「これからどうしますか?」
ゴブリンの血で衣装を赤黒く汚し終わった旅人が言った。
ここからどう進むかで今後の結果が変わってくる。
場所は石の街。五百を越える建物。首魁の現在地は不明。ゴブリンならば一番高い建物だが、ゴブリンで無ければ街の何処か。
さて。
「定番通りなら、首魁は中心部にいると決まっとるが、今回はどうじゃろな」
鉱人道士が触媒の入った鞄の中身を整理しながら言った。
「どう見る」
「拙僧が考えるに」
蜥蜴僧侶は喉をゴロゴロと鳴らし、
「首魁はすでにいないかと」
「え?」
女神官が戸惑うように言った。
「何故ですか?」
「それはですな、我らがこの街に入ることが出来て、且つ警備がゴブリン並だからです」
「なるほど」
ゴブリンスレイヤーが唸った。
「え? どゆこと?」
妖精弓手は訳がわからないようだ。女神官もいまいち腑に落ちないようで目を瞬いだ。
その説明を引き受けたのは鉱人道士だった。
「儂らはクエレブレを街の外で討伐したろ。多分、それはこの街を滅ぼした黒幕の手下。死んだとなりゃあ直ぐに気づくだろな」
「なのにゴブリンだけというザルな警備で、魔術で防御を固めた様子も無しか」
ゴブリンスレイヤーが言った。
「そういうことですな」
そう言って蜥蜴僧侶は腰の巾着からチーズをひとかけら取り出すと口に放り込んだ。「うむ、甘露」
「無論、死体を確認せねば安心は出来ぬし、街の中に入れる事が目的の罠と言うこともありますが」
「いや」
ゴブリンスレイヤーは言った。
「今の指揮官はゴブリンだと考えるべきだ」
予想の類いは想像力が尽きぬ限り無限に膨らむ。悪い予想で動きを制限しては意味が無い。石橋を叩いて壊すなど本末転倒だ。
「これから街の中央、庁舎に向かう。首魁か、ゴブリンの上位種がいたら叩く。例の黒い霧が出たら、〈浄化〉で時間を稼ぎ、〈隧道〉で脱出する。解毒薬も取り出しやすいよう準備しておけ」
「はい!」
「わかりました」
一党は民家から、窓から降りて抜け出した。
先頭はゴブリンスレイヤー、続いて妖精弓手と次々に道路を駆け、向かいの民家へ移動する。
殿である旅人が最後に道を駆けたとき、近くの家の二階で光が反射するのを見た。
旅人が、全力で走って民家のドアに飛び込むと同時に、弾丸が飛んできてすぐ脇を通り過ぎていった。石畳に弾かれ、火花を散らす。
「何今の音!」
妖精弓手が悲鳴を上げるが、説明している暇はない。
旅人は体を最低限だけ出して、発砲音の元に森の人を構えた。
向こうは連続して発砲するが、どれも狙いはずれていて、辺りの石畳や石壁を少し削った。
「見つけた」
ゴブリンだ。首にバンダナを巻いていて、自動式のハンド・パースエイダーを持っている。
旅人は冷静に狙いを定め、引き金を引く。プシュ、という抑えられた発砲音と共にサブソニック弾が発射され、小鬼銃手の眉間に命中した。
威力こそ抑えられているものの、ゴブリンの頭蓋程度は貫ける。小鬼銃手は眉間から血を流して絶命した。
命中したのを確認すると、旅人は家の中に戻った。
「な、何が起きたんですか?」
女神官が戸惑いながら聞いた。
「すみません、ゴブリンに見つかりました。パースエイダーで狙撃されたので、殺しました。ただ、発砲音で周囲のゴブリンを起こしてしまったみたいです。」
「どうするの、オルクボルグ!」
「一階のドアと窓を塞げ、家具を移動させろ。そのまま二階へ向かって、ゴブリンがいたら殺せ。あと、二階の部屋のドアも剥がしておけ」
「? オウよ、下は任せっぞ!」
「私も上に行く!」
鉱人道士が手斧を抜き、妖精弓手が黒曜石のナイフを抜いて二階へ急ぐ。
「では、家具を動かしますか、手伝って頂けますかな」
「は、はい!」
女神官と蜥蜴僧侶が家具を動かし、扉を塞いでいく。
「お前は窓から入ってくるゴブリンを撃退しろ」
「わかりました。貴方は?」
「ここは民家だ。油を探す。足りなければ俺の手持ちから使うが」
その発言を聞いて、蜥蜴僧侶はニヤリと、女神官は呆れたように笑った。
「あいつは怒るかもしれん」
ゴブリン達は、ぎゃいぎゃいとわめいて仲間を呼んでいた。近くに侵入者がいるぞ。男なら殺せ、女なら犯せ。捕まえた奴が全部もらえるぞ。
真昼に寝起きをたたき起こされたといえ、十匹近く集まり、ちょっとした群れになっていた。もう少しすればもっと集まるだろう。
この家に逃げ込んだみたいだ。行け行け。
ゴブリン達はドアに駆け込んだが、何かがつっかえてある様で開けることが出来ない。
一匹が叫んだ。窓から入れるじゃないか。
そう言って割れた窓から飛び込もうとすると、パシュ、という音と共に仲間が頭から血を流して倒れた。
次々と仲間が倒れていく。群れを蹂躙され、怒ったゴブリン達は窓に殺到した。誰も彼も死にたくないので、近くの奴を盾にしながら近づいていく。
騒ぎを聞きつけて、家の前の群れはどんどん大きくなっていった。
ふと、音がやみ、仲間が死ななくなった。
何が起きたのかわからなかったが、誰かがチャンスだと言ったので鬨の声を上げて突っ込んだ。
もたもたとぎこちない仕草で窓から次々とゴブリンが侵入していく。
一匹目が最初に気づいたのは、床がやけに滑るということだった。
次々と入ってくるゴブリンに押され、家の奥に押し込まれる。
冒険者は何処だ。早く殺してしまおう。ここにはいないぞ。じゃあ二階に急げ。
だが、階段は何か木の板が押し込まれていて、通る事が出来ない。
隙間から登って行こうとして、二階に居る鉄兜と目が合った。汚らしい革の鎧。小振りの盾に、俺たちにぴったりな剣。
殺してやるぞ。
そう叫んだ彼の元に、緑の薬液が入った小瓶が放り込まれた。
「今回は……まあ、仕方がないか……」
疲れたように妖精弓手が言った。
「この街の建材のほとんどが石だ。あまり燃え移ることはないだろう」
「そういうことじゃないんだけど……」
ゴブリンスレイヤー一党は、火災中の民家から三軒離れた家に身を隠していた。
先ほどゴブリンがあふれた家は、炎が侵入者を家もろとも舐め尽くしていた。
家具が燃え、焼け落ちたドアから火だるまのゴブリンが飛び出したのが見えた。
液体火薬特有の白煙と、中の木材が燃える黒煙が混ざって登っている。
「それにしても、隣の家の窓が近くて、飛び移れて良かったですね」
女神官は、額の汗を拭い、息を整えて言った。
「この街では火災に備えて、二階の窓を一つは隣の家の窓と近くなるように作るらしい」
「お前の、液体火薬も役に立った」
「どうも」
ゴブリンスレイヤーは窓の外をうかがう。
ゴブリン達は、外をうろつき回っているが真面目にゴブリンスレイヤー達を探している様子は無い。
おそらく、家に突っ込むとまた火に巻かれると考えているのだろう。結果として安全と楽の中間点、「外を歩き回って探す」ことにしたようだ。
しばらくは見つからないはずである。
「しかし、これではうかつに動けませんな。」
蜥蜴僧侶の言うとおりである。
横の移動は窓を経由するとして、道を渡るのは難しくなってしまった。
ゴブリン達が起きてしまった今、一度見つかれば数十匹に囲まれるのは想像に難くない。
しかも、
「ゴブリンってパースエイダーを使えるんですよね」
旅人が遭遇したゴブリンは、この世界では普及されていない武器、パースエイダーを使っていた。
「でも、この世界にはパースエイダーって」
「無い」
ゴブリンスレイヤーは言い放った。
「そもそもゴブリンどもは短筒も使わん。管理ができんからな」
「つまり、」
「お前の他にも我々の世界に来た人間がいて、そいつから奪った。」
一党の緊張感が高まった。
最近の旅人との冒険で、パースエイダーという武器の優秀さは嫌と言うほどわかっている。
であれば、その発射口がこちらに向いたときの脅威もわかると言うことだ。
命中は不安。しかし、当たれば剣よりも血があふれ、矢よりも遠い位置から届く。見てから回避は不可能。
撃つだけでも驚異なのに、指一本で引き金を引けるものだから誰が持っていてもおかしくない。
「でも、旅人でも、商人でも、そんなに多くのパースエイダーは無いと思います。少なくともゴブリン全員に渡るほどでは」
旅人は落ち着いた口調で言った。
「まずは、相手が何丁持っているか探すために、ボクのいた世界の人や物を探しましょう」
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