世界に君臨できる実力がありながらも同時代に伝説の王者がいたが故に、栄冠を手にすることはなかった天才、伊達英二。
彼に栄光を…!そう思い、書きました。

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【習作】悲運の天才、その意志を継ぐ者

はじめの一歩を再読。二次創作とかも読む。熱が再燃。

伊達英二。

彼に、選手としてではなくとも世界チャンピオンベルトを手にしてほしかったので書いた。

すげえダイジェスト展開の短編ですが、よろしければどうぞ読んでください。

 

───────────────────────────────────────

 

 

 

世界を獲れる、と評されながらも、史上最強と謳われる王者の前に儚く散った男がいる。

彼の名は、伊達英二。

 

WBAフェザー級世界王者リカルド・マルチネスに二度目の敗北を喫し、もはや現役続行は不可能となり…引退。

やりきった実感もあれば、結局ベルトに手が届かなかった失意もある。

様々な感情を抱きつつも、彼はジムを開き、ボクシングに携わり続けることを選んだ。

 

 

―――そして。奇跡としか呼べぬその出会いは、薄暗い路地裏で始まった。

 

 

 

 

「…なに見てんのよ、アンタ」

 

狂獣のような眼光が、伊達を貫く。

血に塗れた身体を、拳を、禍々しく見せつけるようにして立つ男…いや、まだ少年というべきか。

周囲には顔面をボコボコに腫らして気絶した男たち。

まるきり事件現場であった。

 

「アンタもやるっての?いいわよ、アタシ、イライラしてんの。誰でもいいからブン殴りたい気分なのよ」

 

荒々しく逆立てた黒髪。整ってはいるが、殺意が滲み出た狂相。

挑発するように釣り上げた唇からは、奇妙なイントネーションの女性言葉が暴力への渇望を伴って溢れ出す。

 

…先ほど、血塗れと評したが、彼の身には見た限りでは外傷は全くない。

周囲に死屍累々と倒れ伏しているのは、見るからに暴力を趣味としているようなガラの悪く、身体も大きい連中だった。

 

 

(…パっと見、身長は170あるなし…体重は…60kg、いくかどうかってとこか…?筋肉の付き方は中々見事。手足も長い。だが、決してデカい身体じゃねえ。なのに…これだけのことを、傷一つなくやってのけたってのか?)

 

 

普通の人間ならば、こんな場面を目撃すれば恐れおののき、即座に逃げ出すだろう。

だが、伊達は…その少年に全く別のものを、見ていた。

 

「お前…これ、一人でやったのか?すげえな」

「はぁ…?」

 

恐れるどころか、興味深げに少年を見つめる伊達。その目は、宝物を見つけた子供のように輝いていた。

少年はその輝きに、ちょっと引いた。

 

「ナニよ、アンタ…。そんな目で見て。まさか、そういう趣味でもあんの?アタシ、こんな言葉使いだけどソッチのケはないわよ」

「オレだって妻子持ちだ!そんな趣味ねえよ、バカヤロウ!そうじゃなくてよ…すげえんだよ、お前」

 

伊達はそう言って、倒れる男たちを指さす。

 

「こいつら、見るからにチンピラだ。チンピラだけに、まずまず荒事慣れしてるみてぇだな。身長も体つきも、お前よりずっといい。なのに、お前…無傷だ。並大抵のこっちゃないぜ」

「…………暴力振るって褒められるなんて、初めてだわ」

「暴力そのものを褒めちゃいねえがな。元ボクサーとしちゃ、見事としか言えねえんだわ」

 

元ボクサー?少年は胡散臭そうにつぶやき、伊達を見た。

伊達もまた、少年を真っ向から見据える。

掌を、少年に向けた。

 

「なんなら、ちょっとオレに味わわせてみろよ。お前の拳を」

「ふん…だったら、見せてやるわよ」

 

ザッ!

地面を蹴り、少年が疾駆し、拳で伊達を撃ち抜こうとする!

その先は、差し出した掌ではなく―――顔面!

 

「ッ!?」

「…ヒュウっ!こっちは手ぇ出してるってのに、顔を狙いやがって!ちょっとヒヤっとしたじゃねえか!」

 

伊達は少年の手首を掴み、その拳を顔面スレスレで止めていた。

少年は悔しげに歯ぎしりし、伊達は余裕の笑みを浮かべつつ…内心、冷や汗をかいていた。

躊躇なく人間を、それも頭部をブン殴ろうとする狂暴性は社会不適合者そのもの。

だがある意味で、それはボクシングという狂気のスポーツにおいて、最も大切な素質かもしれない。

何よりもその拳のキレ、速度、力強さは、かつて世界王者と相対した伊達をしても驚愕させた。

腕力だけではない。足腰も含めた全身の筋力が、並外れているのだ。

 

「お前…いいモン持ってるなぁ。格闘技の経験あるのか?」

「格闘技なんてオキレイなモン、やったこともないわよ。ケンカで相手をボコボコにする、それだけよ」

 

つまりは―――天性。

天稟を与えられし、選ばれし者。

そんな少年が、こんな路地裏でチンピラの相手をするだけの毎日。

このままでは、人間として最悪の方向に行ってしまうだろう。

 

(我慢ならねえっ…!絶対に、それは我慢ならねえぞ!)

 

「オレは、伊達!伊達英二だ!ボウズ、お前は!?」

「…鎌尾」

 

しぶしぶといった様子で、少年はボソっと呟いた。

 

「アタシは、鎌尾大鳳(かまお・たいほう)よ」

「そうか、そうか!鎌尾大鳳…いい名前じゃねえの!いいぞ、いいぞ!鎌尾!俺はお前を逃がさねえぞ!」

「ナニがいいってのよ!逃がさないってなによ!」

「ボクシング、やれって言ってるんだ!」

 

はぁ?という顔で、毒気を抜かれたように少年は…鎌尾は、伊達の顔をマジマジと見つめた。

 

「言い方は悪いがな、ボクシングは狂気のスポーツだ。人を殺せるまで鍛えた拳で殴り合う。相手を思いっきりブン殴って褒めてもらえる」

「…………だから?」

「とんでもなく、お前みたいな奴に向いてるスポーツってこったよ!」

 

伊達の中に、ふつふつと燃えるようなものがこみ上げていた。

現役引退し、久しく感じていなかった熱い感情。

それをそのまま叩きつけるかのように、鎌尾に向けて叫ぶ!

 

「お前は…絶対、ボクシングをやるべきだ!」

「…………」

 

立ち尽くす、鎌尾。その手首をようやく離して、伊達は踵を返した。

 

「オレは一応、ちっこいジムをやってるが…オレの元でなくともいい。だが、その拳を…どうか、腐らせるな。それは、宝物だぜ」

 

歩き去ろうとする伊達。その背に、鎌尾の声が聞こえた。

 

「待ちなさい、オッサン!」

 

伊達の熱にあてられたか、彼もまた、叫んだ。

 

「やってやろうじゃないの―――ボクシングとやら!」

 

伊達は振り向き、目を見開き、鎌尾の姿を見つめた。とてもとても、眩しそうに。

 

 

伊達は、鎌尾の未来を幻視したのだ。

神々しいまでに眩しいライトに照らされたリングの上で高々と拳を掲げる鎌尾大鳳。

その腰に、世界のベルトが巻かれる、その未来を―――

 

 

 

 

…日本ボクシング史上最強と自他共に認める世界王者、鷹村守。

伊達には知る由もないが、彼を見出した鴨川源二は、鷹村との出会いをこう評した。

 

【磨く必要のない宝石が、路地裏に転がっていた】

 

ならば伊達は、今はまだ何者でもない少年―――鎌尾大鳳との出会いを、こう評するだろう。

 

【光り輝く鳳凰が、路地裏を歩いてやがった】

 

 

 

 

鎌尾大鳳のボクシング生活が始まった。

文句ばかり言いつつ、練習は自分でも意外なくらいに真面目に取り組んだ。

できないことができるようになるのは、心地よい快感があった。

 

歯に衣着せぬ言動、荒々しい性格は周囲との軋轢を生むこともあった。

それでも誰よりも熱心に練習する鎌尾の姿を見て、次第に皆、彼を認めるようになっていった。

 

「おい、鎌尾!ロードワークに行くぞ!」

「へいへい。分かったわよ、沖田サン」

 

伊達ジムのトレーナー、沖田もその一人だ。

伊達英二に強い思い入れを持つ彼は、鎌尾という存在が最初は気に食わなかった。

【なんだって伊達さんはこんなガキを…】という態度を隠そうともしなかった。

 

「オッサンのケツ追いかけてここまで来たんですって、アンタ。ひょっとして、アレなの?ホモなの?」

 

…そんな風に言い返してしまった鎌尾も、まぁ、いい性格をしているだろう。

その結果、ブン殴り合いに発展し、お互いに痛い思いをしたが、なんとなく分かり合ったような、そうでもないような、まあそんな感じで、何くれと話をするくらいには歩み寄った。

 

会長である伊達にも、練習だの普段の素行だの、ああだこうだと口うるさく言われて辟易することもあったが、どうにも嫌えなかった。

 

幼い頃に両親が死に、親戚をたらいまわしにされ、最後は適当に手切れ金だけ渡されて施設に放り出された。

施設でも孤立し、学校にも馴染めない。荒んだ心のままに暴力沙汰を繰り返し、教師も匙を投げた。

 

鎌尾自身にも問題はあったが、彼にとって大人とは、自分を嫌悪し、遠ざけようとする汚い連中だった。

伊達は、そんな大人とは違っていた。

ボクサーとして、個人として、鎌尾大鳳という存在に精一杯向き合ってくれた。

他のジムメイトに対してもそうだ。才能あるなしに関わらず、一人一人に根気よく声をかけ、指導していた。

そんな伊達を、鎌尾はいつしか尊敬するようになっていた。伊達本人には照れくさくて、口が裂けても言いたくないが。

 

ともあれ、ジムに入って時は経ち、鎌尾はプロライセンスを取得し、ジュニアフェザー級ボクサーとしてプロボクサーとしてのキャリアを歩み始めた。

 

 

 

 

鎌尾大鳳。

プロボクサーとしての彼の歩みは、かの鷹村守をも思い起こさせる鮮烈なものであった。

デビュー戦の相手を1Rどころか一撃で沈め、新人王トーナメントを勝ち進んで日本ランキングを手に入れた。

A級賞金トーナメントは、他を寄せ付けない強さで制した。

日本王者とのタイトルマッチさえ、どちらが王者か分からないほどに圧倒し、王者をリングに沈めて日本のベルトをもぎ取った。

 

何よりも、運にも恵まれた。

数度の防衛戦をこなした彼に、世界前哨戦の話が舞い込んだのだ。

時期尚早ではないかと囁かれもしたが、鎌尾は受けて立った。

 

彼にも、胸に秘する想いがあった。

そのために、足踏みなどしているつもりはなかった。

 

相手は日本人ジュニアフェザー級では最強と目される世界ランカー、南雲流次。

勝った者が世界の切符を手にすると銘打たれたこの試合。

 

観客の誰もが手に汗握る激闘になるかと思われたが、鎌尾は終始南雲を圧倒し、2Rにして南雲サイドからタオルが投入された。

 

「つ…強ぇ…強すぎる…!スゲぇぞ鎌尾ぉっ!」

「イケる!鎌尾なら、絶対世界を獲れるぞぉっ!」

 

世界を否応なく期待させる【力】を見せつけた鎌尾大鳳。熱狂する観客たちに手を振りつつ、鎌尾は傍らに立つ会長に向き直った。

 

「オッサン。とりあえず、チェックポイントには辿り着いたわ」

「あん?チェックポイント、だと?」

「そうよ。チェックポイント」

 

鎌尾は、天を見上げる。その先にいるはずの、何者かに向かって。

 

「いずれはフェザーに上げて、アイツに挑むわ。リカルド・マルチネス…あの、史上最強のチャンピオンに」

「鎌尾…」

「その前に、さ…オッサン。アンタには恩がある」

 

ニカっと、白い歯を見せて鎌尾は笑う。

 

「とりあえず、リカルドのベルトとは比べモンにならないけども…世界のベルト、一本くらいは獲ってきてあげるわよ。ちょっとした恩返しにはなるでしょ?」

「はっ…バカヤロー。もう勝ったつもりか?リカルドじゃなくても、世界チャンピオンだぞ、今までみたいに簡単に行くと思うんじゃねえぞ!」

 

そう言いながらも、伊達は己が幻視したあの日の光景が、現実のものになる予感を前にして、身震いを抑えきれなかった。

鎌尾大鳳。あの日見つけた、雄々しき鳳凰。一生に一度、出会えるかどうかの眩い光を放つ天才。

同時に、不安が募る。

 

(この怪物に、ベルトを獲らせることができなきゃ…それは、トレーナーがヘボだったってことだ…)

 

選手としては、世界挑戦に二度、失敗した。

会長としては、ジムを開いて数年のペーペー。

お世辞にも実績ある名伯楽とは言えない。

無論、鎌尾には己が教えられる限り、全てを教えたつもりだが…。

 

「何をシケた顔してんの、オッサン」

 

不安を見透かしたように、鎌尾は呆れたように、しかしその精悍な顔に決意を滲ませる。

 

「アタシ、やるわよ。アタシの腰にベルトを巻く役目は…オッサン。アンタ以外には絶対、任せないわ」

 

 

 

 

一つの道にて頂点を極めた者と、それに挑む者。

今宵、両国国技館にて、両者は雌雄を決する。

 

「皆様!大変お待たせいたしました!ただいまより今夜のメインイベント…!WBCジュニアフェザー級・世界タイトルマッチを開始いたします!」

 

熱の籠ったアナウンサーの絶叫。

観客もそれに呼応して、大歓声をあげる。

 

「まずは挑戦者の入場だぁーっ!天才と謳われながら、栄冠に届かず散った伊達英二―――その愛弟子が今、リングに舞い降りる!不世出の麒麟児!日本の鳳凰!鎌尾大鳳だぁぁーーーっ!」

 

世界タイトルマッチ―――!

ボクサーならば誰もが夢見る舞台に、鎌尾大鳳は遂に辿り着いた。

その傍らには、かつては選手として同じ舞台で戦った伊達英二がセコンドとして寄り添う。

 

「おおーーーっ!来たぞぉ、鎌尾だぁっ!」

「信じてるぞぉ!世界獲ったれぇーーーっ!」

 

鳳凰を模したガウンを身に纏い、雄々しく入場する鎌尾に満場の観客が沸き立つ。

鎌尾も高々と拳を突き上げ、それに応える。

リング・イン。

一際大きくなった歓声が、両国を揺らす。

 

不意に、鎌尾の胸に熱いものがこみ上げてくる。

自らが歩む道。それを応援してくれる人がいる。

観客だけではない。試合前の控室には、何人もの人が激励に来てくれた。

 

ジムメイトだったり、よそのジムではあっても交流があるボクサーだったり。

そして、伊達の愛妻と愛息であったり。

彼らはそれぞれ、彼らなりの言葉で鎌尾の勝利を願ってくれた。

 

あの頃からは、考えられない。

あの、誰も信じられず、闇雲に暴れるしか自分を誇示できなかった、あの頃からは―――

 

「へっ…鎌尾よぉ。どうだ、気分は」

「どうって?」

「路地裏で暴れてた、行く当てもないワルガキが、今こうして、大勢に期待されてる。その拳が、世界に届くところまで来た」

 

考えていたことを見透かされていたようで、バツが悪くてそっぽを向く。

 

「知らないわよ、そんなの。みんなして大騒ぎなんかしちゃって。アタシは天才なんだから、王様になるなんざ当たり前だっての」

「はっはっは。まるでどこだかの理不尽大王様みてぇなセリフだな!…ま、お前はそれでいいさ。頼もしいってもんだ」

 

伊達は軽口を叩きつつも、握った拳に力がこもっていくのを抑えきれなかった。

 

「正直言うとな…オレの方が感極まっちまうぜ。現役の頃も、世界戦までは辿り着いたが…それとはまた違うな。教え子が、こんな大舞台に立つってのは」

「よしなさいよ。まだベルトをブン奪ったワケでもないでしょ。感動するには全然早いわ」

 

自分に言い聞かせるように呟き、すぅっと息を吸い込み、鎌尾は前方を見据えた。

王者が、入場してくる。

WBCの緑と金に輝くベルトを腰に巻いた、同団体において最強の男。

 

彼とのタイトルマッチはリカルド・マルチネスに辿り着く前のチェックポイントだ。

鎌尾は伊達に、常々そう語った。

それは本音であるが、しかし、決してこの王者を軽く見ているわけではない。

弱い男が世界のベルトを腰に巻けるはずがないのだ。

何度もビデオをチェックし、夢に見るまでそのファイトを脳裏に焼き付け、それを越えるための練習に励んだ。

 

そして、今。

チャンピオンとリング中央で睨み合う。

灼熱の刻が、始まる。

 

 

 

 

両国中央に設置されたリングで両雄が激突する。

かたや、WBC世界チャンピオン。かたや、その首を狙わんとする若き挑戦者。

開始直後から白熱した打撃戦を展開し、1R終了。

 

「まずはイーブンだな」

 

二階級を制した世界王者、鴨川ジムの鷹村守がマス席にあぐらをかきながら呟いた。

 

「あのオカマちゃん、中々いい気合のノリだぜ。初めての世界戦とは思えねえな」

 

ニヤリと唇を歪めつつ、鎌尾の健闘を讃えてみせた。

 

「鷹村さんが素直に褒めるなんて、珍しいな」

「けどよ、確かにすげえよ。世界チャンピオン相手に、全く後れを取ってねえぜ」

 

鷹村と所属ジムを同じくする青木と木村も、鎌尾の強さに舌を巻く。

伊達は鴨川ジムの面々とは親交があり、その縁で鎌尾とも付き合いはある。

新人の頃には、スパーリングパートナーをしてやったこともある。ジムは違えど、後輩と言える関係だ。

試合前にも控室に出向き、激励を行なった仲である。

 

「いやー…自分よりずっと後に出てきたワケぇのが、日本ランキングをウロチョロしてる自分を遠く抜き去って、世界チャンピオンに挑んじゃうなんて…どんな気分なんだろうなぁ?オレ様には全く分からんが!」

 

と、いつもの調子で弄られ、口をへの字に結ぶ青木村。

 

「イケる!イケますよ、これは!鷹村さん以来の日本人世界チャンピオンが誕生しちゃいますよ!」

 

ぐっと拳を握りしめて、日本フェザー級ランカー板垣学が元気よく叫んだ。

 

「うん…!獲るよ、絶対!鎌尾くんが、そして伊達さんが、世界のベルトを―――!」

「いや、戦ってるのは伊達のオッサンじゃねえだろ」

 

ゴツン、と鷹村から手荒いツッコミを食らったのは、フェザー級世界ランキングを保持する幕之内一歩。

頭を押さえつつ、言い返す。

 

「そんなことありません!セコンドだって…選手と一緒に戦ってる。鷹村さんだって分かってるでしょ!?」

「へん…」

 

そっぽを向く鷹村。ンなことねー、と言いたいのか、それとも図星だったのか。その表情からは伺い知れない。

 

「ともあれ…相手はチャンピオンだ。このまますんなりベルトを譲っちゃくれねえ。それだけは確かだ」

 

言い終わると同時に、インターバル終了。セコンドアウトし、2Rが始まる。

 

 

 

 

「…強い、わね。やっぱ王様ってのは、ハンパじゃないわ」

 

1Rと同じく、激しい打撃の応酬となった2R。

その直後のインターバル。うがいで口の中の血を洗い流し、鎌尾は息をつく。

決して打ち負けてはいないが、ダメージは徐々に蓄積している。

 

「お前だって負けてねえ。いや、身内びいきかもしれねえが、むしろ押してるぜ。向こうだって苦しいはずだ」

 

鎌尾の汗を拭いながら、伊達はそう言った。

そんな月並みのことしか言えない自分が腹立たしいが、このレベルの試合になると、もはやセコンドが口出しして介入する余地はほとんどない。

 

(余計なことは考えるな。気の利いた助言の一つもできねえってんなら…せめてこの天才を、最高に気分良く送り出してやるんだ!)

 

パシン!と、鎌尾の肩を小気味よい音を立てて叩き、不安をねじ伏せて笑いかけてみせた。

 

「信じてるぞ!ベルトをふんだくって、オレの手でお前に巻かせてくれや!」

「オッサン…!」

「おう!」

「肩を強く叩きすぎよ!イタイじゃないの!」

「バッキャロウ!気合を入れてやったんだよ!」

 

どうにも締まらない雰囲気で、セコンドアウト。3Rが、開始された。

 

「ったく…アイツは大物ですよ」

 

サブのセコンドとして、これまで口出しすることなく試合を見守っていた沖田が、呆れたように言う。

 

「この大舞台で、あんな軽口叩いて…オレなんて、ここにいるだけで心臓がバクバクだってのに」

「そうだな。アイツはやっぱ、モノが違う。身体だけじゃない、ハートもだ」

 

伊達は言葉を切り、チャンピオンと切り結ぶ教え子を見つめた。

まだ、試合は序盤。これまではやや優勢だが、王者とてこのまま終わるまい。

それでもアイツならきっと…いや、絶対にやってくれる。そう信じた。

 

 

 

 

膠着状態が崩れたのは、そこからしばし時が過ぎた5Rの半ば。

次第にチャンピオンの手数が増え、鎌尾が明らかに押されるようになった。

 

「おいおい、やべぇよぉっ!」

「パンチもらいすぎだ!もっとよく見ろよ!」

 

冷や汗を流しながら叫ぶ青木と木村。板垣と一歩は声もなく、ただ鎌尾を見守るしかできない。

鷹村はそれを尻目に鼻を鳴らす。

 

「…経験値の差が出てるな」

 

そう呟く。

 

「ここまで見る限りじゃ、基本性能はむしろ鎌尾の方が上だ。それでも押されてる。世界で揉まれてきたチャンピオンと、初めて世界戦に臨んだ鎌尾。細かいフェイントや駆け引き、その差が出てきてるんだ」

「何を冷静に言ってるんすか!それじゃあ負けるってこってすか!?」

「それは分からねえよ」

 

うるさく騒ぐ青木をとりあえずブン殴って、続ける。

 

「確かに経験値じゃ不利だ。それでもな…オカマちゃんが、本当に王様になる器だってなら…」

 

その時、悲鳴のようだった観客のざわめきが、一転して喜色に染まる。

防戦一方だった鎌尾が一瞬のスキを突き、カウンター一閃。

チャンピオンがグラつき、そのままマットへ膝をついた。

 

「す…すごい!」

「鎌尾くん…狙いすましたような一撃だった!チャンピオンの上をいった…!」

 

あまりのことに、呆然と呟くしかない板垣と一歩。

鷹村は笑う。

 

「本当に王様になる器だってんなら…そんな小賢しいモン、ぶっ飛ばすだろうよ」

 

 

 

 

ダウンを喫したチャンピオン。だが、さすがにそのままでは終わらない。

カウント7で立ち上がり、憤怒の表情で壮絶な連打を鎌尾に見舞う。

必死に防御し、5R終了のゴングまで耐え抜いたが、足取りは重い。

 

「鎌尾さん…!」

 

リングサイド近くの席で見守るのは、伊達英二の息子である雄二。

隣には、母親である愛子。

 

尊敬する父が、愛する夫が、手塩にかけて育て上げたボクサー。その晴れ舞台。

伊達英二が果たせなかった世界の夢を叶えてくれ、そんなおこがましいことは願わない。

彼は彼で、彼自身の願いのために戦っているのだろうから。

 

だからただ、祈った。

この若者が、勝利を、栄光をその手に掴むことを。

 

 

 

 

6Rが始まる。

恐らくは、このタイトルマッチの分水嶺となるだろうと、誰もが漠然とした予感を抱いていた。

 

先ほどの重い足取りを感じさせぬ、若き力で王を攻め立てる挑戦者。

チャンピオンは老獪な経験でそれを凌ぎ、ねじ伏せようとする。

 

長い、あまりにも長い三分間。

永遠のような三分間。

 

その終わり際だった。

鎌尾の猛攻、チャンピオンがたたらを踏む。

それを好機と見たか、大振りのフックを鎌尾は放った。

 

 

スッ。

 

 

空を切る。

軽やかなバックステップでその一撃を回避したチャンピオン。

 

(誘われた―――!)

 

弱ったと見せかけて仕込んだ、老練な罠。

無防備な、鎌尾の顔面。

チャンピオンの渾身の一撃が、容赦なく襲う。

 

悲鳴のような絶叫が、大観衆から上がる。

ぐるりと、鎌尾の頭部がねじ曲がった。

沖田は顔を覆い、伊達は思わずタオルを握り締める。

 

(勝った―――!)

 

勝利を確信し、チャンピオンは笑い…そして、凍り付いた。

全力で打ち込んだはずの拳だというのに、手応えがほとんどなかったのだ。

 

見守る者たちの悲鳴をよそに、鎌尾は何事もなかったかのように正面に向き直り、チャンピオンを睨みつけた。

あれほどハデに首がねじれたにも関わらず、ダメージはほぼ見て取れない。

 

呆然とそれを見つめる伊達は、一瞬遅れてその理由が分かった。

現役時代に、自分も多用した高等技術。

 

「あ…アイツ…当たる寸前で、自分で首をひねって、ダメージを逸らしやがった…!」

 

心の底から、脱帽した。

この極限の場面で、世界チャンピオンを相手に―――それをやってのけるとは!

 

愕然とするチャンピオン。そのガードはガラ空きだ。

そこを目掛けて、鎌尾の全身が躍動する。

 

肩・肘・手首を連動させて捩じり込むように打ち出す、必殺のパンチ…コークスクリュー・ブロー。

それを心臓目掛けて放つ、ハートブレイク・ショット。

 

チャンピオンの時が止まった。

時が止まった世界で彼が最後に目にしたのは、全てに決着をつけるべく放たれた、鳳凰の拳であった。

 

 

 

 

「決まったぁ~~~っ!チャンピオン、倒れ伏して立てないッ!レフェリーが試合を止めたァーーーっ!」

 

興奮のあまり絶叫するアナウンサー。リングの上では敗者は未だ立ち上がれず、勝者の右腕をレフェリーが高々と掲げる。

 

「新!世界チャンピオン誕生ぉぉぉぉっ!その名は鎌尾大鳳!日本に新たな英雄が降臨!堂々の世界タイトル奪取だぁぁぁーーーっ!」

 

 

「鎌尾ぉぉぉぉぉーーーっ!」

 

 

泣きながら愛弟子の名を呼び、リングに飛び込む伊達英二。

その身体に飛びつき、誇らしく抱え上げる。

沖田もその横で、まるで自分が世界を獲ったかのように歓喜し、ガッツポーズした。

 

「やったぜぇぇぇーーーっ!さすが鎌尾だぁぁぁーーーっ!」

「最高だよぉ!次はフェザーでリカルドをぶっ倒しちまえーーーっ!」

 

狂喜の渦に包まれる両国国技館。

彼らに向けて、伊達に抱えられた鎌尾は満面の笑みを浮かべ、手を振った。

 

 

 

 

「ずごい…ずごいよぉぉぉ…がまおぐんが…だでざんのボグザーがぁ…世界、ジャンピオンにぃ…」

 

涙と鼻水で顔中をボロボロにした一歩が、手が砕けんばかりに拍手を繰り返す。

板垣に青木村も、似たようなものだ。

鷹村は、不敵な笑みを浮かべて呟いた。

 

「オカマちゃんよ。こっからだぞ、本当にキツイのは…。高い山の頂上に立ったら立ったで、次に見えるのは【星】だからな…」

 

 

 

 

今、まさに、鎌尾大鳳の―――新世界チャンピオンの腰に、伊達英二の手によって光り輝く世界チャンピオンベルトが巻かれようとしている。

その姿を、雄二と愛子は瞬きすら忘れて見入っていた。

 

愛する人が渇望して、それに向けて突き進んで、なお届かなかった夢を、その教え子が叶えてくれた。

見ているだけしかできなかった自分たちでさえ、感極まって涙しているのだ。

当の伊達は、どう感じているだろうか。

 

「嬉しい」「感激した」そんな月並みの言葉をいくつ並べようと、表現できないに違いない。

 

「…ううん。まだだよ、母さん。鎌尾さんはきっと、そう思ってる」

 

雄二は涙を拭い、眩しそうにリングの上の鎌尾たちを見つめた。

 

「だって、鎌尾さんが目指してるのは…ただ、世界チャンピオンになるだけじゃない。最強の世界チャンピオンを倒すことなんだから…!」

 

 

 

 

立ち上がった元チャンピオンと、お互いの健闘を讃え合い、握手を交わす。

言葉はない。

ただ、死力を尽くして戦った者同士、不思議な尊敬があった。

セコンドに肩を借りて、自らの足で歩いて去っていく彼の背に、暖かい拍手が送られる。

 

それを見送った鎌尾は、大興奮の観客たちに向き直り、自然と頭を下げていた。

 

期待してくれたこと。応援してくれたこと。己の勝利を、心から喜んでくれること。

 

あの日、暴れることしか知らなかった少年は今、その翼を雄々しく広げる鳳凰となった。

それでも。

 

「これで満足して終わり…じゃ、ないわよね、オッサン」

「ああ。終わりじゃねえ。世界にゃ強い奴なんて、まだまだ山ほどいるんだ」

 

己をここまで導いてくれた大恩ある師が、涙でくしゃくしゃにした顔に笑顔を浮かべた。

 

「鎌尾…!もっともっと魅せてくれ!お前の戦いを―――!」

 

 

 

世界に羽ばたいた英雄、鎌尾大鳳。

その師匠、伊達英二。

彼らの挑戦は、未だ始まったばかりである!

 

───────────────────────────────────────

 

そんなわけで、初投稿の「ぼくのかんがえたはじめの一歩オリ主もの」でした。

オカマ強キャラって好きなんだけど、一歩世界にいねーなー…

と思ったので、オリ主の鎌尾くんの誕生となりました。

ファイトスタイルは伊達さんの教え子なんで、基本はあんな感じで必殺技もコークスクリュー。

その上で鷹村やホークばりの野性的なケンカスタイルもできる、みたいなのを想定してます。

それでもリカルドに勝てる気しねえよ!なんだよアイツ!

果たしてこの後、鎌尾くんはリカルドを倒すことはできたのでしょうか?

それは誰も知らないけども、ただ一つ言えることは、鎌尾くんも伊達さんも、決してその道の途中で挫けたりはしなかっただろう、それだけです。



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