「楽郎せんぱい! おはようございます!」
「おー、おはよう。それじゃあ今日も走るか」
「はい!! よろしくお願いします!!」
朝焼けが滲むように東の空にひろがりはじめる午前六時。
俺は学校指定のジャージに身を包んだ後輩と河川敷沿いを走り始める。
後輩である少女の名前は隠岐紅音。ウチの高校の陸上部に所属する期待の新人。中学時代は全国ベスト八に入賞した経歴を持つ実力派ランナーだ。
そんなアクティブ系後輩となぜ俺が一緒に並走しているのかというと、単に家がご近所なのと、妹が同級生でよく家に遊びにきているのと、身体を鍛える為に俺が日課で走っているのが諸々噛み合った結果であってそれ以外に特に理由はない。
強いて他の理由を上げるとすれば、他人と一緒に走ると休憩を勝手に増やしてサボりにくくなるくらいか。監視の目がないと人間はすぐ怠けるからな。
ぶっちゃけ紅音がいなかったら一週間くらいでサボってた自信しかない。
「聞いて下さい楽郎せんぱい! 私この前四〇〇m走の第一走者に選ばれたんですよ!」
「へぇ、頑張ってるんだな」
「はい!! とても頑張ってます!! なので褒めてください!!」
「ハイハイ。えらいえらい」
「えへへ…っ、ありがとうございます!!」
付かず離れずの同じ速度で並走する紅音と近況を話ながら、川沿いをひた走る。
それから一五分ほど走ったあと、折返し地点に設定している橋に到達したので反転して引き返す。
「そういえば学校で噂になってたんですけど、転校生が来たみたいですね? なんでもすごく美人でお人形さんみたいだとか!」
「美人…まぁ美人か。そうだな、俺のクラスに転入してきたぞ」
「そうなんですね! もしかして昨日の帰りに京極さんと一緒に歩いていた人がそうですか?」
「見てたのか。ああ、そいつが件の転校生な。咲洲サイナ」
「咲洲サイナさんっていうんですね! 覚えました!! 今度紹介してもらってもいいですか!?」
「お、おう。別にいいけど。なんか聞きたいことでもあるのか?」
「細くしなやかに鍛えられた脚をされていたので運動が得意だと思いまして!」
「なるほど…?」
◇◇◇◇
「お疲れ様でした! では楽郎せんぱい! また学校で!!」
「お疲れ、またな」
ひとしきり走り早朝の日課が完了した俺は紅音と別れて帰路に就く。
自宅に戻ってシャワーで汗を洗い流して制服に着替え、リビングに置かれた朝食用のパンを齧る。
「お兄ちゃん、お母さんが今日夕方に雨降るから折りたたみ傘持っていきなさいだって」
リビングでトーストにいちごジャムを塗って食べる妹の瑠美が、空いた手でスマホを操作しながら俺に声をかける。
「? 天気予報で雨の予報なんて出てないが?」
「『虫の知らせ』らしいよ」
「昆虫狂いの『虫の知らせ』とかそれもう予言なんだよなぁ…」
「じゃあ私伝えたからね。忘れて濡鼠になっても知らないから。……あ、あと速達便でなんかポストに入ってた」
「武田氏は毎回仕事が早いなぁ、ホント神だろあの人」
「ああ、またいつものクソゲー」
「お前クソゲー馬鹿にすんなよ? 俺の精神の拠り所なんだからな? ウチの学校の生徒会長兼カリスマモデル様に心酔してるお前と同じ領域だからな?」
「家族間で趣味に関する事は不可侵条約結んでるけど、私達のトワ様とクソゲーを同列で語るのだけはやめて!!」
「俺だって同意見だわ。よってこれ以上は不問とする」
「領域先に踏み越えたのお兄ちゃんだよね…?」
「なんでも笑って許せる器量を備えるのがお前の理想とするトワ様じゃねーの? 知らんけど」
「よく知らないならトワ様の素晴らしさを登校時間ギリギリまで語ってあげるけど?」
「それで遅刻したら責任取ってくれるなら聞いてやらんこともない」
「大丈夫! トワ様も遅刻常習犯だから!」
「どこに大丈夫な要素があるんだ? 仮にも生徒会長が遅刻魔とか正気か?」
「重役出勤って言葉知らないの? あとトワ様は既存のルールに縛られない人だから」
「いやルールは守らないと駄目だろ…」