「おーい、こっちにエール四杯! キンキンに冷えたヤツね!」
「うーん、今日の報酬じゃあんまり頼めないな……。スープと、麦パンください」
「はい、たった今シュリンプ揚がりました! 食べたい人ー?!」
「すみませーん、豚肉包み、茹で五、焼き五、ニンニク多めで! 」
冒険の後は、飯に限る。
命をかけて冒険して、その後にさっさと帰って眠るなど、それほどつまらぬ事があるものか。
冒険者ギルドの酒場では、毎晩多くの冒険者が集って宴を開く。
無事で良かった。あの呪文は良いタイミングだった。罠を見逃したな。お前だって。
帰ってこれた事を祝ったり、反省会をしたり、一党によっては様々だ。
新人から熟練者まで、多様な冒険者が思い思いに料理を注文し、ある者は豪快に、またある者は上品な所作で各々の料理を食してゆく。
ゴブリンスレイヤーの一党もまた、冒険を終えて新入りと共に隅の席に着いていた。
「それでは、怪物の首と、村の復興と、無事の生還に!」
乾杯。妖精弓手の音頭に合わせ、ガツガツと杯がぶつかった。
「済みませぬが、腸詰めにチーズを入れた物を頼みたいのだが。」
「はい、いつものね! 旅人さんはどうする? 」
「では、ボクも同じ物を。あと、麦パンとバターも」
「はいはい、腸詰め二皿麦パンバター……。 モトラドさんはどうします? 」
「ごめんねー、燃料以外は食べられないよ」
「それは失礼を。ただいまお持ちしますねー! 」
パタパタと尻尾を振りながら獣人女給が去ってゆく。
「今回はドワーフの出番全然無かったわねー」
「へっ、術が温存できて困ることなんざ無いわい。そんなこともわからんのか、金床」
「なにおう! 」
「オルクボルグもなんか言ってやってよ」
「術が残るのは悪いことではないだろう」
「そこは私の援護しなさいよ!」
「蜥蜴の人は凄かったよねー。心臓を引っこ抜いちゃってさ」
「ふはは、前にやったときは二度も首を逃してますからな。つい昂ぶってしまった。」
賑やかにみんなの箸が進む中、旅人が女神官に向きなおった。
「あの、今良いですか? 」
「ふえ、……んっ、何でしょう?」
鮭のムニエルをコクンと嚥下した女神官は口元を少し拭って答えた。
「今日のゴブリン退治の時、あなたのその杖の先端が光ったのと、ライフル弾と矢が当たらなかったことなんですけど、アレって珍しくないんですか?」
「私の錫杖が光ったのは、奇跡によるもので、矢が曲がったのは〈矢避〉の魔術によるものですね。……ええと、もしかして」
「ええ、その、奇跡も魔術も、これまで見たことありませんでした。そういうことが出来るという人も、聞いたことがありません」
「何、何の話?」
割り込んできたのは、妖精弓手だった。
杯にはまだ薄めた葡萄酒が半分ほど入っている。ちびちび飲むからか、全然減っていない。
「旅人さんは魔術と奇跡を見たことがないらしくて」
「え、見たことがないの?」
それには鉱人道士も驚いた様で、目を見開いていた。蜥蜴僧侶はもう一皿腸詰めかけチーズを注文し、ゴブリンスレイヤーは鉄兜でよくわからなかった。
胡乱げな目で、旅人に顔を近づける妖精弓手。
「どこかに引きこもってたとか? でも耳長くないし、鉱人みたいにビア樽でもないし、肉球もないし、鱗もないし。変わってるわねー……」
蜥蜴僧侶はジョッキの牛乳を飲み干して言った。
「モトラド殿の奇怪さやパースエイダーという武器も含めて考えるに、旅人殿は
「来訪者?」
「理の外にいる者、四方世界の外にいる者。拙僧も聞いた話でしか無いのだが。術士殿はいかがか。」
「儂だってそんなに知らんわい。四方世界の外は神々の遊戯場なんていわれとるが、そもそも行って、見て、帰ってきたヤツがおらんのだから。渦の中や銀の幕、扉の向こうから来ると言われとるが……心当たりあるか?」
「そういえば、凄い吹雪にあったよね」
「ずっと晴れてたのに、急に天気が変わって。しばらくしたらさっきの森の中にいました。その、外の世界というのが本当なら、ボク達はそのときにここに来たのかもしれません。」
「それがホントならさ!」
妖精弓手がパンと手を叩いて言った。
「これまで旅した国って、私たちも知らないような凄い国ばっかりってことじゃない!?」
半ば興奮気味に言う妖精弓手の目はキラキラと輝いている。
まるで冒険譚を聞く子供のようだ。
「確かにそれなら興味あるのう。」
鉱人道士ががぶりと酒を呷り、「聞かせちゃくれんか?」
頷く蜥蜴僧侶に、そわそわと好奇心を隠せずにチラチラと旅人の顔を伺う女神官。
「オルクボルグも! 興味ない?」
「俺は、」
少し言い淀んで、「何か、聞かせてくれないか」
「だってさ、どうする?」
「じゃあ、ボクが訪れた国の話をいくつか」
そういって旅人は話し始めた。
「お疲れ」
「ああ、疲れたよ。凄く掘り下げて聞いてくるんだもの」
ギルドの二階に部屋を取った旅人は、机の上でパースエイダーの整備をしていた。
「でもさ、国の事よりも、どっちかというと進んだ技術の方が驚かれる事が多かったね」
「まあ、みんな楽しんでくれた様だし、良かった。料理も美味しかったしね」
カノンの弾倉をはずし、弾を抜いてブラシで埃を払っていく。
「あの蜥蜴の人が言っていたことは本当なのかな。」
「どの事?」
旅人が言い、モトラドが返した。
予備の弾倉も手入れを終えて、ポーチに戻す。
森の人の弾倉から弾を抜き、予備の弾倉に弾を込め直していく。スプリングが痛むのを防ぐためだ。
「別の世界から来たってやつ。確かにここの人たちは体の一部が動物っぽかったり、背が高かったり低かったりするけど、これまで見た国と比べると、居るんじゃ無いかって思うよ。十分珍しいけど」
「魔術や奇跡は?」
「奇跡が神様にもたらされたもので、魔術が自分でこの世の理を書き換えるってやつ?」
「それは、結構異世界の証明になるんじゃ無い?」
「……高度な科学?」
「確かに一理あるけど」
「あるけど?」
旅人は弾を込め終わると弾倉を森の人に差し込み、ホルスターに戻した。
「外を見れば直ぐにわかると思うよ。窓開けて、空を見てご覧」
「空?」
旅人が窓を開けた。
「見える?」
「……見える。けど、まあ、これはなんとも……」
窓の外。満天の星空。そして、
「月が二つあるとはね……」
空には、いつも野宿の際に見るようなオレンジのような黄色の月ともう一つ、翡翠に輝く緑の月が浮かんでいた。
翌日からは、ほとんど毎日依頼を受けた。
ゴブリン退治だけでなく、遺跡の調査や商隊の護衛。鼠退治(大きな鼠見たさ)にも行った。
必要な燃料の代金には、まだ足りない。
旅人がこの街に来て十日ほど経った頃、
とある男性剣士が冒険者ギルドの戸を開けた。
良く磨かれた軍靴、シャツには糊がついており、佇まいには隙を感じさせない。
腰に佩いたサーベルには精緻な意匠が施されており、一級品であることが伺える。
そして腕の腕章には国の紋章。王都のものだろう。
剣士は、きっちり依頼人の列に並び、順番が来ると、受付嬢に言った。
「失礼。この街のギルドには、ゴブリン退治の専門家がいると聞いたのだが。」
「ええ、ゴブリンスレイヤーさんなら直ぐそこに」
剣士が振り向くと、
「俺がどうかしたか」
「……聞くが、貴方がゴブリンスレイヤーか」
「そう呼ばれている。」
剣士はポーカーフェイスを努めていたが、目を見開いたのは受付嬢にもわかった。
まあ、驚きますよねえ。
銀等級なのに、新人でも着ないような薄汚れた装備をしているのだ。
等級と見た目を気にする都市の冒険者からすれば怪しくも見えるのだろう。
頭からつま先まで一瞥すると、剣士はしばし瞑目して、言った。
「貴方に依頼がある。ゴブリン退治の専門家である、貴方にだ。話を聞い」
「場所はどこだ。直ぐに出る。」