繋ぎ目の光陰   作:蛙野 心

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4.マンティコア 上

「それじゃあ、おやすみ、なさい」

 

 そう言って、モニアが上の自分の部屋へと戻っていく。そしてその後ろをポティーもついて行った。そんな二人(一人と一匹?)を見送って、マスターはぽつりとつぶやく。

 

「あれも随分懐いたな」

 

 あれと言うのは、ポティーの事だ。その言葉に、カウンターで酒を飲んでいたチャドが苦笑交じりに応じる。

 

「ほんとだよなー、最初の時からじゃ想像できねぇよ」

 

「最初……そう言えば、あの子が来る前になんか騒ぎがあったんだっけ?」

 

 そう言えばポティーがここに来た経緯を何だかんだ知らなかったと、梨香が聞く。何故か今まで、ポティーがどこから来たのかすら触れられていなかったのだ。

 

「騒ぎって程でも無いだろ」

 

「にしては、大分苦労したけどな」

 

 事情を知っているらしい二人はそういって顔を見合わせる。しかし、知らない梨香にとってはさっぱり意味が分からず、頭上に? が浮かんだ。

 

「あー、何だっけその話。確か……ミト博士がどーのこーのって言って無かった?」

 

「私はネクロ君が酷い目にあったって聞きましたけどねぇ」

 

 そこに、その話が気になったらしい神尾と芹奈も会話に加わって来る。段々、情報が増えてごちゃごちゃしてきた。

 

「ま、あいつがちょっと暴れたってだけの話だな」

 

「いや全く分かんないから。一から説明してよ」

 

 それを乱暴に纏めたマスターの言葉に、思わず梨香が突っ込む。そんなので分かったら苦労しない。しかしマスターは実に面倒くさそうな顔をした。

 

「つったってなぁ、俺だってそんなに良く知らねぇんだよ。あんときはモニアとここに居たしなぁ」

 

「俺に丸投げしただけだしな」

 

 そんなマスターの言葉に、グラスを傾けながらボソッとチャドが突っ込む。

 

「って事だからチャド、お前が説明しろ」

 

「俺かよ」

 

 また丸投げじゃんかとかなんとかぶつぶつ言いながらも、チャドは手にしたグラスを置いた。その視線が、記憶を掘り起こそうと空中を彷徨う。

 

「えーっと、いつの話だっけ? 四月?」

 

「三月」

 

「そう、この前の三月。多分平日だったんだと思うんだけど、そん時はなんか天気が良くてさ——」

 

 

 

 段々と風の冷たさが緩んできた、三月のある日の事。バーの中は何時になく閑散としていた。夜の賑やかな様子からはかけ離れているが、昼間はまぁ、大体こんな物である。

 とは言え誰も居ない訳ではなく、カウンターではチャドが座ってだらだらと喋っていた。それに食器を拭きながら適当に相槌を打っているのがマスターで、モニアは拭き終わった食器を棚に仕舞っている。話している内容に特筆すべきことも無く、正に普段のアパートの昼間の姿だった……のだが。

 

 突如として、何か重い物が吹っ飛ばされたような音がアパート中に響いた。まさしく建物の上から下までを貫く轟音に、驚いたモニアが手に持った食器を取り落とす。しかし陶器が砕ける音は、間を空けずに響いた獣の咆哮の様な物に掻き消された。

 割れた食器の破片を拾い上げようとするモニアを手で制し、マスターは上を見上げる。

 

「何だ? 上からだよな、聞こえたの」

 

 微かにではあるが、ぎしぎしと床が軋む音も聞こえる。大きな動物か何かでも入り込んだのだろうか。しかし、一体どこから? 

 見てこようかと、チャドが立ち上がる。しかし上から聞こえてくる者とはまた別に、一人分の足音を聞きつけてすぐに立ち止まった。

 

「お、誰か来るよ」

 

 その足音の主は、何時になく急いでいる様子だった。勢いに任せて扉を押し開け、息を吐く間もなく言い放つ。

 

「マスター。少々大変な事になってしまった様だ」

 

 ミト博士は肩で息をしながら、その場に膝をついた。体力切れの様だ。

 

 

 

 マンティコアと言う怪物の名を聞いたことは無いだろうか。いわゆるキメラの一種である、想像上の生物の事だ。主な特徴は赤い体に人の顔、大きさはライオンほどで、尻尾の代わりにサソリの毒針を持つと言う。まぁこの手の生物によくある様に、そのあたりの特徴は文献などによって少しずつ差異が見られるのだが。

 兎も角、紆余曲折あってそんなマンティコアに関する伝承を調べていたミト博士は、思った。ライオンとサソリの遺伝子を組み合わせてあれやこれやすれば、この怪物を再現できるのではないだろうか、と。

 

「勿論、完璧な再現は難しい。それは分かっていたさ。しかし、もどきと言えるまでに近づける事は現代技術でも十分に可能だ。そうは思わないかい?」

 

 珍しく走って乱れた息を整えるなり、ミト博士はとうとうとマンティコアに関する説明を述べた。そして最後を締めくくった文言に、マスターは渋い顔で言う。

 

「で、作ったのか」

 

「……可能性があれば、挑戦するのが科学者の使命だよ」

 

 視線を逸らしながらも、ミト博士はその言葉を遠回しに肯定した。一応、不味い事をやらかしたと言う自覚はあるらしい。思わず、マスターは深い深い溜息を吐いた。

 

「しかし、余り悠長な事を話している余裕はないかもしれない」

 

 そう言いながら、ミト博士はカウンターに座り足を組んだ。あまり焦りのある態度には見えない。

 

「実験をする前に逃げられてしまったので確かな事は言えないが、伝承ではマンティコアは人を喰うらしいのだ。万が一、敷地外に出て通行人でも襲われて居たら事だ。ここが表沙汰になったら大惨事だろう」

 

 あまりぞっとしない話だ。しかしマスターはいつもの調子で、問題ないと請け負った。

 

「さっき、アパートを取り囲む結界を張った。目に見えない壁みたいなもんだ。マンティコアだろうが何だろうが、壊せるようなもんじゃないから安心しろ」

 

「そうか、それなら暫くあれの行動を観察したいのだが——」

 

「それは無理だな」

 

 ミト博士が言い切る前に、マスターはその要望をバッサリと切った。あからさまに、ミト博士は落胆した様子を見せる。あくまで実験重視のミト博士の姿勢に、マスターは苦笑交じりにその訳を説明した。

 

「そろそろ買い物行かねぇとなんねぇんだよ。あれが外に出られないって事は、俺達も出られないって事だからな」

 

「……分かった。それなら、あれの実験はまた後日に回すとしよう。捕獲が先だ。で、その捕獲は誰がやるんだ?」

 

 まさか私がやれると思っているのか? とミト博士は腕を組んで無駄に尊大な態度を取る。

 

「にしたってなぁ、あんなの捕まえるなんて、相当めんど——骨が折れるぞ」

 

 マスターも自分が行く気は無い様だ。そして二人の視線は必然的に、カウンターで事の成り行きを見守っていたチャドに向いた。

 

「俺だってやだよ! 今日、めっちゃ天気いいんだからな」

 

 しかし、そのチャドも気が進まない様子だ。

 

「お前が行かないんだったら誰が行くんだよ」

 

「それこそマスターが行けよ。別に俺は外出れなくても困んねぇし」

 

「お前なぁ。入る事も出来ねぇんだから、誰かが帰ってくる時に困——」

 

 そこでマスターは言葉を切った。モニアが服の裾を引いたからだ。どうしたのかと振り返れば、モニアは少しおずおずと口を開く。

 

「あ、あの、ネクロくん、が、戻って、来ません」

 

「「「……あ」」」

 

 言われた意味に気づいた3人の声が、綺麗に揃った。そう言えば、ネクロは昼食を食べ終わって直ぐに裏庭に行ってしまっていたのだ。当然、それから戻ってきてはいない。

 

「チャド、行ってこい!」

 

「りょ、了解!」

 

 流石にこれ以上何か言う事も出来ず、チャドは慌てて立ち上がった。

 

 

 

 




アクション始まるよー
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