―“怒り”を継ぐ者―   作:サクランボーイ

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お泊まり会

 

「おかー」

「おかえり」

「いい部屋だな」

「よォ」

「いらっしゃーい」

 

「ちょっとなんでこんな人多いのよぉ!?」

 

 あの後、ギルドの補強の手伝いに追われている内に、夜になってしまったなと星空を見上げて早く帰って疲れを取ろうと急いでいたルーシィだったが、帰宅して早々に天井を突き抜けるような声で嘆いていた。

 

 当然と言えば当然。

 なにせ帰宅して最初に目にしたのは自分の部屋を占領する一匹と四人だったのだから。

 

「ファントムの件だが奴等がこの街まで来たということは、我々の住所も調べられている可能性がある」

「えぇぇえっ!?」

「てことで、しばらくみんなでいた方が安全だってミラちゃんがな」

「今日はみんなあちこちでお泊まり会やってるよ」

 

 エルザとグレイの説明を受け、成る程と一応の理解をしたルーシィに、部屋を歩き回るハッピーが付け加える。そのハッピーのお泊まり会というワードに反応したリィリスが心底楽しそうな声をして、みんなから背を向けているナツに語りかける。

 

「いやー、お泊まり会なんて心踊るなぁ。ほらほらナツも拗ねてないで、楽しそうにすればいいじゃーん。そんな変な髭外してさ」

「拗ねて()えー! つか、コレもコレもお前に負けたから着けさせられてるんじゃねーか!!」

「「──っ、あっはっはっはッ!!」」

 

 勢いよく振り向いたナツの鼻には付け鼻が胡座をかいていた──ネコの髭付きで。さらにおまけとしてメガネの奥でつぶらな瞳をたずさえたアイマスクという組み合わせ。

 それを見たリィリスとグレイにハッピーがたまらず笑い転げ、不意打ちでナツの変装を目にしたルーシィも小さく吹き出す。つられてエルザも顔を背けて笑いを堪えていた。

 

「テメーら全員ぶっ飛ばーす!!」

「お、久しぶりに三つ巴いってみる?」

「いいぜ、ナツだけじゃなくお前もどれだけ強くなったのか分かるしな!」

 

 なにやら瞳に炎を燃やす三人のやる気は十分。

 しかし家の中で暴れられてはたまったものではないだろう。だが、この中で唯一彼らを止めることのできるエルザはと言うと。

 

「仲良きことは良いことだ」

 

 うんうんと満足そうに頷きなにやら見当違いな思いみをしている模様。

 

「いやとめてよ!?」

「あい! レディ、ファイトォ!」

「勝手に始めんな!!」

 

 絶えずボケ続ける連中に『疲れを取るどころか貯まる一方じゃな~い!』と、心の内で泣きながら叫ぶルーシィの悲鳴は誰にも聞かれることはないのであった。

 それからなんとか騒ぎを治めることに成功したルーシィだったが、次なる騒ぎの火種はそこかしこにある。なにせここは自分の部屋。どれもこれも他人に見られたくないものばかり、例えば──。

 

「なにこれなにこれ。わ、エッチじゃん」

「ねえねえエルザ見て、エロい下着見つけたよ」

「す、すごいな……こんなのを着けるのか……」

「へー、これが噂の自作小説か」

「なんだよルーシィ、こんなにお菓子隠してんのか。オレも食うぞ」

 

 リィリスの見つけた下着に群がるネコにエルザ。

 机の上に置かれていた小説の原稿を手に取るグレイ。

 どこからか見つけ出したお菓子の入った箱をあさるナツ。

 

「ちょっとグレイそれ読んじゃダメー!! もう、あんた達人の家エンジョイしすぎよぉ……」

 

 まさに勝手知ったる他人の家である。遠慮という言葉をかなぐり捨てた暴挙にルーシィもへとへとだ。

 色々と見られてはいけないものを見られてしまった乙女が深く落ち込む傍らでどんどん話を進める自由人共。

 

「それにしてもおまえたち汗臭いな……同じ部屋で寝るんだ風呂くらい入れ」

「やだよ、めんどくせー」

「オレは(ねみ)ーんだよ……」

「だったらみんなで入る?」

 

 一番動き回っていた三人がバラバラな意見を言う。ここまで我が道を行く姿勢だと感心すらしてしまうレベルだ。

 

「ふむ、また昔みたいに一緒に入ってやってもいいが……」

「アンタらどんな関係よ!!」

 

 まさかの爆弾発言にびっくり仰天である。

 

「そんなの仲間(家族)に決まってるだろ? なー、ハッピー」

「あい!」

 

 リィリスの腕の中でくつろぐハッピーは彼女が恥ずかしげもなく発した言葉に元気よく同意した。

 そういうものなのかと納得しかけてしまったルーシィだが、一般的に見て年頃の男女が一緒の風呂に入るのは色々とマズいだろう。

 

 リィリスはギリギリセーフだとしても──それがチラリと彼女の身体を盗み見ての感想である。

 

 日頃の鍛練により引き締まった身体はまだ子供らしさが強く、それでも無くはない胸はしかし、スタイル抜群の女性が多い妖精の尻尾では無に等しい存在感だった。つまり、将来に期待だ。

 

「おいデカパイ。こいつなら今でも一緒に入ってそうだな、なんて思ったろ?」

「そ、そんなことないわヨ~? あ、そうそう! あんたの自己紹介まだ聞いてなかったんだ!」

「んー? そういえばそうだったっけ」

 

 ルーシィから刹那に送られた視線に勘づいたリィリスは目を据わらせ低くした声で核心をついてきた。これはまずいと、あからさまに話を逸らすルーシィの狙いどおりそういえば自己紹介する予定だったと思い出したリィリスは、疑いの眼差しを止め素直に従った。良く悪くもさっぱりした性格なのだろう。

 

「アタシはリィリス。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士で肉体強化の魔法を使う。てことでよろしくルー──このッ、デカパイ!!」

「ねえ、なんで途中まで良かったのにまったく別の呼び方にしたの!? そんなにあたしの胸に恨みでもあんのー!?」

「うっさい! そんなデカいだけのおっぱい動くのに邪魔だろ!! このッ、肩でもこってろ! アタシはこらないけど──っ、悪かったな!!」

 

 無難な挨拶が終わろうかという所で、思い出したかのように怒りを再燃させる。しかも何故か自分の言った事にキレ始めボルテージを上げる始末。やはり根に持つタイプかもしれないと改めてリィリスへの見方を考え直すルーシィであった。

 

「別にいーじゃねーか胸なんか無くたって。お前はお前だろ?」

「な、ナツぅ……ッ、んふふっ」

 

 珍しくまともな事を言う仮装状態のナツに笑いながら感動の涙を滲ませるという器用なリアクションをするリィリスに、ホッと息を吐いてこれでなんとか落ち着いたかと安心しかけたのも束の間。

 

「つか、胸がデカいリィリスなんて想像できねーわ、なっはははッ!!」

 

 ブチリッ。

 

 まさにそんな音が部屋に木霊した。

 

「アタシだってなぁ! 成長が遅くなけりゃ今頃バインバインのナイスボディだっての!! つか、なんで歳もそんな変わらないはずのエルザやミラ達に比べてアタシはこんななんだよ!!」

「えェ!? そうだったの!?」

 

 驚きの事実が発覚した。

 てっきり見た目くらいの年齢と思われたリィリスはなんとエルザ達と歳が近いらしい。なんでも自分だけ周りより成長スピードが遅いだとか本人は言っているのだが、悲しいことに他人が聞けば苦し紛れに出した言い訳としか聞こえないだろう。

 

「すまない、リィリス……私はてっきりおまえはそういうことは気にしないものとばかり思っていた。知らぬ内に仲間を傷つけていた私を殴ってくれないか」

「分かった!! どこがいい!? 胸か? このおっぱいか!!」

「訳わかんねーこと言ってるぞ、落ち着けリィリス! お前も去年よりは成長しているぞッ……たぶん!!」

 

 エルザの本気か冗談か判断できない申し出に我を忘れているリィリスが全力で乗っかるのを、必死の形相で止めるグレイはなんのフォローにもなっていない事を言う。ナツは殴り飛ばされて顔が内側にめり込み大の字でダウン。床を見れば無惨な姿となった仮装セットが哀愁を漂わせていた。

 

 ギルドを壊されても大声一つ上げなかった彼女と今の、それこそ子供のように喚く彼女とのギャップにルーシィは混乱していた。というよりも今の振る舞いこそが本来のリィリスのものではと阿鼻叫喚の中、現実逃避を経て導き出した答えだった。

 

「あはは……あいつらってあんなに仲良かったんだ」

「あい。みんな昔からの付き合いです。特にナツとリィリスは頻繁にチームも組んでるんだよ」

 

 もう勝手にやってくれ、と騒ぐ仲間達を遠目に独り言を溢すルーシィに魚を手に持ったハッピーが答えた内容に今度は戦慄する。

 

「ナツとリィリスでチームって……そこらじゅうを壊し回ってたなんてことないわよね?」

 

 最早、ルーシィの中でリーリスはナツと同レベルの問題児となっていた。当然と言えば当然。

 

「いや! よっぽどの事がないとリィリスは暴れないし怒らんが、本当に怒ったときは誰にも手がつけられない!」

「まあ喧嘩っ早いさで言えばナツと同じようなもんだけどな!!」

「そ、そうみたいね」

 

 そしてエルザとグレイの尽力あってか、少しずつ狂暴さが引いていくリィリスはしばらく経った現在、エルザから『人の家で暴れすぎだ』と正座をさせられ説教を受けている。

 テーブルに座るグレイとルーシィは疲労困憊といった様子を見せる一方、ハッピーは幸せそうに魚を頬張っている。

 

「まさかギルド壊されても怒らなかったリィリスがあんな風になるなんて……」

 

 あの時は周りの反応で彼女が危険な人物なのかと身構えたものだが、考えてみれば最初に接触された時から違う意味でヤバいという以外、ルーシィの考えるようなヤバい奴ではなかった。その考えもさっきの騒動で揺らいでいるのだが。

 

「ルーシィはまだ知らないんだよね? リィリスはよっぽどのことがない限り怒ったりしないんだ」

「そのよっぽどの事がファントムの件だったんだが、それでも平気って感じだったろ。だからみんな不思議がってたんだ」

「さっきのあれはよっぽどの事じゃなかったのね……」

 

 あれほどの暴れようでも本気ではないのかと、信じられないといった目で説教中のリィリスに目を向ける。まだ終わりそうにないエルザの説教に、落ち込んだ様子で聞く姿はまるで見た目相の少女としか映らない。

 同じ気持ちなのであろうグレイもああいうのは慣れだと言いたげに笑っている。

 

「あんなの、あいつからしたらお遊びみたいなもんだ」

「それがリィリスです」

 

 そのお遊びで現在もノックダウン中のナツは一体。

 

「じゃあ、あの子が本気で怒ったらどうなるのよ」

「「──ッ!!」」

「ちょ、ちょっとどうしたのよアンタたち? 急に震えだして……」

 

 ちょっとした好奇心で聞いた質問はグレイとハッピーの突然の変わりように打ち消された。どうにも触れられたくない話題だというのは異常な震えを見るに明らか。

 

「あ、あ、あ、あんなこと思い出したくもねえッ、お、お、オレはあの時、リィリスに──ガクガクガクッ!!」

「お、オイラ怖さで気絶するなんてはじめてだったよ……絶対リィリスだけは本気で怒らせちゃダメなんだ──ブルブルブルッ!!」

 

 この様子だとしばらく戻ってこないだろうと自分の殻に閉じこもる彼らが何におびえているのか知りたいような知りたくないようなと思いながら、いくらなんでも大袈裟だろうと心の隅で楽観視するルーシィだった。

 だが、すぐに彼らが言っていた本当の意味を思い知ることとなる──。

 

 

 

 

 

「あれ、リィリスは?」

 

 風呂を終えたルーシィはさっきまで正座していたリリィスがどこにもいないと部屋を見回しながら、ベッドに腰かけゆったりしていたエルザに声をかける。

 

「あいつなら汚いの洗い流しに行くだとか言って出ていったぞ。まったく説教の最中だというのに」

「あの子……女の子としての自覚あるのかしら……って、そもそもトイレならすぐそこにあるのに、なんでわざわざ外に?」

「ん? それもそうだな。なにか用事でもできたのだろうか」

 

 よもや説教から逃げたわけではあるまいなと機嫌を悪くするエルザにビクビクしながらリィリスの帰りを待つも、なかなか戻ってくる気配がない。いつまでも待っていても仕方ないとエルザも風呂に入るとその場を離れた。

 

 さっきの騒動で疲れきって、ベッドの側面に背を預けてうたた寝していたグレイも目を覚ますと、彼もリーリスが何処へ行ったのか気にかけたが、当の本人がいなければ話にならない。

 

 そうこうしている内にエルザも風呂から上がり、全員が揃うのに残るは気絶中のナツと出かけているリィリスを待つのみとなった。

 それからしばらくの間各々が自分の時間を過ごしていると。

 

「──ッ! なんだ……嫌な予感がするぞッ」

 

 直前まで意識のなかったナツが弾かれたように体を起こし窓の外を睨む。その先で良くないことが起きているとでもいうのか、その瞳は険しく見開かれていた。

 

「どうしたのよ急に?」

「リィリスはどこに行った!」

「外に出たきりまだ戻ってきてはいないが……」

「そのうち戻ってくるだろ。あいつもそこまで子供(ガキ)じゃねえ」

 

 その後もしきりにリィリスの事を気に掛けるナツを何度も落ち着かせ、時間つぶしにと幽鬼の支配者(ファントムロード)の事や聖十大魔道について話し合った。しかしそれでもこの日、リーリスは戻らなかった──。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 一方、現在妖精の尻尾(フェアリーテイル)で話題の中心ともいえる幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドにて、怒号が行き交っていた。

 その内容はというと。

 

 俺たちのギルドが汚された!!

 誰があんなことをしやがったんだ!?

 ふざけたラクガキ残しやがって……!

 絶対見つけ出してぶっつぶしてやるッ!!

 

 と言った穏やかでないものばかり。

 夜の時間帯にも関わらず、彼らの起こす喧騒は外にまで漏れているほど。

 そんな騒ぎを打ち消す勢いでギルドの扉が中にまで吹っ飛んできた。扉に吹き飛ばされて死にかけの虫のようにピクピクしている者や下敷きになってもがく者までいる。

 何事だと彼らの視線が集まった先から、乱暴に踏み鳴らす足音がギルド内に入り込んできた。

 

「あ、あんたはッ!?」

「が、ガジル!? どうしたんだその格好はッ!!」

 

 その人物はファントムにおける最強の魔導士──ガジル・レッドフォックスであった。

 ギルドにおいても彼の実力は誰もが知り認めているほどで、どんな依頼でも怪我一つ負うことなく達成するその強さに絶対の信頼すら抱く者も少なくない。

 なにせガジルは(てつ)滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。その体質から他の攻撃を通さない鉄壁の体でもあるのだから相手になる者の方が少ないくらいだ。

 しかし今のガジルの姿は信じがたいものだった。

 

「ふー、ふーっ!! クソっ、クソ! クソがぁッ!! あのクソガキ……ッ、絶対ぶっ潰す!! あいつだけはこの手で……ッ!」

 

 額から流れる血、顔には痣があり、服のあちこちは破け、口にも血の跡が見える。

 見るも痛々しい姿で足を引きずりながら奥へ消えていく彼の状態は明らかに普通ではなく、血走った眼には殺意が揺らめき目的の人物(クソガキ)とやらに対する強い激情を抱いているのが見て取れた。

 一体なにがあったのか、彼を目撃した者達はガジルに対してもだが、なにより彼をあそこまで痛め付けた相手にそれ以上に畏怖の念を抱くのだった。

 


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