ゴブリンのいる国   作:明石雪路

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冒険者ギルドにて

 冒険者ギルド。

冒険者や冒険者希望者、依頼人が絶えず往来する場所である。常に人々で賑わっているが、それが春ならなおさらのことだ。冬眠から覚めた腹を空かせた魔物や害獣は活動し始めるし、冬眠で懐が痩せてしまった冒険者も少なくない。

心機一転、一攫千金を夢見てギルドの門を叩く新人も。

なので、とある春の日の昼下がりも、ギルドは大変に賑わっていた。

 

「はい、自分はその、西の村の出身でして」

「ポーション持ったか? 剣はしっかり研いだか? 久々だからって気ィ抜くなよ!」

「魔狼が群れでですね。ええ、最近商隊を襲うようで」

 

その喧噪を、女神官は近く、冒険者ギルドの酒場のカウンター席から眺めていた。

そして獣人女給が、眺める女神官を眺めていた。

視線に気付き、「何か?」

パタパタと手を振って女給は料理を置いた。 

 

「いや、この時間に一人って珍しいなって。はい、ビーフシチューと麦パン、檸檬水」

「ありがとうございます。ええとですね、昨日冒険から帰ったときに今日お休みって聞き逃していたみたいで。寝坊したと思って慌てて起きたら……。」

「ああ、休みなのに準備しちゃったってわけね。」

 

赤面しながらシチューを食べる女神官に、ニヤニヤと笑みを見せる獣人女給。喧噪から離れた場所で、緩やかな空間が流れていた。

 

「他の人たちは?」

「装備を買い足したり、報酬を換金に行ったり、まだ寝てたり…」

「あの人って森人のお姫様じゃないの…?」

 

女神官が遅めの昼食を終え、少し獣人女給と駄弁っていたとき、

「何か騒がしいね」

獣人女給がそう言い、女神官も目線の先を見たところ、受付でトラブルが発生しているようだった。

岩のような筋肉の巨漢が、受付嬢にくってかかっている。モヒカン頭の額に鉢巻を、素肌にベルトを巻いて腰に幅広のブロードソードを佩いたその姿は剣闘士のようだ。

受付嬢も努めて冷静さを保っている様だが、どこか焦りが見える。

「だから、どうしてこのオレが白磁からのスタートなんだ!」

「何度も申し上げているように、冒険者はみんな白磁級から始める規則となっています。どんなに村で名を上げた方でも、優遇することは出来ません。きちんと依頼をこなして実績を上げてください」

「何でだよ! どう考えたってそこらのジャリよりもオレが強いのは見てわかんだろ! 村でゴブリンを追っ払ったなんてチャチなモンじゃ無いぞ、翡翠の冒険者五人をまとめてのしたこともあるんだ!」

「どんなにあなたが強くても、例外はありません。」

 

話は平行線……というよりも剣闘士が話を聞いていないだけのようである。

なるほど、十分に鍛えられた筋肉からその剣闘士の強さが伺える。この何度も聞かされた自慢話もあながちウソでは無いのだろう。 しかし、冒険者を表す等級は腕っ節があれば成り立つ職ではない。信用と人格、貢献度によって与えられるものだ。どこかの冒険者との喧嘩など実績になるわけが無く、それを盾に無茶な要求をする輩など信用できるはずも無し。こうして他の冒険者や依頼人、ギルドそのものに迷惑をかけるのならば貢献などあるはずも無く、ただの害悪である。

つまり冒険者に全く向いてないのである。

しかし、その威圧感は本物で、モンスターと相対したことも無いようなルーキー達は及び腰。ほとんどが離れて知らんふりしつつ様子を伺っている。依頼に来た人の中には、回れ右して出て行く者もいた。全く気にせず掲示板を物色する肝の据わった者もいるが…。

 

「あんなわかりやすいヤツ初めて見たよ。でも、ベテランの冒険者は今日はいないみたいだし、どうしようか……」

 

獣人女給が珍しくうろたえていると、女神官が立ち上がった。

「私が、注意してきます」

「ええ!? でも、危ないよ」

「それでも、冒険者ですから。他の方達の品位を疑われる様な行いは避けて、もらわないと」

 

緊張にすこし震える声で言うと、錫杖を持ってギルドのカウンターに向かった。

「あの!」

「ああ!?」

剣闘士が凶悪な面貌で振り返ると、白い神官衣を纏った少女がいた。

「他の方へのご迷惑です。おとなしく規則に従うか、出て行きなさい。」

「なんだと……」

 

剣闘士のこめかみにはビキビキと血管が浮きでている。

 

「テメエのようなガキの、指図を受けなきゃなんねえだと……」

 

並の冒険者ならそれだけで逃げだしそうなプレッシャー。しかし、女神官は緊張しつつもおびえてはいなかった。オーガ、小鬼英雄、魔神の手、エトセトラ。これまで越えた修羅場に比べたら、ただの無頼漢など。

こちらが凄んでも、女神官はおびえた様子を見せなかった。

よほどプライドを傷つけられたのだろう、拳を岩の如く握りしめている。

もう一言言って脅そうとして、剣闘士は見た。

女神官の首から下がっている認識票。青玉の認識票。年下の、ひょろい、女の、神官の、先輩。

そして、それが剣闘士の小さな器の限界だった。

 

「ッテメエ、舐めてんじゃねええええええッ!!」

 「いと慈悲深き地母神よ――」

 

剣闘士は腰から抜剣し振りかぶった。

遠巻きから眺めていた誰かから悲鳴が上がり、そして

ドン。

轟音がして、ギルドは一瞬で静かになった。

 

 

音の出所は、先ほどまで掲示板を眺めていた、ベストの若者が持つ短筒だった。液体火薬特有の白い硝煙を上げている。

ブロードソードは真ん中で折れ、上半分はクルクルと回転して床に刺さった。短筒から撃っ放された弾丸が剣の腹に命中し、ブチ折ったのだ。

剣闘士は半ばで折れた剣を振りかぶったまま唖然としていた。

 

「もう、良いんじゃ無いですか?」

 

若者が言う。

我に返った剣闘士は射殺せそうな目で若者を黙って睨み付けた。若者は少しも動かずに短筒を突きつけている。

何秒経ったのか。剣闘士は折れたブロードソードを腰の鞘に戻すと、ゴツゴツと革サンダルをならしながらギルドの回転扉を蹴破って去って行った。

緊張が解かれ、空気が弛緩する。

ギルドには喧噪が戻り、いつものように騒がしくなった。

若者は短筒をしまうと、依頼書を一枚掲示板から剥がして受付に持って行こうとする。

受付嬢はカウンターから出ると、若者に慇懃に頭を下げた。

 

「場を治めていただいて、ありがとうございました。表だってお礼は出来ないので……後で水薬一本オマケします。」

「ありがとうございます。いただきます。あの、この依頼はボクでも引き受けられますか?」

「こちらは…、ごめんなさい。人数で指名があるので、一人では受けられないですね」

「そうですか……。」

 

依頼書を掲示板に戻すと、「では」、と会釈して受付嬢は持ち場に戻り、若者は掲示板の依頼書を確認し直した。若者は小さな声で、「灰色熊ならなんとか出来そうだったのに…」と言った。

女神官は若者に声を掛けた。

 

「あの、ありがとうございました」

「ボクも、困ってましたから」若者は言うと、少し逡巡してから、

 

「あの、今どこかの一党に所属とかしていますか? 良ければ一緒に依頼を受けて欲しいのですが」

「わ、私は…、ええ、今は一党を組んでいまして。」

女神官は失礼かもと思いつつ、若者を眺めた。

見たことの無い顔だ。今日冒険者登録したのだろう。しかしこの落ち着きは何だろう。新人にあるような興奮や緊張は感じられず、むしろ警戒を解いていないようにも見える。

女神官は、旅人に少し興味を覚えていた。

 

「差し出がましい事を言うようですか、最初は下水道の鼠退治がオススメですよ」

「受付の人にも言われました。でも、ボクは多めのお金が必要なので。」

 

その言葉をきいて、ますます興味が沸いた。

冒険者を目指す者の多くは、富や名声、そして冒険だ。美味いものを食べようとしたり徳を積むための者もいる。中にはゴブリンに拘る者も。

しかし、ただ金銭のみに固執するのは珍しい。

女神官は若者からとんでもない事を聞いた。

「恥ずかしいことなのかもしれませんが、このトロル…とか、ワイバーンとか、ゴブリンというのがよくわからなくて。良ければ魔物について少し教えてくれませんか? あと、この国の事も少し」

「ええ!?」女神官は素っ頓狂な声を上げた。

 

ワイバーンやトロルはともかく…ゴブリンも知らないとは!

女神官は酒場の方を指しながら

 

「じゃあ、せっかくですし座って話しますか……?」

そう言って、女神官は先ほど昼食を済ませたばかりなのを思い出した。

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