その村は、あえて言うなら運が悪かった。
ほんの少し前に開拓者が森を少しばかり切り開いた村だった。集落と言っても良いかもしれない。
街道に続く道の側、切り開かれたその村は森の中を通る商隊からは重宝された。
木を切って手に入れた薪、獣を狩って剥いだ獣皮、その森に多く生える薬草、エトセトラ。
森の恵みを受けてその村は順調に成長しつつあった。
成長したからか、偶々目についたからか。
その村は、ゴブリンに襲われて、滅びた。
だからまあ、その村はあえて言うなら運が悪かったのだ。
そのゴブリンは、つまらないな、と思っていた。数日前にこの村を襲い、人間どもを皆殺しにしたときはスカッとした。一人につき人間を一匹割り当てられたのも最高だった。
腹一杯喰ってもまだ半分。なんなら村の糧秣もあるのだ。こんなに良い住処はない。
しかし今はどうだ。すでに村の食料は漁り終え、貰った鉱人の男も食い終わり、残りは口にくわえている指が一本。
気に入らなかった。
直ぐそこでは残った只人の娘の死体に肉棒を突っ込んで遊んでいるヤツがいる。
自分はもう使い切ってしまったと言うのに、ヤツときたら!
さっき来た商人がマヌケにも落としていった荷物も頭目に持って行かれてしまった。ガタイが良いだけの馬鹿はこれだからいけない。豊かな資源は優秀な俺にこそ与えるべきだ。
そういえばもっと人間を喰いたくて出て行ったヤツがいたな。
馬鹿だと思っていたが、それも有りかもしれない。
そう思って村の入り口を見ると、門番を押しつけていた一人が血を流して倒れていた。
アイツは碌に見張りも出来ないのか。
門番の持っていた槍が欲しくて立ち上がった時である。
唐突に、近くにいたヤツの頭部が消えた。
いや、爆ぜたと言うべきか。
肉と血が弾ける音と共に頭を失ったそいつは、娘の死体から手を離し、ぐったりと倒れた。
倒れる様が滑稽で、ゴブリンは笑った。
自分の頭部も吹き飛んだ事に、最期まで気付かなかった。
「距離503、気温22、湿度49 西から風速4メートル」
「ありがとう。これで三匹」
木の側に膝立ちで構えた旅人は、傍らのモトラドにお礼を言うとスコープに新たな標的を納めた。少し上を狙い、発砲。抑制された発砲音と共に弾丸は飛び出した。眠っていたゴブリンは、そのまま起きることは無くなった。
「ナイスショットー」
「こんな小さな礫が良く当たるものね」
モトラドが気の抜けた歓声を上げ、妖精弓手は皮肉抜きで感服した様子で言った。
弓を主に使う森人としては、火薬を使う遠距離武器が珍しいのだろう。
「短筒は一度の装填で一発しか撃てないが威力は弓の何倍も高い、と聞いとったが。さっきからバスバス撃ってるのう」
髭をしごきながらしげしげと眺めて言った。
「それは多分フリントロック式です。ボクのフルート……このライフル・パースエイダーは弾倉を取り替えて装填するので、そのまま9発撃てます」
「なるほど。クロスボウのカートリッジのようなものか」
旅人がフルートの弾倉を取り替える作業を眺め、ゴブリンスレイヤーは感心して言った。
「弓より高火力で射程もある。耳長の十八番も顔負けだの」
「まあ、〈
鉱人道士がからかうようにいい、妖精弓手がくってかかる。喧々囂々と言った様である。
現在妖精弓手が弓を引かないのは、村までかなりの距離があることと、木々が覆って曲射で当たらないのが理由なのだが。
「見てなさい!」
妖精弓手は上の森人しか知らない言葉を口ずさんだ。
するとどうしたことか。空を覆う木々が穴を開けるように動いたではないか。
その穴めがけて矢を放てば、山なりに飛んだ木芽鏃の矢は切り開かれた村まで届き、旅人が狙っていたゴブリンの頭頂にぶっささった。
妖精弓手の得意げな顔に鉱人道士はわかったわかったと言わんばかりに手を振った。蜥蜴僧侶と女神官が目を合わせて肩をすくめる。
「ええ……今何が起きたんですか? 」
「うそー」
驚きを隠せないのは旅人とモトラドだ。木々がお願いを聞いて動くなど……
「森人は森と共に生きる種族だからね」
「はい? 」
「それって理由になるの?」
「なりますとも」
なるらしい。さも当然と言い放つ妖精弓手に、旅人とモトラドはそれ以上追求しなかった。
旅人と妖精弓手の狙撃によってゴブリンの数はみるみる減っていった。
気づけば、表に出ていたゴブリン20匹弱は全て物言わぬ屍と化している。それぞれの死体から流れた血は地面に染み込み、赤黒く染めた。
「矢と弾はどうだ」
「まだ余裕があります」
「木に頼めば補充できるわ」
「そうか」
「起こして出てきたところをまた狙撃しますか? 」
旅人が言った。
「いや、パニックになって逃げ出されたら面倒だ。」
ゴブリンスレイヤーは少し思案して、
「俺たちで突っ込む。家を一軒ずつ回り、中にいたら殺していく。一斉に起きたら〈
「承知、承知」
「は、はい! 」
蜥蜴僧侶が印を結び、女神官が震える手で錫杖を握りしめて言った。
「護衛してやれ。」
「おうよ。任せな」
「よろしく願いします」
鉱人道士が酒瓶をグビリと煽って答えた。
「お前達はここに残れ。援護と後備だ。」
妖精弓手と旅人に言った。
「わかりました」
「なんか地味ね」
「お前さんは突っ込んでも格闘できんじゃろ」
鉱人道士と妖精弓手がにらみ合う。
ゴブリンスレイヤーは抜剣した。
「行くぞ。残りのゴブリンを皆殺しにする」
「〈いと慈悲深き地母神よ、我らに遍くを受け入れられる、静謐をお与えください〉……! 」
地母神によって与えられた奇跡によって、二人の足音はおろか、木々のざわめきさえも消え去った。
音の消えた村でゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶が捜索を始めた。
近くの家の前に立つと、目配せをして、ゆっくりと扉を開ける。
いた。荒らされた部屋の中、近くに武器や何かの肉を並べて眠るゴブリンが三匹。
ゴブリンスレイヤーは慣れた手つきで手槍を拾い、首に突き刺して殺していった。
蜥蜴僧侶はその間に家の奥まで確認し、生存者やゴブリンの子供を探していく。
家を出ると、扉の隅に
二軒目、無し。三軒目、ゴブリン2。四軒目、ゴブリンの子供が8匹……
生存者は確認できなかった。
確認する民家は後一つ。
二人が向かおうとしたところで、木々の風に揺れる音や鳥のさえずりが聞こえ始めた。
〈
二人が民家に向かおうとしたとき、その家の扉が勝手に開いた。
そして出てくる大きな影が一つ、小さい影が一つ。
田舎者ではない。ゴブリンにしては鍛えられた肉体。数多の傷は多くの冒険者から生き延びた証か。
そして伴うように出てきたゴブリンは指で出来た首飾りと、骨で組まれた杖を持っていた。
「
「お任せあれ」
ゴブリンスレイヤーが鉈を、蜥蜴僧侶が竜牙刀を構える。
そこで、2匹のゴブリンに木芽鏃の矢とライフル弾が襲いかかった。
どちらも必中、急所を狙えば必殺のそれであるが、そこで不可思議なことが起きた。
一矢一弾はゴブリンどもに命中する前に急に向きを変え、ライフル弾は地面に、矢は近くの家の壁に刺さったのだ。
信じられないのは旅人とモトラドだ。
「弾が……急に曲がった? 風が吹いている訳じゃ無いのに。見た? 」
「見たよ。地面に向かって曲がらなければ頭に当たって、大きいヤツは殺せてたよ。」
「〈
「あの小鬼呪術師の仕業だな。あれを止めなくては支援を受けられん。」
ゴブリンスレイヤーは、小鬼呪術師に狙いを定めて鉈を投げつけた。
縦に回転しながら飛ぶ鉈は、矢でも弾でもない。〈矢避〉の対象にならないはずだ。
しかし
「GGBBOOOOOOO!! 」
小鬼英雄が斧を振るい、鉈をたたき落とした。
小鬼英雄はニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべて斧を軽く振っている。小鬼呪術師もこちらを指さしてゲタゲタ笑っている。
弓やライフルは小鬼呪術師が、投剣や投石は小鬼英雄が落とすと言うわけだ。
なるほど、これでは近づいて戦うしか無い。それには怪力である小鬼英雄とやり合う必要がある。
この戦略を考えついた小鬼呪術師は、自分が天才であると確信していた。これで馬鹿な冒険者を完封できると。
「とでも考えているんだろうが」
二匹のゴブリンの正面に移動を終えた女神官は、錫杖を高々と掲げた。
ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶も、合わせて姿勢を低くする。
二匹のゴブリンは、急に這いつくばった冒険者の考えも、奥の草むらでこちらに位置を知らせる少女の意味もわからなかった。
だから、これから起こる行動に対処することも出来なかった。
「〈いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたしどもに、聖なる光をお恵みください〉! 」
聖光は、敬虔な女神官の祈りを受けて、恵みもたらされた。光の爆発は女神官に注目していたゴブリン達の目を残らず焼き、視力を奪う。
ゴブリン達は目を押さえて苦しみだした。
好機を逃すはずも無く、ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶が攻勢に入る。
蜥蜴僧侶はそのまま韋駄天の如く駆け、狙うは小鬼英雄の首一ツ。
小鬼英雄は目が焼けていても蜥蜴僧侶の接近に気づいたか、ぎこちない手つきで斧を構えた。
「イイイイイイイイヤアアアアアアア! 」
裂帛のかけ声と共に竜牙刀で斧を弾き飛ばすと、手刀を渾身の力で胸部に突き込んだ。
グジュリと音を立てて手刀を抜けば、湯気を上げる心の臓が握られている。
痙攣しつつ倒れぬ小鬼英雄の首を竜牙刀で一閃して喉元を掻っ切ると、心臓を握り潰した。小鬼英雄は絶命し、ゆっくりと倒れた。
ゴブリンスレイヤーも、腰から抜いた片刃の剣を片手に小鬼呪術師に向かった。
ボソボソと魔術を唱えようとするシャーマンの喉に向かって剣を投げつけた。喉に刺さり、自身の血で溺れる小鬼呪術師の首を、もう一度捻って絶命させる。
ゴブリンは、全滅した。
ちょっとした後書き
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