トリオンモンスターって呼ばないで! 作:わー
C級隊員は無給だった。
え?マジヤバくね?こっちは生活かかってんだぞおい。どうするんだよマジで。
焦りまくった弥生だが、B級になるとトリオン兵討伐の任務に行くことができ、A級になると給料が発生するようになるらしい。であればとっととB級に上がりたいのが弥生の心情であったが、B級に上がるためにはポイントとやらを4000まで溜める必要があるのだという。
弥生の中でロリコン疑惑が根強い鬼怒田に才能を再測定してもらって、弥生のポイントは3600まで増えている。1000ポイントから溜めるのは非常に困難であったろうが、かなりマシになった。ここは鬼怒田に素直に感謝の念を抱く弥生だった。
ポイントの溜め方は訓練に出席するか、個人戦に出場するかの二つだ。訓練は時間が決まっているものの個人戦はいつの時間でも空いているため、まず弥生は個人戦に出てみることにした。
とはいえ、個人戦は勝つと多くのポイントを手に入れることができるが、その分負けた時もポイントが減るというデメリットがある。まず戦闘の様子を眺めてみる事にした。
「…はえー、強い」
目の前では、白髪の少年が隊員たち相手に俺TUEEEEをしている姿があった。正直全くと言っていい程動きが追えない。気が付いたら相手が真っ二つになるか、心臓を一突きされるかのどちらかだ。
しかもあれでポイントは約1000程度。をいをいどういうことなんだよ。素質がある者は最初からポイントが高く設定されているなどと聞かされていたはずなのに、目の前のどう考えても才能マンな少年は1000からスタートとか、完全に死に設定じゃないか、と弥生は目の光を無くす。
1000スタートの隊員たちの中にもあれだけ強い奴がゴロゴロしているのなら、もしかすると個人戦に出るのは厳しいかもしれない。
弥生は少しの間迷った。訓練で手に入るポイントは好成績を出さなければ微量。ちまちま集めていたら、餓死してしまう事だろう。つまりよく考えなくても弥生に選択権はなかった。馬鹿らしい話である。
「…」
そっと立ち上がり、弥生は個人戦用のブースの中に入っていったのだった。
仮想空間の中に転送される。すると、程よく離れた場所にあの白髪の少年が立っていた。適当の番号に申し込んで戦闘を始めたが、まさかのピンポイントで一番ヤバい奴を引き当ててしまったらしい。弥生はだうー、と顔から色を無くした。
「お、あんたは」
「アステロイド」
先手必勝。弥生はトリオンキューブを生成して目の前の少年にぶち当てた。道路を割り、歩道橋を吹っ飛ばし、周囲の家をなぎ倒す。これはやったろう、と勝利を確信した弥生だったが。
「よっと」
いつの間にか回り込んできていた少年に、背後から襲撃を受け真っ二つにされていた。
『神崎、緊急脱出。1対0』
無機質な声が響き、弥生は背中を切られた強い痛みと共に空を舞ったのだった。
「…」
ぽすん、とベッドに転げ落ち、弥生は背中をさすりながら起き上がる。
…え?強すぎ、何アレ。訳わかんないんだけど。
まあ、とにかく負けてしまったものは仕方がない。ベッドから起き上がり、次はもっと弱い人と戦おうと思っていた弥生だったが。
『二本目、開始』
…ひょ?
なんかまた街中に放り出されて、弥生は目を白黒させていた。アレでおしまいではなかったのか、という疑問と、また戦わないといけないのか、という焦りで頭がいっぱいだった。
「…」
ふと視線を感じて上を見ると、白髪が空から降ってきていた。え、何それは、と反応する間もなく切り捨てられる。
『神崎、緊急脱出。2対0』
「…」
ベッドから起き上がる。ああハイハイなるほどね。何回か戦わないとダメだってことか。何それ怖い。
また街中に出された。
「…アステロイド」
今度はうろたえない。弥生は超特大トリオンキューブをひねり出して、自身の周囲360度を満たした。そしてそれらをすべて同時に放出する。
轟音、爆音、破壊音。街が瞬く間に破壊され、一瞬のうちに瓦礫と更地の広がる荒野へと姿を変える。
『空閑、緊急脱出。2対1』
攻撃、当たったか。よかったよかった。安堵の気持ちを感じながら、弥生はそろそろ終わってほしいと切に願うのだった。
―――――――――
「ははは…おチビが戦ってるって聞いて来たんだけど…なんかすげえことになってんな…」
「米屋先輩…」
「おう、眼鏡君」
画面の中で起こった凄まじい光景に呆気に取られていた三雲を現実に引き戻したのは、先日知り合ったばかりの米屋だった。画面を見ながら隣に座る米屋に場所を広げて、三雲はまた画面へと目を向ける。そして、やはり目の前で起こった信じられない光景に息をのんだ。
空閑が、同じC級隊員にやられた。それが何よりも信じられない。
小さい頃からいくつもの戦場を渡り歩き、傭兵として生きてきた空閑。その空閑の戦闘経験は、もはや歴戦の戦士のそれと同格だ。少なくとも三雲は、C級どころか、一対一で戦えばB級上位陣どころかA級とも十分渡り合える。そう考えている。
しかし、目の前の光景はそんな修の思考を嘲笑うかのように吹き飛ばしてしまった。
『四本目、開始』
また試合が始まる。瞬く間に街が修復され、空閑と神崎の二人がランダムに配置される。神崎の戦術は先ほどと同じく、スタートと同時に巨大なアステロイドで街を破壊する事だった。
轟音がスピーカーから響き渡り、観覧していたC級隊員たちから悲鳴や驚きの声が響き渡る中、米屋は冷や汗を垂らしながら口を開く。
「あれが二人目のトンデモガールかー。確かに、ありゃヤバいな」
「トンデモガール?」
米屋の言葉に、三雲は首を傾げた。
「入隊式の日の一日に、壁をぶち壊した女の子が二人も出たってんで、話題になってんだよ。一人は確か玉狛んとこの新人ちゃんじゃなかったっけ?」
「あ、ああ…千佳のことですね」
街が一瞬のうちに崩壊する。しかし緊急脱出の報告は出てこない。空閑はあの砲撃の中を生き残ったのか。
しかし、ろくに遮蔽物が残っていない更地同然のステージでは、遠距離武器を持っていない空閑が圧倒的不利だ。瓦礫や粉塵を使って目くらましをして猛スピードで駆け出した空閑だったが、即座に視界を埋める量の光線に粉砕される。
『空閑、緊急脱出。2対2』
「空閑…」
心配そうにつぶやく三雲。
「うーわ。超広域範囲攻撃。しかも一発一発が弾バカの徹甲弾と同じかそれ以上の威力か。戦い方は完全素人だが…」
「素人、ですか…?あれが…」
愕然とする三雲に「逆に」と米屋は続けた。
「素人故に、ってやつだろうな。相手は近接、こっちは中衛。射線が通らない住宅街はこっちが不利。だから周囲を吹っ飛ばして射線を無理やり通し、逆に相手は遮蔽物が無くなって不利になる…普通、思いついてもできない事だが、なまじ神崎ってチビ助には膨大なトリオン量がある。十分に実現可能だ。単純、故に手強い」
「莫大なトリオン量による力押し、ってことですか」
「まあぶっちゃけて言うとそうなるわな」
三雲はそれを聞いて、思いつめた顔を浮かべた。三雲修はトリオン量が他の人間よりも少ない。師匠からは、本当にB級なのかと疑われるほど、自分は弱いのだ。やはり、トリオン量があることは戦闘において大きなアドバンテージになるのだと、再認識させられる。
空閑は、これでは負けてしまうかもしれない。そんな一抹の不安がよぎる。しかし、三雲はすぐに首を横に振って沸き上がろうとした思考を振り払った。
ただ信じる。空閑は負けない。きっとだ。
それよりも、あの子はきっとすぐにでもB級に上がってくるだろう。もしそうなればいずれ超えなければならない壁となる。今のうちに少しでも対策を練っておこう。修はそう切り替えた。
「あの範囲攻撃、どうにか凌ぐ方法はあるのか…?」
『五本目、開始』
呟くと同時に試合がまた始まる。そして、画面内の空閑が一気に駆け出して空へと舞った。
米屋が楽しそうに笑みを浮かべる。
「それは、今からおチビが実践してくれるだろうよ」
その言葉に呼応するかの如く、空閑は一瞬で神崎との間を詰め、アステロイドが発生する前に首を飛ばした。
『神崎、緊急脱出』
「ほら、速攻でつぶしにかかったな。今みたいに、単純な力押しには、他の分野で圧倒するしかない。例えば速度とかな」
「…な、なるほど…」
簡単な話だ。わざわざ相手の土俵で勝負する必要はない。逆に相手を自分の土俵に上げてしまえば、こうも勝負の結果は変わる。
三雲はその話に頷きつつ、試合がどう動くのかに集中した。
「…ふう…」
お、終わった。やっと終わった。弥生は一人ベッドの上で腰掛けて若干グロッキーになっていた。
結果は4勝4敗1引き分けで、引き分けに終わった。本当に、本当に長かった。NKT(長く苦しい戦い)だった。しかも引き分けた所為でポイントは貰えずじまいに終わるという。当然ポイントが引かれることもなかったわけだが、いったい自分は何のために戦ったのだろうと死にたくなる弥生。
っていうか、こっちは言っちゃなんだが要塞と化して四方八方に砲撃しまくるという物凄く性格の悪い攻撃を選んだのだ。それなのにそれを時にかいくぐって、時に発動するよりも早く潰しにかかってくるとか、奴は本当に人間なのだろうか。
「…」
疲れたので休憩するためにブースから出た弥生を待っていたのは、C級隊員たちの畏怖のまなざしだった。しかしデフォルトで視線を下に向けたまま歩く弥生は一切気づくことなく、とてとてと歩く。
「よ、お疲れ様、トンデモガール二号」
「…?」
話しかけられた。見てみると、話しかけてきたのはカチューシャをかけたどう見てもヤンキーな男だった。その隣には眼鏡をかけた主人公っぽい人。
…もしかして、カツアゲ現場とかだろうか。は!まさか今から自分も!?弥生は目を躍らせながら後ずさる。
「いやー、手ごわかったですなー」
「空閑、お疲れ」
後ろからは白髪のショタが近づいてくる。眼鏡がそれに労りの言葉をかけ、「どうもどうも」と空閑は口を3にして答えていた。それからヤンキーも交えて話し出したので、弥生は即座にその場から離脱した。人間関係で一番心に来ることは、あまり知らないクラスメートにちょっと一声かけられ、そのまま他の友達と話し出した時に「え?これ自分も何か答えなきゃいけないのか?」と迷っていたら、「あれ…?あんたまだいたの…?」と気持ち悪がられる事なのだと、弥生は賢いので知っていた。
その後、少しだけ休憩した後、また個人戦に参加しようとしたのだが、誰も相手になってくれなくて困惑することになる弥生なのだった。