―“怒り”を継ぐ者―   作:サクランボーイ

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人質

 

 幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドでは未だ冷めやまない怒りの声がそこかしこから上がっていた。彼等にとって他人をバカにし蔑むのは好ましくても、逆にされるというのは我慢ならないのだろう。まさにそれこそがこの者達のギルドの品格そのものと言える。

 

「どこの誰だか知らねーがふざけたヤローだ……!」

「あんな真似するやつは俺が痛めつけてやるッ」

「そうだ! 俺達のギルドの看板にラクガキしやがってェ!!」

 

 普段はやれ、依頼主を脅したら報酬を倍にしやがった。あのギルドが気に入らねーから潰しに行く。あそこで見た女をものにしてえ。など、下衆下劣下品と三拍子で吐き出す悪意に染まった言葉の数々が飛び交うのが日常だったギルド内は、今この時だけは正当な叫声が響いていた。

 

「気晴らしに妖精の尻尾(けつ)にちょっかいかけてくるか? 何人かやったガジルにだけおいしい思いはさせるかってな」

「そりゃいい! 今頃みじめに震えながら飛び回っている頃だぜ」

 

 先程までの空気から一転、水を得た魚のように生き生きとしだしたファントムの者達は、昨夜目にした傷付き怒りを露わにしたガジルのことも忘れ、目の前の()()に興じることにしか意識が向いていなかった。

 だが彼等は気づいていない。そのガジルが誰にやられたのか、自分たちが敵に回したのはどんな存在なのかを。

 二人組の男が意気揚々と扉に向かい、開こうと近づいた所で──扉ごと吹き飛ばされた。

 何人かも巻き込み遥か後方へ吹き飛ばされた男達は扉と共に沈黙した。

 ゆらゆらと煙に揺れるいくつもの人影。そこから現れたのは。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)じゃああアァっ!!!」

 

 妖精の尻尾の魔導士達だった。

 彼等全てが等しく天をつく怒りを抱き溜まりに溜まった激情を、仲間(家族)を傷付けられた(いた)みを、仲間を奪われた怒りをこいつらにぶつけるためにここへ来た。

 

 まさか、縮こまっている事しか出来ないだろうと見下していた相手が総メンバーで仕掛けてくるなど、誰も思わなかったファントムにとって、それは致命的な隙を生み出し妖精の尻尾の侵撃を許す事につながってしまう。

 

「リィリスを返しやがれえェ!!」

 

 一番槍となったナツの叫びと共に彼の周りにいたファントムの連中が炎に巻かれ吹っ飛ぶ。

 流れは完全にこちらのものだと妖精の尻尾の他の魔導士達も内に燃え盛る忿怒を吐き出す。

 グレイが殺意のこもった眼差しで凍らせ、エルフマンは右腕を凶悪な魔物の物に変化させ薙ぎ払い、カナやマカオにワカバは遠距離からの攻撃、アルザックとヴィスカによる弾幕の共演。

 どれも並大抵の努力では生み出せない一流の魔法だ。

 

「妖精の尻尾《けつ》風情がっ! ファントムをなめるなよ!!」

 

 それでも国を代表するギルドとしての誇りからか、ファントムの魔導士としての意地か、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に負けじと啖呵を切る。

 

「なにが幽鬼の支配者(ファントムロード)だ。パンツロードってテメぇらで書き換えてんじゃねえか!!」

「あれは昨日だれかが落書きしてったんだよっ!!」

 

 ファントムが言うにはギルド名の書かれた表の看板が何者かに白色と黒色で“パンツロード”といたずら書きをされていたらしい。

 

 つまり──

 PHANTOM LORDのところP●ANTS♡LORDという事になる。

 これは怒る。

 

 一体だれの仕業か、妖精の尻尾の魔導士達が思案しすぐにその正体に行き着く。

 そんな事をするのは()()()しかいないだろうと、前日に見せたある物を使ってのダーツを披露したここにいない彼女のことを感じ、より一層活力が漲り彼等を勢い付ける。

 

 あいつは誰よりも先に仕返しをしてくれていたんだ。

 

 妖精の尻尾のギルドの依頼板を見ればその証拠が出てくるだろう。

 もっともこの先、被害者達(ファントム)が犯人を知ることは一部を除きありえないだろう。さらに付け足すなら、マジックで書かれた文字は同じマジックの片側の色、つまりこの場合黒なら白を使い綺麗に塗りつぶさねば消えることはない。例え雨に濡れようが熱で焦がされようが消えることはないのだ。

 その唯一落書きを直すことの出来るマジックペンは深々とどこかの板に突き刺さっているというわけだ。

 

『『悪ガキ(リィリス)を取り戻すぞおォォっ!!!』』

 

 激しさの増す妖精の尻尾の猛攻に、応戦していたファントムの魔導士達は誰も彼もが大した反撃も出来ずに地に伏し、宙に舞い、次々とその数を減らしていく。

 これではあっという間に妖精の世界に飲み込まれると、短期決着を見据えて何人かの男達が相手ギルドのマスター。マカロフに突撃を行う。

 しかしそれこそが彼らにとっての運のつき。

 

『かああぁぁァァっ!!!』

 

 両眼に閃光を迸らせ魔法の力で巨人となったマカロフの巨大な手により、文字通り地に沈められた男達のうち一人が、他の者の総意として絞り出すように悲鳴を上げる。

 

「ひっ、ひいィィ!! バケモノォ!!」

『貴様等はそのバケモノのガキに手ェ出したんだ―― 人間の法律で自分(てめえ)を守れるなど、努々思うなよ!!!』

「何がギルドで交流を深めようよ!! ジェットとドロイを怪我させて、リィリスまで攫ったくせに……ッ、あんたらとなんて死んでもごめんだってのッ!!」

 

 “ 魔法の札(マジックカード)”で迎撃していた、カナ・アルベローナが妖精の尻尾の総意を口にする。

 

「ギルド間での交流!? リィリス!? なんだそりゃ、聞いてねーよ!!」

 

 そんな事は知らぬとファントムの誰かが言った。そこに騙している雰囲気はなく、初めて知ったという空気がファントムの連中から流れていた。それはつまりここにいる者達は何も知らないと言うことになる。

 だからどうした。

 大切なガキを二人も傷付けられ、一人は忌まわしきファントムに攫われた。何年も同じギルド()で過ごしてきた家族にそんな仕打ちをされて黙っていられるわけが無い。

 

『てめェ等がおっ始めた戦争だ。今更知らぬフリは出来んぞォ!!』

 

 地に轟く怨声を吐き出す巨人(マカロフ)に圧倒される中、いくつもの足場が組まれた木材の上で下の様子を眺める者がいた。

 

「クズどもが、せいぜい暴れまわれ。愛しのお嬢さん(クソガキ)を取り戻すことは絶対できねえがな」

 

 今回の戦争の発端ともいえるガジルであった。

 彼が昨日負った傷は驚くことにほぼ治りかている。脅威の治癒力は滅竜魔導士からくるものか、はたまた本人の身体機能からくるものか、いづれにせよ恐ろしい回復力だ。

 

 それでも彼の傷付けられたプライドが癒えることはなく、今この時でさえリィリスに対する憎悪は増すばかり。出来ることならすぐにでもあの少女を叩き潰し、泣き叫ばせ、許しを請わせてやりたいのだ。

 

 しかし手を出してはならないと、ガジルに釘を刺すのは他ならぬマスタージョゼ。

 彼に逆らうつもりのないガジルにとってそれが意味するところは──

 

「あのクソガキはお終いだ。うちのマスターに目ェ付けられた時点で、この先まともに過ごすなんざ無理だ」

 

 今後、リィリスに恨みを返すことができないだろうという不満からくる呟きは誰の耳にも届くことはなかった──ただ一人を除いて。

 

「うらああァァアア!!」

「──っ!? うォっと!」

 

 下の階から飛び上がってきたナツが炎を宿した拳でガジルに殴りかかっきたのだ。それを寸でのところで飛び退き別の足場に着地したガジルに向けてナツは、優れた聴力で聴こえた無視できない呟きの内容に()()の居場所を突き止めようと吠えた。

 

「今のどう言う意味だッ、言えッ!! リィリスはどこにいる!!」

「へっ、聞こえてたか。そういや、てめェ()滅竜魔法(ドラゴンスレイヤー)だったな!!」

 

 今、相対する二匹の竜が(そら)にて衝突した。

 

 

 

 

 

 嗅ぎ慣れない臭いに鼻腔が不快感を訴え、強烈な頭痛と背中に感じる鋭い痛みにより最低な目覚めの中、鉛のように思い瞼をゆっくり持ち上げていく。

 

「ここ、は……?」

 

 ボヤける視界に映る光景から、どこかの牢獄だろうというのは分かった。だが、ここがどこなのかという肝心なことまでは分からない。

 一つ言えるのは、自身が捕らわれの身だということ。

 壁に打ち付けられた鉄枷で両腕が拘束され、膝立ちの姿勢でなにもできぬようにされているのが何よりの証拠。

 強い頭痛の中で直近の記憶を手繰り寄せる。

 たしか自分はレビィ達を逃がしたのだ。そして――その先の記憶を思い起こしたことでリィリスの意識が覚醒した。

 

「ちくしょう……ッ」

 

 リィリスは敗けた。

 ここにいると言うことが、なによりもそれを物語っていた。あれだけ威勢よく挑んでおいて、いざマスタージョゼと対決した結果こうしてファントムに捕まり無力を(さら)している自分に腹を立てる。

 それでもまったく敵わなかったわけじゃない。何もできず妖精の尻尾(フェアリーテイル)の名折れになったわけじゃない。

 

 あの夜、リィリスは目の前の仇敵(ジョゼ)に怒りの赴くままに立ち向かった。

 その怒りを糧とし膨れ上がったリィリスの魔力が、ガジルを屠った時よりもさらに上昇したことに驚愕したジョゼは、直前に()()してしまった彼女の一撃を顔面に受けることとなる。

 顔が吹っ飛ぶかと思うほどの衝撃はジョゼといえど浅くないダメージを負ったことだろう。

 

 まさかノーマークだった少女がこれほどの力を持っていたとは思いもしなかったジョゼは()()の前に消耗するのは好ましくないと判断した。

 よもやこんな小娘相手に()()を使う事になろうとはと、口元に歪んだ月を描き、そしてこちらしか見えていないリィリスの隙をつき無力化したのだ。

 

「まさかもう一人いたなんて……ッ」

 

 突然背後から気配のしない何者かの手によって力を抜き取られ、次の瞬間にはジョゼの魔法――幽兵(シェイド)により背中を一閃。魔力を激減された状態でジョゼの魔法を食らったリィリスが強い倦怠感と痛みに襲われた事で意識を失ってしまう直前、自身の血が飛び散るのを横目に見たのは、目が布で覆われた大男だった。

 

 感情に流されるままに動き、もたらされた最悪な結果に怒りが再燃し始める。しかしいつもなら感じる魔力の昂ぶりを感じることはなかった。

 

 いや待て、そんなはずは無い。

 

 怒りとはリィリスにとって活力であり魔力生成の原動力でもある。怒ればその度合いに応じて魔力は上昇し続け、無くなることなどあり得ない。だが、それは魔力がゼロでなければの話。

 つまり今の状態を表すことは。

 

(から)ってこと──?」

 

 彼女に魔力は残されていないということ。

 魔力というのは一度空になってしまうと、厄介なことに大気中に浮かぶエーテルナノを取り込むのに長い時間がかかるようになってしまう。それは一度に大量の魔力を空になった状態で取り込む事は体にも精神にも影響を及ぼす為、極少量の魔力しか生成できない状態に陥いるというわけだ。

 

 仮の話として、もしも自身の魔力が強制的に外に出された際にそれを掻き集め取り込めば状態は回復するのだが、今においてはなんの気休めの話にもならない。

 魔力の枯渇を自覚したが故だろうか、割れるような頭痛と全身の筋肉が悲鳴を上げ、身じろぐこともままらない程の激痛に襲われる。意識が遠のきそうになりながら、この状況に置かれる中での魔力が空という絶望感が少女の全身を冷たく震わせていく。

 

「お目覚めですか、リィリスさん?」

 

 目の前の扉から届いた声に身体をこわばらせる。

 ゆっくり開かれる扉から現れたのはマスタージョゼ。喜悦に歪む顔を隠しもせずにいる彼の腕には──ルーシィが抱えられていた。

 

 

 

 

 

「今、なんて言ったッ」

「今頃あのクソガキは恐怖に震えながら痛め付けられてるだろうってな。そう言ったんだよ」

 

 幾度も拳を打ち合わせた両雄の身体中に打撃跡が見え隠れしている事から、激しい打ち合いを繰り広げていたと(うかが)えた。

 その最中、ガジルから告げられたあまりに衝撃的な内容にナツの瞳孔は開かれ、呼吸も荒いものとなっている。

 リィリスが痛め付けられる?

 

 なんだそれは。

 

 怒りや戸惑いよりも先に、なぜ。という疑問がナツの頭を駆け巡る。

 仲間が傷つけられる? あいつが? 誰に?

 さっきまで目の前の敵しか見ていなかった彼の頭には既にファントムの手に落ちた一人の少女のことしかなかった。

 

「ギヒッ!!」

「──ッ、ぐあッ!!」

 

 呆然と立ち尽くすただの的となったナツに足で鉄竜棍を見舞う。

 天井から叩き落とされ地面に激突したナツは、痛みを訴える体を無視してすぐに立ち上がる。話はまだ終わっていない、そう吼えようと口を開こうとしたが、間をおかずしてもう一人何者かが落ちてきた。

 

「じ、じっちゃん……?」

「魔力が、ワシの魔力が……っ」

 

 自分達が最も信頼し本当の親のようの慕う人物、マスターマカロフ。

 

「マスターッ!! しっかりしろ!!」

「なんてこった……あのじーさんから、まったく魔力が感じねえぞ……ッ」

「そんじゃ、ただのじーさんになっちまったのか……!?」

 

 あれほど雄々しく滾っていた魔力は見る影もなく、それどころかまったく感じられない。

 そのことに困惑しかできずエルザをはじめナツやグレイやエルフマン、他の多くの者が立ち尽くすしかなかった。

 たしかマカロフはナツがガジルと戦い始めてから最上階に構えるジョゼの所に向かったはず。事実、ついさっきまでは上でマカロフの魔力が激しく昂るのも感じた。それなのに今こうして力なく横たわっているということは──。

 

 そんな信じがたい事実に、ありえないと呟く者や、一体上でなにがあったのかと声に出し始め、波紋のようにそれぞれに動揺が広がり戦意の萎む妖精の尻尾の魔導士達。

 マカロフの戦闘不能による影響はそれだけでなく、敵側にも大きな影響をを及ぼす。

 これまでの劣勢が嘘のように、散々自分たちを蹴散らしてくれやがったなと今度はファントムが勢い付く。

 

「やったぞ、これで奴らの戦力は半減だ!!」

『『今だぶっ潰せええェェッ!!!』』

 

 先程までの光景とは真逆の展開にうろたえる妖精の尻尾。精神的動揺は、なすすべもないままファントムの反撃を許すという結果を作り上げていた。

 油断していたカナを庇い深手を負うマカオ。雪崩れ込んでくる魔導士に押し流されるリーダスにワカバ。負傷者の数が増えていき状況が悪くなる一方。

 

 今は悲しみに浸っている場合ではないと、現在この場で最も指揮権のあるエルザは撤退を決意するのだった。

 

「撤退だ! 全員ギルドへ戻れー!!!」

「バカな!! リィリスはどうすんだよ!?」

「仲間を助けずして漢は退けぬのだー!!」

「マスターなしではジョゼには勝てん!! 撤退する、これは命令だ!!!」

 

 当然、リィリスを助け出すという目的を果たせずに撤退などできるかと声を上げる者たちが出てくる。彼らの想いはエルザにも痛いほどわかる故に心苦しさも人一倍感じるだろう。しかし今は一指揮官として、多くの者を無事にギルドに返さねばならない。ましてや、最大戦力のマカロフが戦えないとあっては、マスタージョゼに太刀打ちするのは不可能。いづれにしても、ここは引くしかないのだ。

 

 だが一人だけ、欠片も諦めていない者がいた。まだリィリスがどこにいるかも分かっていないと、何か手掛かりはないか周囲に視線を巡らせ耳を傾けるのは、燃え盛る怒りの炎を燃やすナツだった。

 

「で、ルーシィとやらは捕まえたのか?」

「ッ!!!」

「悲しいな。ルーシィという小娘なら本部に幽閉している」

「だそうだ。オレらの本部はここから真っ直ぐ先に向かった丘にある。

 当然あのクソガキも一緒だろうよ。どうせ助けられねえだろうが、精々みじめに足掻くことだな火竜(サラマンダー)

 

 滅竜魔導士であるナツの優れた聴覚によりガジルともう一人、いつからそこにいたのか布によって目が覆われた大男の聞き逃せない会話をしっかりと聞き取っていた。

 最後にまるで助けに行かせるのを勧めるような言葉を放ったガジルは、隣にいる大男と共に景色に溶け込むように姿を消した。

 彼がなぜそんな重要な情報を口にしたのか。ただの気まぐれか? もしかしたら嘘なのか?

 

 それがどうした。

 

 そんなことを考えるのは後回しだと雑念を振り切り、怒れる火竜はなにも言わず意を汲み取ってくれる相棒(ハッピー)と共に進撃を開始した。

 

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