夕空ア・ラ・カント~中山律の普通な日常~   作:小林司

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 久美子と秀一

 

「あ、今言った話は箝口令(オフレコ)でお願いします。公になったら面倒なので……」

 

「大丈夫です。誰にも言いませんから」

 

「むしろ、その話俺たちにして良かったんですか?」

 

誰にも言っていない事実。

 

しかし、誰かに話しておきたかった……。

 

利用したようで申し訳ないが、律はちょうど良かったと思った。

 

 

律の話が一通り終わった。

 

次は律が話を聞く番だ。

 

「ところで、お二人の関係は?」

 

律は早速気になっていることをぶつける。

 

今までは聞く側だった二人に話が振られ、二人そろって驚く。

 

秀一は手にしていたお菓子を落とすし、久美子に至っては驚きすぎて、口に含んでいたお茶を吹き出す始末。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

律は秀一の反対側に座っているので、久美子が吹き出したお茶が掛かることはなかったが、あまりの慌てように、律まで慌ててしまう。

 

「大丈夫です。すみません……」

 

秀一は、テーブル近くの台においてあるティッシュを久美子に渡し、その間に台拭きで吹き出したお茶を拭き取った。

 

「お騒がせしました」

 

本当に、この二人のやりとりは自然で、見ていて気持ちが良いものだ。

 

夫婦ではない感じだが、付き合いは長いのだろう。

 

 

「こ、恋人同士です……」

 

久美子と秀一が同時に言った。

 

「あ……」

 

「お?」

 

そして顔を見合わせる。

 

声が重なったことが恥ずかしいのだろうか。二人とも顔が少し赤い。

 

初々しい反応だな……。

 

「幼なじみです。かれこれ……何年くらい?」

 

幼なじみなのか……。

 

しかし、言いながら久美子は考え込んでしまった。

 

「そもそも俺ら幾つだっけ?」

 

は?

 

「原作に設定ないじゃん。えっと、今が2027年だから、28歳……?」

 

やはり、35歳の律よりは年下だ。

 

「じゃあ、ざっと20年来の付き合いなのか。いろいろあったけど……」

 

「あったねぇ……」

 

久美子と秀一は二人揃って天井を見上げる。

 

しかし、先程の律と同じように、見ているのは天井ではないのだろう……。

 

 

川島(かわしま)は元気?」

 

秀一は久美子の方に向き直り、そう言った。

 

川島? 律の知らない名前だ。

 

「元気だと思うけど……」

 

久美子は天井を見上げたまま答える。

 

しかし、はっきりしない返事だ。

 

「思うって。同じ会社なのに知らないのか?」

 

「同じ会社だけど、全然違うよ? 緑輝(みどり)ちゃんは、華の京阪特急の運転士。で私は大津線のワンマン運転士だよ」

 

なるほど。

 

川島さん というのは、京阪特急の運転士なのか。確かに同じ会社だ。

 

「私たちが産まれる前は、京都市内にも併用軌道があって、三条まで直接乗り入れてたらしいけど。今じゃあ路線も繋がってない。本線系統と大津線系統は、ほとんど別会社なんだよね。分社化も近いんだから……あれ? 近いんだっけ?」

 

久美子は秀一の方を見て、首を傾げる。

 

「俺に聞くなよ。部外者だろうが」

 

京阪が、大津線系統を分社化する計画は、20年くらい前からある。

 

しかし、その時点で分社化してたら赤字で破綻していただろうと言われている。

 

もちろん、そう言う話を律は知らない。

 

「本線系統に乗務するなら実家の方が近いかな……。あ、でも秀一の方が近いよね?」

 

「俺ん家から通う気なのか……」

 

話を聞く限り、二人の実家はどちらも京都府か大阪府にあるようだ。

 

「近い方が楽だし良いでしょ。ここも偶々(たまたま)見つけた借家だから、余計なお金も掛からないし」

 

「確かにそうだけど」

 

「なんか不満?」

 

「いや、不満ってわけじゃないんだけど。それ言うならお前こそ不満でもあるのか? 家賃光熱費折半って条件で、同居してるんだし……。まあ、俺は居ないことの方が多いけど」

 

「秀一と一緒に暮らしてることには不満無いよ。強いて言うならもっと一緒にいる時間が欲しいけど……」

 

全国を飛び回る演奏家と、泊まり勤務もある鉄道員じゃあ、中々会えないだろう。

 

現に、さっき帰宅したときの久美子の反応がそれを物語っている。

 

「それならやっぱり親と一緒じゃない方が良いんじゃないか?」

 

それでも納得ずくの久美子。

 

秀一は続ける。

 

「だいたい親と一緒だと……」

 

嫁姑の関係が心配なのだろうか?

 

「……やりづらくなるだろ。お前、あの時の声デカいしさ……」

 

そっちの話ですか……。

 

「仕方ないじゃん。秀一のアレ、大きいんだし。アレで声でない子はいないでしょ」

 

なんという話だ。

 

聞いてられず、律は余所を向いていた。

 

既に、かなり前から二人は律の存在を忘れている。

 

「いや、俺のは平均的だと思う……。久美子の方が小さいんだよ」

 

「胸の話は禁止って言ってるでしょ!」

 

胸の話……かつての律なら反応せずにいられたか?

 

「上じゃなくて……。下の方……」

 

「そうなの?」

 

「いや……俺は久美子のしか知らないし……」

 

「私も秀一のしか知らない」

 

初々しい話だな……。

 

「なに秀一、アレおっきくなってる?」

 

まさか……。

 

「仕方ないだろ。久し振りだし、あんな話をした後だから」

 

「したいの?」

 

「そりゃあ……」

 

「なら、しよっか」

 

は? 今ここで?

 

完全に律の存在を失念している。

 

 

律は直視できず、余所を見ている。

 

この場からフェードアウトできたらどんなに楽か……。

 

「あれから麻美子(まみこ)さんは?」

 

秀一の声。

 

麻美子さん? 誰だろう。

 

先程の川島といい、律には理解できない話が続く。

 

……今目の前で繰り広げられているこの状況の方が理解不能ではあるが。

 

「お姉ちゃんか。あれ以降連絡無いけど」

 

久美子の姉のようだ。

 

「どこかの美容室で働いてるらしいよ。詳しい場所は知らないけど。秀一なら会えるんじゃないかな?」

 

「夢叶えたんだっけ。って、場所も知らないのに会えるのか? 場所教えてもらえよ」

 

「連絡無いから無理。そりゃあいくらあのお姉ちゃんでも気まずいでしょ。前からノックせずに私の部屋に入ってくることあったけどね。開けた扉の先で……」

 

「あのとき誘って来たのはお前だろ」

 

「仕方ないじゃん。お金無かったんだから……。開けた扉の先で、妹が幼なじみと……」

 

横目でちらっと二人の方を見る。

 

もう堪えられない。

 

「裸で抱き合っていたと……。分かるなぁ、お姉さんの気持ち」

 

ため息を吐くように言い放った。

 

「あ!」

 

秀一と目が合い、間の抜けた声を上げた。

 

そして、上半身裸の久美子とも目が合った。

 

「うぇぁ!」

 

慌てて腕で胸元を隠す。

 

が、少しの間見えた。

 

……確かに小さい。

 

とはいえ、かつての自分と被った律は何も言えなかった。

 

いや、ここは久美子に『ブラ必要ないんじゃない?』とか、秀一に『私で試してみる?』とでも言うべきだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『♪~お風呂が沸きました』

 

沈黙を破ったのは、湯張りを告げる給湯器の機械音声だった。

 

 

 





久美子 秀一の年齢について。


アニメでの設定に準拠しています。

アニメでは、放送された2015年に合わせて、コンクールの課題曲を『プロヴァンスの風』にしていました。

それを基に計算すると、二人の生年は1999年ということになります。
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