15分を要するジュピターの再充填は直前にナツによって阻止され、さらに彼によりエレメント
次に用意したギルドまるごとを機械仕掛けの巨人とした“
三人目のエレメント4 “大海のジュビア”との戦いに臨んだグレイであったが、なんやかんやあってジュビアが彼に惚れ、勝手に失恋し、また惚れ直して決着を見せた。
そして最後の一人“大空のアリア”を撃破したのは、驚くことにエルザだった。彼女はジュピターを受けた身でありながら、エレメント4最強の男を一撃で打ち倒したのだ。
本来なら、ダメージの残る状態で易々と勝てる相手ではないだろう。
ならばなぜ? それは、彼女に実力以上の力を発揮させることとなったアリアのとある失言によるもの。
『悲しい。マカロフやあの少女だけではなく、かの
『あの少女?』
『リィリスという
そうか、こいつがリィリスを追い詰めた一人──マスターだけでなくリィリスにまで手を掛けていたのかッ。
エルザにとってその事実だけが心の奥深くまで浸み込んでいき、まだ何かを言っているアリアの声に耳を貸さずに勝負を付けにいく。
換装──“煉獄の鎧”がその身を包む。
彼女の持つ鎧で最強の鎧。禍々しいフォルムで黒に覆われるコレを見て立っていた者はいない。
故に──
『貴様ごときがあの二人をやれる筈がない。いますぐ己の武勇伝から抹消しておけ』
決着。
エレメント4全てが倒れた事で“
何かのきっかけで大きく天秤が傾く事だろう。そしてその天秤は早くもファントムに傾いた。
ルーシィが囚われた。
ジョゼによる放送が流され、ルーシィの悲鳴が響き渡った事で皆に動揺が走り、そこに追い討ちとして
一気に絶望的状況に立たされたのだった。
ガジル・レッドフォックスは
それはファントムにおいてもそうだが、他ならぬ彼自身がそう認識していた。
あの夜、あの少女に敗けるまでは──。
「言え! リィリスとかって言うクソガキはどこだッ!!」
ジョゼの目的とする
「ぐっ、う! ──ふふ、ここまでみっともないと哀れね。あたしが、あたし達が仲間を売るわけないでしょ?」
彼がルーシィを捕まえたのは、単にジョゼへの手土産ではなく彼女からリィリスの居場所を吐かせる為だ。しかし、いくら脅そうと痛めつけようと、リィリスがどこにいるか吐くことはない。
ここまでなにもかも上手くいかない現状に、ガジルは目の前のルーシィに激情をぶつけようと彼女に目掛けて拳を振るう。
「ガァジィルゥゥッ!!!」
「ナツ──!!」
しかし、下の階からこの階の床ごとぶち破ると言う荒技で登場したナツによってガジルの拳は止まり、ルーシィを乱暴に突き飛ばし距離をとらされることとなる。
「チッ! 邪魔をするなァ!!
「これ以上仲間を傷つけさせるかァァっ!!!」
鉄と炎、竜の力を宿した二人の拳が激突し二度目の対決が始まった。
そんなナツとガジルの両雄がぶつかり合う度、下の階にまで魔力の波が届いていた。
それを心地良さそうに受け入れるのは、ファントムギルドマスターであるジョゼ・ポーラ。
「くくっ、よく暴れる竜達だ」
「マスター・ジョゼ……!」
彼は、自身のギルドに入り込んだ
そこに集まっていたのはアリアを倒したエルザ、その他にグレイ、エルフマン、ミラといったメンバーだった。
彼等はジョゼの発する邪悪で巨大な魔力に呑まれかけるも、強固な精神力で耐え凌ぎ戦う姿勢を見せる。
「こいつが、ファントムのマスターか……ッ!」
「ぬおおォォ!! 今こそ漢を見せる時!!」
正面からグレイとエルフマンの戦意を受けたにも関わらず、ジョゼは心底可笑しいと言うように、悪意に染まった笑みを携えた。
「さて、楽しませていただいたお礼をしませんとなァ──たっぷりとね」
ジョゼは向かってくる二人に紫色の魔法弾を放つ。
それを受けたグレイとエルフマンは声も上げられず壁に叩きつけられ戦闘不能となった。しかしそれでも容赦しないジョゼは、広範囲にわたっての爆発魔法を発動、グレイ、エルフマン、ミラを巻き込み煙が立ち込み壁に大きな風穴が空け、外の景色を覗かせる。
さらに追い討ちにと三人の方に手を向けた所で、唯一逃れていたエルザが反撃に出る。
“
ならばと、多くの魔力を乗せた瞬速の一閃を解き放つ。
だが──それでも届かない。
エルザはまるで遊ばれるように空振ったままの腕を掴まれ、床に叩きつけられた後に放り投げられた。
奴はこちらを躊躇いなく殺す気だ。
ジョゼから滲み出す殺意が体に絡みつき、不快感と悪寒を強く訴えている。
自分一人で聖十大魔道の一人である彼に、果たして勝利できるのか。
いや ──勝たねばならない。
仲間の為、ギルドの為にッ。
「貴様、確かジュピターをまともにくらったハズ……なぜ立っていられる」
「仲間が……家族が私の心を強くする。愛する者たちの為ならこの体などいらぬわ!!」
「強くて気丈で美しい……なんて殺しがいのある
気高き妖精の女王の意を目にしたジョゼは、破壊衝動に浮かされた狂気の孕んだ両眼で
そうでなくては壊し甲斐がない。
睨み合う二人から発せられる、相手を討ち取るという気迫だけが漂っていた。呼吸の音さえも聞こえてくるような静寂が保たれる中、遠くでナニかが崩れていく音が風穴を通してここまで届いた。
──まさかッ。
エルザの意識が一瞬、
須臾の間。
その油断をついてジョゼが動く。
地に手を添えてエルザを仕留めようと魔法を発動。
“デッドウェイブ”
床を抉り進む紫の波動が彼女を飲み込まんと牙を剥く。
迫り来る強力な魔法を前に、隙を見せ行動の遅れたエルザは逃げるのも防ぐのも間に合わないと、諦めかけた時──感じた。
この懐かしく頼もしくも、包み込んでくれるような魔力は……。
次の瞬間、ジョゼの放った魔法が白い光に浄化されたのだ。自身の魔法が打ち消された事に驚きを露わにしたジョゼは、次に強大な魔力を感じた。
「いくつもの血が流れた……子供の血じゃ」
それは親の嘆き。
「できの
それは子供の傷み。
「もう十分じゃ──終わらせねばならん」
それが家族の為。
「マスター……!」
マスター・マカロフ復活。
大空のアリアにより魔力を失っていた筈の彼から発せられる、いつもの優しく包み込んでくれるような頼もしい魔力が、もう大丈夫と言うようにエルザ達に染み込んだ。
「全員この場を離れよ」
マカロフが意識を取り戻しかけていたグレイ達に一言だけ告げた。
目を覚ましたらここにいるはずのない、治療を受けていなければならないマカロフの姿があって、グレイとエルフマンは驚愕の声を上げる。
何よりも優先すべきはマスターの命令。それに従いエルザは二人に駆け寄りここから離れるようと促す。
それでも残ろうと言い出すのをエルザは止め、ここにいては却って邪魔になると現実を口にしたことで渋々離脱をすることとなった。この状況に驚き声も出せずにいたミラをエルフマンが抱き上げ四人はその場から離れていく。
それを気にもせずに、まるで蟻が巣に戻るのを滑稽に眺める破壊者の視線で悪意を紡ぐ。
「ふっふっふっ、無駄な足掻きを。どうせあとで殺してあげますよ」
「それは無理な話だな、ジョゼよ」
吐き気を催す邪気に濡れた言葉を発したジョゼに、威厳に溢れながらも
「ほう、私を倒そうという事で? あなたが? つまり、天変地異を望むというのですか」
狂気の混じった幽鬼の表情で、好戦的な台詞を続けるジョゼを前に、マカロフは静かな怒りを瞳に浮かべ自身の目的を告げる。
「勘違いするなよ。ワシが来たのは最後に貴様と話をする為。貴様の最後の言葉を聞きにな」
「やれやれ、老人の戯言に付き合う趣味は無いのですが、まあいいでしょう。それで?」
話をしてみろと挑発を込めた笑みでマカロフに続きを促す。
「貴様の目的はなんだ。ウチのギルドを潰すことか?」
「
あなたの絶望が見たかったのですよ。
「ギルドを壊し、ガキ共を潰され、最後には貴様らクズが積み上げてきたギルドそのものを解体する。これほど素晴らしい絶望はないでしょう!!」
ジョゼの思惑はこうだ。
まずは妖精の尻尾のギルドの破壊行為。この挑発に乗り、攻めてくるもよし、来ないのであれば次の手を打つまで。当初の計画では、それに加えてジョゼの
しかし、それはある少女によって阻止された事で未遂に終わり、ならばとその少女を使って戦争の引き金を引かせたのだ。
ファントムの仕掛けた妖精の尻尾のギルドと、そこの魔導士への襲撃と比較して、被害を受けたとは言え妖精の尻尾マスター公認でのギルド丸ごとで戦争を仕掛けるのとでは、被害の大きさや責任の重さが違ってくる。
きっかけは
これも日頃の行いだなと締めくくり、長々と語られた真相。
つまり妖精の尻尾がファントムに攻めこんだ時点でジョゼの企みの一つが達成していたということ。
「くははははっ! マカロフ!! 絶望はどうだ!!? ギルドを壊され、ガキ共を殺され全てを失うのは!!!」
長年の恨み、妬み、焦り、それらの多くの負の感情を吐き出すジョゼの様相は悪霊そのもの。
勝利を既に確信する彼の発言に、マカロフは深く小さなため息を吐く。
「上ではもう、決着が着いたか……ジョゼ、これが最後じゃ」
それは何を意味する発言だったのか。
上を仰ぎ見ていたマカロフは眼前の男に最初で最後の警告を発する。
「これ以上被害を出さぬ為、貴様に三つ数えるまでの猶予を与える」
──ひざまずけ。
「何を言うかと思えば……王国一のギルドに、
──一つ。
「屈するのは貴様らクズ共だッ!! 私は強い。貴様よりも非情になれる分はるかに!!」
──二つ。
「その証明として私自ら、この手で! 貴様を殺してやるマァカァロォフゥゥッ!!!」
──三つ。そこまで──
両手に闇色の魔力を収縮させ、人一人容易に消し去れる魔砲を放とうとジョゼがマカロフに手を向けた──刹那。
小柄な人影が飛び出てきたかと思えば、ジョゼの横っ面に強烈な一撃を見舞った。
目の前の敵しか見ていなかったジョゼは、本来なら余裕を持って避けることのできたその攻撃を受けることとなり、人間砲弾の如く勢いよく吹き飛ばされる事となる。
それでも壁に衝突する前に踏みとどまり、すぐ体勢を整えたのは流石と言うべきか。
「いい加減、人の大事なものを傷つけるのは止めろよ」
この場に立っている者はマカロフと左頬を押さえるジョゼ、そしてもう一人。その人物を目にしたマカロフは、もう用は済んだとばかりにジョゼとは反対方向に歩みを進める。
「本当なら、ワシ自らが決着を着けたかったんじゃがな。どうしてもヤると言って聞かんのだ」
マカロフの不可解な言動にジョゼは眉を潜めた。誰にたいして何を言っているのだと。
自分の吹き飛んできた方向に目を向けた時、その疑問が解消するのと同時に今度は驚きに支配される。
あり得ない──なぜここにアイツがいる。
あれほどのダメージを刻まれておきながら何故立っていられる?
痛々しく身体中に包帯が巻かれた少女だが、一歩一歩、確かな足取りでこちらに近づき、鋭く強い意志の灯った瞳を向けてきているではないか。
「だが……
ジョゼ達から離れるマカロフは、たった今来たもう一人の少女のいる所まで足を進めた。
「ワシがレビィを守っている。安心してけりつけてこい」
──リィリス。
「サンキュ、おじい。ちょっと怖いけど、すぐ近くに守ってくれるって言う家族がいる。だから任せて」
老人と少女──リィリスの瞳が交差したのは一瞬。
マカロフから託された怒りを身に宿し、遠くで自分を見つめるレビィ、
「貴様は何度、私の邪魔をすれば気が済むのだ……!」
「家族を傷つけられると言うなら、何度だって邪魔してやるよ、クサレオヤジ」
予想外の人物の登場に動揺したのも一瞬、その人物が誰かを認識したジョゼは、マカロフに向けた殺意すらマシと思える殺意を一人の少女に向ける。
「ふん、クズ共の群がる巣は潰れ、後は掃除をするだけ。今更、守るも何もないでしょう」
「……二度目を許す事になった」
唐突なリィリスの呟きにジョゼが訝しむ。
しかし彼女の呟きは、聞くものが聞けばその意味を読み解くことができただろう。
あの時、ギルドに手を出す機会を二度は与えぬと宣言したリィリスは、ここに来るまで目にした、ジョゼの幽兵により瓦礫の山と化した
その事を思い返し、思えば思うほど怒りが底から生まれてくる。熱せられた憤怒の炎が内より溢れ、リィリスの体から魔力となって現れる。
とうに限界値は踏み越えている。後は解放するだけ。
「
リィリスを起点に周囲へ広がる、本当の熱を帯びた魔力波。
マカロフの張った魔力壁により守られているにも関わらず、レビィの肌をチリチリとした刺激が走り、勝手に冷や汗が吹き出てくる。
あまりの凄まじい怒気に、レビィが隣にいるマカロフに視線を移す。
「あやつは今、おそらく誰よりも強い。力を完全にコントロール出来ればこの勝負、リィリスが勝つだろう。じゃが、もしもの時はワシが勝負をつける」
心のどこかで不安が募るのを感じるレビィを安心させるように語るマカロフの額からも、うっすらも汗が滲んでいることからリィリスの魔力がどれだけのものかを物語っていた。
それを直接向けられるジョゼは彼女の規格外な力の奔流を受け、既知感を覚えていた。思い起こされるは忌まわしき記憶。
あれは、ルーシィに空の牢獄から逃げ出された直後の事。
「やってくれたなァ……! このクソガキァ!!」
「が──ぐ、うあ゛ッ……っ!」
自身がトドメを刺す筈だった少女の抵抗に、ジョゼは頭の血管が切れる程の激情を抱いていた。
依頼目標であるルーシィを逃され、さらに急所を強打され立つのもやっとなジョゼは内股の状態でリィリスの首を片手で掴み上げ、怒りに溺れた眼差しを注ぐ。
「たしか、右手にギルドマークが押してあるんだったなァ」
必死に首の拘束を緩めようと、両手でジョゼの腕を掴んでいたリィリスの右腕を乱暴に捻りあげ、掌を向けさせる。
彼が何をしようとしているのか、これから何を言われるのか、最悪な予感がリィリスの脳裏をよぎる。
「この紋章を右手ごとズタズタにして、二度とあのギルドの名を名乗れぬようにしてやる!!」
それは彼女にとって、何よりも許しがたく耐えられない行いだった。
ギルドマークを汚されるのは、自身の身を刻まれることよりも恐ろしく、考えられない事。
初めて自分の存在を受け入れ、証明してくれたギルドの、家族の絆。
ジョゼが懐から出したナイフをリィリスの手に添える。
「や──めろっ」
頼むからソレだけは傷付けないで。
「誰が止めるかクソガキ」
「──ッ!!!」
刃が肉に沈み、引かれていく。
掌の端から鋭い痛みが走り、ゆっくりと焦らすように切り傷を伸ばされる。それに比例してギルドマークに切先が近づいていく。
証を傷付けらてしまうという恐怖と怒りで、リィリスの瞳から涙が溢れてくる。
もう二度と、壊されないようにと誓ったのに、なんでまた証を失おうとしているのか。
これでは──
これではあの日と同じではないか。
「──ァア」
それは二度目となる竜の産声。
締め上げられている声帯がジョゼの握力を跳ね返し音を鳴らす。
人間では到底不可能な体の動きを見せ、そして。
『オオオアアァァアアアア゛ッ!!!』
怒りの叫びが放たれた。
それは正しく竜の咆哮であり、人が耐えられる圧ではなく、直接的なダメージが耳から始まり体全体を駆け巡った事で拘束を緩めてしまったジョゼの腕から抜け出そうともがくリィリスは、本能で彼の弱点──股間を蹴り上げた──。
「一度ならず二度までも……貴様だけは許せねェ」
奇しくも、双方の言い分が重なった瞬間だった。
理由は違えど、お互い大切なものを傷つけられた傷みに震え魔力を放出する。
両者共に怒りの蓄積は十分。
「だが……このオレが小娘如きを相手にするとは、考えもしなかった」
「何を言っているんだ? オマエが相手にするのは小娘でも、魔導士でもない」
──一匹の怒れる竜だ。