ここから、『響け!ユーフォニアム』のキャラクターが登場します。
設定については……。ご覧ください。
※本作執筆開始時点では、『新型コロナウイルス感染症』流行前で、『レジ袋有料化』も行われていなかったため、現在の状況と異なります。
そのため、読んでいて違和感を覚えるかもしれません。
予めご了承ください。
滋賀へ応援に
「何でアルバイトが余所へ応援に行くことになるんだよ……」
愚痴をこぼしながらも、車を運転する。
彼女……律の運転する車は、名神高速道路を大阪方面へ走っている。
『レジの人が皆用事で人手不足なんです。応援に行ってもらえませんか?』
急に本社から掛かってきた電話でそう言われた。
「中山さん、本社から電話」と言われたときは何事かと思ったけれど。
彼女には何の権限も無い。逆らうことはできないのだ。
特に用事もなかったし、交通費と出張手当が付くということだったので、引き受けた。
しかし、高速道路代は出ないとか……。下道で行く距離ではないと思うのだが。
大津インターチェンジで高速を降りる。
出発前にナビに目的地を登録してあるので、音声案内に従って走らせる。
大津市内どころか滋賀県にすら滅多に来ない律は、走ったことのない道をいつも以上に慎重に走る。
併用軌道となっている道路へ出た。平たく言えば路面電車。
律が初めて見る光景……。
彼女が岐阜県に移住した頃には、県内から併用軌道が全廃されてかなりの時間が経っている。
テレビでしか見たことがない。
更に慎重に運転する。
ナビの指示通り、大通りから路地へ入る
。
なんと、こんな路地まで併用軌道になっている。
すると突然、脇道から車が飛び出してきた。
よけようとして咄嗟にハンドルを右に切り、ブレーキを踏む。
それが良かったのか、その車と接触することはなかった。
衝撃は全く無かったが、確認のため車から降り、相手の車へ向かう。
「大丈夫でしたか?」
相手側の運転手も車を降りていた。初老の男性だ。
「ああ大丈夫だ。申し訳ない、こちらの不注意だった」
車に乗っていたのはその人だけで、双方ともに怪我はなさそうだ。
すると、後方から船の汽笛に似た、お寺の鐘とも取れる感じの音が聞こえてきた。
二人して振り返る。……そうだった。
ここが併用軌道であることを忘れていた。
音の正体は電車の警笛だった。
電車は二人が立っている場所より少し後ろで停まった。
運転士がマイクを手に取り、何かを話している。
そして、携帯電話に持ち替えどこかと連絡している様子が見える。
二人はその様子を黙って見つめている。何をすればいいのか判断できないのだ。
しばらくして、運転士が降りてくる。女性だ。
「事故ですか? お怪我とか大丈夫ですか?」
運転士がそう尋ねてきた。律より少し若い感じ。
「いや、ぶつかってはいないんだ」相手側の運転手が答える。
「あ~なら良かったですね」運転士がそう言う。
名札に『運転士 黄前』と書かれている。きぜん? おうまえ? 律には読めないらしい。
「お客様に事故って言っちゃったよ……」そう呟く声が、小さかったが律には聞こえていた。
律が運転士の顔を見る。それに運転士も気付いたのだろう。
「あ、えっと。昔からの癖なんです。本音が声に出て漏れちゃうの。いや、今のは決してあなたを馬鹿にしているとかじゃなくて……」
一方的にまくし立てたのに、律は笑ってしまった。
その姿を見ている運転士の表情が気になった。
「どうしました?」
「あ、いや。
結局、何事もなかったかのように、律は目的地へ向け走り出す。
電車は指令への連絡もあるため、数分遅れで運転再開となる感じだ。
ちょっと時間を使ってしまったが、早めに出ていたので時間には間に合った。
食品スーパー『はらまる大津店』。
律が遠路遥々応援に来た場所だ。
「いらっしゃいませ、お預かりします。はい? お醤油の売場ですか? 少々お待ち下さい。……あ、佐々木さん、お醤油何処ですか?」
一度も来たことのない所での応援なので、売場を聞かれても説明できない。
レジに専念する。
お客様の数としては、自分のいる店より少ない感じだ。
昼過ぎの客数としては、こんな感じなのだろう。
因みに、今日の勤務は13時から20時の閉店まで。中休み1時間。
明日は休みなので、明日の22時からの仕事に間に合うように帰ればいい。
とはいえ、泊まるとしても宿が決まっていない。
休憩時間。遅いお昼ご飯だ。
休憩室へ行くために売り場を歩いていると、さっき見た制服……京阪の制服を来た人を見つけた。
『運転士 黄前』さっきの運転士だ。
彼女も休憩だろうか?
声を掛けようと思ったときには話しかけられていた。
「あ、さっきの」
「あ、はい。えっと
良く見ると、名札に読み仮名が併記してあった。
「はい、京阪の
そういうやり取りの間、彼女……久美子は律の名札を見ていて、首を傾げた。
「中山さん……ですか」
律の名札には『レジ 中山』と書かれている。
「あ、申し遅れました。中山 律といいます」
律がそう答えると、久美子は何かに気づいたようだ。
「田井中 律さんですか?」
そう問われ、律は一瞬固まった。
「元放課後ティータイムの田井中 律さんですよね?」
律の様子で察したのか、小声で耳打ちするように言った。
律は驚いた。
似ている、と言われたことは多いが、ここまではっきり断言されたことはない。
「えっと、中山さんはどこから来ているんですか?」
律がなにも答えられないことで何かを察したのだろうか。話を変えた。
「坂元からです」
「坂元……岐阜県
「はい、よくご存じで。というか、私が
この店の従業員ではないことに久美子は気付いていた。
「私このお店よく利用しますから。普段見ない顔だし、中山さんの車、岐阜ナンバーの車でしたから……」
そう。この二人は若干特殊な出会い方だった。
「今日は20時まで応援に来てるんです。ただのアルバイトなのに……」
「今日だけですか?」
「はい、今日はどこか適当な所に泊まって、明日には帰ります」
「適当な所って、まだ決まっていないとか?」
「応援が決まったのが急で探す余裕が無かったので」
「なら私の家に来ますか?」
「えっ! 良いんですか?」
律としては願ってもない提案だ。
「部屋余ってますから大丈夫です。それに……聞きたいこともあるし……」
最後の方は律には聞こえなかった。
律が聞き返そうと思うより先に、久美子は続けた。
「それじゃあ、21時に
京阪石山坂本線の近江神宮前駅で待ち合わせることになった。
この店からなら10分も掛からない場所だ。
流石に他店からの応援だからか、閉店後はすぐに退勤となった。
少し早いと思ったが、ナビの指示を頼りに近江神宮前駅へ車を走らせる。
駅へ向かう狭い路地に入って進むと踏切があり、そのすぐ横に駅がある。
踏切の先で手を振る人影を見つける。
服装が違うので一瞬誰かと思ったが、久美子だった。
「お疲れ様です。黄前さん」
「中山さんもお疲れ様です。助手席で良いですか?」
確認の後、久美子が助手席に乗り込む。
「案内しますね」
久美子の指示に従い、律は車を走らせる。
車を走らせながら、律はふと気になることがあった。
「普段は車じゃないんですか?」
電車の運転士だと早朝深夜の勤務があるから、車じゃないと通勤は厳しいだろう。
しかし、車なら律の車に乗って大丈夫なのだろうか?
「あ、はい。歩いても15分位の所なので、電車か徒歩です」
そういうことか。なら問題ない。
「ここです」
車なら5分の距離だった。
言い忘れていましたが、律はこのスーパー以外にもう一つ仕事をしています。
そちらは夜勤の仕事です。
そちらについても追々触れていきます。