繋ぎ目の光陰   作:蛙野 心

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こちらは本筋に全く関係しない短編となります。世界観の説明やキャラの掘り下げをお楽しみください。



閑話 ブラウニー

 

「見て見て、セツ! すごいでしょ!」

 

 目の前の少女に1枚の紙を突きつけられ、セツ・カンザキは視線をそちらに向けた。それは、ヨツバの通っている小学校のペーパーテスト。どことなく懐かしさを感じさせるテスト用紙の右上には、赤いペンで『100』と記されていた。

 

「頑張りましたね」

 

 褒めろと言わんばかりにドヤ顔で立っているヨツバの頭に手を置いて、淡々とした声でセツはそう言う。それでも幼いヨツバは単純で、更に目を輝かせた。そして元気いっぱいの声で続ける。

 

「あのねあのね! マスターとね、次のテストで100点取ったら好きなおやつ作ってくれるって約束したの! 見せに行こーよ、セツ!」

 

 何故自分がついて行かなければいけないのか、とセツは少し思う。がしかし、そんな事を言ったとしてもヨツバはセツの手を離さないだろう。駆け出そうとするヨツバを危ないからと止める。半ば諦めたような気分で、セツは大人しく階下のバーに向かったのだった。

 

 

 

「マスター! 100点!」

 

 ヨツバはバーに駆け込むなりそう言った。満面の笑みで突き出されたテスト用紙を受け取って、マスターはいまいち分かっていない顔をする。

 

「おー…………凄い、な?」

 

「もう、忘れないでよ! 約束したじゃん、百点取ったら好きなおやつ作ってくれるんでしょ!」

 

 そう言いながら、ヨツバはカウンター前の高い椅子に登ろうとする。落ちそうになっているヨツバを抱えあげて椅子に乗せると、セツもその隣の席に座った。

 

「あー。そーいや、そんな事言ったっけな」

 

「アイスがいい! アイス!」

 

「流石にそれは無理だ」

 

 1番の好物を断られ、目に見えてヨツバはガッカリする。それに苦笑しながら、マスターはヨツバの頭に手を置いて言った。

 

「クッキーでいいか? それならすぐ出来るしな」

 

「むー…………仕方ないなぁ。チョコチップ入ってるやつがいい!」

 

 代案であっさりと機嫌を直したヨツバの単純さに、セツは内心で少し呆れてしまった。しかし直ぐに、子供なんてそんなものかと思い直す。

 

 今日は皆用事があるのか、バーには2人以外に誰も居ないようだった。それとも昼間はこんな物なのかもしれない。賑やかな場所が好きな訳では無いが、普段とのギャップが多いと素直に違和感を覚える。隣で何かを喋っているヨツバに適当な相槌を打ちながら、セツはそんな取りとめもない事を考えていた。

 

 ここに来てから、なんだかそういう時間が増えた気もする。そのせいと言うべきか、以前は考えなかったような考えが思いもよらない所から飛び出してくることも増えた。良い事かは、分からない。

 

「なぁヨツバ。クッキー、明日でもいいか?」

 

「えー!? なんで?」

 

 キッチンから顔を出したマスターに言われて、ヨツバがそう言う。ぼんやりとしていたセツは、その声で思考の渦から引き上げられた。

 

「いや、買い物行くの忘れててな。これから行くとなると、時間が足りないんだよ」

 

「えー、やだやだ! 約束したじゃん!」

 

 夕飯の仕込みもそろそろ始める予定だったから、時間がかつかつになってしまうらしい。しかしそんな話でヨツバは納得せず、駄々をこねるような調子であーだこーだと不満を訴えた。マスターは困った様な表情でしばらく考え込んでいたが、「そうだ」と呟いてセツの方に視線を向けた。何となく、嫌な予感がする。顔には出さないけれど。

 

「悪いんだが、ちょっと買い物に行ってきてくれないか」

 

「……私が、ですか」

 

「そうしてくれたら、まだ何とかなるんだが」

 

 やっぱりかと思いながらそう返すと、ヨツバまでがセツを説得するようなことを言いだした。

 

「セツお願い! セツだって、クッキー食べたいでしょ? ヨツバもついて行くから!」

 

 別にそんなことは微塵も思っていない。更に言うなら買い物に行くのはいいとしても、ヨツバを連れて行くのは嫌だ。そんな数秒の逡巡の後、セツは仕方ないとため息をついて続けた。

 

「買い物は構いませんが、ヨツバは連れて行きませんからね」

 

「え、なんで!?」

 

「大騒ぎするのが目に見えています。宿題があるんでしょう、私が帰ってくるまではそれをやっていなさい」

 

 にべも無い返答にヨツバは不満顔をする。しかしここで駄々を捏ねたらセツが買い物に行かないことは理解しているのか、不満顔で「わかった」と頷いた。

 

「すまんな。買うものと、店までの道はここに書いてあるから」

 

 マスターからメモと買い物かごと代金を受け取る。ヨツバの「ちゃんと買ってきてね!」という声に見送られて、セツは1人アパートを出た。

 

 

 

 買い物に出た世界は、人間世界と住人の間では言われている世界だ。因みに、セツの世界の通称は軍事世界。人間世界は生活形態も、存在する国名も軍事世界とかなり近いのだが、セツはどうも、この世界の空気が苦手だった。

 

 軍事世界は、戦争の多い世界である。だから常にどこかピリピリとした空気が漂っていて、それはアパートを知るまで気づかなかったほどに普遍的なものだった。だからこそ、よく似ているようで正反対なこの世界の空気は、自分の何かを鈍らせるような気がする。

 

 考えてみれば、アパートやその住民の空気にも通じる所がある。何かが緩むような、むず痒い空気。平和ボケした空気、とでも言えばいいのだろうか。嫌い、と言いきれる訳では無い。ただ、苦手だ。ひょっとして自分は、それが羨ましかったりするのだろうか? 軍人の仕事は戦争。それを疑ったことは無い。けれど、生まれた時から続いているそれに、自分は少し疲れている? 

 

 歩きながらの思考に、益体もないと1人首を振る。面倒な事など考えず、自分はやるべきことを果たせばいいのだ。今はさっさと買い物を終わらせるべきであるように。自分は下される命令に従うべきだ。自分は、それを守らなくてはならないと、セツは1人で呟いた。

 

 

 

 買い物を済ませてアパートに戻ると、ヨツバがカウンターで寝ていた。言われた通り宿題をしていたようだが、ノートには途中から落書きが増え、明らかに集中できていない様子がみてとれた。何をやっているのかと、呆れた気分で溜息をつく。

 

「お、戻ってきたか。ありがとな」

 

 キッチンから出てきたマスターに、買ったものとお釣りを渡した。寝てしまったヨツバは、部屋に連れて行った方が良いだろう。そう思ってヨツバを抱え上げたセツを、マスターが引き止めた。

 

「なんですか?」

 

「ちょっと待ってくれ……ほい、口開けてみな」

 

 言われた通りに開いた口に、何か甘いものが入る。行儀が悪いと思いながらもそれを咀嚼し飲み込んで、セツは呟いた。

 

「ブラウニー……」

 

「お駄賃ってほど大したもんじゃないけど、買い物のお礼だな」

 

 胡桃の入ったそれは甘くて、初めて食べた味がした。自分の世界では甘い物は貴重だからだ。どちらかと言えば、いや結構、好きな味でもある。その一方で、なんでそんなものがと首を捻った。

 

「おまえさん、チョコレート好きだろ。なら好きかなって」

 

「なん、で、そんなこと知って……」

 

 好きな物の話なんてした事ないのに。気付かれて困るような事でも無かったけれど、知らない内に自分の事を知られていたという事実にセツは若干動揺する。

 

「ヨツバには言うなよ、煩いだろうから」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 何と言うか少し迷って、当たり障りのない返事を返す。ヨツバを抱えたまま部屋に戻るセツの脳裏では、あの益体もない考えの答えがグルグルと渦巻いていた。

 

 あのむず痒い空気はきっと、他人を気遣う余裕。誰もが自分のことで精一杯な自分の世界には無い、他人を見る余裕。それが羨ましいとは言わない。セツは自分の世界を否定しようとは思わないから。それでも、あの空気が悪いものでは無い事はわかった。

 

 





短編でした。おしまい。だいぶ前に書いたものなので最初から書き直そうと思っていたのですが、無理でした☆

あ、世界の説明をしますね
この物語には、複数個の世界が存在します。主に出てくるのが、①人間世界 ②軍事世界 ③西洋世界
①人間世界
私達の世界によく似た世界です。梨香さんとか、神尾先生、マスターあたりがこの世界の出身。治安は普通。
②軍事世界
軍事に偏った世界です。イメージは大日本帝国でしょうか。セツさん、ヨツバちゃんが代表。治安はちょっと悪い。
③西洋世界
魔法と妖怪がいる世界です。イメージは産業革命前のイギリス。ギルドなんかがあるバリバリファンタジーな世界。チャドとかネクロくんがこの世界の住人。治安は悪いどころの騒ぎじゃない。
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