繋ぎ目の光陰   作:蛙野 心

14 / 34
3.モニアの1日 後編

 昼食の片づけが終わって大体三十分ぐらい経つと、セツとヨツバが帰って来る。しかし、いつも元気いっぱいに帰って来るヨツバは、今日はどこか沈んだ——と言うか、不機嫌な様子であった。

 

「今日全部やんなくてもいーじゃん! だって、あしたもあさってもあさってのあしたもお休みだよ!?」

 

「明日も明後日(あさって)も明々後日(しあさって)も遊ぶのでしょう。だから今日中に終わらせなさいと言っているんです」

 

 そう言い争いながら、セツとヨツバはいつもの席へと向かう。どうやら、論点は宿題についてらしい。

 

「でもぉ!」

 

「それじゃあ、毎日やれるんですか。無理でしょう」

 

 尚も反論しようとするヨツバに向かって、セツはぴしゃりと言った。何も言えなくなってしまったヨツバは、むぐぐと唸りながらランドセルを下ろす。そして不貞腐れた表情で、その中からピンク色の筆箱を取り出した。

 

「しょーがないなぁ、やれば良いんでしょ」

 

「そう、やれば良いんです」

 

 わざとらしい仕草で首を振りながらヨツバが席に座り、セツは表情を変えないままその後ろに立つ。そうやってセツに教えられながら、ヨツバは難しそうな表情で宿題を始めた。

 

「大変そう、ですね」

 

 その様子を見て居たモニアは、思わずぽつりと呟いた。セツの意識を少しでも宿題から逸らそうとしたヨツバが、それに反応する。

 

「モニアちゃんは行かないの? 学校」

 

「……学校?」

 

 言われて、モニアはぱちくりと目を瞬いた。学校、と言う言葉自体は知っている。でも、よく考えてみればそれがどういう物かは良く知らなかった。

 

「同い年の子供が集まって、皆で勉強するところだよ」

 

 そうモニアが思っているのを察してか、カウンターの中から出て来たマスターが説明してくれる。モニアはそれに、更に質問を重ねた。

 

「勉強って、何を、するんですか?」

 

「えーっと確か……国語と算数と、社会科、だったか?」

 

「もっといっぱいあるよ! 生活でしょ、体育でしょ、あと音楽とか。でも、勉強よりもみんなで遊ぶ方が楽しい! 今日はね、中休みに皆で鬼ごっこしたんだ! あとはかくれんぼとか、だるまさんが転んだとか——」

 

 マスターが言ったのに、ヨツバが付け加える。しかしその話がどんどん勉強から遊びの話へとずれていくのに、思わずと言ったようにセツが口を挟んだ。

 

「ヨツバ、学校は勉強するために行く所です。遊ぶために行くのではありませんよ」

 

「えー、だって勉強難しいし、楽しくないんだもん。それに、何で勉強しなきゃいけないの?」

 

 ヨツバは不満顔でセツの方を見上げた。そして口にしたのはよく聞く、ありきたりな疑問だ。けれどセツは、それによどみなく答える。

 

「力をつけるためです」

 

「なんの?」

 

「誰かを守るための。さあ、お喋りはここまでですよ。宿題を続けなさい」

 

 そうセツが言って、二人はまた宿題を始めた。それを邪魔しないように黙ったまま、モニアはその様子をじっと見つめている。

 

「学校、行ってみたいか?」

 

 何気ないマスターの問いに、モニアはゆっくりと首を横に振って答えた。まだ少し、人の多い所は怖いから。

 

「でも、勉強は少し、だけ、やって、みたいです」

 

 やってみたいと言うよりは、やった方が良いのかもしれないと言うのが正しいのかなと、言ってから少し思う。

 

「じゃあ、今度問題集でも買ってみるか」

 

 そうマスターが言うのに、モニアは黙って小さく頷いた。

 誰かを守るための力は、モニアが一番欲しい物だから。

 

 

 

 八時を過ぎたあたりから、夕食が始まる。帰ってきた住人達が、またバーに集まって夕食を食べるのだ。そして食べ終わった後に、一部の住人が晩酌を始めるのが何時もの流れである。今日も、そうだった。当然それもバーの仕事だから、モニアもそれを手伝うつもり、だったのだが。

 

 モニアは眠い目を擦りながら、大きな欠伸をした。時計を見ると、もう十時だ。何だか最近、眠くなる時間が早くなった気がする。毎日、色々な事が起こるからだろうか。

 

「モニア、眠いなら上に戻ってていいぞ」

 

 本当は掃除や片付けなんかがあるから、この後も結構忙しい筈なのだ。けれどあまりにも眠いので、モニアはマスターの言葉に素直に甘える事にした。

 

 ポティーと共に階段を上って、自分の部屋に戻る。パジャマに着替えていたら、また大きな欠伸が出た。パジャマの下にペンダントを仕舞って、さあベッドに入ろうとした時。

 夢の事を思いだした。水の中の様に息苦しい夢の事を。また、同じ夢を見てしまうのだろうか。そんな事を思って、不安になる。

 

 不安から逃れようとするように、モニアは今日あった事に思いを馳せた。

 今日は、今日も、変わらない穏やかな一日だった。朝は梨香に髪を梳かしてもらって、マスターと朝食を食べて、それからポティーと遊んで、ネクロと話して、セツとヨツバから知らない事を知って、夜は皆でご飯を食べて。

 

 知らず知らずの内にペンダントを握り締めていた手から、ふっと力が抜けた。布団の中に横たわったモニアは、ゆっくりと瞼を閉じる。

 

 また悪夢を見てしまうかもしれない。でも、大丈夫だ、ここなら。

 

 根拠のある自信を抱いたまま、モニアは穏やかな寝息を立て始めた。

 

 

 

 




ちょっと遅くなりましてごめんなさい
それはさておき、今日はマーブルチョコを食べました
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。