13.願い
足から力が抜けたのは、体に限界が来たからでは無かった。足だけでは無い。もう、全身から力が抜けてしまいそうだ。倒れ込まずに済んでいるのは、意地なんて下らない物があるから。
「でも、もうそんな事、叶いっこないんです」
そう言った声はあまりにか細くて、情けなくて、弱々しい。口に出してしまえば、絶望がゆっくりと体の中を満たしていった。そうして、馬鹿な私はようやく、“あの子”が死んだことを実感する。
あぁ、馬鹿げている。だって、あの子が死んだのはもう十何年も前だ。それなのに、私は心のどこかでそれを受け入れられていなかったのだから。
「それだけじゃないだろ」
「……何を、言っているんですか」
それは違うと言いたいのだろうか。そんな見え透いた嘘に慰められるほど、私は馬鹿じゃない。そう口に出す前に、滲む視界の中で目の前の男が口を開いた。
「だって、お前はこんなに頑張ってるだろ。それなら、その理由がある筈だ。違うか?」
頑張っている? 私が? あぁでも、それは理由にならない。だって、私は考えない様にしていただけなのだ。義務感で自分の体を引っ張って、無理やりに動かしていた。そうやって何かに没頭すれば、“あの子”の事を忘れられたから。その内そうとも思わなくなったのは、その状況にただ慣れたと言うだけの話だ。
「義務感だけで生き続けられるほど、人間は真面目な生き物じゃねぇよ」
けれど、目の前の男はそんな、私の心を見透かす様な事を言う。訳が分からず混乱していると、誰かの呟くような声が聞こえた。
「……許され、たかった」
違う、これは私だ。間抜けな事に痕から気付く。気付いて、私は納得した。
そうだ、許されたかった。ずっとずっと、そうだった。
罪を償わなければならないと思っていた。許されなければいけないと思っていた。でも、それは全部全部、私の唯の願望だったのだ。
あぁ、なんて下らなくて、滑稽な話だ。償う相手も、許してくれる相手も、もうとっくにどこにもいないのに。
叶わない願いの為に、こんなボロボロになって、死に物狂いになって。
私は一体、何をしているのだろう。
乾いた笑いが口から零れる。これじゃあ、これじゃあ、私はまるで——
「——まるで、馬鹿な道化ですね」
それでも、思う。
「でも、私は」
この期に及んで、性懲りもなく、願う。
「許してほしい。守れなかった私を、弱い私を」
「いいよ」
はっと顔を上げた。そこに居たのはヨツバだ。私と同じ様に涙と鼻水と土とでぐちゃぐちゃの顔で、必死に泣くのを堪えながら、いつになく静かなまま私にしがみ付いているヨツバは、言葉を繋ぐ。
「ねぇセツ、あたしは、あたしね、セツが大好きだよ」
私は、今始めて見たとでも言う様に、ヨツバの顔をじっと見つめた。ヨツバは、臆することなく私を見つめ返してくる。
「ダメだよ、ケンカしちゃ。セツ、あたしにいつも言うでしょ」
ヨツバの瞳は、溜まった涙のせいでいつもより大きく見える。その瞳には、私が写っていた。あちこちボロボロで、酷い顔をしている私の姿が。
「セツ、あたしは、セツを絶対に一人にしないよ」
ぼろりと、その姿が崩れた。ヨツバはボロボロと涙を流しながら、私にしがみ付く。その静かな泣き顔を、私は一度だけ見た事がある。でも、違うと思った。だって、この子はもっと——
「……かえ、ろぉ」
不意に、ヨツバは震えた声を出す。あれ、と思っている内に、声を上げて泣き出した。
「かえろぉよぉ。いなくなっちゃやだぁ」
やだやだやだぁ、と、何時もの様に声を上げて、ヨツバは泣きじゃくる。その声が騒がしくて、そうだったと思って、私はつい息を吐く。
——この子は、ヨツバはもっと、騒がしい子だ。
「分かりました。分かりましたから、そんなに泣かないで下さい」
ゆっくりと、少し距離感を図りながら、その小さな頭を撫でる。服に涙が沁みる感触を感じて、私は自嘲した。
私が許される事と、ヨツバが泣いてしまう事。一体どちらが大事か、それすらも分からなかったなんて。
「帰りましょうか」
あぁ、これは、後片付けが大変だろうな。
「——一言でこの結果を纏めると、失敗、と言えます」
それから数日後。セツは少し身構えながら、その台詞で報告を締めくくった。目の前のソファに座るのは、フジモト大将。奇しくも数日前と同じ光景の室内で、セツは大将の反応を窺う。
「……そうか」
大将は、深く溜息を吐いた。この様子だと、何らかの処罰が待っていてもおかしくないかもしれない。降格も有り得るだろうか。そんな嫌な想像が脳裏を過る。
「それで、君の意見は?」
「え?」
「君は失敗したからと言ってのこのこ帰って来るような性分じゃ無いだろう。やり返す策でも何でも、言ってみると良い」
しかし、大将が告げたのは思いもよらない台詞だった。何と言うべきか、セツは考え込む。
「……私は今回、この件に私情を挟みました」
「ほう、珍しいね」
「はい。恐らく、この点が今回の作戦の失敗の大きな原因です。そうでなければ、私はこの作戦を決して実行しなかったでしょうから」
驚いた様に、大将は細い目をほんの少し見開いた。
「実行しないなら失敗しない、か。言い得て妙だな……その理由は?」
「必要無いからです。あの場所の制圧も、モニアの確保も」
セツは、以前と同じ様で少し違う意見を述べる。
「その根拠として、まず、彼らに敵意が無い事が挙げられます。今回の私達の攻撃に対して、動きを封じられたにも拘らず指揮官たる私が生きている事がその証拠となるでしょう。
次に、仮にモニアが暴走したとしても、あの場所なら食い止められる可能性が高いです。これも、我々が返り討ちにされた事からその戦力が窺えるかと」
「しかし、彼らが今後敵意を持たないと言う保証は出来ない。違うだろうか?」
「そうですね。しかし、それに関しては簡単な解決策があります」
「聞かせて見たまえ」
「監視を置けばいいのです。今までのように」
そこでセツは一旦言葉を切った。テーブルの上に載せられている紅茶に手を伸ばし、喉を湿らせる。
「更に付け加えれば、彼らは私に対してそれなりの情を抱いている事が推測されます。その情を利用すれば、彼らを利用する事も将来的には可能でしょう」
「情、か……それは君も同じなのではないか?」
思わず言葉に詰まる。見れば、大将は隠すことなく人の悪い笑みを浮かべていた。あぁそうだ、この人はこういう人だったと、セツは思わず苦い顔になる。
「……否定は、出来ません。しかし私は、私自身の目的の為に軍に居る事に決めたのです。その目的の為ならば、私情等歯牙にもかけないでしょう。そしてその目的は、軍の存在意義とずれが生じる物では無い」
必死になって繋いだ言葉は、確かにセツの本心だった。
だって、そうだろう。一人の少女が悲しむような判断が、行動が、正しい訳無いのだから。
「そうか。それでは、上層部には私から報告しておこう。そして藤峰軍事基地基地長として、君には、新たな指令を——」
柔らかに笑い、フジモト大将が発した指令と言う言葉に、セツは反射的に背筋を正した。
「第二部隊部隊長、カンザキ少将。命令だ、引き続き、あの建物並びに住人を見張る様に」
「は、はっ!」
破棄を込めた敬礼を返す。セツは予想外の命令に、冗談交じりで内心呟く。
間違いなく暫く干されると思っていた。そうしたら、ようやく肩の荷が下りたと思ったのに、と。
しかし、ヨツバは喜ぶことだろう。
Epilogue.私がここに居る訳は
「ただいまー!」
「ただいま帰りました」
元気な声と静かな声。そんな対照的な言葉と共に、バーの扉が開いた。するとおかえりと、他の住人達が口々に答える。
「ねー、今日のご飯なにー?」
「ハンバーグだって」
「ほんと!? やった!」
ハンバーグにはしゃぐヨツバを何時も座る席に座らせ、セツもその向かいに座る——事は無く、一人マスターのいるカウンターへと向かう。
カウンターの中では、マスターがモニアと共に夕飯の準備に追われていた。そんな中呼び止めるのは悪いが、早めの報告は鉄則である。耳だけこちらに傾けてもらい、セツは話し出す。
「今日、基地にて報告をしてきました」
「おぉ、どうだった」
「引き続き、私がここの監視を続ける様にと」
「ほぉーん、良かったじゃねぇか」
忙しいからだろうか、マスターの淡白な返答を訝しんで、セツは怪訝な顔をする。
「本当に良いと思ってるんですか?」
「思っちゃダメか」
「そういう訳では。でも……私は、あの子を傷つけようとした人間ですよ」
少し言い淀みながら告げられた言葉にも、マスターは大して表情を変えない。
「まぁ、今回だけは見逃してやるよ。次は無いけどな」
「……それなら、分かりませんよ。もし彼女が暴走をして、その上で命令が下されたのなら、私は恐らくそれに従います。結局の所、私は軍人ですから」
「大丈夫だ」
マスターは平皿にブロッコリーを盛り付けながら、躊躇なく言い切る。
「俺が、絶対にそんな事態にはしない」
「……そうですか。それなら、良いんです」
「ほい、これお前さんらの分。持ってけ」
話は終わりだと言わんばかりにハンバーグの皿を二つ、押し付けられる。それを持って、セツはヨツバの待つテーブルへと急いだ。
「ハンバーグだ!」
「ヨツバ、椅子の上に立ってはいけません。行儀が悪いですよ」
「はーい」
はしゃぐヨツバを宥めて、テーブル席に二人分の夕食を並べ、手を合わせて食べ始める。
「ヨツバ、ブロッコリーも食べなさい」
「えー、やだー」
「やだじゃありません。食べないと大きくなれませんよ」
辺りの騒めきも、交わす言葉も、嫌いな野菜に顔を顰めるヨツバの顔も何時もと同じ。あっという間に日常になってしまった光景を眺めながら、セツは一つの疑問が湧きたってくるのを感じた。
「ヨツバ」
「なあに?」
名前を呼べば、ヨツバは素直にこちらを見る。その目を見て、セツは疑問をそのまま口に出した。
「貴女は、どうして私の隣に居るんですか?」
「……なんでだろ」
ポカンとした表情で、ヨツバはそう呟く。流石にこの質問は難しすぎただろうかとセツは思い、取り消そうとした。しかし、その前に
「あー、分かった!」
とヨツバがポンと手を叩く。
「あたしが、居たいからだ!」
そう言ってこっちを見るヨツバの顔は、キラキラとした、満面の笑みで。出てきた答えは、難しさの欠片も無い単純な物だ。
それで、良いのかもしれない。
クライマックス後半andエピローグ!!
文字数足りない祭り!!
一章はこれで終わりです!!
二章は今プロット書いてるのでもうちょっとかかるよ!!
しばらくのんびり待っててね!!