休日の街だなんて禄でも無い。
そんな事を心の中だけで呟いて、佑也は溜息を吐いた。目の前に広がっているのは店が立ち並ぶカラフルな通りと、そこを右往左往する人の群れ。空に昇った太陽は段々とその力を増してきていて、雑踏のざわめきが酷く耳障りだ。正直な所、もう帰りたい。
がしかし、今日は個人的な用事では無く、芹奈達との約束があって来ているのだ。従って、中々帰れない事は予想済みだった。久しぶりに四人で買い物に行けると、芹奈が数日前から楽しそうにしていたし。と言ってもどうせ買い物するのは芹奈と梨香の二人で、連れ回される自分とチャドは荷物持ちかナンパ避けが良い所だ。頼まれたのが芹奈じゃなきゃ絶対に断っていた。
そんな事を考えていると不意に信号が赤に変わって、人の流れが滞った。ぼーっとしていた佑也はそれに対応しきれず、人にぶつかってよろけてしまう。地面に尻もちにつきそうになるが、特段運動神経が良い訳でも無いので咄嗟に出来るのは手をつくことぐらい。しかしそんな佑也を、伸びて来た一本の腕が支えた。
「大丈夫?」
佑也の腕を咄嗟に掴んだのはチャドだった。その腕に縋って何とか立て直して、佑也はこくりと頷く。
「ありがと」
しかし辺りを見回すと、芹奈と梨香の姿が見当たら無かった。佑也ははぐれてしまったかと慌てて携帯を取り出し、
(……合流してもどうせ買い物に付き合わされるだけだしな)
直ぐに仕舞う。どうせなら、はぐれてしまったという名目で好き勝手しよう。そう思って、佑也は支えてくれていたチャドの腕を掴み、さっきまでとは反対方向に歩きだした。
「どこ行くんだ?」
「いや、決めてねーけど」
どうしようか。この時間帯ならカフェなんかは混んでいるだろうし、だからと言って特にやりたい事も無い。ぼんやりと目的も無く二人で歩いていくと、ふと佑也は一つの店に目を惹かれた。
「なぁチャド、ジェラート食わねぇ?」
「お、良いな。あっちぃし」
何人もの人が列を作っているそれは小さなジェラートの店だった。一組のカップルの後ろに男二人で並ぶ。冷たいジェラートはこの暑い日にうってつけだ。そう考えるのは皆同じらしく、直ぐに自分達の後ろにもまた人が並んでいく。
しかしそれにしても、休日の原宿と言うのはそこら中にカップルが居る。右を見ても左を見ても前を見ても、だ。別に他人の幸せをやっかみはしないが、こうもいっぱいいると少しうんざりしてしまう。
この街に居るカップルのうち何組が、数年後も一緒に居るんだろうか。
不意にそんな考えが浮かんで、佑也は趣味が悪いと自嘲気味に苦笑した。人間は残酷なまでに気紛れだ。好きだのなんだの愛を囁いても、数年後には他の相手に同じ事を言うのが“普通”なのだから。まぁそんな事、こんな自分が言えたことでは無いけれど。
「なぁ、梨香達何食うと思う?」
チャドに話しかけられて、佑也の意識は取り留めも無い思考から引き戻された。数秒考えて、ジェラートの味の話をしているのだと悟る。
「溶けるだろ、待ってるうちに」
「あ、そっか」
何言ってんだかと肩を竦めれば、照れ隠しの様な笑みが帰って来る。そんな事をしている内に列はスムーズに進んでいき、ついに自分達の注文の番がやってきた。
「で、何にすんの」
「チョコ」
「纏めて払っとくから、席取ってきて」
「りょーかい」
ピッと敬礼の様な仕草をするチャドから視線を離して、佑也は店の売り子と相対する。メニューにざっと目を通してみた。どうやらサイズが三つぐらいあるらしい。まぁ、一番ちっちゃい奴で良いだろう。メニューに載っている長いカタカナの名前を二つ並べ、佑也は二人分の代金を払った。
「隣の商品受け取り口でお待ちください」
作り笑顔の売り子に言われて、佑也は右に一歩ずれた。そして辺りに視線を巡らせて、チャドがどこの席を取ったのか探す。
チャドはすぐに見つかった。ここから直ぐ近くの、植木の前に置かれたベンチに座っている。ぼんやりとむけられた佑也の視線にチャドは気づかない。それを良い事に、佑也はそれとなくベンチの座るチャドの姿を観察した。
(なんかあいつ、結構人好きのする見た目してんな)
自分の好みでは無いけれど、と心の中だけで嘯く。まぁでも、世間一般に言う顔が良いの部類には入るのだろう。服装さえ何とかすれば、それなりにモテる様になるかもしれない。
とか何とか思っていたら、二人の女がチャドに話しかけに言った。話している内容は分からないが、その二人の意図がうっすらと透けて見えて、佑也は思わず嫌な顔をしてしまう。いわゆる逆ナンと言うやつか。男女を問わずそう言う事をする人の事を、佑也はどうしても理解できないのだった。
しかし話しかけられたチャドは何を思っているのか、いつもと変わらない調子で接している様だ。やってきたジェラートをさっきと同じ売り子から受け取り、佑也はその二人が離れていくのを見計らってチャドの元へ歩いて行った。ああ言う手合いに絡まれるのはなるべく避けたい。
「おまたせ」
「お、お帰り。いくらだった?」
「四百円」
「……高くね?」
「そんなもんだよ」
そう言ってチャドに茶色い方のジェラートを渡し、佑也もベンチに腰掛けた。ジェラートをスプーンですくいながら、佑也はそれにしても、と話を始める。
「お前、ああいうのの相手よく出来るな」
「何が?」
「さっき知らん奴と話してただろ」
「あぁ。道聞かれただけだよ」
俺も分かんねぇけど、とチャドはケラケラ笑った。それを見て、佑也は微妙な表情になる。
「……ほんとに道聞かれただけだと思ってんのかよ」
「まっさかぁ」
そこまで初心じゃ無かったらしい。溶けたジェラートが指まで垂れたのを舐めて、チャドはでも、と続けた。
「旅は道連れ世は情けってな。実際道分かんなかったら俺も他人に聞くしさ」
そんなものだろうか。ああ言うのに絡まれて碌な目に合った事の無い佑也には理解できない考え方だ。
「その緑のやつ何味?」
「ピスタチオ」
「ぴすた……」
「豆だよ、要は」
「ふーん、旨い?」
「旨いよ」
そう言いながら、佑也はチャドの方にスプーンを差し出す。上に載っているのは溶けかけたジェラート。それをチャドはぱくりと口に含んだ。冷たさに少し顔を顰め、口からスプーンを引き抜く。
「ん、旨い。俺のも食う?」
「いる」
はい、と差し出されたジェラートにはスプーンが付いていない。どうやらチャドはスプーン無しで食べていたらしい。仕方ないので、佑也は返された自分のスプーンで小さくチョコ味のジェラートをすくう。口に含んだジェラートは自分が食べていたものとはまた違う風に甘くて、同じ様に冷たい。
「そーいや、お前梨香のこと好きなの?」
スプーンを咥えたままふとずっと気になっていた事を聞けば、チャドが面白い位に凍り付いた。
「な、ななな、なん、なんで、その事を……」
「見てりゃ分かる」
あれだけ分かりやすい反応しておいて、どうやらバレていないつもりだったらしい。あんなのに気付かないの本人ぐらいなものだって言うのに、相変わらず変な所で抜けている。
「………………まぁ、否定は、しない」
「じゃ、目の前でああいう事するの止めとけよ。軽く見られるから」
「なるほど……?」
分かってるのか分かってないのか、チャドは首を傾げながらジェラートのコーンにかぶりついた。ぱりぱりと軽い咀嚼音が聞こえるのに混じって、佑也の携帯が小さく通知音を上げた。芹奈からのLINEが入った様だ。
『どこ行ったのよ~』
軽い口調のメッセージに続いたのは、腹を立てているらしい犬の緩いスタンプ。佑也はコーンを咥えて、キーボードに指を走らせる。
『ジェラート食ってた』
『え! いいな!』
『ここにいる』
手早く携帯を操作して携帯の位置情報を送ると、帰って来たのはこっちに走ってくる犬のスタンプ。最近芹奈はこればっかり使う。お気に入りらしい。
「二人ともこっちくるってさ」
「ん、わふぁった」
コーンを全部口の中に押し込んだらしい。もごもごと暫く口を動かして、チャドはそれじゃあさと話を切り出した。
「佑也は好きな人いねーの?」
「いない」
「じゃあ、芹奈とよくいるのは?」
「あれは……」
口を開いてから、どういった物か悩む。芹奈との関係は色々と複雑で、だからこそあまり深く考えたくない物でもあった。明るい空とは裏腹に、陰鬱な事を考えてしまいそうだから。
「……友達、だよ」
「ふーん」
信じているのか、いないのか。分かんねぇなと呟いて、佑也はぐしゃりとコーンを覆っていた紙を握りつぶした。タバコを吸いたい。でも、確かこの辺は歩きタバコ禁止だ。確かにこんな人混みで吸ったら危ないだろうし。あぁ、人混みなんて禄でも無い。
「お、あれ梨香達じゃね?」
不意に遠くに視線を向けていたチャドが立ち上がった。チャドが大きく手を振れば、小柄な方の人影が降り返してくる。多分芹奈だろう。こいつら、よく人前でこんなことできるな。そう思いながら、佑也もベンチから立ち上がる。
「どこ行くんだ?」
「トイレ」
本当はタバコ吸いに行くつもりだけどそう言う。近くの喫煙所、どこだっただろうか。そんな事を考えながら人混みを掻き分けるようにして歩いた。頭の中を渦巻いているのは、取り留めも無い下らない考えだ。
羨ましいと思った。
さっき軽く馬鹿にしたカップル達が、理解できないと一蹴したあの女達が、誰かを好きだと隠さずに認められるチャドが。
恋は、愛は、好きだと言う感情は、いつも自分を悩ませる。きっとそれは皆同じだと言われるのだろう。けれど佑也にとって自分のそれは、他の人のそれと比べてずっと醜くて汚くて後ろ暗い物に見えてしょうがない。だから、悩んでしまう。
どうしたら良いのだろう。どうすれば愛されるだろう。どうしたら誰かに好きと言えるだろう。一人は寂しい。それでも、拒絶される方がずっと怖い。
ようやく喫煙所を見つけて、佑也はそこに入っていった。入り口近くの壁にもたれかかって、ポケットから煙草の箱を出す。乱暴な手つきで一本取り出して、火を付けた。立ち上るのは嗅ぎ慣れた匂いの白い煙。深呼吸する様にして煙草を吸えば、口いっぱいに馴染んだ味が広がった。洒落たジェラートの甘い味よりかは自分に合っている。
喫煙所の中は誰も居ない。街は混んでいるのに珍しい。最近喫煙者が減ったとよく聞くからそのせいだろうか。そんな事を考えるけれど、気を紛らわす役には立たなかった。
『じゃあ、芹奈とよくいるのは?』
不意に脳裏にさっきのチャドの言葉が蘇って、なるべく思い出さない様にしていた陰鬱な考えが堪えかねたかのように噴き出してくる。
芹奈が自分の事を好きだなんて、ずっと前から分かっていた。でも、佑也は出来れば友達で居たいのだ。
だって、もし仮に芹奈が自分の望んでいる物をくれたとしても、佑也は同じ物を返せる気がしないから。芹奈と自分の感情は違うから。どうしてと聞かれれば、ずっと前からそうだったからだとしか言いようがない。
それなら、一刻も早く芹奈との関係を断ち切るべきだろうか? でも芹奈は純粋に良い人で、出来るなら友達のままで居たいくらいには好きだった。それが逆に芹那を傷つけるなんてこと、分かっているのだけれど。
「あー……」
白い煙と共に意味のない音を吐き出した。なんか、疲れた。凄い疲れた。空は綺麗に晴れているのに、佑也の心情は曇り空も良い所だ。
ずるずると足から力が抜けて、喫煙所の灰だらけの床の上に佑也は座り込む。早く戻らないとなぁとも思うけれど、あと十分、ここに居る事にした。どうせあの二人もジェラート食べているんだろうし。
それに、こんな自分には青空の下のベンチより灰塗れの喫煙所の方が似合っているから。
絡ませたかっただけ。2人は友達。
この4人はたまに出掛けてるらしいですね。