トリオンモンスターって呼ばないで! 作:わー
待ちに待ったB級への昇格。
弥生は早速配られたシフト表に自分が出ることができる全ての時間をマークした。これで貧困生活から免れることができると思うといてもたってもいられなかった。
もちろん、お金のことばかりだけ考えてはいない。例えば三雲のお見舞いや、学校の試験、学校で急にクラスメート達が何やら変な生暖かい眼差しを向けてきた事、雨取や夏目がお昼ご飯に誘ってきては弁当を持ってきていないので断るのにめっちゃ悩んだり行きたいからおにぎり一つくらいは持っていこうか迷うなど、弥生は弥生で自分の生活を送っている。
だが、それはそれとして金がねえ。150万の謝礼金など学費や生活費、アパート代etc…とても中学生活3年間やその先を生きていける程の金ではない。高校にも行きたいし大学にも行きたい。一貫として弥生の前に聳え立つ問題に、意識が割かれるのは仕方のない事だろう。
その日、弥生にとってはB級になって初の出勤日だった。というのもシフトのことについて話があるとのことで、本部に呼び出しを食らったのである。弥生はシフトが決まったのかなと特に何の疑問も抱くことなくホイホイと本部へと向かった。
そして今、弥生はカウンセリングの様なものを受けていた。
「―――では、生活に困窮しているから、このようなシフトにしたという訳ね?」
こくこくと頷く弥生の話を聞きながら、何やら紙に書き込んでいく、優しいお姉さん。優し気な話し方と巧みな話術により、弥生は完全に心を許している様子だった。
弥生が聞かれたのは今の生活の状況やシフトについてだ。他にも近界民についてどう思うだとか自分にもし力があればそれをどう使うだとか聞かれた。加えて以前の第二次侵攻時の働きを労われたり褒められたりしたので、弥生はえへへと照れた。
そもそも人前に出ることが苦手な弥生にとって初対面の人と話すことは難しい事だったが、何故かこの人とは話しやすい。もしかして自分も成長しているのかもしれない。もしそうだったら嬉しいな。そう自分で自分をほめていると、お姉さんは我が子を見る様な目で弥生の頭を撫でる。
「はい、これでお話は終わり。時間を取ってくれてありがとうね」
「…いえ…」
「そうそう、ご飯に困っているのなら、食堂に来ると良いわよ。実は朝ごはんに100円定食って言うのが出ててね…」
! そ、そんなものが!?弥生はお姉さんの話を真剣に聞いた。
その後、お姉さんから色々な豆知識を教えてもらった弥生は、お姉さんに頭を下げてその場を辞したのだった。
そう言えば、結局シフトについての話って何だったのだろう、と弥生は首をかしげたのだった。早くお仕事したい。
「―――神崎弥生さんへのカウンセリングの結果は、これで以上になります」
「そうか。ご苦労」
ボーダー直属のカウンセラーは、笑顔で一礼してその場を去る。会議室に残されたのは、城戸指令含むボーダー本部直属の役職たちと、深い沈黙だった。
「シフトを埋め尽くしてきたことには驚かされたが、まさかそのような事情があったとはな…」
「どうします?ただでさえ未成年を所属させることは世間によく思われていません。事情を持った子を何の対策もないまま放置して何かあれば、ボーダーの印象に大きく影響するかと…」
深い悲しみに打ち震える鬼怒田と、難しい表情を浮かべてしきりに頭を撫でつける、広報担当の根津。
「問題はそれだけではない。彼女がトリオンモンスターの一人…すなわち、単体でブラックトリガー並みの戦闘力を持っている、ということだ」
城戸がそう言う。それは既に神崎弥生を戦力の一つとして見たうえでの発言だった。
「それは、彼女が今の環境にしびれを切らし、トリガーを悪用する事を危惧したうえでの発言か?」
忍田が目を細めてそう言う。
「いや、それはない。カウンセリングの結果から、神崎隊員は一般的、常識的な倫理観を備えていると言えるだろう。だが、故に扱いが難しい…」
「確かにのう。A級に昇格させるのが一番手っ取り早いが、それでは神崎隊員が所属したチームが過剰戦力となってしまう。加えて戦闘経験不足も気になる。膨大なトリオン量を持っているからこそ、しっかりと基礎を学んで上を目指してほしいものだが」
根付は、ふと思いついたように口を開いた。
「ふむ…彼女を、S級にするというのはどうでしょう。それだったら、給料も発生するし、我々で管理も容易になる」
「…私は反対だ」
忍田が声を上げた。
「S級はそもそも、ブラックトリガーを持つ者に与えられるものだ。それに、下手にS級に彼女を選んでは、孤立を招くし、それこそ戦闘経験を培う場を奪うことに繋がりかねない」
「確かに。ランク戦にS級は出られんしな」
沈黙が舞い降りた。
「…シフトは無理のない程度に調整し、任務にあたる際はB級か、A級隊員を付ける。そうしてローテーションで彼女に戦いのイロハを教え、戦闘経験を積ませ…ゆくゆくはA級隊員へと昇格させる。というのはどうだろうか」
「ふむ…」
忍田の言葉に、城戸が考え込むように顎に手を添える。根付は手を挙げた。
「所属したA級部隊の、戦力の大幅な差はどうするんです?」
「そもそも、そこは気にしないでいいだろう。ランク戦とは本来訓練の一環だ。敵の中にブラックトリガー使いや膨大なトリオン量を保有する兵士がいて、だから負けましたでは話にならない。そうした条件にも対応できるように訓練をすることこそ、ランク戦の本当の狙いではないのか」
「確かに。雨取千佳や神崎弥生は、そうした敵と戦うことを想定した訓練相手にもなるということか。全体的な戦力の向上にも繋がる」
城戸はその話を聞き、やっと顔を上げた。
「では、忍田本部長の意見でいくことにする。…だが、やはり先導者が一人は必要だろう。――――任せて支障はないな」
城戸が、とある方向に目を向けた。そこにいたのは冷たい印象を与えるスーツ姿の男だった。
「…それは、彼女次第でしょう」
男はそう言って、神崎弥生のプロフィールが書かれた紙を、鷹のような冷たさを思わせる鋭い目で睨みつけるのだった。
この独特のsilhouetteは…?