゲンダイナとして処理されるし、そもそもベベノムの情報も少ないから誰も知らないし。

 

 まあ、ムゲンダイナだとは誰も思ってないから自由に出場できて、ある意味利点かもしれない、ある一点を除けば。

 

 しかし、彼の言い方では私がチャレンジ荒らしみたいな言い草だ。私がバッチを既に8個持ってるから、制度上、手を抜けないだけだろうに。

 

「雑草は踏まれて育つ、私が踏んで枯れてしまうような、そんな温室で育った次世代なんて"製品"は頂点に相応しくない──」

 

「どんな生き物だって最初は守られている、種には硬い殻と栄養がある、育てる為に守ることは悪くないんじゃ──」

 

 思考は加速し、私の世界は限り無く静止に近い速度へと変わる。

 

 音が消失し、誰一人として介入できない私の世界、その中で私だけが最適解を選び取る。

 

「──ベベノム!いえき!」

 

「タルップル!先ずは──え、いえき!?」

 

 ベベノムから紫色の酸の塊が放たれ、鈍足なタルップルは躱すことも出来ずに頭から毒液を被る。

 

 これでもう、タルップルが持ってるであろう、きのみは何だろうが食べれないだろうし、自慢の特性は無意味だ。熟成なんてさせない。

 

 突然視界が覆われたタルップルは粘液を振り払おうとジタバタと暴れる。

 

「落ち着けタルップル!そのまま地震だ!」

 

 流石はジムリーダーのポケモンと言ったところか、言葉を聞いたタルップルはそのまま渾身の力を込めて大地を揺らす。

 

 こちらが胃液を使ったのを見て、毒タイプだと判断したのだろう。

 

 スタジアムの足場は揺れ、激しく地面が隆起する。

 

「ヤローさんにしては、ちゃんと倒すつもりなんですね」

 

 再び集中し、何もかもが静止する。

 

 私はその中であまり動いていない場所を目指してゆっくりと歩き始め、そして次の手を──

 

「ベベノム、よけて、どくどく」

 

 私の声を聞いたベベノムは、落ち着いて迫る大地の暴力を交わし、全身から沸き立つような毒の蒸気を放つ。

 

「タルップル!ジャイロボールだ!」

 

 蒸気を回転で振り払い、猛毒を吸い込まずにこちらへ突撃してくる。

 

「……ベベノム、よけて、どくびし」

 

 鈍足な上に直線的な攻撃なんて当たる筈もなく、ベベノムは足元にどくびしをばら撒く。

 

「毒なんかに草の力は負けないんじゃ!」

 

「負けますよ。ベベノム、さらにどくびし」

 

「そんな変化技ばかりで!タルップル!りんごさんじゃあ!」

 

「そのまま突っ込んで。ゼロ距離でベノムショック」

 

 ベベノムはタルップルが放った果汁のような酸液を突っ切り、タルップルに張り付くと、針を突き刺して毒液を解き放つ。

 

「──!?」

 

 タルップルの全身から紫色の毒が流れだし、目を回して気絶した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「な、なんてえげつない技の使い方じゃ……しかもポケモンが傷つくことすら厭わない……」

 

「ところで、ヤローさんは誰からカジッチュを貰ったんですか?」

 

「なんじゃ急に、ルリナさんだけど、それが何か?」

 

「……へぇ、"あまあまなりんごさん"なんじゃあー?」

 

「何を!?」

 

「別に。痛み無くして、得るものなし。きのみで回復し続けて勝とうなんて考えが甘いって話ですよ、ヤローさん」

 

 どいつもこいつも幸せになって私は20年も寝てたって訳ですか。

 

「りんごはすっぱいより甘い方がいいんじゃ!行け──」

 

 一瞬、時間が止まる、交代に合わせてこちらも入れ替えるべきか、まあ、次に何を出したいのかは分かっている。

 

「──チェリム!」

 

 撒かれたどくびしを踏んで、痛そうに跳ねるチェリム、少し可哀想だけどこれが勝負だ。

 

「よくやった、ベベノム!行けぺリッパー!」

 

 交代したぺリッパーの特性で、スタジアムは雨天に包まれる。

 

「いい天気でしょう、晴れの日もあれば雨が降る日もある!酸いも、甘いもの噛み分けてこそ人生!さあ!私が敗北の酸味をまた教えて上げます!」

 

「同時に交代……なんてボール捌きじゃ……だけど負けない!農業は粘り腰!雨だって晴らして見せる!チェリム──!」

 

 わざわざ次に使う技を教えてくれるとは、まあ、ジムチャレンジはエンターテイメント、ただ戦うだけじゃ面白くないのだ。

 

 まあ、別に彼はそんなこと考えてるわけじゃないだろうけど。

 

「──にほんばれ!」

 

 チェリムはヤローの指示通りに、雨雲を晴らし、雲を払って強い日差しをスタジアムに齎す。

 

 閉じられた花弁が開き、チェリムは満面の笑みを浮かべる。

 

「あーあ、折角の雨が、これは暴風が当たりにくいですねぇ、ぺリッパー!」

 

「ぺリッパーも、暴風も、ルリナさんで見慣れて──」

 

 やはり、それを読んでいた訳だ、まあ、彼の自称ライバルのルリナさんならそうしていた事だろう。

 

「──ウェザーボール」

 

 強い日差しの力を受け、轟々と燃える火球と化したウェザーボールがチェリムに放たれる。

 

 何が起きたのかも理解させないまま、自ら仕立てた晴天に焼かれ、チェリムは倒れる。

 

「陽射しも過ぎれば花を枯らす、あと、私はルリナさんと違って貴方に"花"を持たせる理由はないんで、妬かせて貰いました」

 

 もう既に私のこころは炎上している。

 

 彼は、彼らは既に許し難い存在なのだ、醜い感情だと言われても知ったことか、私の都合で燃やさせてもらおう。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「さあ!さっさとバッジを渡して貰えますか!」

 

「……いいや。まだ。僕にはエースが残っている!行け!ゴリランダー!」

 

 繰り出されたゴリランダーは、私の顔を見て驚いて、戸惑った顔をした。

 

「……久しぶり、覚えてくれてたかな?生きてて驚いたかな?ねぇ、私──」

 

「ユウリちゃんには申し訳ないが、君のポケモンで君を止めさせてもらう!さぁ!キョダイマックスじゃゴリランダー!」

 

 赤い光を纏って巨大化し、スタジアムに君臨するゴリランダーは、大木のドラムを出現させる。

 

 これが切り札……そして、私のパーティーメンバーだったポケモンの一匹。自分がやっていることの残酷さに気がつきながら、私を止めようとするなんて。

 

 クライマックスに湧き上がるスタジアム。

 

 私のこころは深く沈澱していく。

 

「……戻れ、ぺリッパー!」

 

 ぺリッパーを戻す。

 

 チャレンジを盛り上げるのに、これ以上の展開はない。私もダイマックスを使うべきだろう。だけど、ぺリッパーは違う、適役じゃない。

 

 ベベノムはダイマックス出来ない、昔から変わらない。

 

 次のボールを取り出すと、ガラル粒子が、腕輪を光らせボールを巨大化させる。

 

 それを何とか後ろへ放り投げ、私は杖を鳴らし、手の平を天に掲げ、ポーズを決める。

 

「プレイタイム・イズ・オーバー!」

 

 私を置いて行った未来に、繰り出すべきは過去は他において存在しない。

 

「来い!リザァァァドォォン!」

 

 繰り出したリザードンは、黒く塗りつぶされたような漆黒の翼を広げ、キョダイマックスする。

 

 その巨躯は天を覆う夜空の闇、炎の翼は星々の煌めき。

 

「黒いリザードン!?そんなの君の手持ちに──」

 

「──キョダイゴクエンで全てを、未来を!焼き払えぇぇぇぇ!」

 

「迎え撃てゴリランダー、キョダイ──」

 

 燃え盛る獄炎の翼が生きた鳥のように羽ばたき、凄まじい熱量と光を放ちながら、相対する深緑を焼き尽くさんと叩きつけられ──爆ぜる。

 

 瞬間、スタジアムは激しい光と轟音の中に飲み込まれ、吹き荒ぶ爆風がトレーナーや観客席を保護する何層ものリフレクター、バリヤーを最後の一枚寸前まで破壊する。

 

 誰もがその迫力に言葉を失い、ただ、光が晴れるのを息を呑んで待った。

 

 そして、その瞬間は訪れる。

 

 光の先、目に映ったのは瀕死になり倒れ伏したゴリランダー、そして鎮座するリザードンの黒い巨体、空気すら焦がすように尚も輝く炎の翼。

 

「──勝者、チャレンジャー!ユウリ!」

 

 勝者を知らせる声に気がついた観客が、遅れて大歓声を挙げる。

 

 それに呼応するようにリザードンは勝鬨の雄叫びを響かせる。

 

 私は背を向けて、空を見上げて手を掲げた。

 

 晴れ渡った空の下、目元だけはまだ濡れていた。

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