より良いハッピーエンドの導き方 作:後藤さん
「やべぇよなあ……まだ童磨……氷の血鬼術の話は噂されてないから良いけど」
蝶屋敷、そのベッドの上で養成中の俺は一人呟いていた。
原作で既に故人だった胡蝶カナエは原作開始の四年前、つまり俺達が鬼殺隊に入隊して四年目の今年上弦の弐・童磨によって殺害されるからだ。
そしてそれに気付いたのが一週間前、入院直後の話だった。
俺がもう少し覚醒が遅かったら気付く事無くカナエさんの死を聞いていただけだったと思うと冷や汗ものだ……とはいえ今の俺に童磨を足止めする力は無い。
まあこれから陰の呼吸のリストから覚えるんだけどさ……
「にしても上弦の弐だぞ……俺だけじゃキツいに決まってら……」
義勇達に頼むにしてもまずどうやって童磨の出現の的中を納得してもらうかがキツすぎる、説得する自信が無い。
かと言って童磨の認識外から影縫いを打てる自信も無い……つか無理ゲーが過ぎるし。
「それでも、死の結末を知ってる以上は助けたいんだよ……前世の記憶を取り戻す前の俺だって死の結末から人を助けられたんだぞ……」
諦める? いいやそんな文字俺の中には無い。
俺は真菰以外にも死を迎えるはずの人間を救えていたんだ……それを思い出したんだ。
それを思い出したのは数日前に遡る。
「よう鋼一郎、怪我はどうだ」
「吾郎か。まあぼちぼちってところだな。疲労はともかく肋が何本かイカレてるみたいで全治二週間だとよ……」
「蝶屋敷の医療技術に感謝だな」
「だなあ」
数日前、任務帰りだろう吾郎が見舞いに現れた。
コイツも原作じゃ分からなかったが腕が良いのが見て取れるし、多分原作より強いんだろうなとボヤーと思いつつ負けてられないと気合いを入れていると吾郎が突然話を切り出した。
「ところで鋼一郎、とある人から手紙が届いてるんだ。今時間あるか?」
「ああ、あるけど……誰からだ?」
「獪岳……と聞いたら思い出さないか?」
突然の獪岳からの手紙に、最初は思い当たる節が無かった。
というのもゲンさんに拾われる前の事は生きる事に精一杯だったのと、拾われた後は後で激動の弟子生活だった事、そして前世の記憶を思い出してから容量的にすっ飛んでる記憶もあったからだ。
そして獪岳は原作で言えば殆ど善逸以外との関わりが無くましてや俺達モブ組と接点があるはずも無く、どうしてと困惑を隠すのが限界だった。
「……その顔じゃまだ思い出せてないみてえだな。九年前、まだ俺達がゲンさんに拾われる前寺で悲鳴嶼さんを助けた話……覚えてないか?」
「悲鳴嶼さん……寺……あっ、あーー!! アレか!! なんで忘れてたんだ俺!?」
しかし悲鳴嶼さんが関わってると聞いてやっと思い出した。
そうだよそれこそなんで忘れてたんだよって話、悲鳴嶼さんのターニングポイントだろうがあの場面は。
ほんと何やってたんだか。
「やっと思い出したか。んであの時の悪ガキが鬼殺隊入ってようやく纏まった休みが手に入ったからって今度会いたいらしいのと、あの時の礼がこの手紙の内容だとよ……ほれ」
「悪いな……お前のお陰で思い出せたよ」
「んじゃま、俺は顔出しに来たのとそれ渡しに来ただけだから。またな」
「おう、ありがとよ」
一人で思い出した事を整理したいのが伝わったのか、吾郎は手紙を置くとサッと出ていった。
……確かに記憶が覚醒する前からして原作との剥離があったのは事実だ。
吾郎の存在、真菰の生存、義勇との友好関係もそうだ。
だがまさか獪岳と悲鳴嶼さんの運命まで変えてたなんて……いや思い出したから他人事じゃないんだが……
「思い出したとは言っても実感は無いんだよなあ」
回想終わって現在、手紙を見ながらボヤく。
カナエさんを助ける決心をした出来事であり、俺の記憶なんだろうけど今だに実感が湧き切らないのが不思議な気持ちにさせる。
「……俺もいつか悲鳴嶼さんに挨拶しに行かないとな。この縁は大切にしたいし」
ふっと笑みを零しながら、今度は九年前のあの日を回想してみるとしよう……
-九年前、とある山中-
「物騒だなったく」
「ああ嫌になるぜ……これで三人目だぞ、人の死体」
これはゲンさんに拾われる数ヶ月前の話、親族を皆殺しにされたのを間一髪で自分だけ逃げ切ってきたところを偶然出会った俺達は半年程度旅をしてきた。
二人とも独学だが生きる為に、鬼を殺す為にある程度の技術と武器を手に入れある時は旅商人から物々交換で服を貰ったりしながら山菜と野生動物を狩り……そんな折に偶々入った山、そこでは時折木が倒れていたり血が飛び散っていたり人の欠損死体があったり……正直異常だった。
「吾郎……絶対これ鬼だよな」
「普通の死体なら別だが足とか腹とか食われてるしなあ」
親の死体を見てきた俺達からしたら人の死体だけなら何も感じないが、流石に欠損死体は当時10歳の子どもにはドン引きものだ。
さてここからは鬼がいる事を想定してかなり警戒しながら取り敢えず安全な麓を目指していたが……そう、ここで獪岳と遭遇したんだ。
「だ、誰だッ」
「いやお前こそ誰だよ」
俺達も相当アレだが恐らく深夜の山中、しかも人間が複数人死んでる山中に単独で同年代っぽい男子が一人でいる事の方が「誰だよ」案件なのは明白である。
吾郎の言い分は尤もだが、それより俺は暗闇であまり見えなかったがどうしてもその男の子が挙動不審そうにしていたのが気に掛かった。
「お、俺の事はどうだって良いだろ!」
「……君、なんでこんなところに?」
「ああ? ……チッ追い出されたんだよ……ってそんな事どうでも良いだろうが! それよりそこどけよ!」
「追い出されたのか……それで、何をするんだ?」
追い出された……という時点で何となく嫌な予感がした。
何せ普通このくらいの年齢ならこんなところでいたら寂しくて泣くはずだ、そうでなくても焦ってるはず。
それが彼はどうだったか、イライラはしてる様に見えたが焦ってはいない様子で、憎悪の色が見えた。
止めなくては、この時の俺は直感的にそう思っていた。
「そんなの言って堪るかよ! どんな手を使っても俺を追い出した奴らをギャフンと言わせてやんだから!」
「じゃあ益々行かせらんねえなァ、なあ鋼一郎?」
「ここから先は人を殺せる生き物がいるんだ……人の死体が何人も転がってるんだ、行かせる訳にはいかないよ」
「はあ? 人を殺す生き物? バッカじゃねーの? そんなの寺で過ごしてきて一度も会った事なんて……」
そして止めようとした直感にこの時程感謝した事は無い。
彼の言葉を要約するならつまりは「近くに寺がある」「人が住んでいる」という事になる。
あと少しでもこの少年との遭遇が遅れていたら手遅れになっていた……そう思うと冷や汗が出る。
「なっ……お前もしかしてこの近くに住んでるのか!?」
「は? いきなりなんなんだよ……」
「ごめんね、答えてくれないかな……下手をすると、寺にいる人が危ないんだ」
「ッ…………あ、ああ住んでるさ! 親代わりの兄貴分と俺みたいなガキが何人か」
当たり、となれば迅速に避難させないと危ない。
見知らぬ誰かに言われたところで……と思うがそうなるとこの少年と出会えたのは不幸中の幸いだ。
「だったら今すぐ麓に、みんなを連れて逃げる様にそのお兄さんに言うんだ!」
「い、嫌に決まってんだろ! 今更帰ったって俺の居場所なんて……」
「テメェ!! 家族が死んでも良いのかよ!!」
「吾郎落ち着け!」
「……クソッ」
……吾郎は俺と違って感情が表に出やすいタイプだ。
素直に感情的になれるのは羨ましいが、それを咎めるのが俺の仕事だ。
今は感情的になって話を拗らせたら余計まずい。
「……家族なんかじゃねえよ。腹ん中じゃ行冥さんだって俺の事バカにしてんだよ」
「そんな事無い……って、何も知らない俺が言える事じゃない。けど、わざわざ子ども何人も引き取って世話してる様な人が子どもの事バカにするとは俺は思えないな」
「でも! 俺の本当の家族は俺の事捨てたんだよ! 信じられるかよ!」
「じゃあ直接聞きゃ良いだろうが。腹割って話さなきゃ何も分かんねーだろうが。だから……手遅れになる前に行け!」
「…………わ、分かったよ」
今思えば、獪岳は前世俺が見ていた原作で知る獪岳のイメージとは掛け離れていた。
卑怯で残忍で手段を選ばない外道……寺にいた頃からそんなものだと思ってたんだが、どうにも違ったんだ。
獪岳は、鬼に子ども達を売るその直前まではまだ『引き返せるところ』にいた。
きっと一時の感情と、過去の傷が合わさって鬼に殺された子ども達という現実を見て戻れなくなってしまったんだろう。
だから
「どんな時もアンタからは不満の音がしてた 心の中の幸せを入れる箱に穴が空いてるんだ」
そう善逸に言われた心の穴は、あの時が埋める最後のチャンスだったんだろう。
「分かりゃ良いんだよ、それじゃテメェだけじゃあぶねえし俺達も――」
「見ィつけたァ」
「なっ、しまった!」
「……最悪だ」
「ひっ」
これで一件落着……なんてなってたら悲鳴嶼さんが死刑囚になるって言う原作通りのルートにはなってないんだよなあ。
やっと説得出来たのも束の間、今度は最初の予想通り人間を食い散らかしていたであろう鬼に見つかってしまっていた。
今でも思い出したくない、捕まったら死亡確定のリアル鬼ごっこが始まったのは言うまでもない……