戦記系NTR物エロゲの親友に転生した俺。 作:胡椒こしょこしょ
虫の鳴く音が微かに聞こえる夜。
複数の行燈に照らされた宴会場とは打って変わって、開かれた襖の外は暗く飲み込まれるのではないかと思う程の闇が広がっていた。
そんな暗闇から響いてくる蟲の声をかき消すように、黒子のように布で顔を隠した女が琵琶の弦を弾いてたおやかな調べを奏でていた。
目の前には豪華な御前。
そして向かいでは唯粋が満足げに笑みを浮かべていた。
「儀礼もつつがなく終わらせることが出来た、これほどまでにめでたい日は私にとって久方ぶりだ。ささ、どうぞお楽しみくださいませ。ご要望があればそこに居る者に。」
唯粋が手を向けた方を見ると、これまた布で顔を隠した男が頭を下げた。
隷譲の儀とやらを終えた後に、唯粋が拵えた祝いの席。
しかし、この邸に迎えられた時とは打って変わって気は張り詰めるばかりだった。
当然だ、昨日の今日で似たような宴の場で変な薬を盛られて、それで隣の咎姫....いや今は咎か、彼女の座敷牢に放り込まれているのだから。
確かに彼と形上は友好的な関係を築くのだが、それはそれとして今のこの状況で楽しめと言われて楽しめるはずがない。
また何か盛られて、あの香を焚きしめられた部屋に入れられてはたまらない。
どう考えても目の前の男は気を許せる相手ではなく、目の前の料理も警戒すべき代物だった。
「....おや?どうかなさいましたか?手を付けられませんが....。」
ニコニコと笑顔を浮かべながらも、首を傾げる唯粋。
白々しいにも程がある。
分かってやってるだろ....コイツ。
「....当たり前じゃないですか。昨日自分が行ったこと...よぉく思い出してみては?」
それに対して、特段笑顔を浮かべるわけでもなく言葉を返す。
彼は言われるままに暫し黙って考える。
そして顔を上げると笑顔を見せた。
「そうですね....貴方のおもてなしを致しましたね。お酒なども飲んでその日は楽しく終わりましたっけ?」
「すげぇなお前....お前の中では昨日俺に薬盛って、咎の座敷牢にぶち込んでヤラせたことはなかったことになってんのか。」
背中に薄ら寒い物を感じた。
本気で自分の都合の良いように記憶しているのだとしたら、それほどに話の通用しない相手は存在しなからだ。
しかし、俺の言葉を聞くと彼は愉快そうに口元に手を当てて笑う。
「ふふ...冗談ですよ。しっかりと覚えていますよ、えぇしっかりと。しかし今回の食事には文字通り祝い以外の意味合いは含まれていませんよ。なんて言ったって昨日のアレは私が扱いに困っていたそれを押し付ける為の儀礼の為の布石に過ぎませんから。それさえ終わった今、態々貴方からまた反感を抱かれるような真似は致しません。」
「......。」
まぁ確かに唯粋の言った通りだった。
クスリを盛ったのも、撫麗香を嗅がせたのも全ては今俺の隣で座布団に座っている咎を俺に縛り付ける為の準備だったことが分かる。
...だとしてもなんというか気が進まないのだ。
昨日の濃い出来事が胸の中で尾を引いていた。
「...そんなに気になるのであればそこの角付きに毒味させてみてはどうですか?その為の貴方の下僕なのですから。」
黙りこくった俺を見兼ねて、彼は咎を指さす。
....まぁ、確かに至極真っ当な言葉である。
目の前の男はもちろん、この邸に居る使用人もこの男の部下である。
取り繕わせることは簡単だ。
対して咎はこの家から常々出たいと思っていた。
それに忌子として座敷牢に閉じ込められて冷遇されていて、現状俺にこの家から連れ出してもらうためにも態々あの妙ちきりんな儀式を終わらせて俺の下僕?に扱い上はなっているのだ。
つまりは、一番俺側の人間であると言えるだろう。
咎の方を見やる。
自分が座布団に座っているのに、隣で直にずっと畳で座らせるのはなんだかこっちが居心地が悪くなってしまうので、座布団に座らせた。
しかし、彼女にとっては座布団は興味の対象だったらしくいじいじと指で端の毛束を弄っていた。
まぁ今まで使わせてもらえなかったからだろう。
身体に書かれた猥褻な文言はそのまま、服だけ綺麗な物を言って出してもらった。
一応俺と同じ御膳が用意されているのは、彼女がこの家ではなく俺に縛り付けられたことの証左なのだろう。
客人の連れだからこそ、もてなす必要があるということなのだろうか?
....こうして見ると、閉じ込められていた小さな女の子だ。
さっきのあの底の見えない瞳をこちらに向けてきた少女だとは思えない。
しかし、事実として今も胸に漠然とした不安はあった。
彼女は俺の何かをあの時探っていた。
それが何かは分からないけれど、抱きしめられた時に蛇に睨まれた蛙のように身体が強張ったのは分かる。
本能が警鐘を鳴らしていたのだろうか?
「...?どうしたのですか私の顔をじっと見て。....私は構いませんよ?どうぞ毒味をさせるならそう命じてくださいませ。私は貴方様の咎なのですから。」
臆面もなく、そう言葉を口から綴る彼女。
座布団の端を弄るのをやめて、俺の目を見つめている。
....このまま、祝いの席なのに何も手をつけないのはよろしくないか。
それにここでの食事の安全性を確かめる術を確定させなければ、いつまでも安心してご飯を食べられないのは事実だった。
「...それじゃあ、毒味してくれ。」
「....誰に言っているのか抜けてますけど?」
彼女は惚けたようにそう返してくる。
....誰に言っているのか...つまりは命令するなら名前を呼べということか。
もしかすれば、彼女はずっとこれまで『角付き』だの『アレ』だの『コレ』だの固有の名前を呼んでもらえなかったからこそこちらに名前で呼ぶように促しているのだろうか?
....彼女とは帰る途中で終わる間柄。
あまり彼女に深入りはするべきじゃない。
だとしても、名前を呼ぶくらいは構わないだろう。
彼女のこの家への細やかな抵抗に付き合ってやるのもやぶさかではなかった。
「...毒味してくれ、咎。」
「フフッ...はぁ~い、仰せのままに。それじゃ、あーん。」
クスクスと笑って了承すると、彼女はまるで雛鳥が親鳥に餌を懇願するかのようにこちらに向かって口を大きく開けた。
....え?
「....何をしているんだ?」
「何って毒味しようとしてるだけですけど?」
....??
疑問符を浮かべる俺に対して、再度口を大きく開いて見せる。
...食べさせろと言っているのだろうか?
「....自分の箸で勝手に一口大でも良いから取って食べれば良いじゃないか。」
彼女の前にも御膳があって、箸が置いてある。
毒味であれば彼女が取って食べれば確認できるはずだ。
「え~?でぇもぉ、その箸に何か塗りつけてあるかもしれないですし。それならそれを使って食べないと意味がないと思いまして....。」
確かに彼女の言う通りだ。
流石に箸に塗りつけられているとかは考えにくいが、確認しておくに越したことはない。
しかしだとしてもだ。
「それならそれで、別段俺が食べさせてやる必要はない。ほら、箸は渡すから食べてくれ。」
「別に態々食べさせない理由もないですよね?主サマの使う箸を手に取るなんて畏れ多いですぅ~。」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらも、大仰な言い方をする。
本当にそんなこと思っているのか疑問ではあるが、彼女は箸を受け取る気配はない。
あの時の、抱きしめられた時のような呼び方。
その声色には揶揄うような意味合いを感じられた。
「お前が俺を主と呼ぶのなら、それこそ命令には従うべきじゃないのか?」
「あ~ん。」
「命令に従わないことこそ畏れ多いと.....」
「あ~~~~~ん!」
俺の言葉など聞くつもりもないのか、身を乗り出す咎。
こちらの言葉に意図的に被せているだろうと思う程に大きな声を出しながら、口を開けて待つ。
身を乗り出すあまり、俺の右腕にぴったりとくっついてしまっている。
どうやら譲るつもりはないようだ。
さっきから咎にばかり意識を向けてしまっているが、唯粋はどうしているのだろうか?
朝なんて、咎が話すだけで茶をぶっかけて冷たい言葉をぶつけていた彼だ。
そんな彼がさっきから意識を向けることもないほどに気配も感じないのはどういうことなのか。
気になって視線を少し唯粋の方へと向ける。
「.....。」
すると唯粋は笑顔を浮かべていた。
しかし、目を細めながらも肘掛に肘を付いて頬杖をついていた。
そして俺と咎をじっと見つめている。
さっきからうるさい程に嬉しそうにしていた彼が何も言わずにこちらをただ眺めている様は不気味の一言に尽きる。
....どういう感情?
「...分かったよ。お前、それ以外で毒味するつもりはないんだろ?」
俺が尋ねるも、彼女はただただ口を開けて待っている。
小鉢の中の肉を箸で摘まむと、口の中へと運ぶ。
彼女が肉を含むのを確認すると、箸を引く。
彼女は咀嚼すると、嚥下する。
そして、こちらにまた笑顔を見せた。
「取り敢えずその小鉢からは変な味はしませんでしたよ?」
「そうか....。」
頷くと、また彼女の口に別の小鉢の物を食べさせる。
....箸の事を考えると、これでご飯食べないといけないよなぁ。
箸にも何か塗られているかもってことで俺の箸で毒味させているわけだし。
....いや、別段考えすぎるのは止めよう。
確かに間接キスではあるが、年下だしなんなら状況が状況だ。
彼女もこちら側ではあるが、完全に心を預けるには足りない。
心を許すわけにはいかないのだ。
「今後の予定について話したいのですが、よろしいですか?」
彼女から目を逸らすと、ちょうど唯粋と目が合う。
すると唯粋は話を切り出した。
今後の予定....。
彼と友好関係を築く際に約束させた日ノ本での活動の支援。
人脈づくりや技術提供。
多分彼はそのことについて言っているのだろう。
「構いません、話してください。」
咎に毒味させながらも彼を促す。
すると彼は微笑をたたえながらも、口を開く。
「分かりました。....あっ、その前にせっかく友達になったのですから度々見せるように気安く敬語を使わずに話していただけると私としては嬉しいのですが....。」
「...分かったよ。それじゃ、話してくれ。」
友達というのにやけにこだわるな。
....やっぱりさっき朝に言っていたように友達が居ないというのは本当なのかもしれないな。
だとしても、こちらからすると表面上での友人関係なのだが。
「えぇ、それでよいのです。気の置けぬ間柄らしい話し方になったではないですか。...それじゃ、話を始めますが貴方様には撫麗香の西への流通ルートになってもらいます。そのうえで取り扱う以上は詳しくあの香が何か知る必要があるでしょう。そしてさっき言った通り、私が作ったわけではないので説明することが出来ません。...だからこそ、貴方様を明日製造元である『這原家』へと連れて行くことに致しました。流通を行う以上は製造元と面識があった方が話が円滑に進むだろうとの考えから来たのですが、よろしいですか?」
彼はこちらに首を傾げながらも聞いてくる。
確かに撫麗香の西側の流通ルートの構築が国交を築く為の条件の一つだった。
それはここが彼らの土地で自分としては無事である為にも彼らの条件を飲んだのもそうだが、撫麗香の流通を正式にこちらの手中に収めることでオズワルドが宮中で行っているエルレージュへの籠絡行為を行いづらくすることが出来るという利点に目を付けたのも事実だ。
アレの効能を体験したからこそ分かるのだが、アレはオズワルドのような野心溢れる人物の手中に収めておくべきものではない。
ちゃんと国の正式な輸入品として管理すべき代物だ。
少なくとも知らない間に一貴族の手中にあって良い物ではないと断言できる。
王族というのは世継ぎなどが重要な要素となる。
だからこそ、無理やり盛らせることが出来るあの薬は危険だ。
あの香は人の理性を溶かす、俺がこの身で味わったのだから間違いない。
だからこそ、管理する上では詳しい仕様を知っておくべきだろう。
撫麗香....別名愛善だったか。
愛善であれば、俺の原作知識にもある名前だ。
帝華の暴虐公が自陣のヒロインを捕らえた時にエロシーンで使っていた調教道具の一つ。
しかし、逆に言えば原作知識を含めてすらその程度の知識しかない。
つまりは開発者と直接会うことで撫麗香について知る必要がある。
だからこそ、唯粋の提案は俺からすれば渡りに船だった。
「...あぁ、それで良い。俺も、撫麗香の製造者とやらに会ってみたかった。」
それに、こんなとんでもない物を作った人間の顔も拝んでみたかったのだ。
これがなかったら、隣の少女....帝華を傾けた悪女の幼年期なんて言う爆弾を引き受けるなんて面倒な轍を踏むことはなかっただろうから。
怨みも多少はある相手だ。
「そうですか、這原殿はとてもお年を召しておられますがとても陽気で話しやすい御方です。きっとベゼル殿とも良い関係が築けるだろうと思います。」
唯粋は俺の返事を聞いて、ご満悦に語り出す。
それにしたって這原か。
....少なくとも俺の覚えている範囲の原作知識にはない名前だ。
また事前知識が通用しない相手ってことか....。
日ノ本に来て早二日だが、こんなことばかりだな。
もしかすれば愛善の時のように、原作知識にある人物・組織名の別名かもしれないのだが。
「だと良いんだけどな...。」
正直目の前の人間に陽気で話しやすいとか言われてもいまいちそうとは思えないんだよなぁ。
言っている人間が人間なだけあって、今俺は目の前の男に接しにくさを感じているわけだし。
「全て問題ないと思われますわ。何か盛られているということはないかと存じます。」
御膳の方はあらかた毒味させ終わって、咎は俺の顔を近くで見上げながらそう口にした。
身を捩って、ぴったりと寄り添ってくる彼女から距離を離す。
されど、顔の向きだけは彼女へと向けていた。
「そうか....ありがとう。」
「ふふっ...主サマの命令ですから...。」
俺の言葉を聞いて、面白おかしそうに笑う咎。
そんな彼女の顔から視線を外して御膳の方を見る。
そして小鉢の内の一つを口に放り込んだ。
繊細な出汁の風味。
流石はもてなしの一品であると言えるように手間をかけて作られたのだとなんとなく感じる。
もっとこう...肩肘張らない状況で食べれたらなぁ。
そう思わざるを得なかった。
◇
宴会場の行燈も消え、邸全体が寝準備に入る真夜中。
もはや虫の声すらもしない闇が周囲をぼんやりと覆う中をただ見ていた。
どうやらちゃんと俺の客間はあるようで、そこそこの広さの和室だったのを宴会の後に知った。
そりゃ俺は客人なのだからあるのが当たり前ではあるのだが、初っ端で座敷牢にぶち込まれたこともあって綺麗な室内で寝ても良いことに少し驚いてしまった。
...まぁ、明日には駕籠に乗って這原家というところに赴くことになるのだが。
風呂に入った後、厠を済ませた。
廊下は点々とろうそく由来であろう明かりで照らされているが、それでも暗くてどこか不気味だ。
それこそ和ホラーとかで在りそうな光景である。
そんな中、静寂を歩き進んでいると内側から障子がうすぼんやりと照らされた部屋が一つある。
ここが俺の客間である。
障子を開ければすぐに中庭の石庭を見ることが出来る。
有名な人に作らせた物らしく、客人を目でももてなすという意図があるらしい。
これも細やかな心遣いということだろうか?
こういうところはなんというか日本がモチーフの国らしいというかなんというか。
そんな心遣いを見せるくらいなら前日に薬盛って座敷牢になんかぶち込まないで欲しい。
やっていることが乖離していて風邪ひくわ!
そう思いながらも、ゆっくりと戸に指をかける。
昨日は撫麗香のせいで意識が混濁して記憶がなかった。
だからこそ、しっかりとした意識でこの邸で夜を過ごすのは何気に初めてなのである。
出来るのであればゆっくりと今日の朝らへんにあったゴタゴタによる疲れを癒したいものだが....。
そう思って戸をゆっくりと開いた。
「あら、遅いおかえりですわね。」
「....色々あったからな。長風呂くらい許されてしかるべきだろ。」
敷かれた一枚の布団の近くに、足の付いたお盆のような物。
その上には徳利と二つのお猪口が置かれている。
そして、その近くで足を崩して座っている咎。
彼女を先に入浴させたからか、着物の隙間からはもうあの下卑た落書きは見えることもなく、ただ熱に浮かされてほっこりと赤く上気した肌が見えるだけ。
こちらを見て、薄く笑みを浮かべている。
「まぁ私も貴方様の物となったことで、ゆるりと湯を楽しむという娯楽を享受できるのですから、構わないのですけれど。」
「...良かったじゃないか。」
入浴は娯楽ではないのだが.....。
いや彼女の場合は今までの立ち位置が立ち位置だからこそ、水浴びくらいしかさせてもらえなかったのかもしれない。
俺に縛り付けられて家から解き放たれたことで、風呂などで抑制を喰らうこともなくなったのだと考えるとさぞや嬉しいだろう。
ただそれでも全てが全て変わったわけではなく、彼女と俺で部屋を別の物にすることは出来ないらしい。
まぁ、彼女はシントゥーの教えで忌避されているのだから縛り付けた俺から離すなんて真似はしないだろう。
....出来れば、部屋で一人になりたかったのだが。
しかし態々そんな軽口を叩いてやるほどの仲でもないし、そこまでの仲になるつもりもない。
俺は彼女に深入りしない。
この国を出て、彼女をどこかに放逐するまでの仲だ。
そう割り切らなければ、現に目の前の彼女は俺の何かを探らんとした。
それは紛れもない事実なのだから。
「それで?それは一体どういうつもりだ?」
自分の中で彼女へのスタンスを再確認すると、気になっていた本題に切り込む。
指差すのは徳利の乗ったお盆。
多分、察するにそれは酒だ。
宴会の際には唯粋に隙を見せるわけにはいかず、あまり飲むこともなかった酒。
それを、なぜ彼女が部屋に持っているのか。
「宴の時には、あの人が居て飲むに飲まれなかったでしょう?だから、そんな主サマの為に、晩酌の準備を整えた...というわけです。」
微かな笑みを着物の裾で隠す。
心遣い...なのか?
いや、だがそうだとしても俺が取るべき行動は一つだろう。
「用意してもらって悪いが....人前では遠慮させてもらおう...。」
「あらあら...どうやら私、警戒されてしまっているみたいですわね。あぁ、悲しいですわ主に信じられない僕に一体何の意義がありましょう...。」
よよよ....とわざとらしく着物の裾で目元を隠して泣いているような仕草をする。
声色的に本当に泣いているわけではないだろうが。
彼女の前で、隙は出来る限り見せたくない。
だからこそ、酒を飲むわけにはいかない。
たとえ初日のようなお気楽なテンションでないとしても、酒を飲むと言うことはイコールでリスクを自分から増やすことに他ならないからな。
「お前に警戒しているというより、自分に警戒している。酒を飲んで軽率な行動に走らないように、自制することにした。」
「あら...例えば、昨日のように私を貪る....とか?」
「....」
そうじゃない。
そうじゃないけど、話に出さないで欲しい。
あんま覚えているわけじゃないし、今日大変だったのアレのせいだし。
「...違うな、お前の兄と初日に酒を飲んだせいで隙を晒してしまった時のことを言っている。」
「なるほど....それでも、ここに居るのは私一人ですし、それに...私もご相伴に預かろうと思っているのですが....。」
窺うようにこちらの顔を覗く咎。
上目遣いでこちらで見つめる彼女から目を逸らした。
お猪口は二つあるが、そういうことか。
「....酒が飲んでみたいってことか?なら、勝手に飲めば良いだろう。」
俺がそう言うと、彼女は目を細めながらも笑みを見せた。
「それもあるにはあるのですが...一番の目的は、貴方...ですよ。」
「...俺だと?」
聞き返すと、彼女は頷く。
「えぇ。私は、貴方の事が知りたいんです。貴方は私のことを多少なりとも知ってはいるけれど、私は貴方のことをほとんど何も知らないでしょう?それは少々...不平等ではなくて?」
「人の僕とか言っている時点で、不平等も何もないんじゃないか?」
彼女は僕に縛り付けられている身。
だからこそ、既に不平等どころか名目上では俺の下ということになる。
だから正直不平等もクソもない気がするのだが....。
「それもそうですわね。....だったら。」
彼女はゆっくりと立ち上がる。
そしてこちらへと歩み寄るとあと2歩、踏み出せば届く距離で立ち止まる。
真っ直ぐ俺の目へと向けられる眼差し。
「私の事を...連れ出してくれる。あんな暗い座敷牢の中から掬い出してくれた殿方のことを知りたいと...思うのはおかしなことでしょうか?」
首を傾げながらもそう言ってくる。
ゆっくりと1歩踏み込む。
そして、手をまるでこちらに絡めとるかのようにこちらへと伸ばす。
「これから自分の手綱を握ることになる方と仲良くなりたい...近づきたい....。ただ偏に咎はそれだけの為にここに居るのでございます....。」
上目遣いでこちらを覗きながらも、伸ばされる手。
距離は刻一刻と近づいていく。
そして同時に、彼女は俺との心理的な距離すらも埋めようとしているのだと分かった。
殊勝そうな顔をしている。
それは儀式が終わった後に見せた底の知れなさなど嘘のようだった。
彼女は俺を詮索しようとした。
今も何か企んでいるのかもしれないし、もしくは...ただの善意なのかもしれない。
だけど、どちらにせよ俺が取るべき姿勢は一つだった。
伸ばされた手が俺の腕を掴もうとする。
そんな彼女の手首を、俺は逆につかみ取った。
こちらには、頑として差し伸べた手をこれ以上近づけさせない。
「俺は....お前と心を通わせるつもりはない。お前の兄貴の要求は日ノ本からお前を連れ出すこと。そして、お前の望みは自由になることだろ?...だったら、俺はお前を連れ帰らない。途中のどこかの国に最低限の金とかを持たせて降ろすつもりだ。つまりお互いの事など知る必要はない。俺にとってはお前の兄貴に課された条件として、お前は兄貴から解放される為の当て馬として。俺達の関係はそれで良い。違うか?」
それでいい、それが良い。
目の前に居るのは確かに可愛そうな身の上だったが、確かに一つの国を衰退させた魔性の女。
そんな女を幼いとはいえ、自国に招き入れるのはリスクでしかない。
この国に居る間、彼女を抱え続けなければいけないのは最早しょうがない。
だけれど、その線引きだけはしっかりとしないといけない。
期待させるくらいなら先にそう示しておくべきだろう。
彼女は俺に縛られているなら、猶更。
彼女は腕を握られたまま、俺の言葉を聞いて固まる。
しかし、ゆっくりと口を開く。
「それは...何故ですか?」
「それは.....。」
答えられない。
お前は将来、傾国を為すような悪女になるから自分たちの国に招き入れるなんてもってのほかだなんて。
それは俺が原作を知っているからこそ言えることであって、彼女達からしれみれば確定していない未来だから。
言いよどんでしまう俺。
そんな俺を見て、彼女は笑みを浮かべる。
「それって...貴方が、本当は軍師だってことと関係があるのですか...?」
「..俺は、君にそんなことは教えた覚えはないんだが。」
彼女は俺の事を本当は軍師だと言い当てた。
初日の宴の際に彼女の兄などには身の上話の際に言った覚えがあるが、彼女にはそんなことおくびに出したこともないのだ。
すると、彼女はクスクスと笑う。
「私、耳が良い物で...道行く使用人たちの話声を盗み聞きして知りました。軍師なのに、人を連れて使者に来ていない辺り、彼は何かをして使者という体で厄介払いされたのでは....?とか。」
「俺、そんな風に言われてたんだ....。」
どうやら宴の際に、唯粋に話しているのを側使えの人間に聞かれていたらしい。
それにしたって結構酷い言われようだ。
そして尚且つそれがあながち間違いでもない。
言うならば自分から乗ったとはいえ、オズワルドから邪魔者扱いで厄介払いされたのと同義だからだ。
それを逆手に取るつもりで、今ここに居る。
「それで私を連れ帰らないのは、ただでさえ厄介払いされたのに女まで連れて帰ったら、本分を疎かにして女に走ったと揶揄されて....自身の立場がさらに危うくなるから....ですか?」
「...。」
違う、そうじゃない。
君のことを自分たちの国に入れるだけで、リスクが伴う。
でもそんなこと言えるわけがなかった。
だってそんな未来のことは、原作を知っている俺しか知り得る情報ではないから。
「...だんまり、ですか。それもそうですね...私の言っていることは要するに今まで人に冷たくされた分、少しでも優しくしてる人の事を知りたいと言いながら、さらにこちらを見てもらおうとしている。要するに、寂しがり屋の子供の駄々と一緒ですから....。」
「いや、駄々では...ないだろ。境遇を考えれば...当然だ。」
すると、彼女は自嘲的な笑みを浮かべた後に顔を伏せる。
悲しんでいるようにも、諦観的になっているようにも見えた。
多分、彼女が言っている通りなら責められるべきは彼女じゃない。
あんな目にあって、飄々として見えても思うところがあって。
それでこちらに助けの手を求めるように、...今まで得られなかった人とのまともな交流を持とうとしている。
それはきっと尊重されるべきことなんだ。
それは分かる。
でも...。
彼女は伏せていた顔を上げて、俺を見る。
その目は、まるで俺に縋りつくかのように不安げで。
固めた心を揺らそうとする。
「それなら.....私に、同情してくれませんか?貴方のことを聞く。ただそれだけで、...この身はきっと満たされるのです。...ね?」
同情。
同情は...多分少しはしているのかもしれない。
いや、それ以上に昨日の夜の事や今日の儀式、そして彼女の素性から厄介なことになったというのが大部分だが。
それでも座敷牢や言葉、唯粋や使用人の態度でどんな境遇だったかは想像に難くない。
それに心を動かさない人間が居るのなら、多分真正の鬼畜かサディストか。
だけれどやはり、そんな情に絆されて中途半端な真似なんか絶対に出来ない。
してはいけない。
目の前に居るのが爆弾で、俺は自国の為に動くべき身の上で。
「...俺は、エルアーダという国の軍師だ。使者としてここに来た。...それ以外は教えられない。悪いが俺は...君に同情出来ない。」
目の前の少女を言葉で突き放した。
静まり返る部屋。
空気だけが置き去りになったかのような感覚。
しかし、そんな静寂を彼女は切り裂いた。
「....まぁ、そう簡単に話してくれるわけないですよね。結構、可哀想に見えたと思ったのにな~....。まぁここから出たことないですし、人との交流がないとこんなものですかね。」
彼女の顔はさっきまでの不安げな様子はどこへやら。
あれは、演技だったのか。
確かに彼女はこの邸に軟禁されていた。
それで、あんな風に振舞えるというのは何というか末恐ろしさを感じていた。
「油断も隙もないな....君は。」
「これでも、あの人と同じ血を分かっていますから。...こんなこと言うと、あの人は否定するのでしょうけど。」
あの人というのは唯粋のことを言っているのだろう。
俺に縛り付けられてからというもの、彼女は唯粋のことをお兄様ではなくてあの人と呼ぶようになった。
家から解き放たれたことで家長制度的な上下関係から解放されたということだろうか。
「でぇも....。」
彼女は悪戯のように一瞬笑うと、俺の手を振りほどいて...俺を軽く突き飛ばした。
こちらに近づこうとしていた彼女が突然距離を開けた。
押されて面食らっていると、彼女は顔を逸らす。
「同情出来ないって、真正面から言われるとさすがに私でも傷つきます。私だってちゃんと女の子なのですよ?」
「あ...いや、それは悪かった。」
「もう知りません!お酌でもしようと思ったけど絶対してあげませんからね?一人で寂しくお酒でも飲んでてください。ふん....!」
ちゃんと女の子な子は自分の事をちゃんと女の子とは言わないんじゃないか?
そう思いながらも、彼女に謝る。
しかし、彼女は珍しくツーンとした....あたかも年相応の少女のように顔を逸らす。
そして....俺の布団の中で丸くなった。
....え、何してるの?
あの...あんだけ不穏な空気とか出しといて、最終的にやることふて寝っすか!?
「なぁ...そこ、俺の布団....。」
「.....。」
返事がない。
布団に近づいて、膨らみを叩く。
「そこで寝られると、寝れないんだけど。」
「.....」
どうやら徹底して無視を決め込むつもりらしい。
なんだこいつ....。
さっきまで振舞いを変えてまでこちらの歓心を絡めとろうとしていた人物とは思えない。
朝に感じた底知れなさ。
今の彼女にはそんなものは感じない。
ただ拗ねてる年下の少女を相手にしてるような感じだ。
「なぁ、聞こえているんだろ?返事くらいしたらどうだ。そんでもって早く退いて自分の布団を敷いたらどうだ?」
「.....。」
「....はぁ、しょうがない。なら実力行使で....おっも!かっっった!!?」
返事もなく、出てくるつもりもないならと毛布を剝ぎ取ろうとする。
しかし、毛布は重く布団自体に硬く縛り付けられているかのように持ち上がらない。
彼女の力の強さは朝、感じた。
ということは毛布の内側から剥ぎ取られないように彼女が握りしめているのだろうか?
...朝母親に起こされて、起きたくない自堕落な高校生かよ。
マジでびくともしないんだけど....。
「もう...いいや....。」
溜息を吐いて立ち上がると、その布団に背を向ける。
それならもう一枚布団を敷けば良い話だ。
確か、この客間の押し入れに入っているんだったか。
そう思って右足を一歩踏み出した。
その瞬間、左足首を何かに強く握られた。
「は?」
足元を見る。
すると、背後からきめ細かく艶やかな白磁のような白い手が伸びて俺の左足首を掴んでいた。
首だけ振り返ると、その手は咎が包まっている布団から伸びていた。
絵面だけ見たら軽くホラーである。
「お、お前一体なっに....!??」
何をしているのか。
そう聞こうとした瞬間、凄まじい力で左足首を引かれる。
突然こんな力で引っ張られたことで転んで畳に顔を強打する。
そして痛みを感じる暇もなく、ずりずりと布団の方へと身体が引っ張られ始める。
「いった...待て待て待て!!なんだ、どういうつもりだ!!!?ちょっ...引っ張る...な....」
なんとか引き込まれないようにするも、近くに掴まれる物などなくて虚しくも畳の表面を引っ掻くのみ。
片方の足で布団を蹴る。
しかし、布団の中の彼女は何の声も発しない。
ただ....。
「ちょっ...あっ、あぁああぁああ!!」
蹴られて怒ったのか、さらに力が強くなって為すすべもなく畳の上を滑っていく。
足先がふかふかとした何かの中に入った。
布団の中だ。
その感触を自覚する前に、どんどん布団の中に引き込まれて行って最終的には目の前が真っ暗になった。
怒涛の出来事で理解が追いつかない。
それでも分かることは、ここは布団の中だということ。
藻掻こうとして身じろぎを取るも、がっちりと柔らかくすべすべした何かが俺の両足にがっちりと絡みついて身動きが取れない。
これは...彼女の足か。
「ふふっ...慌てすぎ。」
そして、少女の重みを体に感じると目と鼻の先で彼女の息がかかる。
目の前に、彼女の顔があった。
両腕は押さえつけられている。
マウントを取られていた。
「なんかぁ~、さっき重いとか硬いとか言ってましたけどぉ~。どうですかぁ~?私の身体。重み、感じてます?硬くないですねぇ?私の身体。」
「お前、何のつもりで....!」
さっきの俺の発言を揶揄するようにクスクスと笑う彼女に半ば怒鳴り口調で問う。
しかし彼女はまともに取り合うことなく、薄暗い部屋の闇にぼんやりと彼女の笑みが見えた。
「私、せっかくこの狭い籠の中から解き放たれるんです。だから私....自分のやりたいこと、全部やりたいんです。今までの日々を取り戻すかのようで恥ずかしいのですが。それで、貴方は...その国では軍師、なのでしょう?だから、私には貴方が必要なんです。」
そう言いながら、身体を今以上に強く密着させる。
身体全体で彼女の温度と重みを感じる。
重みはあれど、まるで変温生物のように冷たい。
そのまま腕を伸ばすと、身体を少し起こす。
それでもなお力が強くて彼女の絡みつく足を振り払うことが出来ず、自分の上から退かすことが出来なかった。
そして、暗闇の中彼女は盃を傾ける。
なぜいきなり酒を飲み始めたのか。
そう困惑するのも束の間、彼女はこちらを見下ろして目を細めた。
そのまま顔を近づけてくる。
「っ放せ....!このっ...っ....!?」
彼女が何をしようとしているのか、なんとなく察して顔を逸らそうとする。
すると両手で首を固定される。
直後に唇に感じる柔らかい感触。
それに目を見開くも、それすらも強引に捻じ込まれる舌で乱される。
人肌に温められてぬるい酒が喉に流し込まれていく。
吐き出すことも出来ずに否応なしに酒を摂取させられた。
「っぷは....お前.....。」
「だから、同情はしてもらわなくて構いません。ただ....貴方の心根に、私を釘付けにします。...そうすれば、この温もりは...ずっと私の物ということでしょう?」
彼女は蠱惑的な笑みを浮かべる。
その笑みには自信に溢れて、あたかも可能であると言っているかのよう。
分からない。
温もりはずっと自分の物。
それだけ考えると、彼女はこの家から解き放たれて俺と接した。
交流がある人間は現状俺だけで、だから分かれることに人恋しさを感じているのか。
いや、だが自分のやりたいことを全部する為に俺が必要とも言っている。
彼女は俺が軍師で元の国ではそこそこ高い地位にいることは分かっている。
だからこそ、俺についていくことで俺の権力を利用しようとでも考えているのかもしれない。
目の前の少女は、目まぐるしく見せる一面を変える。
分からない。
分からないということはとても怖い。
それは、この国に来るまでに原作知識が通用しなくなった場面で味わったことだ。
分からないということは何が起こるのか、何を考えているのか予測できないから。
そして、今そんな少女に執着されていること自体が一番自分を戦慄させるのだ。
彼女は再度盃に手をかける。
次なる宴はしめやかに始まりを告げた。
あけましておめでとうございます!
口移しでアルハラって咎姫さんマジっすかぁ!?
女の子に口移しで無理やり酒飲まされたいです。