花火大会がある。それは知っていた。少し前からあいつらがよく話していたから。芹那が貰ってきたと言うポスターをわざわざカレンダーの横に貼っていたので、それが今夜だという事も、まあ、何となく知っていた。
そしてそのポスターが貼られるよりも少し前に、押入れの大掃除をしていたのも覚えている。随分とほったらかしにしていたので、存在すら忘れていたものがかなり出て来た。当然そんな物は殆どがガラクタで、適当に分別してごみ袋に突っ込んでおいた。そしたら梨香が古着のリメイクにハマっているとかなんとか言って一部を持って行ったのも、ちゃんと記憶にある。
だが、しかし。まさか花火大会のためにわざわざ浴衣を用意しているなんて知らなかったし、当然、それに自分の古着が使われるなんて思いもしなかった。更に言うのならば、その古着の中に“あの頃”の服があったことなんて完全に忘れていた。
だから、こんな形で“それ”を目にするなんて、俺は思ってもいなかったのだ。
夕飯の為の買い出しを終えて戻ってきた俺がバーの方に顔を出すと、カウンターの辺りが何時になくとっ散らかっていた。あちらこちらに広げられているのは、浴衣ばかり。それも、男物。
何となく見覚えがある様な気がしたのは、それが二週間程前に梨香に持っていかれた古着だから。しかしそれを思い出しても、その持って行かれた古着がどうしてこんな所にあるのかは、良く分からなかった。
「あ、マスター。お帰り、なさい」
声の聞こえた方を振り向けば、モニアがすぐそこに居た。横には芹那も居て、二人とも何故か浴衣姿だ。何を話していたのか、モニアの頬が珍しく朱く染まっている。楽しい事でもあったのだろうか。
「ただいま。妙に洒落た格好だな。どうしたんだ、その浴衣」
「今日は花火大会でしょ? だから、梨香さんと用意してたのよ。因みにモニアちゃんの布の柄は私が選んだの。可愛いでしょ!」
ドヤ顔でそう言った芹那に、モニアがはにかんだ様に笑った。楽しそうなその様子に、自然と頬が緩む。
「に、似合い、ますか?」
「ああ、似合うぞ、良かったな」
ポンとその頭に手を置いて撫でてやる。髪飾りが揺れ動いて、モニアはくすぐったそうな顔をした。
「で、そこの二人は何してるんだ?」
カウンターの端の方で何時もの様にあーだこーだ言い合っているチャドと梨香の方を指さして聞く。
「着物の裾上げだっけ? なんか、サイズ合わせてるんだって。元々男子の分は作って無かったんだけど、古着がいっぱいあったから。花火大会だし、皆の分あった方が楽しいしね」
「……成程なぁ」
それであんな風にとっ散らかった訳か。よくやるものだと少し思いながら、二人の方へ視線を向ける。そこで俺は、ようやく“それ”に気付いた。
“それ”は俺が持っていた服の中でも特に古い物で、どれくらい前の物だったかは分からない。ただ、残っているとは思わなかったほど古い物なのは確かだ。あまりにも古すぎて、“それ”は必ず俺に嫌な記憶ばかり、思い出させる。だけど、捨てる事も出来なくて、ずっと押し入れに押し込んでいた、古い古い浴衣。何の因果か、それを着ているのはチャドだった。
「適当に結んでおくんで良いじゃん。動けりゃ問題ないって」
「そんなの駄目に決まってるでしょ! ほら、後ろ向いて」
しかし皮肉な事に、“それ”はチャドによく似合っている。それでも言い様の無い何かが、のどに刺さった小骨の様に、引っ掛かった。
「……よりによって、あいつが“あれ”を着るなんて、なぁ」
……よりにも、よって。ほとんど無意識で零れたその言葉が、少し気になった。どうしてこの光景がこんなにも引っ掛かるのか。どうして、『よりにもよって』なのか。しかしモニアが俺の服の裾を引いたから、思考を遮ってそっちに顔を向ける。
「マス、ター。花火、見ましょう?」
「……そうだな」
ああ、そうだ。今日は、花火大会だから。
そんな、理由になっていない理由を付けて、俺はその考えをしまい込む事にした。“それ”を押入れの奥に押し込んだ様に。しょうもない事だと、笑える様になるまでは。
続けて閑話。マスターのちょっと不穏な話。詳細が分かるのは大分先かもしれないですが……
因みにfeat.で気づいた人もいるかもしれませんが、この閑話は三部作です。