昼食の片づけが終わって大体三十分ぐらい経つと、セツとヨツバが帰って来る。しかし、いつも元気いっぱいに帰って来るヨツバは、今日はどこか沈んだ——と言うか、不機嫌な様子であった。
「今日全部やんなくてもいーじゃん! だって、あしたもあさってもあさってのあしたもお休みだよ!?」
「明日も明後日(あさって)も明々後日(しあさって)も遊ぶのでしょう。だから今日中に終わらせなさいと言っているんです」
そう言い争いながら、セツとヨツバはいつもの席へと向かう。どうやら、論点は宿題についてらしい。
「でもぉ!」
「それじゃあ、毎日やれるんですか。無理でしょう」
尚も反論しようとするヨツバに向かって、セツはぴしゃりと言った。何も言えなくなってしまったヨツバは、むぐぐと唸りながらランドセルを下ろす。そして不貞腐れた表情で、その中からピンク色の筆箱を取り出した。
「しょーがないなぁ、やれば良いんでしょ」
「そう、やれば良いんです」
わざとらしい仕草で首を振りながらヨツバが席に座り、セツは表情を変えないままその後ろに立つ。そうやってセツに教えられながら、ヨツバは難しそうな表情で宿題を始めた。
「大変そう、ですね」
その様子を見て居たモニアは、思わずぽつりと呟いた。セツの意識を少しでも宿題から逸らそうとしたヨツバが、それに反応する。
「モニアちゃんは行かないの? 学校」
「……学校?」
言われて、モニアはぱちくりと目を瞬いた。学校、と言う言葉自体は知っている。でも、よく考えてみればそれがどういう物かは良く知らなかった。
「同い年の子供が集まって、皆で勉強するところだよ」
そうモニアが思っているのを察してか、カウンターの中から出て来たマスターが説明してくれる。モニアはそれに、更に質問を重ねた。
「勉強って、何を、するんですか?」
「えーっと確か……国語と算数と、社会科、だったか?」
「もっといっぱいあるよ! 生活でしょ、体育でしょ、あと音楽とか。でも、勉強よりもみんなで遊ぶ方が楽しい! 今日はね、中休みに皆で鬼ごっこしたんだ! あとはかくれんぼとか、だるまさんが転んだとか——」
マスターが言ったのに、ヨツバが付け加える。しかしその話がどんどん勉強から遊びの話へとずれていくのに、思わずと言ったようにセツが口を挟んだ。
「ヨツバ、学校は勉強するために行く所です。遊ぶために行くのではありませんよ」
「えー、だって勉強難しいし、楽しくないんだもん。それに、何で勉強しなきゃいけないの?」
ヨツバは不満顔でセツの方を見上げた。そして口にしたのはよく聞く、ありきたりな疑問だ。けれどセツは、それによどみなく答える。
「力をつけるためです」
「なんの?」
「誰かを守るための。さあ、お喋りはここまでですよ。宿題を続けなさい」
そうセツが言って、二人はまた宿題を始めた。それを邪魔しないように黙ったまま、モニアはその様子をじっと見つめている。
「学校、行ってみたいか?」
何気ないマスターの問いに、モニアはゆっくりと首を横に振って答えた。まだ少し、人の多い所は怖いから。
「でも、勉強は少し、だけ、やって、みたいです」
やってみたいと言うよりは、やった方が良いのかもしれないと言うのが正しいのかなと、言ってから少し思う。
「じゃあ、今度問題集でも買ってみるか」
そうマスターが言うのに、モニアは黙って小さく頷いた。
誰かを守るための力は、モニアが一番欲しい物だから。
八時を過ぎたあたりから、夕食が始まる。帰ってきた住人達が、またバーに集まって夕食を食べるのだ。そして食べ終わった後に、一部の住人が晩酌を始めるのが何時もの流れである。今日も、そうだった。当然それもバーの仕事だから、モニアもそれを手伝うつもり、だったのだが。
モニアは眠い目を擦りながら、大きな欠伸をした。時計を見ると、もう十時だ。何だか最近、眠くなる時間が早くなった気がする。毎日、色々な事が起こるからだろうか。
「モニア、眠いなら上に戻ってていいぞ」
本当は掃除や片付けなんかがあるから、この後も結構忙しい筈なのだ。けれどあまりにも眠いので、モニアはマスターの言葉に素直に甘える事にした。
ポティーと共に階段を上って、自分の部屋に戻る。パジャマに着替えていたら、また大きな欠伸が出た。パジャマの下にペンダントを仕舞って、さあベッドに入ろうとした時。
夢の事を思いだした。水の中の様に息苦しい夢の事を。また、同じ夢を見てしまうのだろうか。そんな事を思って、不安になる。
不安から逃れようとするように、モニアは今日あった事に思いを馳せた。
今日は、今日も、変わらない穏やかな一日だった。朝は梨香に髪を梳かしてもらって、マスターと朝食を食べて、それからポティーと遊んで、ネクロと話して、セツとヨツバから知らない事を知って、夜は皆でご飯を食べて。
知らず知らずの内にペンダントを握り締めていた手から、ふっと力が抜けた。布団の中に横たわったモニアは、ゆっくりと瞼を閉じる。
また悪夢を見てしまうかもしれない。でも、大丈夫だ、ここなら。
根拠のある自信を抱いたまま、モニアは穏やかな寝息を立て始めた。
ちょっと遅くなりましてごめんなさい
それはさておき、今日はマーブルチョコを食べました