夜である。
石の街ももうすぐと言う場所で、ゴブリンスレイヤーの一党は野宿をしていた。
「明日の朝、街に潜入する。」
ゴブリンスレイヤーのその案に反対する者はいなかった。ゴブリンは月と共に目が覚め、太陽が昇ったら眠る生き物だ。すわ長丁場ともなる探索となれば、朝に仕掛けるのは最適解といえた。
と言うわけで、夜の見張りである。
術者を休ませるため、見張りはゴブリンスレイヤー、妖精弓手、旅人の交代制となった。
一人目であるゴブリンスレイヤーがパチパチと枯れ木を弾くたき火を眺めていると、
「ね、起きてる?」
「……はい?」
妖精弓手の声と旅人の返事が聞こえた。
「お前達の番はまだだろう」
「だそうですが」
「まあ、ちょっとくらいいいじゃん」
「はあ」
毛布を掛けて寝転がりながら話し始める妖精弓手と、カノンを胸の前で構えて横になる旅人。ゴブリンスレイヤーは、妖精弓手に早く寝ろと言っても聞かないことを、まあまあ長い付き合いから知っていた。
妖精弓手は、少し前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「そのパースエイダー構えるのって、いつもなの?」
「そうですね、野宿の時も、国の宿に泊まって居るときも構えています。」
「いい心がけだ」
いつも鎧兜を外さないゴブリンスレイヤーが言った。
「いつゴブリンに襲われるかもわからん」
「ボクの場合は同じ旅人とかですけど。やっぱり警戒しておきます。殺されそうになったこともあるので。」
「ああ。」
妖精弓手は、心なしかゴブリンスレイヤーの声が柔らかい気がした。いや、気のせいなのかも知れないが。
そういえば石の街に出かける時に呼びに言ったとき、パースエイダーの抜き打ちの練習をしていた気がする。
警戒心を解かない所とか、ストイックな所とか、旅人とゴブリンスレイヤーは似ている箇所が多いのでは……。
妖精弓手は内心慌てて話題を変えることにした。どんな化学反応が起こるかもわからない。
「あなたって、この冒険が終わったら旅に戻るのよね?」
「ええ、必要な燃料分のお金が貯まるので、そしたら出ようかなと。」
「元の世界とは違うけど、良いの?」
「そしたらその世界を旅するだけですから。とりあえずこの国を見て回って、しばらくしたら都のほうで魔術に詳しいところに相談に行こうと考えてます」
「永住とかは、思わないの?」
「まあ……今のところ旅を止めるつもりはないですね」
「お前の、家族は良いのか?」
尋ねたのはゴブリンスレイヤーだ。鉄兜をわずかに動かして言った。
「家族……というか故郷が滅んでしまったので。消息もわかりません」
「そうか……すまなかった」
「いえ、気にしてません。大丈夫です」
旅人は少し考えて、
「ゴブリンスレイヤーさんは、ご家族は?」
「両親は流行病で死んだ。姉が居たが、ゴブリンに殺された」
「……それは、失礼しました。」
「十年も前の事だ」
三人の間に、沈黙が訪れた。風が吹き、草々がざわめく。
妖精弓手がなんと言ったら良いか悩んでいると、旅人が言った。
「ゴブリン、皆殺しに出来ると良いですね」
その発言はどうなのか。妖精弓手がバッと振り返ってゴブリンスレイヤーをみるが、いつもの鉄兜で表情はわからない。
ゴブリンスレイヤーは、
「ああ。」
と一言だけ言った。そして、
「ゴブリンは皆殺しにする」
それだけ言った。
翌日。一党は、石の街が目と鼻の先に見える所まで来ていた。
石の街はかなりわかりやすい造りをしている。
上から見ると円状になっており、中心でクロスするように十字に大通りがある。同心円状に道が丸く走り、中央が教会や省庁舎と言った公共機関、一つ外側に商店、一番の外側に民家が連なっている。
ゴブリンスレイヤーが二枚のレンズと革で作った即席の遠眼鏡で、旅人がフルートのスコープで石の街を伺うと、案の上ゴブリンが見張りに立っていた。集中しているように見えなかったが、鳴子ぐらいにはなるだろう。油断は出来ない。
「どうやって侵入しますか?」
「見張り打ち抜く?」
旅人が言い、妖精弓手が物騒な提案をした。
「それは、不味いと思います。」
反論したのは意外にも女神官だった。
「その心は」
「反対側の入り口のゴブリンに見つかるかもしれません。」
今回探索する石の街は、これまでの遺跡や洞窟、迷宮とは訳が違う。
狭い空間ではないのだ。むしろ吹き抜けていて、見つかりやすさも高くなっている。
ランタンや松明がいらないのはありがたいが、二階から投石の可能性もあるのだ。
「なら、アレしかねえか」
「ああ」
「坑道だ」
ボコ、と土を押しのけて、薄汚れた鉄兜が地面から生えてきた。
否、ゴブリンスレイヤーが、鉱人道士によって拵えられた〈
腰につないでいた縄を近くの木に縛り付けると、二度引いて合図を送る。その後、妖精弓手、旅人、鉱人道士、女神官、蜥蜴僧侶の順番で穴から出てきた。
モトラドは馬車と共に留守番である。
「退屈」
近くでは馬が草を食んでいた。
「うえ、口に土が入った……」
「静かにしろ」
ウンザリしたように言う妖精弓手の口元には、手ぬぐいが巻かれていた。炭と薬草を中に摘めた簡易防毒面である。
あとから来た仲間も装着している。
「行くぞ」
石の街探索、開始。
外にいては直ぐにバレる。すぐそばの民家の窓を開け、中に入った。
一階は、荒らされて無残な姿になっていた。
家具は滅茶苦茶に破壊され、中身は全て床にぶちまけられている。赤黒くこびりついた血だまりの跡が特徴的だった。
壁には血で汚い字か、絵か、判別のつかない落書きで汚され、血臭が充満する原因となっていた。
ゴブリンはいない。
術者三人は一階の捜索を続け、前衛三人が二階へ向かう。
二階には部屋が二つあり、どちらも戸が閉まっていた。
ゴブリンスレイヤーが剣を抜き、旅人が森の人をドロウ。ハーモニカ型のサイレンサーを装着した。妖精弓手が黒曜石のナイフを抜いて、後ろを警戒する。
アイコンタクトをとる。
ゆっくりとドアを開けると、ゴブリンがいた。
ベッドの上でいびきを掻いて眠っている。
床に落ちているのは破かれた絵はがきか。綺麗な状態であれば美しい風景を楽しむことが出来ただろう。
ゴブリンスレイヤーは短剣に持ち換えると、眠っているゴブリンの首元に振り下ろした。
短剣が喉を抉り、ゴブリンはたまらず覚醒した。しかし、激痛と呼吸困難で悲鳴をあげる事は出来ない。
そのゴブリンは、己の血に溺れて絶命した。
もう一つの部屋も同様だった。やはり短剣を突き立てて殺す。旅人は、クリアリングの終えた部屋のドアに隅に白墨で印をつけた。
「どうだ」
民家を一つ検めた一党は、二階廊下に顔を合わせて集まった。
「住民の死体がありませんな」
「喰ったか」
「かもしれませんね……」
「なにか手がかりはあったか」
「それらしいものは何も」
「では次だ。」
そういうと、ゴブリンスレイヤーはゴブリンの腹を捌き、手ぬぐいを突っ込んだ。
旅人が尋ねた。
「ええと、それは?」
「におい消しだ。ゴブリンは女子供の匂いに敏感だからな。最初に静かに殺せて良かった」
「……なるほど」
旅人が絞り出すように言うと、鉱人道士が思い出したように言った。
「って、娘ッ子ら、匂い袋はどしたい」
鉱人道士の言う通り、小鬼退治の乙女の嗜みである香袋を、妖精弓手も女神官も持ち合わせていなかった。
「旅人さんの分も買おうと思ったんですけど……」
「
悲しそうに二人は答えた。
旅人は、
「ええと、民家を通って移動していくわけですから、あんまり匂いが見つかる事はないんじゃないかと」
「念には念を入れるべきだ」
にべもない。
旅人は、妖精弓手と女神官を見たが、
「慣れますよ」
「慣れるわよ」
旅人は、ゴブリン退治の洗礼を受けることとなった。