ゴブリンのいる国   作:明石雪路

14 / 17
石の街攻略①

 石の街、中央に位置する庁舎の四階。誰も居なくなった冒険者ギルドにて。

その一室、支部長室の席に、その男は座っていた。

黒のローブに身を包み、唯一露出して机を苛立たしげにコツコツと叩く右腕は昆虫の様な節がある。その腕からは鋭利な指が八本生えていた。

まさしく祈らぬ者(ノンプレイヤー)の姿であり、その腕は悪魔の手とも呼べる醜さであった。

そして、彼は大変に苛立っていた。

知識神から天啓を受け、悪魔に身を捧げたのは良い。

無事に悪魔になり、不愉快な石の街を廃墟に陥れたのも良い。

だが、下っ端以下の小鬼どもがまるで使えない。生け贄にすると言っているのに、こっそり食べたり犯そうとするのだ。始めに十匹ほどを目の前でミンチにしてやらなかったら、今でも反発して生け贄候補を食い散らかして居たことだろう。

腹立たしい。空っぽの知性を持つ奴らは覚知神に選ばれた私の言うことだけを聞いていれば良いのに!

オマケに、街の外を見張らせていたクエレブレの反応が消えたのだ。これから冒険者やらなんやらが来るだろう。

まだ計画は整っていないと言うのに……!

怒りが募り、腕を机を蹴飛ばした。樺の木で出来た机は壁にぶち当たって粉砕された。

またやってしまった。悪い癖だ。

ため息をつくと、支部室のドアが不躾に開かれた。入ってきたのは小鬼が二匹。

何度言ってもノックを覚えない。きっと学ぶ力が無いのだ。哀れな奴らめ。

「何だ。侵入者か?」

どうやら、見たことのない馬車が二台。街の外れに飛び込んできたらしい。

「それで、物は持ってきたのか」

その質問で、小鬼達は焦り始めた。

大きいのと、押しても簡単に動かないので置いてきたと言う。馬鹿だ、本当に馬鹿だ。

「だったら……田舎者でもつれて引いてくれば良いだろうがッ!」

腕を振るうと、二匹の内の一匹が爆ぜた。

此れこそが彼の授かった権能、生物を死に至らしめる悪魔の手(デーモンハンド)である。

血しぶきが、もう一匹に掛かり、少し赤くした。残った小鬼は、一瞬遅れて慌ててドアから飛び出していく。

急な発作で心臓が痛む。喉に絡んだ感覚がして咳き込むと、紫色の血塊が出た。

脳味噌が鋭く痛むが自分が悪魔になったと言うことが実感できて、不思議な充足感があった。唇から紫の血の線を引きながら口角をつり上げる。俺は、悪魔なんだ。

牛皮の椅子に腰掛けて体調が回復するのを待っていると、先の小鬼が戻ってきた。

ノックは相変わらず無いが、まあ良い。

そんな事よりも自分が少しばかり弱っていることを悟られる方が面倒だ。奴らは意地汚いので、少しでも弱ると調子に乗る。

「なんだ。報告の馬車は持ってきたか」

後ろを向いたまま尋ねるが、返事がない。

「尋ねているだろう。馬車はどうした!」

振り向いて立ち上がると、唐突に胸に衝撃が走った。勢いで椅子に戻されてしまう。

「な……」

胸を見ると、小さな穴が開き、そこから血がこぼれていた。

ゆっくりと正面を見ると、手に白煙を上げる鉄の塊を持った小鬼がにやけて立っていた。

更に続けて衝撃が全身を襲う。肩を叩かれ、指が飛び、片目が潰れた。

サッと血の気が引くのを感じる。

「な、何が起きたのだ……」

小鬼は、嬉しそうに飛び跳ねながら悪魔の手に近づくと、眉間に向けて鉄の塊を構えた。

パンという、乾いた音と共に悪魔の手の意識は途切れた。

彼が、ゴブリンの持つそれがパースエイダーと呼ばれる武器だと知ることは、ついぞ無かった。

 

 

 

 

「ボクが動くか確認します。」

始めに装甲車に近づいたのは旅人だ。

車両の後部にのみあるドアを確認するが、鍵が掛かっていて開かない。

「やっぱりダメか」

旅人は車体の上に登り、銃座の近くのハッチに向かった。

ドアはともかく、ハッチに鍵があるものは少ない。旅人はハンドルを回してハッチを開けると車内に入っていった。

その装甲車は運転席と助手席以外は後部で向かい合うように座席が取り付けてあった。場所を持て余していたのか、右側の座席の一角の席を二つほど取っ払って小さめのコンテナが置いてある。

鼻を抉るような屍臭がして、旅人は顔をしかめた。

運転席に一つ、助手席に一つ、コンテナにもたれかかるように一つ、座席の真ん中にうつ伏せに一つ死体が転がっていた。

「失礼します」

旅人はそう言って運転席の死体をどかした。

難儀しながら後ろの座席に動かすと替わって座り、刺しっぱなしのエンジンキーを捻った。

「頼む……」

祈りが届いたか、ガウンと呻りを上げてエンジンが回転を始めた。

一度エンジンを止め、旅人は立ち上がると、後部のドアの鍵を開けた。

鉄の箱が生き物ではあり得ないうなり声を上げた。

事前に決めた合図だ。もし動く事が可能ならば、装甲車が動き音が鳴ると。

「行くぞ」

ゴブリンスレイヤーが先頭に、装甲車の後部に走って行った。殿は妖精弓手。イチジクの大弓を構えて周囲を警戒している。

装甲車の元につくと同じタイミングでドアが開いた。

「死体が四体あります。どかすの手伝って頂けますか。」

ゴブリンスレイヤーと旅人が死体を外へ運び、鉱人道士と蜥蜴僧侶が道の端に並べた。弔ってやりたいが、時間がない。女神官が急ぎながら、それでいて丁寧に鎮魂を祈った。

全て運び終わったところで妖精弓手が弓を射ながら走ってきた。

「そろそろ奴らが起き出すわ! まだ出せない?」

「もう大丈夫です! 中に!」

最後に妖精弓手が車内に飛び込むと、鉱人道士がドアを閉めた。

「何この臭い」

「死体が四つこの中にあったからな……。〈浄化〉を頼む」

「はい! 〈慈悲深き地母神よ、どうかその御手で、我らの穢れをお清めください〉」

地母神への祈りが届き、屍臭わだかまる車内は神の御業によって清められた。

赤黒くこびりついていた血も、残留していた病原菌も奇跡によって消滅した。

「臭い消し消えちゃったけど良いの?」

「これから敵陣に突っ込むのだ。どうせ見つかるのだから問題ない」

「これから出発します、シートベルトを締めるか、どこかにしっかりしがみついてください!」

とはいっても旅人以外は見たこともない代物だ。旅人が全員のシートベルトを止め終わる事には、窓の外からゴブリンがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

大通りで大人数で固まって居たのだから当然か。

エンジンをかける。

「出発します!」

旅人はそう言って、アクセルを強めに踏み込んだ。

ゴブリンは、謎の馬車に乗り込む冒険者を見つけたとき、馬鹿な奴だと思った。この俺らの街で隠れる場所などあるはずがないのに。

仲間を呼び、取り囲んでやろう。

そうして集まった小規模なゴブリンの群れ。

囲んで叩いて殺してやる。群れの一匹が突撃、と言おうとして、動き出した装甲車に潰された。

何かを踏んで少し揺れた装甲車は、豪快に走り出した。石の街の舗装された道路を、灰色の装甲車が爆走して行く。見回り中のゴブリンが石を投げつけたが、石もゴブリンも跳ね飛ばした。衝撃で飛び出た目玉がフロントガラスにぶつかって潰れた。

助手席に座ったゴブリンスレイヤーが言った。

「速いな」

「速いです。もう着きます。」

信号も対向車も前方の車もない。

アクセルを踏み込めば、街の中央まであっという間だった。

 

 石の街の中央、商店通りに入ると、ガンガンガン! という鉄を叩く音が車内に響いた。

 撃たれている。女神官はたまらず悲鳴を上げた。

「ヒッ?!」

「庁舎が近づいてきました! 術士さん!」

「鉱人的にぶっ壊すのは気が引けるんだが……仕方ねえ!」

「拙僧が抑えるのでご安心を」

シートベルトをはずし、蜥蜴僧侶に抱えられてハッチから鉱人道士が顔を出した。

 手に持っているのは土精を呼ぶ触媒である粘土だ。

「〈仕事だ仕事だ、土精ども。砂粒一粒、転がり廻せば石となる〉!」

放られた粘土は、空中で回転しながら大きさを増していく。

石弾(ストーンブラスト)〉、大玉拵え(バージョン)

 

 大砲もかくやというスピードで放たれた〈石弾〉は、庁舎の入り口にぶち当たり、大穴をあけた。

その穴めがけて突っ走る。装甲車のエントリーだ。

装甲車は受付のテーブルを破壊し、装甲車は停止した。

砂塵を巻き上げながら、装甲車は庁舎への侵入を成功させた。

旅人がシートベルトを外しながら言う。

「急いで脱出してください!」

各々が慣れない手つきでシートベルトを外し、順に車外に飛び出した。

妖精弓手とゴブリンスレイヤーが露払いをこなしていく。

「助かったぜ、鱗の」

「なんの、なんの」

爪を立て、尻尾を近くの椅子に巻き付けていた蜥蜴僧侶はもちろん、彼に抱えられた鉱人道士も無事だった。

旅人はライフル・パースエイダー、フルートを車内に残した。室内戦でライフルは却って不利だ。

「じゃあ、手はず通りに」

「お任せを」

最後に旅人と蜥蜴僧侶は、ドアを閉めてハッチから出た。いたずらをするように蜥蜴僧侶は車の鍵と、竜の牙を二つ車内に放り込んだ。旅人がハッチを閉めた。

片手剣を抜いて、ゴブリンスレイヤーが言った。

「準備は出来たか」

蜥蜴僧侶が竜牙刀を軽く振って言った。

「一分の隙もなく」

鉱人道士が、手斧を担いで言った。

「儂も問題ねえな」

妖精弓手が矢筒から木芽鏃の矢を抜いて言った。

「全然平気!」

女神官が錫杖を握り直して言った。

「わ、私もです」

旅人が森の人を抜いて言った。

「ボクも大丈夫です」

「では、行くぞ」

一党は、魔宮と化した庁舎の攻略を開始した。

二階に登ると、ゴブリンスレイヤーが言った。

「階段を塞げ!」

 面会室と思しき部屋を回って、バリケードを急いで築いていく。机やら椅子やらを詰め込み、一階から二階への階段は埋められた。これで、一階に群がるゴブリンは上がってくることはないだろう。

 そして、三階。この階から階段は建物の反対側に設計されているので、廊下を通らなければならないのだが……。

 

ゴブリンとは、略奪生物だ。自分たちが何かを自ら一から作り上げることは希である。基本的には、襲った相手から奪ったもので彼らの装備は構成されている。

農夫上がりの新人冒険者を返り討ちにしたゴブリンは、安い革鎧に数打ちの剣。そこそこ中堅を返り討ちにしていたら青銅の鎧と剣と、盾を装備していることもあるだろう。

では、今回の場合は?

死体がそのまま残った冒険者ギルドを歩き回ったゴブリン達の装備は。

「GGGGGOOOOAAAAAAAAAAAA!」

 四階へ向かう廊下。甲冑姿のゴブリンが、真っ赤に輝く剣を振り被って叫んだ。

 槍や斧、その他冒険者の死体から奪った装備を固めたゴブリンの部隊が鬨の声を上げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。