―“怒り”を継ぐ者―   作:サクランボーイ

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追想のラース

 

「つぇりゃああァァッ!」

「うぉぉおおォォ!!」

 

 森に鈍く響き渡る、岩同士を激しく打ち鳴らしたような音。

 一つ二つと数を重ね、やがてマシンガンの如く猛烈な激音に至る。

 お互い手加減なしの全力、打ち所が悪ければ大怪我もあり得るまでの威力が含まれた二人の()が一層強く衝突すると、双方弾かれたように後方へ弾き飛ばされた。

 

「おい! リィリスッ! もっと本気(マジ)でかかってこいよ!」

「だったらアタシをその気にさせてみなよ、っと!」

「うおっと──へっ、言われなくても、やってやるよ!!  火竜(かりゅう)の──」

 

 少女、リィリスの側転して勢いが乗った飛び蹴りを難なく交わした、桜色の髪をした少年が拳に炎を滾らせリィリスへと駆けて行き、そして──

 

鉄拳(てっけん)ッ!!」

 

 竜をも滅する事のできる炎を纏った一撃。

 炎の滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)であるナツ・ドラグニルは、およそ少女に向かって放つべきではない一撃を容赦なく撃ち込んだ。しかし撃ち込んだ本人だからこそ確信していた。

 

 彼女にこれは当たらない、と。

 

 そしてそれはすぐさま現実となる。

 さっきの蹴りを放った体勢によって後ろ向きになっているにも関わらず、リィリスは炎の範囲も含めて紙一重の所で躱したのだ。そして回避するのに勢いよく捻った上半身のバネを使い、ナツのがら空きとなった胴へ掌底。

 しかし、寸でのところで少年が片足を軸に背中から回転、回避してそのまま後ろ回し蹴りをリィリスの上半身へ直撃させた。

 数メートルもの距離を砂と地面が擦れ会う音が彼女の靴底を振動させる。それによって再び距離が空いた事で膠着状態となる。

 

 勝負有り。

 

「~~ッ、く、悔しいぃぃっ!!」

 

 片腕でガードしていたリィリスは心底悔しいと顔をくしゃりと歪めて地団駄を踏む。

 

「なっはっはっはっ!! どうだ、これで俺の勝ち星が増えたぞ!」

 

 からからと笑うナツに頬を頬を小刻みに上下させ苛立ちを表すリィリスだったが、すぐにそれがどうしたと言わんばかりに挑発をした。

 

「っふ、別に悔しくなんかないし? アタシがちょっと本気出せば絶対負けないし」

「だったら本気だせばいいだろ?」

「分かってないなぁ。いざって時に本気出した方がかっこいいんだよ」

 

 本気で言っているのかどうか分かりづらい返しに、ナツは心底理解できないのだろう、至極もっともな事を言い返す。

 

「分かんねーよ。自分の本気に慣れとかねーと、そのいざって時に全力出しきれねーじゃん」

「ぐ……ナツのくせに正論言うな」

「くせにってどういう事だコラァァ!?」

 

 さっきとは別の殴り合いを始める二人。そこに洗練された動きは無く、ただ子供の喧嘩みたいにボコスカ殴り会うという光景が作り出されていた。

 

「あの二人、いつもあんなことして疲れないのかしら?」

「あい、本人たちにとって習慣みたいなものですから」

 

 体を強張らせ、呆れだか驚きだかが入り混じった微妙な表情をする金髪巨乳の美少女に対して、ナツの相棒である空飛ぶ喋る猫のハッピーは、もはや見慣れたとばかりに事務的に答える。

 二人の殴り会い、もとい特訓の一部始終を見ていたこの少女は、魔導士ギルド──妖精の尻尾(フェアリーテイル)所属のルーシィ・ハートフィリア。ナツにリィリスにハッピーもこのギルドのメンバーにあたる。

 今の特訓を見てから彼女の胸中を占めていたのは『まるで互いの動きを熟知しているようではないか』というものだった。

 それもそのはず、ナツとリィリスは長年組手をしてきた仲なのだ。

 

 ちなみに二人の間にあるルールとして、まず手加減をしない。

 時と場合により多少条件が変わる事もあるが、基本的にこれが絶対条件となっている。

 次に一度でも攻撃が相手にヒットすれば、その時点で勝負ありとなる。付け足すなら、ガード等をして防御したとしても有効打として扱われる。

 ただし、全て打撃系で攻撃すること。当然、魔法も打撃系のみしか使ってはいけない。

 さらに、これに負けた方は相手の言うことを聞かなければならないという破茶滅茶なルールがあるため、自分が負けぬようにと必死でトレーニングに打ち込むのだ。その為、二人の格闘技術は目を見張るものとなっていた。

 

「んじゃ、今度いっしょにクエスト行くぞ!」

「へ? クエスト?」

 

 じゃれあいもそこそこに、さっそく勝利者の権利を使うナツに素っ頓狂な声を漏らして復唱するリィリス。いきなりの提案に理解が追いついていないようだ。

 

「最近一緒に行く事なかっただろ? 久しぶりにチーム組もうぜ」

「……ぷっ、あっははっ! そんなのいつでも言ってくれれば付いてくのに。やっぱナツはナツだよなぁ」

 

 そう言って気持ちの良い笑顔を咲かせるリィリスは丸太の上に座るルーシィへとご機嫌な様子で近づき、その豊満な胸に視線を向け元気よく声をかけた。

 

「という事で次のクエストよろしく! デカパイちゃん!」

「いやだから私ルーシィ!! それと胸に語りかけるな!」

 

 クワッと目を見開きビシリ! とリィリスにツッコミを見舞うルーシィ。

 思えば出会いからしてリィリスはフランクに接してくる少女だったなと、ルーシィは彼女との出会いを昨日の事のように思い出す。

 

 あれはそう、妖精の(フェアリー)尻尾(テイル)のギルドが幽鬼の支配者(ファントムロード)によって襲撃された時のこと────

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「マスター!! 今がどんな事態かわかっているんですか!!」

「そうだぞじっちゃん!! ギルドが壊されたんだぞ!!」

 

 妖精の尻尾地下一階にて、無断で向かったS級クエストから帰ったナツ・ドラグニルとハッピーにルーシィ。そして彼らを連れ戻すために同行していた氷の造形魔導士のグレイ・フルバスターに妖精女王(ティターニア)の名を冠するエルザ・スカーレット。

 彼らは重い罰を受けるはずがマスターからのチョップだけという軽いものに済んだことが些事に思えるくらい、ギルドを壊されたという現実に堪えきれない憤りを感じていた。中でもナツとエルザはギルドマスターであるマカロフに掴みかかる勢いすらあった。

 

「まあまあ、おちつきなさいよ。こんなこと、騒ぐことでもなかろうに」

 

 しかし意外というべきかギルドの長たるマカロフ・ドレアーの声に怒りは感じられず、それどころか気にした風もなく二人を鎮めるのに発した言葉は、しかし頭に血が登った彼らには逆効果でしかない。

 なぜ怒りを覚えないのかと、ナツがさらに詰め寄ろうとした時──場の空気が変わった。

 

「随分と思いきった衣替えをしたじゃん。まあ、鉄棒(あんなの)いっぱい生やすなんてさすがに趣味が悪いと思うけど」

 

 それはこの場にいる全員の心に火をつけるには十分な物言いだった。だというのに、誰一人として突っかかろうとはしない。決して静かとは言えないギルドの地下は、不意に上から届いた少女の声によって嘘のように静まり返ったのだ。

 まるで見られてはいけない所を見られたというような雰囲気が漂う。

 

 まさか、もう帰ってきたのか?

 なんてタイミングで……。

 こりゃ終わったな。

 怒りの日の再来だ……ッ。

 

 耳を傾けていなければ聞き取れないほど小さく、それでいて不吉な声が周りから上がる。

 一体どうしたのだろうと、さきほど聞こえてきた声の主に対してルーシィは不安と好奇心を感じていた。

 そんな中、階段から降りてくる人物の足音だけがいやにはっきりと轟いていた。

 

「──っ、おまえは!」

「む、ちょうど帰ったか──リィリス」

 

 リィリスと呼ばれた人物、それは十代半ばより幼く見える少女だった。

 色素の抜けた紫色の髪は短めだが両サイドから一房ずつ跳ねている。

 服装は袖なしの黒いジャケットの下に暗い赤のトップブラ、短パンにロングブーツ、腕を覆った黒のアームカバー上部分にはふさふさした毛並みのいいものが使われている。

 一見露出度が高く、その格好に目が行くところだが、何よりルーシィの目についたのは──

 

「それで、依頼の方はどうじゃった」

「そりゃもうバッチシ。あ、でもさ聞いてよー。帰り道にちょっと雨に降られてさぁ」

 

 笑顔だった。

 マカロフの元へ行くや否や世間話を始めた少女は外の惨状をまったく気にしていなかった。

 おそらく話の内容からして彼女もギルドの一員なのだろう。しかし、ならばなぜあんな混じり気のない笑顔を浮かべているのだろう。

 マカロフと少女だけ場違いとも言える雰囲気の中、やはりと言うべきかナツが異論を唱えた。

 

「リィリス!! なんでお前まで怒らねーんだ!! いつもだったら──」

 

 少女に向けて、お前だけはと縋るようなナツの言葉は他ならぬその少女、リィリスによって遮られることになる。

 

「ナツ、またそこらじゅうで騒ぎ起こしてたみたいじゃんか。ダメだって少しは抑えるってことを覚えなきゃ」

「は、はあッ!?」

「おいおい……まじかよ」

「あのリィリスがこんな状況でナツに説教だと……!?」

「嘘……」

 

 ナツの気迫もどこ吹く風といった態度にナツ本人のみならず、グレイやエルザ、マカロフの隣にいるミラ・ジェーンすら驚きを隠せずにいた。

 それぞれの反応にこれといった言及もせずに、ポケットから取り出した上下が白と黒に別れたマジックを回しながらリィリスが言葉を続ける。

 

「別に誰かが傷つけられたんじゃないみたいだし? あれなら建て直ぜばいいじゃん。それに──」

 

 二度目は与えるつもりもないし。

 

 ほんの一瞬、これまでで一番の怒気が噴出した。それも一人の少女から。

 同じギルドメンバーからしてみても、それは冷や汗が吹き出すレベルのものだった。

 その中で多くの者の目がある一点に釘付けとなっていた。

 視線の先には、上から移動しておいた依頼板(クエストボード)のど真ん中に、煙を出しながら半分近く埋まったマジックペン。

 言うまでもなくリィリスによって成されたことだ。

 

「その通り。だいたい不意打ちしかできんような奴等にめくじら立てる必要はねえ。放っておけ」

「それでも納得なんてできねえよ!!」

「この話は終わりじゃ。ナツはその持て余してる力でも使って仕事に……やっぱ今のなし。ワシの仕事が増える」

 

 半分冗談の交じった軽口を残したマカロフはそのまま逃げるようにその場を後にした──『トイレトイレ』と言いながら。

 どうしてそんな冷静でいられるんだ。そんなやり場のない憤りを拳で握りしめて抑えるナツにあやすようにミラが事情を説明し始める。

 

「ナツ、みんな悔しい気持ちでいっぱいなのよ。でもギルド間での武力抗争は評議会で禁止されてるの」

「さきに手を出したのはあっちじゃねーか!!」

「……しかしこれ以上、妖精の尻尾が目をつけられるのは好ましくないというのも事実。悔しいが下手に動かない事こそ現状一番とマスターは判断されたのだろう」

 

 誰も口を開けなくなり、辺りに沈黙が流れる。

 エルザの的を射る提案を受け入れるしかないと、みんなどこかで分かっているのだ。ただでさえ問題の絶えないギルドとして名を知られているというのに、それに加えて禁止されているギルド同士の争いを起こしたものなら、最悪解散という事になりかねない。

 そんな想像もしたくない未来を予感したせいか、重苦しい空気が場を包む。

 

「と、ところでよリィリス」

 

 そんな中、グレイが遠慮しがちにリィリスへ声をかけた。だが彼の様子からして話の話題を変えるというより、爆発寸前の爆弾を扱うような慎重さが見てとれた。

 

「気になったんだが、お前ってナツみてーにもっと感情を吐き出してなかったか?」

「確かに今のリィリスって変だよね。何かあったの?」

 

 グレイが投げかけた疑問に便乗してハッピーも自身が感じた事をリィリスに問いかける。

 その答えに多くが固唾を飲んで待つこと数秒ほどだろうか、ナツやエルザすら黙っている中、彼女の口がついに開かれた。

 

「それよりもアタシが気になってんのは……」

「へ?」

 

 残像を残すスピードでルーシィの背後に周り、そして。

 

「デ~カパ~イちゃん!」

「わきゃああぁぁッ!?」

 

 大きく主張する二つの果実に指を沈ませ揉み回しはじめた。

 

『『おおぉぉおお〜〜!!』』

 

 周りの男共が歓声を上げる中、エルザやミラは額を抑えたり引き攣った笑みを浮かべる一方、レヴィは恥ずかしそうに見ながらも目を離せないようだ。

 

「アンタだよアンタ。なあなあ、アンタ新人さんだろ?」

「ちょ、ちょっとぉ!? 揉みながら聞くの止めてくれる!?」

「じゃ、揉むのに集中する」

「いやそうじゃなくて、ってイヤァァー!!」

 

 柔軟に形を変えるたわわな胸に心奪われる男性陣。そこにはグレイも含まれており、リィリスのセクハラを受けるルーシィのちょっぴりエロい光景に顔を赤くしながら目を逸らさずにいた。ナツは不機嫌なまま興味無さげだ。

 そしていつの間にか『いいぞー! もっとやれー!!』とトイレから帰ってきていたエロジジイ(マカロフ)が声援を送っている。それでいいのかマスターよ。

 やいのやいのといつもの妖精の尻尾のように喧騒に包まれた地下からは活気が満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

「ごめんごめん。あんまりにも見事なおっぱいだったからつい」

 

 手を合わせて謝罪するリィリスの前には、座り込み疲れ果てた様子のルーシィがいた。

 

「しょ、初対面であんな遠慮なしに胸を揉む……?普通」

「だから謝ってるじゃん? きちんとお詫びとかするからさ」

「いや、物で釣られるみたいでそういうのは……」

「お金の方が良いとか?」

「お金!? ──んっ、んん! べ、別に気にしてないからいいわよ~」

「わー、わっかりやすー……」

 

 つい自身の本音が出かけた事に、金の力は強しと可哀想な目で見つめるリィリスにルーシィは気まずそうに本来の話題に移る事にした。

 

「自己紹介がまだだったわね。あたしルーシィ。少し前に妖精の尻尾に入ったばかりなの。そして星霊魔導士よ! これからよろしくね」

 

 ルーシィは意識を切り替えて手の甲にある紋章を誇らしげに見せる。まるで子供が宝物を見せる時のような純粋でかわいらしい笑顔を浮かべて。

 そんな彼女に笑顔でリィリスも応えようとする。

 

「アタシは──」

「おいリィリス。いつものやるぞ」

 

 しかしそれは、未だに怒りの収まらないナツによって阻まれたことで黙り込むこととなってしまう。

 彼女をそうせたのは、有無を言わさぬナツの迫力によるものか、それとも別の理由か。

 無言でナツを見つめるリィリスは、ルーシィとの会話を邪魔された事に特に不満も表さず、むしろ待ってましたと言いたげに軽く体を動かし始める。

 

「……いいね。アタシもちょっと溜まってたとこなんだ」

「え、え? な……何しに行くの?」

「ごめんデカパイちゃん、自己紹介はまた今度。ちょっと外行ってくるから」

 

 言外についてくるなと言い残し、そのままナツと二人で階段を登っていくリィリスになんとも言えない雰囲気を感じつつも、次の機会となった彼女の自己紹介を残念に思いながらルーシィはそのまま見送った。

 

「って、誰がデカパイ!!?」

 

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