「まさか一日の内に、矢継ぎ早で二人も同じ症状の病人を見る事になるなんてね」
「彼女は、リィリスはどうなるんですか……?」
ポーリュシカの住む木の家には三人の少女が訪れていた。
リィリスを連れてきたレビィとカナを見て“またか”とため息と共に呟きはしたものの、その後のリィリスへの治療は見事なもので、終わる頃には彼女の顔色も少しだけ良くなり熱も下がっていた。
人間に憎まれ口を叩きはするポーリュシカだが、治癒魔導士としての腕前は一流だ。
そしてリィリスの容態を聞くレビィにポーリュシカはふんっ、と鼻息を一つ鳴らし事務的に説明を行う。
これは
流出した魔力は保有者の元には戻らず、空中を漂いやがて消える恐ろしい魔法を受けていたと言う。しかもリィリスの場合、それもやっと回復してきていた所での無理な魔法の行使でさらに症状が悪化しているとのこと。それでもこのまま安静にしていれば二日程で状態は回復する見込みだ。
「正直、こんな状態でここまで強力な魔法で傷つけられて生きているなんて奇跡としか言えないね」
「リィリス……」
「あのバカ、無茶なんかして……」
マカロフとは別室のベッドで寝かされているリィリスの容態を包み隠さず明かされた事で、どれだけ彼女が危険な状態にいるのか改めて知らされたカナとレビィはどうか彼女が回復し、いつものようにギルドを明るくしてくれるよう願うばかりだった。
「とっとと出ていきな。辛気臭いわ、人間くさいわで我慢ならないよ! ただでさえさっきも出入りしてたってのにッ」
「ったく、少しはマスターの顔も見せてくれっての。ま、早いとこ戻らなきゃだし……レビィ?」
ポーリュシカの人間嫌いにも困ったものだと愚痴をこぼしながらも、それでもギルドが心配だと帰路に就こうと、扉に手を添え開けようとしたカナだったが、いつまでも付いてこないレビィを不思議に思い振り向いた。
「ごめんカナ。私、ここに残るから先に行ってて」
「レビィ、あんた……」
カナと相対する、扉──リィリスの眠る部屋に続く扉の前で向き合うレビィの瞳からは、絶対ここから離れないと感じさせる意志が宿っていた。当然と言うべきか、真っ先に彼女の行いに異論を唱えたのはポーリュシカだ。
「冗談じゃないよ!! 一人でも手が掛かるってのに、さらにもう一人も見なきゃならない所に、患者よりも辛そうにするあんたがいたんじゃ、却って迷惑さ!!」
「じゃあ外にいます! でも、リィリスが目覚めたら知らせて下さい。たぶん起きたらすぐに戦いに行っちゃうから……」
「──私からも頼むよ。レビィの言う通り、あいつ怪我や病気関係なく突っ走ると思うからさ」
二人から聞かされるリィリスという少女の無鉄砲な気質に呆れて果てるポーリュシカは、せっかく面倒見た相手をみすみす見殺しにもできないと、仕方なく了承した。
「待つならあの娘の傍にいな、その暗い顔を止めてね。ただし大声出したりうるさくしない事。こっちにもやる事があるんだからね」
そう付け加えた彼女はもう言うことはないと自分の作業に掛かり始める。
──まったく、最近の人間はどいつもこいつも身勝手なんだから。
こうも簡単に頷いてくれるとは思ってもみなかったと、しばらく呆気にとられるレビィとカナに『あんたはとっとと帰りな! そっちは早く見に行ってやったらどうだい!』とお叱りを受け、それぞれ自分の向かうべき所へ足を向けるのだった。
まさか患者以外に人を家に入れるなど考えもしなかったポーリュシカは、リィリスの傍にいると強い姿勢を見せたレビィに感心すらしていた。
普通なら追い出すところだが、あんな目で見られてしまえばこちらが折れるしかない。
近い内に化けるかもね、
それとは別に、あの娘──リィリスからは他の者と違うなにかを感じる。
それがなんなのかは分からないが、それによって今後よからぬ事が起こらなければいいのだがと、ポーリュシカは一抹の不安を抱いていた。
レビィ達がポーリュシカを説得し終えてから一時間ほど経った現在、
ギルドの裏手にある広大な湖の向こうから、
巨城まるごとが巨大な機械仕掛けの六本の足で迫りくる光景に口を大きく開けて唖然とする者や、腰を抜かす者までいる中においても、六足歩行で近づいてくるファントムのギルドは止まらず、周囲を威圧するかのように重々しく轟く巨大な足音は、妖精の尻尾の前でギルドごと湖に据わる事でようやく鳴り止んだ。
堂々たるその佇まいに皆が息を飲む。
なにを仕掛けてくるんだ。
誰もが不安に思うなか、機械的な音を立てて現れた巨大な砲塔。
そこに凄まじい魔力が収束されていき砲身そのものが光を放つ。
魔導収束砲“ジュピター”
明らかな破壊を目的とした姿勢を見せる敵ギルド。
人対破壊兵器──抗いようがない目の前の現実に打ちのめされそうになるギルドの者達の中でただ一人、これに立ち向かおうと言う人物がいた。
「全員ふせろォォォッ!!!」
「エルザ!?」
「おい! どうする気だよ!!」
真っ先に駆け出したエルザは一番先頭に立ち、換装──“金剛の鎧”を纏う。
超防御を誇るこれに換装すると言う事はつまり。
「受け止めようってのか!?」
たった一人の人間が超破壊兵器の一撃を防ぐなど不可能だ。
それでもギルドを、仲間を守るのだと不可能を可能にしようという想いの力がエルザから溢れ出す。
護りきる──たとえこの身が滅びようと。
エルザの死にに行くに等しい行動にナツが叫び、彼女の元に向かおうとするのを止めるグレイは、今はエルザにかけるしかないと必死で説得をし続ける。
そして、射線上の全てを破壊する魔砲が無慈悲に放たれた。
「ぐっ──お、おおぉォオオッ!!!」
破壊の力と守護の力、両者が鬩ぎ合い拮抗する。
たった一人による防衛戦は苛烈を極め、ジュピターの前にエルザの体にダメージが蓄積されていく。
それすら顧みない彼女の奮闘により、魔導砲の力を次第に散らしていく。その代償としてエルザの鎧は罅割れ砕け始め、魔力は全てを使い潰す勢いで消耗し続ける。
早く終わってくれ。
誰もがそう思う中、ついに魔砲の光が弱まっていき力を失くし始めた。だが、魔導砲が終えるか否かという所で鎧が砕け散り、エルザは吹き飛ばされた。
いくら妖精の尻尾最強の女魔導士と言えど、破壊兵器を前に敵わなかったのか──いや、彼女は護りきった。
ジュピターがギルドに直撃するギリギリの所で、彼女の力が打ち消したのだ。
身を挺した護りでギルドや仲間たちを助け、さらに彼女自身も生きているという奇跡に周りの者は驚くばかり。
だが──
『マカロフ。そしてエルザも戦闘不能』
拡声器を通じて淡々と事実を突きつけるのは、
『もう貴様等に凱歌はあがらねえ──あのクソガキ、リィリスを今すぐ渡せ』
怨嗟の籠った声音で続きを口にするジョゼにギルドメンバーの多くが彼の真意に気づく。
これは報復だ。
ファントムの名を貶したリィリスに対する死刑宣告。幸いにも彼女はポーリュシカの元にいる。最悪、相手がその事に気づくにしても猶予がある。
それでなくても、たとえ居場所を教えろと脅されようが、
「仲間を敵に渡すギルドがどこにあるってんだ!!」
「リィリスをこれ以上傷つけさせるかよッ!!」
「確かにあいつ、悪ガキではあるけど!」
「ギルドでよくケンカしたり問題も起こしたりなんかもしてるけどッ!!」
──それでも家族なんだ。
「家族……」
自分の知る家族とは違う、それでいて何よりも固い絆で結ばれたギルドに圧巻していたルーシィの隣にグレイが立つ。
「お前も
そうだ。今までファントムに対して感じてきたものはなんだ──怒りだ。
ギルドを壊されレヴィ達を傷つけられ、マカロフやリィリスを死の淵に立たせた。
「仲間を売るくらいなら死んだ方がマシだッ!!!」
「オレたちの答えは決まってんだよ!! おまえ等をぶっ潰すってな!!!」
ルーシィだけでなく、ギルドそのものの心を代弁するエルザとナツの怒りに咆哮により身体の奥底から力が湧いてくる。
今こそ立ち上がる時。
お嬢様でもただの少女としてでなく、一人の家族として。
──あたしも戦うんだッ。
他でも無い、
『ならばさらに特大のジュピターをくらわせてやる!! 人生最後の15分間、後悔と恐怖の中で苦しみもがけェェッ!!!』
ジュピター第二波まで残り15分、ジョゼの魔法で作り出された
ずっと後悔していた。
もしかしたら、あの場を切り抜けられる方法があったんじゃないか、あの時リィリスから離れず近くでサポートをしていたら彼女がここまで酷い目にあう事も無かったんじゃないか。
そんな、たらればの可能性を考えても彼女は元気になってくれない。ポーリュシカの言っていた辛気臭い顔になってはいけない、それこそ不貞腐れている場合でもないと強めにほっぺを張る。
ぺちんッ! と小気味よい音を奏でさせた両頬はじんじんとした痛みをしっかり感じながら、レビィは迷いの無くなった瞳でまっすぐ、確固たる目標を見据えていた。
──私は強くなる。
「すぐには無理だと思うけど、絶対いつかリィリスを守れるくらい強くなるからね」
自分の手よりも少しだけ小さな彼女の手を両手で握り誓う。いつの日か隣に並び立ち、胸を張って自分は強くなったのだと言えるように。
だから無茶だけはしないで。
「……それじゃあ、アタシはそれくらい強くなったアンタを守れるくらい強くならなきゃだね」
「──ッ!! リィリス!」
『おはよ』と軽い調子で挨拶するリィリスにレビィは驚きの声を上げる。まさかこんなにも早く目を覚ましてしまうなんてッ、せめて半日でもそのまま休んでくれていたら良かったのに──。
まさに今、ファントムに攻め込まれているギルドの事を知らないレビィは、早過ぎるリィリスの目覚めに嘆いた。
「いてて、あんの髭オヤジ。さんざん痛めつけやがって……しかもアタシの誇りまで……10倍返ししてやる」
「ま、待って! 安静にしてなきゃダメだって!!」
身体中が痛みに悲鳴をあげるのも構わず、ベッドから体を起こすリィリスに、慌てて待ったをかけるレビィ。
いくらポーリュシカの治療により危機を脱したとは言え、未だ重傷の身。それに加えて魔力も枯渇している状態で無理に体を動かすなど、何を考えているのだと叱りたくなるのを抑えて語りかける。
「アナタはさっきまで死んでもおかしく無い状態だったんだよ? 本当なら何日も休んでいないといけないの。なのに、なんでもう戦いに行こうとするのッ」
──そんな身体で戦いに行っては、今度こそ死んでしまう。
「声がさ、聞こえたんだ」
「声……?」
「みんなの、
そして今この時もファントムとの戦いが繰り広げられているとリィリスが言う。
その事に驚愕するレビィは悔しそうに目を伏せていき、何かを堪えるように沈黙する。繋がっているからこそ分かる、小さく震えるレビィの手。そこからすぐに仲間の元へ駆けつけたいという想いがリィリスに伝わる。
しかし──
「だったら尚更ここにいないといけないでしょ。そんな身体で行っても死にに行くようなものだよ」
みすみす死にに行く家族を見殺しに出来るわけがない。たとえ、こうしている時も傷つき倒れる仲間がいようと。
絶対に離さないとレビィはリィリスの手を強く握り締めここに留まるよる瞳で訴える。
「……止めるなよ、離せって」
「アナタだったら止めないの?」
リィリスは語気を強めてレビィの想いを拒絶するも、負けじと言い返してくる。もし同じ場面で相手が大怪我を負ったまま送り出すのかと。
「そんなわけ──」
「もしかして、自分だから大丈夫。自分だけならいくら傷ついてもいい。なんて考えてない?」
リィリスから息を飲む気配がした。
こんな予感、当たっていて欲しく無かったと悲しげにレビィの目が細まる。
何年か昔、ギルドに入ったばかりの時のリィリスは荒れに荒れていて、所構わず怒りを吐き散らし、親しくしようとした者すら激しく拒絶し、誰も手に負えなかったのだ。その中で拒絶された者の一人にレビィも含まれていた。
だが、暴れる内に壊してしまった備品を弁償したり、迷惑をかけた者達に詫びの品を差し出す等して反省の姿勢も見せていた。その背景には一人で危険な依頼に向かい資金を稼いでいたという事実がある。
例え怪我をしようと何があろうとも、そんな日々を繰り返すリィリスをマカロフが止めようとしてはそれを拒み、チームを組もう言ってきた者達すら彼女は拒んだ。
あの日までは──
「……アタシには怒る以外に何もなかった。たくさん迷惑かけたし、今もかけてる。
でも、大切なものも、自分のことも分からなかった何者でも無いアタシをみんなは家族として迎えてくれた」
──だったらそれに応えるのが家族の務めだろ。
今度はリィリスが強い意志を灯した瞳でレビィを見つめ返した。
それを受けたレビィは確信する。彼女はいくら止められようとも絶対、それこそ命を落としかねない戦いにだって行くだろう、と。
「どうしても行くって言うなら、私も付いていく」
だから今度は置いていったりしない。もう一人になんてしない。
「なんでたいして仲良くもないアタシにそこまでしてくれるわけ」
「……約束、守ってくれたでしょ? あの夜、
「約束……?」
もう覚えていないかと、レビィは少し寂しい気持ちで思い返すのは昔にリィリスが自身に伝えてくれた言葉。
──もうアンタを傷つないようにするし、アンタが危なくなったらまっさきに助けに行く。
当時、多くの問題を起こしてばかりだったリィリスにとって、誰にどんな詫びをしたのか、どのような反省の意を見せたかほとんど覚えていないだろう。それでもこうしてレビィは覚えている。昔からの繋がりがある。
それだけは理解したリィリスは、レビィの口にした内容をもう一度頭の中で復唱し、小さく笑みを浮かべた。
「ふふ、それじゃあ今度アタシがピンチになった時はレビィが助けに来てくれる?」
「っ、うん! でも無茶だけはしないでね!」
今まで見せてきたリィリスの顔とは違う、儚げで少女らしい微笑みを見せて、まっすぐ自分を頼ってきてくれた事が何よりもレビィの心を躍らせる。
リィリスの見せた違う一面、それは弱っている状態からくる彼女の本当の顔だったのか、それが少しだけ気になるレビィは、これから彼女の事を知っていけばいいと明日を見据えていた。
少女達の想いが重なった事で、不安に包まれていた空気が晴れた。
それを感じ取ったのか、扉を開けてポーリュシカが姿を見せる。
「どいつもこいつも、
「あ、ツンデレさん。怪我治してくれてありがと」
「誰がツンデレだい!! 初対面でよくそんなこと言えるね!!」
「すいません……それがリィリスですから」
ポーリュシカがどんな人物なのかを人伝に聞いていたリィリスが、彼女に対して抱いた人物像は──ツンデレ。
これしかないと、もし彼女と会った時はそう呼ぼうと決めていたほど。そんなリィリスに、どこぞの青い猫みたいな事を言うレビィ。
「まったく、どうなってんだい。
「え? ──ッ、ほんとだっ!」
言われてはじめて気づいた。一体いつからなのか、レビィはリィリスから確かな魔力を感じた。
「みんなからたくさん貰ったから──ところでレビィ、いつまで手繋いでるの? ずっと? まさか一生一緒だよ、みたいな?」
何を言っているんだと、キョトンとするレビィはリィリスの手に視線を向けると──さっきから繋がり続けている二人の手。
「へ? あ、ご、ごめん!」
それに気づくとレビィは慌てて放した。
すっかり忘れていたようで、彼女の頬は気恥ずかしさでほんのり赤く染まっている。
リィリスは握られていた──包帯が綺麗に巻かれた右手を見つめ、何かに思いを馳せるように瞳と共に手を閉じた。
これならいける。
みんなの想いを右手に乗せて、まだ微かに
今度は絶対負けない。そして、
「どうやら前に進めそうじゃな。リィリス」
「──ッ!? あなたはッ」
「うん、もう逃げない。みんながいるから」
勝負の時は近い。
ギルド名を変え、ガジルを倒し、玉を殴ったリィリスに対するヘイトがマックスなのでジョゼは依頼よりも復讐を優先したもよう。