窓の外に広がる空は、真っ赤な夕焼け色に染まっていた。西日に照らされて、雲は鮮やかな色彩に変化して、赤い空を彩っている。そしてその雲そのものも、風に吹かれて、ゆっくりと流れていた。その様子を、モニアは飽きることなく、じっと眺めている。
昨日も、こうして車の中で変わる空を眺めていた。空の色の変わり方は、場所が違っても変わらないらしい。そんな事を、この旅行で初めて知る事が出来た。それが、嬉しい。
そして空より下の景色も、どんどん見慣れたものに近づいて行っていた。行きにも見た景色なのに、順番を逆にして見るだけで、不思議な安心を感じる。この感覚も、今初めて知った。何と言えば、良いのだろう。
モニアには、このアパートに来る前の記憶が無い。それがどうしてなのかも、分からない。最初のころは、それがとてもとても不安だった。あまりにも、空っぽすぎて。
けれど、日々は平和なまま、ゆっくりと変化を続けながら、流れて行ってしまう。そして、それが積み重なるにつれて、モニアの中にも、何かが積もっていった。少しずつ、ゆっくりと、着実に。
「それは、良い事かな?」
不意に声を掛けられて、モニアははっと横を向いた。横に立っていたのは、一人の少年である。にこにこと変わら無い笑みを浮かべたまま、天使くんと呼ばれるその少年は、モニアを見つめていた。彼は、少し不気味なくらいに、不思議な少年だ。けれどモニアにとって、彼の視線は不思議と、居心地のよいものだった。
「はい」
小さく首を動かして、モニアは頷いた。
「とっても、大事なものです」
車は細い道に入りだし、幾つかの角を曲がって、アパートの敷地へと到着した。
「ほら、着いたぞ——って」
運転席から振り返ったマスターは、後ろの席に座る面々の様子を見て、その顔に呆れの表情を浮かべた。全員、綺麗に寝落ちしている。ヨツバやネクロは当然として、セツや神尾まで。どうやらこの車の中で起きているのは、マスターとモニアだけらしい。
「ったく、こいつらは……」
苦笑気味にマスターはそんな事を言って、一足先に車から降りる。その後に続きながらモニアは、ゆっくりと言葉を返した。
「皆、楽しそう、でしたから」
柔らかな表情を浮かべてそう言うモニアを、マスターはじっと見つめている。
「……お前は?」
「え?」
「お前は、どうだった。楽しかったか?」
聞かれて、モニアの視線がゆっくりと動いた。いつもの癖で、胸に下げた勾玉のペンダントを握り締めて、目の前の虚空を見つめる。
「わたしは……わたし、も、楽しかった、です。本当に」
言いながら、自然と顔を綻ばせるモニアを見て、マスターもふっとその頬を緩める。
「そりゃ良かった」
そう言うマスターの顔を、モニアは見上げた。そして、ゆっくりと口を開く。
「また、連れてって、くれますか?」
言われて、マスターは少しだけ目を見開く。こんな風にモニアが自分から言い出すなんて、珍しいと。けれどすぐに、何時もの様に笑って、言った。
「あぁ、連れてってやるよ。絶対にな」
「絶対、ですよ」
胸の中に、また何かが積み重なっていく。それを確かめるモニアの後ろで、日は、ゆっくりと沈んで行っていた。
報告書
藤峰軍事基地 基地長 タダシ・フジモト大将 殿
西暦 2×××年 10月 25日
任務番号:167009
報告書番号:13
内容
10月19日~20日にかけて、監視対象11名が、人間世界の箱根【注1】と呼ばれる地域へ出向き、40時間ほど登録地点Aを離れていた。直接的な害は無いと判断し、監視者一名がそれに同行。特段不審な点は見られず、あくまで娯楽目的の行動だと思われる。任務にも支障はなく、引き続き監視を実行する。
【注1】後日調査した所、我々の世界において箱根と呼ばれる地点と地理的に一致する点が見られた。人間世界は、その他の世界に比べ、我々の世界との類似点が多く見られる。類似点、また、相違点の原因については、今後も調査が必要だと思われる。
報告書製作者:藤峰軍事基地 第二部隊部隊長 少将 セツ・カンザキ
次章予告
住人の中でも群を抜いて真面目と評される、セツ・カンザキ。
そのセツに纏わりつく無邪気な少女、ヨツバ・ムラカミ。
二人は、どうしてこのアパートに来たのか、このアパートに居るのか。
第一章、「私がここに居る訳は」
乞うご期待!
これで序章は終わりとなります。次の投稿から、1章が始まる!予定!ですが!!ちょっと投稿頻度が下がります。詳しい事はTwitterへどうぞ
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