機動戦士ガンダムSEED Re:DESTINY 作:野澤瀬名
白と青を基調とした機体が星の海を走る。そのコクピットには赤いパイロットスーツに身を包んだ少年が計器やモニターに表示される情報を元に機体を忙しく操作していた。
操縦桿を引くと同時にフットペダルを踏みこむ。
機体が加速し、メインモニターに映る星々が尾を引いて後ろへと流れていく。と、コクピット内に警報が鳴り響き、僅かに遅れてモニターに大型の残骸が迫るのが見える。アドレナリンで心拍数が増大する中、恐怖を飼いならして、制動を掛けそうになる指を制御し、最小限の操縦桿とペダル操作でそれを躱してみせた。サブウィンドウに表示されたチェックリストにサインが灯り、『
『全テスト項目終了確認。お疲れ様です。帰投してください』
「了解」
オペレーターに返答し、少年は帰還するために機体を巨大な円錐状構造物の方へと向ける。地球と月の重力が吊り合うラグランジュポイント4に建造された次世代型コロニー、プラントと呼称される内の一つ、アーモリーワンである。直径十キロはある底面の内側には人工の大地が作られ、生命にとって有害な宇宙放射線が満ちる極寒の宇宙空間において唯一人類が生存を許された環境が広がっている。
そのプラントの後ろで青色に耀く星、地球が視界に入り、少年は胸中に息苦しいまでの郷愁と身を焼くような苦痛が去来する。無意識に赤道付近に視線が向けられ、自分が生まれ育った祖国を求めて彷徨う。
オーブ連合首長国。少年が二年前まで生活していた赤道直下に位置する環状群島からなる小国の名である。
遺伝子調整されて生み出されたコーディネイターは、人間の遺伝的素養を最大限にまで高めたまさに夢の新人類というべき存在だった。だが、旧来の遺伝子操作されていない人類、ナチュラルからの差別、排斥を受けた彼らは、宇宙へと行き場を求めた。しかし、中立を表明していたオーブはコーディネイターを差別せず、居住を許可していた、まさにコーディネイターたちにとって地球上に残された最後の楽園であった。
だが、その立場ゆえに、オーブは地球連合軍による侵攻を受けた。
少年の脳裏に、あの日の光景が思い起こされる。飛来するミサイル。鳴りやまない銃声と避難サイレン。腹の底に重く響く爆音に襲い掛かる爆風を――。
C.E.71 6月15日
戦場から少し離れた山間を僕ら家族が走っていた。ドンドン、と腹の底から響くような音が軍港の方から聞こえて僕らは思わず足を止めた。
「父さん!」
「あなた!」
モルゲンレーテの研究スタッフだった父さんと母さんの仕事の後始末で、避難が遅れた僕らはやむなく山中を抜けて避難船が停泊する港へと走っていた。
心配する僕らを安心させるように父さんは微笑みかけながら言う。
「大丈夫だ。目標は軍の施設だろう。急ぐぞシン」
脱出用に用意された港は、軍本部などが集中する地域から少し離れていた。連合軍もわざわざ避難民を狙って攻撃しては来ないだろうと、父さんも僕もそう思っていた。
だけど避難船が泊まる港を目指して走る僕らの目の前から巨大な黒い鳥のようなものが飛んできて、ソレは僕らの頭上を轟音と突風を残して飛び去っていく。
「きゃあああっ!」
妹のマユが悲鳴を上げ、巻き起こった突風に僕らはうずくまる。
続くように、山の中に大きな大砲を背負ったMSが降り立つ。太いビームが撃ち出され、オーブ軍のモビルスーツや戦車を地面ごと吹き飛ばしていく。空には十枚羽のモビルスーツが手にした銃からビームを矢継ぎ早に撃っていく。爆発がすぐ近くで起きて、肺の中の空気が押し出されるような感触に襲われる。
僕らは熱と炎から逃げ出すように走り出す。
「母さん!」
「マユ、頑張って!」
草木の生い茂る斜面を、みんな必死に下っていく。僕も死に物狂いで後に続く。母さんは遅れ気味で今にも泣きだしそうなマユの手を引きながら、励ましの声をかけていた。木々の隙間から海の青色が見え、すぐ近くに避難船が横付けされたいるのが視界に入り、僕は安堵しかける。
あと少しで港に辿り着く、というところで。
「あ、マユのケータイ!」
カシャン、と軽い音と妹の叫び声に驚き目を向けると、マユの持っていた携帯電話がバックから零れ落ち、崖下へと転がっていくのが見えた。散々母さんにねだって買ってもらったものの、地球軍とザフト軍が開戦して以降、ザフトが地球に投下したニュートロンジャマ―による電波障害でそれまでの通信機器は使い物にならなくなった。それでも大事に持っていた彼女の宝物だ。
「そんなのいいから!」
「嫌あ!」
嫌がるマユを止める母さんは必死に止めようとする。
僕は迷うことなく、荷物を置くと崖下へと身を躍らせた。父さんが止める声をあげたけど、無視して坂を下りていく。これぐらいの坂ならすぐに拾って登ってこれる。父さんに怒られるかもしれないがその時はその時だ。
滑るように斜面を降っていくと、木の根元にピンク色の携帯が引っ掛かっているのを見つけた。しゃがんで、それを拾い上げたその時、僕の後ろで一際大きな爆発音が聞こえた気がした。
気が付くと、僕は地面に倒れていた。ぼんやりと立ち上がろうとして手足に力が入らないのに気付く。全身に鈍い痛みがはしり、まともに立てそうにない。と、誰かの力強い腕が肩に回され、僕が立ち上がるのを助けてくれた。
「……、……!」
よく聞こえない。鼓膜が破れかけたのか耳の中でずっと甲高いノイズが走っていて、ワンワンと木霊するような感じしかしない。
腕を引かれて数歩歩いたところで、ハッとした。ようやく意識が追いつく。
マユは、父さんたちは、どこに?
「父さん、母さん、マユは……?」
「あ、おい、そっちは!」
振り返ると、自分たちがいたはずの崖がなくなっていた。
生い茂っていた木々はへし折られて、地面は巨大なシャベルで削り取られた様に消え失せていた。あちこちに火のついた瓦礫が散らばって、色んなものが焼ける臭いだけが鼻に入ってくる。
さっきまでいた場所が一瞬で焼け野と化して、僕は言葉を失いかける。と何かが視界に入った。
「マユ!」
ほっそりとした腕が、見間違えるはずがない、妹が、マユが倒れているのが見えた。
後ろから軍の人が制止の声を掛けるが、構わず駆け寄った。
「……え?」
そこには腕しかなかった。
肘から先がちぎれ、あるべき体が無かった。
「あ」
口がからからになって接着剤で固めたみたいになったようだ。震えるまま目をそらすように前を向く。
見るも無残な姿と化したマユの体が倒れていた。右腕が二の腕あたりからごっそりなくなって、その周囲はバケツでぶちまけたように赤い血のペンキでべったりと塗られていた。
あちこちに散らばっているのは父さんと母さんの死体だろうか。有り得ない方向に折れ曲がった手足。岩に打ち付けられ血塗れになった肉片。倒れた木の下敷きになった体。血の赤色だけが目に焼き付き、肉が焼ける臭いが嗅覚を侵していく。さっきまで僕と触れて、話して、走っていた家族が目の前の肉塊だと脳が理解しようとするのを必死に否定するけど、現実が容赦なく事実を突きつける。
膝から力が抜けて僕はマユのちぎれた腕の傍に倒れこんだ。涙がとめどなく溢れて妹の携帯を握りしめた手に落ちていく。
何で、こんな事を──? 、父さんを、母さんを、妹を返せ、と深い悲しみの涙を流すことしかできない僕の上をさっきのモビルスーツたちが構うことなく飛び回る。巻き起こされた突風に顔を上げると手に持った銃からビームを撃ち合っている姿が視界に入り網膜に焼きつく。我が物顔で世界を壊していく巨人たちに僕はどす黒い感情を覚えた。
家族を奪った、アイツらが──!
悲しみや痛みが憎悪へと置き換えられていく。
内側から爆発しそうになるほどの感情に突き動かされて、僕は飛び交う悪魔たちに向かって吠えた。
『──シン、帰還ルートから外れています。進路修正を』
「……了解」
感傷に浸っていた少年、シン・アスカは、管制の声で我に返り、機体を操ると帰還コースへと向けなおす。機体は自分の手足のごとく思いのままに動き、その自分が手に入れた力に確かな手ごたえと満足感を覚える。
手に入れたこの力で仲間を守れる──、と理不尽な力に対して戦うための力を手に入れた自分自身にシンは喜びを感じながら帰還した。
C.E.70年。血のバレンタインと呼ばれる地球連合軍による農業用プラントへの核攻撃事件によって歴史上初の宇宙と地球、コーディネイターとナチュラルの大戦は始まった。
数で勝る地球軍の圧勝を誰もが予想した。が、戦局はコーディネイターたちの軍隊、ザフト軍優勢のまま泥沼の様相を呈して膠着状態に陥った。ザフトは人型機動兵器モビルスーツを実戦投入し、従来の戦艦や航宙機しか持たない地球軍を圧倒するも、ザフトの数十倍の人的資源、そして豊富な地上資源や戦力を有するためだった。
だが、地球軍がオーブ領ヘリオポリスで極秘裏に開発した五機の新型モビルスーツの強奪事件から戦局は変動する。地球軍本部アラスカの崩壊とザフト地上軍の大半の壊滅。それに伴う宇宙への戦線移行。
そしてC.E.72年。
一年半に亘った地球、プラント間の戦いは、ヤキン・ドゥーエ宙域戦をもってようやくの終結をみた。
やがて双方の合意のもと、かつての悲劇の地ユニウスセブンにおいて締結された停戦条約は今後の相互理解努力と平和とを誓い、表面上世界は再び安定を取り戻そうとしていた。
だが、誓われたはずの平和の下、両陣営はお互いに勢力拡大を水面下で図ろうとしていた。また、このユニウス条約体制を良しとしない者たちは、今この平和を享受する世界を打破しようと陰で力を蓄えつつあった。
PHASE.01 怒れる瞳
『ユーラシア西側地区での食糧危機に対して、ユーラシア連邦政府は昨日、緊急支援のための連邦軍派遣を決定し……』
携帯端末に今朝のうちに録画しておいた報道番組の内容が流れていくのを眺めながら、シンはアーケード街の一角で友人たちを待っていた。明日に控えた進水式の影響か、通りを行き交う人数はいつもよりずっと多く、着飾っている人たちばかりだ、と彼はぼんやり考える。
「お待たせ、シン!」
快活な呼び声にハッと振り向くと、そこには同僚のルナマリア・ホークの姿があった。隣には重そうな買い物袋を二つ三つと抱えたヨウラン・ケントもいる。彼らは明日に控えた一大ページェント、進水式の前に最後の休暇を兼ねて、基地施設の外へ買い出しに出かけていた。
「ヨウラン、俺も持つよ」
「いや、助かる。全く女子ってなんでこんなに買い物多いんだ?」
ヨウランのげっそりした感想に、ルナマリアは少しあきれた表情になる。
「なにがなんでこんなに要るんだか知らないけど?」
どうやら彼女の妹に注文された品らしい化粧品のビンやボトルが、受け取った紙袋の口から覗いている。
…………女の子ってなんだかたいへんなんだなぁ。というかコレどうやって使い切るんだろう。
シンは気圧されながらも、買い物袋を抱えなおし、歩き出す。
話題はその内、自分たちのこれから当たる仕事についてに変わった。
「じゃあ、明日の進水式終わったら、そのまま月軌道に配備ってワケ、俺たち?」
「らしいね。その前に一旦試験航海で本国に寄るって副長は言ってたけど」
ルナマリアの言葉を聞きながらシンは頭の中で自分たちが往く航路を思い描く。月と地球を往復するぐらいの距離を航海することになるのだろう。ヨウランがつまらなさそうにぼやく。
「うへえ、じゃあ二週間は艦の中かよ。退屈だなそりゃ」
「ヨウラン、俺たちの初任務なんだからもう少し真面目にしろよ、俺たちの前ではいいけど」
へいへい、と不承不承がちに頷くヨウラン。こんな感じの不真面目そうな彼だが、モビルスーツのハード、ソフトの双方に強く、シンも整備には信頼を置いている。と、話しながら細い路地から大通りへと歩み出たところで横から誰かが飛び出してきたのをシンは視界の端で感じ取った。避けようとする間も無く、その人と思いきりぶつかってしまう。相手も、こちらにまったく気づいてなかったようで、バランスを崩して倒れそうになる。
シンは咄嗟に両手を出し、かろうじて地面に倒れるところを抱き止めた。
「うおっ、と! 大丈夫?」
ふっと、花のようなほのかに甘い匂いが鼻孔をくすぐる。シンの腕の中の金髪の少女は、きょとんとした様子でシンの顔を見上げる。すみれ色の大きな瞳が印象的で、白いドレスで着飾った彼女はどこか妖精めいた雰囲気を醸し出す。少女がぼんやりとした様子でつぶやく。
「だれ……?」
茫洋とした表情の少女は、次の瞬間鋭い目つきでシンを見返すと、半ば引っ掻くような勢いで彼の手を振りほどき、そのまま走り去ってしまった。
(何だったんだろう……?)
なんだか理不尽だな、とシンは感じる。ぶつかったのは悪かったけど向こうだってよそ見してたし、第一お礼ぐらい言ってくれてもいいと思う。
と、後ろの二人に呼びかけられた。
「胸掴んだな、お前?」
「……シン、あんたねえ?」
ヨウランとルナマリアの冷ややかな言葉に、女の子を抱えたときの感触が手に残ってることにようやく気付き、思わず自分の手を見る。その手はそれを掴んだこと示すかのような形になっている。
前言撤回。百パーセントこっちが悪者だ。
ヨウランがニヤニヤとしながら言い放つ。
「このラッキースケベ!」
「ち、ちがっ! おいコラ、ヨウラン、ルナも!」
慌てて落とした荷物を拾い上げて、知らん顔して気持ち速く歩みを進めるルナと面白いネタを得たと言わんばかりの表情で歩くヨウランを追いかける。
「わかってるわよ、助けた拍子にでしょ」
「いいよなあ、シン。さっきの子結構胸大きかったし、イイ感じっつーか……」
言葉が途切れたのはルナマリアがヨウランを睨みつけたからである。殺気のようなものを放ちながら、彼女は男たちに向かって言い捨てる。
「……サイッテー」
ルナマリアが怒って先に行ってしまうのを、ヨウランは謝りながら、シンは弁解する方法を考えながら追いかけた。
あれは完全に事故だし、というかこのままあることないことを仲間に言いふらされでもしたら悪夢そのものになってしまう。
きちんと弁明して無実を証明したらきっぱりと忘れよう、とシンは頭を振り、基地へと歩く二人の後を追って走っていった。
一隻のシャトルが宇宙空間に浮かぶプラントへと接近していく。
アーモリーワン民間用宇宙港の管制に従い、ドッキングベイへと接舷したシャトルから一人の少女が付き人と共にターミナルエリアへと進み出た。
宇宙港にはたくさんの名士たちが集っており、行き交う人々は興奮気味に明日予定されているセレモニーの話を口々に交わしている。と、傍らのスーツ姿の若い随員が口を開く。
「……服はそれでよろしいので? ドレスなども持ってきていますが……」
「いや、このままで構わない」
「しかし……」
トラベレイターに進みながら彼女は振り返る。
髪と同じ金色の鋭い瞳にほっそりとした、だが無駄なく筋肉がついた引き締まって研ぎ澄まされた肉体はどこか獅子を思わせる印象を与える。簡素なフォーマルジャケット姿のまだ少女というべき年齢の彼女だがその目つきは幾多の修羅場を潜り抜けてきたものであった。
名はカガリ・ユラ・アスハ。
弱冠十六歳にしてモビルスーツパイロットとしてヤキン・ドゥーエ戦役を戦い抜き生還した彼女は、今こうしてオーブ連合首長国の元首としてプラントの地に降り立った。
「今回は非公式の会談だ。馬鹿みたいに気取る必要もないさ」
「はあ……」
不承不承といった様子の付き人にカガリは苦笑する。生真面目が取り柄の彼からすれば国家元首たる彼女には相応の立振る舞いを願うようだが、自分には似合わないと思うし第一好みでない、それに執務姿のこれだって一応はフォーマルな服装だ、と内心言い訳をする。
新人の秘書官と共にプラント側の係官たちに先導され高速エレベーターに乗り、
「明日は戦後初の戦艦の進水式ということだが」
「はい。本日は式典飛行訓練を控えております都合上、移動用のヘリがご用意できず。代表にはお車での移動となりますが、よろしいでしょうか」
「いや、こちらが内々且つ緊急にと会談を申し入れたのだ。それぐらい構わない。式典の無事の開催を願うよ」
と世辞を並べるも、内心カガリは苦いものを感じ、その表情はどこか固かった。
ナチュラルとコーディネイターとの対立が激化して勃発した大戦は地球圏全土を巻き込み、互いに互いを滅ぼす寸前まで拡大していった。
遺伝子を受精卵の段階で調整し、より強い肉体や優れた記憶力、運動能力を獲得したコーディネイターは、その能力を忌み嫌う旧来の人類、ナチュラルからの迫害を受け、宇宙に安住の地を求めた。それが今の“プラント”の前身となった。彼らはL5に人工島を築き上げ、高い技術力と無重力という特殊環境を生かして工業生産やエネルギー生産などに従事していく。そこで作られた生産物は優先的に地球のプラント理事国へと輸出され、その対価としてプラントでは生産を禁止・制限された食糧を供給する、という構図であった。
しかし、日増しに増大するプラントへのエネルギー生産ノルマにコーディネイターたちは食糧生産の解禁と自治権を要求するもその悉くが無視されまたは理事国側の圧倒的な軍事力によって弾圧された。積み重なった憤懣は遂に本格的な武力衝突へと発展し、プラント側が秘密裏に建造していた食糧生産コロニー、ユニウスセブンに対する核攻撃による惨劇によって、関係の決裂は決定的なものとなった。
カガリの祖国であるオーブもまたその長きに亙る戦乱に巻き込まれ、中立を守ろうとして戦火に焼かれた。破滅の道を転がり続ける世界をどうにかしようと連合、プラント、オーブの志を同じくする者たちが集い、戦争終結のために力を尽くした。友人や恋人、家族、恩人たちを喪いながらも、どうにかコーディネイターとナチュラルの全滅戦争を寸前で止めることはできた。先のユニウス条約でも、二度と過ちを繰り返さないと地球とプラントに住む人々は誓い合った──はずだった。
物思いに耽っていると急にエレベーターの外が明るくなる。目をやると、透明なエレベーターシャフトの外、青い海と緑色に色づく島々が目に入った。かつて見た東南アジアや南太平洋の島嶼や祖国の光景に似ている、と思いながら確かアイツもプラントに戻っていたはずだと彼女はぼんやりと考える。
願わくば今彼がこの場にいて愚痴をぶちまけられたのなら、傍らで支えてくれるのならどんなに気が楽になるか、と思わずにはいられなかった。
アーモリーワン内部の格納庫エリア、その内の一棟では、数機の新型モビルスーツがメンテナンスベッドと共に収容され、整備スタッフたちによる最終調整が行われていた。といってもその作業はほとんど終わり、あとは明日の進水式でお披露目し、そのまま“ミネルバ”に配備されるのを待つだけだ。彼らの顔には一つの大仕事をやり遂げたという達成感と誇らしげな表情が浮かんでいる。
そんな機械油と機材の動作音、整備士たちの会話が格納庫の中に氾濫する雰囲気の中、アスラン・ザラはメンテナンスハッチの中身で腕を動かしていた。明日の進水式と共にお披露目される最新鋭機をこれまで携わってきた身として万全の状態で引き渡したいという根っからの機械いじりとしての性格からか、あるいはその他の理由があるのか、同僚たちが式典の話題で盛り上がる中ただ一人黙々と機械と格闘し続ける。
「アスランさん、“カオス”のチェック終わったら上がっていいって主任から伝言です!」
と、明るい茶髪の整備スタッフ、アスランと同じかそれより年下の同僚が彼に仕事を終わってもいいと告げに来た。当の本人はというと、顔を上げようとせず、「ああ」と生返事をするだけである。苦笑した様子の少年はアスランの横に置いてあったデバイスを手に取ると、キーボードに指を走らせる。
「いや、オスカー。手伝ってほしいわけじゃ……」
「こうでもしないと先輩終わろうとしないじゃないっすか? ちゃっちゃと終わらせて飯食いにいきましょうよ?」
影を一切感じない朗らかな笑顔を向ける同僚にアスランは一瞬笑みを返し、一方で常に居心地の悪さを感じていた。
前大戦時、アスランはザフト軍から一時離脱し、戦争終結のために集った仲間たちと共に行動を共にしていた。戦争を終わらせることには成功したが、その代償はあまりにも大きかった。自分たちの仲間も傷つき喪われ、そして半ば絶縁のように袂を別ったとはいえ父親であるパトリック・ザラもまた彼の目の前で死んだ。
身寄りを喪った彼はオーブのアスハ家の庇護下に置かれた後、プラントで開かれた軍事法廷へと召喚され、逃亡や機密漏洩などの罪で下された判決によりエースの証である赤服と勲章、そして特務隊の地位を全て剥奪された。本来ならば銃殺刑も止む無し、というレベルの軍機違反を犯した彼であったが、その当時の最高評議会議長、アイリーン・カナーバや今のギルバート・デュランダル議長の弁護や戦争終結に尽力した功績などを考慮され、この程度の降格処分で済んだ。その後はザフト軍のパイロットエンジニアとして勤務する日々を送っていた。元クルーゼ隊に所属したエースパイロットで戦犯の息子で、脱走兵でもある自分に向けられる好奇の目はそこそこ堪えるが、元々幼年学校では機械工学を専攻していた彼としては、自分で機体の製作を手掛けてそれをテストできる今の立場に不満はない。
だが、戦争を止めるため必死に奔走していたあの頃に比べてどこか燃え尽きたような感覚が付き纏う。モビルスーツの整備や設計に熱中しようとしても、機体のテスト飛行に没頭しようとしてもどこかズレた感覚が襲ってくる。
一体、俺は何をやっているんだろう、とアスランはぼんやり考えながらキーボードに手を走らせていた。
送迎車から降り、係員たちの案内で通されたのは軍関係施設の一角に設けられた会議スペースだった。窓辺からは基地施設の全貌が見渡せる眺めであり、軍事関連に詳しいカガリとしてはここを会談場所に設定するのは安全保障上よろしくないのでは、と疑問に思う。こればかりは会談相手の胸中を探ってみなくては真意は分からないが。
部屋に入ると、随員たちと会話していた長髪の男がこちらに向き直り、柔和な笑みを見せる。
「やあ、これは姫。遠路はるばるお越しいただき申し訳ございません」
理知的で話の分かる相手、というのがカガリがこの男に抱いた第一印象だった。ギルバート・デュランダル。プラント現最高評議会議長であり、カガリの今回の会談相手である。
差し出された手を握り返し、彼らは言葉を交わす。
「いや、議長にもご多忙のところお時間をいただき、ありがたく思います」
「お国の方はいかがですか? 姫が代表となられてからは実に多くの問題を解決されて、私も盟友として大変嬉しく、また羨ましく思っておりますが」
「まだまだ至らぬことばかりです」
社交辞令的に雑談しながら設えられたソファーに案内される。ゆったりとした物腰のデュランダル議長に対してカガリは緊張で硬くなりつつ用意された席に腰を下ろす。
「で、この情勢下、代表がお忍びでそれも火急の用件とは一体どうしたことでしょうか? 我が方の大使の伝えるところでは大分複雑な案件のご相談、ということでしょうが」
いきなり口火を切ったのは議長からであった。カガリが議長を見やると、彼はニコニコとその笑みを崩してはいなかった。どうやらこちらの出方を窺い楽しんでいるらしい。
ムッとしながら彼女は返す。
「私にはそう複雑とも思えないのですが。だが未だにこの案件に対する貴国の明確な返答が得られない、ということはやはり複雑な案件なのでしょうか?」
周囲の随員たちがカガリの物言いにざわざわと戸惑う。傍らの彼女の付き人も顔を青くしているが、構うことなくカガリは一息に用件を突きつける。
「──我が国はプラント、地球連合加盟国双方に対して戦略兵器削減条約を提案し、その第一工程として貴国で生産されたNジャマ―キャンセラーの保有数の国際的調査の受け入れ許可を申し出ている。だが、未だ貴国からの返答がいただけない」
ふむ、と考え込む素振りを見せるデュランダル議長。
戦略兵器削減条約。オーブが主導するコズミック・イラ初の戦略兵器に関する軍縮案である。前大戦において猛威を振るった核を筆頭とする大量破壊兵器、それらを国際管理の下、削減を図る、というものである。その準備段階として連合、プラント各国が保有するNジャマ―キャンセラー──核分裂反応を抑制するNジャマ―の影響を打ち消す装置、の全体数把握の為の国際機関による調査をオーブは提案していた。だが両陣営からの返答が数か月経ってもないことに痺れを切らしたカガリが今回非公式での会談を申し入れるに至ったのであった。
カガリの熱の入った問いかけに、だがデュランダル議長はその微笑を崩さずに応じる。
「お言葉ですが姫、我々はあの血のバレンタインの悲劇以後、全ての核を廃棄すると誓ったのです。大戦末期には〝ジェネシス〟という過ちを犯しもしましたが……。ですが以来、核並びに関連兵器の研究開発は全て停止しているのです。現時点での我が国におけるNジャマ―キャンセラーは先にお渡しした資料の通り発電用に転用したものと解体待ちの廃棄済みのもののみです」
事前に渡された数ページほどの資料をカガリは思い出し顔をしかめる。たったあれだけの文章だけで納得してほしいと? だがここでそう彼に問いかけたとしてもはぐらかされるのがオチだろう。
「だから、条約を結ぶ必要はないと?」
カガリはあえて詰め寄るように迫る。
「いいえ、そうは言ってません。ただ、まだ各国とも課題が山積する中、国際的な条約の締結に動くには時期尚早である、と私は申しているだけです」
やはり議長は涼しく受け流す。彼のいうことにも一理ある、とカガリは押し黙るしかなかった。正直連合の占領から解放されたオーブも国内に問題は山のように抱えているのが実情だ。
確かにカガリは前大戦において実戦を経験し、戦後オーブの復興に象徴として立った救国の英雄と称される存在であったが、政治という戦場においては経験不足のひよっこ同然である。カガリ自身自らの力で成し遂げたとは全く思っておらず、支えてくれたキサカや前代表であった叔父ホムラたちの尽力があってのことだ。
だが、だからこそこの不安定な情勢にこそ平和のための歩み寄りの努力を怠ってはならないとカガリは考えていた。
議長は彼女の苦悩する表情を見て提案する。
「ちょうどいい機会です。気分転換に外を見て回りませんか?」
ルナマリアと工廠で別れた後、シンとヨウランは基地内を軍用エレカで移動する。
工廠エリアは活気づいている、といえば聞こえは良いが、その実どこもかしこも雑然とした様子で、整備員や式典警備の兵士たちの怒鳴り声が木霊していた。ヨウランがその様子を見ながら顔をしかめる。
「うへえ。なんかもうごちゃごちゃだな、おい」
「仕方ないだろ。こんな大規模な式典、初めての奴も多いわけだし」
そのまま工廠区を走り抜け、造船ドックの区画に着くと、車を停車する。彼らの目の前には淡いグレーの戦艦が係留されていた。
全長約350メートル、前方に突き出た流線形の艦首の両舷に大きな可変翼が広がる。船体中央部には小型機用のカタパルトが見られ、両舷部にもモビルスーツ用カタパルトが設置されている。翼縁や艦底部は赤に塗り分けられ、それまでのザフト軍艦艇とは異なる設計思想と意匠を持つように見て取れる。“ミネルバ”。ローマ神話における知恵の女神の名を冠したザフト軍新造戦艦の名であり、士官学校アカデミーを卒業したばかりの彼らが配属される艦であった。
その巨大な船体には物資を積み込むガントリークレーンやメンテナンス用の足場が囲み、角砂糖を取り囲む働きアリよろしく整備員たちが最終作業を進めている。
「まあ、これで“ミネルバ”もお前の“インパルス”も実戦配備だ。ま、つっても実戦になんてならないだろうけどな」
「当たり前だろ。誰が好き好んで戦争なんか始めるか?」
ヨウランと話しながらタラップを歩いていき艦内へと入ろうとしたところで、ふと胸騒ぎを感じてもう一度“ミネルバ”の威容を見上げた。
ユニウス条約が締結されて地球連合との戦争は停戦状態にあるのだ。実戦配備と言っても、そのまま戦争に陥るなんてシンには考えられなかった。誰だって平和を望んでいるのだ。それをわざわざ崩して世界を混乱させるなんて正気の沙汰ではない。
そう思っても、シンの胸中からはその不安は無くなろうとしなかった。
「代表は先の戦争でも、自らMSに乗って戦われた勇敢なお方だ」
会談の場所は移り、議長の案内でカガリたちはアーモリーワン基地内の進水式準備の様子を見学していた。MSがミニチュアサイズに思えるほど巨大な格納庫やメンテナンスベッドが立ち並ぶ中を議長と、カガリ、そして側近や護衛が付き従い歩いていく。パイロットでもあったカガリとしては整備されている機体にも目がいく。多くは前大戦で主力であった“ジン”や“シグー”だが、中には現行主力機の“ゲイツ”の改修型と思われる機体もみられる。薄黄色に塗装された重武装の機体はおそらく“ザウート”の後継機なのだろう。
「また、最後まで圧力に屈せず、自国の理念を貫かれたオーブの獅子、ウズミ様の後継者でもいらっしゃる」
父の名前を出されて、カガリは少し気後れしたような表情になる。
オーブの理念と中立を保つために地球連合軍の侵攻に断固として抵抗し、そのオーブの理念をカガリたちに託した後、マスドライバー施設と共に爆死した。壮絶な生き様は今も尚、彼女の心の中に刻まれている。
「ならば今この世界情勢の中、我々はどうあるべきか。よくお分かりとの事と思いますが?」
デュランダル議長の問いかけにカガリはハッとし、答えた。
「我々は自国の理念を守り抜く。それだけです」
「他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない」
そうだ、と彼女は肯く。同意を得られた様子に笑みを浮かべるデュランダルは続ける。
「それは我々もむろん同じです。そうであれたら一番良い。だが、力無くばそれは叶わない」
ハンガーの中に並んだ機体を議長は指し示した。カガリはその機体に息をのむ。
「ZGMF-521“シグーⅡ”。統合開発計画においてロールアウトされた我が軍の次期主力モビルスーツです」
ライトグレーを基調とした新型は、“シグー”とよく似たフォルムを有しているが、全体的に洗練された様に見える。背部にあった特徴的なバインダー状のスラスターユニットがオミットされた代わりに連合のストライカーパックのような装備を接続するコネクターが見える。
誇らしげに説明する議長はにこやかな笑みを崩さず続ける。
「そして、それは代表の方が良くお分かりのはずです。だからこそオーブも軍備を整えていらっしゃるのでしょう?」
勿論綺麗ごとだけで中立が保たれる訳でない。事実、前大戦終盤には大西洋連邦の侵攻により、オーブはその国土を占領された。オーブが主権を取り戻した後、軍備再編したのも、今ザフトや連合がユニウス条約に基づく戦力整備を進めていることも頭の中では理解している。
「しかしならば何故、何を怖がっているのでしょうか、貴方は? 通常戦力にしろ大量破壊兵器にしろ本来の目的は抑止。賢明な者であれば、核やそれに類する力をそう簡単には使わないでしょう」
「それが甘い考えだと言っているんだ私は!」
アラスカ、JOSH—Aを崩壊させたサイクロプス。プラントへと放たれた核ミサイル。そして月面の連合軍基地を一瞬にして蒸発させたジェネシス。それだけでない。たった一発のビームが、ミサイルが、拳銃の弾丸が仲間を、肉親を傷つけ、殺した光景を彼女は目の当たりにしていた。
禍々しいまでの兵器の力の恐怖とそれらが引き起こした惨劇を繰り返してはならないと、デュランダルに訴えかける。
「強すぎる力はまた争いを呼ぶ! だからこそ我々は二度とあのような力を手にしてはならないのだ!」
「いいえ姫。争いが無くならぬからこそ、力が必要なのです」
余裕ある笑みを崩さない議長にカガリは何故か一瞬薄ら寒い感触を覚え、立ち尽くした。
*
スティング・オークレーはアーケード街を抜けた先、指定された場所で待機していた。傍らにはお仲間のアウル・ニーダとステラ・ルーシェの姿もある。背後にある有機ディスプレイのデジタルボードには数々の広告とプラントが映る宇宙空間の映像がループしている。
「なーんか地球とあんまり変わんないよな。つまんねえー」
広告映像を見るのに飽きたアウルが退屈そうに愚痴を呟き、一方ステラは街灯にとまって羽を繕う小鳥たちに目を向けうんともすんとも言わない。
「でもプラントって毎日晴れでいいよな。天気予報いらねーじゃん?」
「バーカ、雨くらい降るさ、プラントだって」
スティングは苦笑しながら相棒の間違いに口を挟む。アウルは耳を疑うように彼の方を向く。
「え、うっそ! なんでわざわざ雨なんか降らさなきゃなんないんだよ!」
「コロニー生態系とやらがあるんだと。雨降らないと木や草なんかは枯れるし」
「ふーん。でも雨降りはヤダね、服とか濡れるし。な、ステラ?」
同意を求められた彼女は肯く。いつの間にか小鳥たちは飛び去り、代わりに一台の軍用車両が彼らの傍に近づいてきた。ザフト軍の制服を着た者たちはスティングたちを乗せると軍事工廠の敷地内へと入っていく。モビルスーツや車両が行き交う中を進み、一つの格納庫の前で停車する。
傍から見れば、式典に招待されたVIPとそれを案内する兵士たちに見える。不審に思う者たちはおらず、彼らが格納庫の中に入るのを咎める者はいなかった。
案内していた兵士の一人が、物陰まで進むと鞄の中から銃器やナイフなどと何らかのIDカードを人数分取り出し、スティングたちに渡した。慣れた手つきでマガジンを装填し、セーフティを外す。彼らの中でスイッチが入り、纏う雰囲気がガラリと変わる。
ハンドサインを合図に格納庫内部で作業する整備員や警備兵たちに一斉に銃撃を浴びせる。スティングが両手に構えたセミオート式のグレネードランチャーから榴弾をばら撒かれ、格納庫内に爆炎があがり、黒煙がたち込める。
突然の事態に、その多くが爆風に体中を引き裂かれるか頭を撃ち抜かれて絶命するか、脊髄や肋骨を内臓と一緒に銃弾でかき混ぜられてその場で蹲るかになった。撃ち返そうとして拳銃を抜こうとした者もいたが、ステラが肉食獣を思わせる俊敏性で、懐に飛び込み喉を搔き切る。わずか数秒のことだった。
「オスカー! くそっ!」
ザフト兵の一人が、撃ち殺された仲間の名を叫び、襲撃者たちの一人を素早く撃ち殺すも多勢に無勢で、負傷した仲間を引き摺り後退していく。
ものの数十秒で格納庫内の制圧が完了し、残されたのは死体と血痕やばら撒かれた空薬莢、スティングたち襲撃側の人員だけであった。
「よし、いくぞ!」
スティングの指示で、三人はそれぞれ三機のMSへと走りコクピットへと侵入する。機体にはロックがかかっていたが、彼らはカードキーでそれを難無く解除する。シートに滑り込むとOSを立ち上げ、機体のセットアップを戦闘用のものに設定していく。
「量子触媒反応、パワーフロー良好。オールウェポンズフリー。IFF書き換え完了。システム、戦闘ステータスで起動」
起動準備を瞬時に完了させて、操縦桿を引く。エンジン音が格納庫を満たし、メンテナンスベッドに備え付けられた拘束具のような固定ロックがはじけ飛ぶ。三人が乗るモビルスーツが立ち上がり、格納庫の正面扉へと歩を進めたところで生き残った兵士がボタンを押したのか、けたたましい警報音がハンガーの中に鳴り響く。だが、一歩遅い。
スティングが奪った強襲用の機体、ZGMF-X24S“カオス”はモスグリーンを基調とした装甲色へと変化する。アウルのZGMF-X31S“アビス”はネイビーブルーと白に、ステラの乗るZGMF-X88S“ガイア”は黒の機体色へと変貌した。
三機のモビルスーツは各々の得物を隔壁へと向け、躊躇なくそれを放つ。熱したガラス板に穴をあけるようにあっけなく貫かれた格納庫の隔壁が爆発し、三機の威容を見せつける。
「まず、ハンガーを潰す。MSが出てくるぞ。アウル、お前は脱出路確保だ」
「りょーかい。ステラ、お前は左」
「わかった」
スティングの指示にアウル、ステラが従いそれぞれ手にしたビームライフルやミサイルで周囲の建造物や起動前のMSを破壊していった。
*
「なんだ……?」
議長との舌戦のさなか、突如鳴り響く警報音にその場にいる全員が周囲を見回した。
と、一棟の格納庫から幾筋ものビームが伸び、向かいの格納庫へと飛び込む。推進剤か弾薬が誘爆したのか、盛大な爆発を起こして格納庫が崩壊する。真っ黒な爆風が襲い掛かるも、整備車両の陰にいたことで彼らは難を逃れた。
「六番ハンガーの新型が強奪だと!」
議長が報告に驚愕する中、カガリは爆炎の中に現れた機体を見て愕然とする。特徴的なデュアルアイセンサーに額から伸びたブレイドアンテナは……。
「あれは、ガンダム!」
かつて彼女やその親友たちが駆った機体とよく似た風貌の機体が、次々と格納庫とモビルスーツ、その整備施設を瓦礫と残骸の山へと変えていく姿に言葉を失う。
すぐさま、駐留部隊が強奪された機体を取り押さえようと押っ取り刀で駆け付けようとするも、格納庫と中に格納されていた機体を優先的に破壊された結果、即応できる機体は限られることとなった。式典用の“ジン”や警備車両などで応戦するも実体弾やミサイルを主力とする機体では強奪機体の
「姫をシェルターへ!」
目の前のカタストロフに茫然としていたカガリは、議長の声にハッと我に返る。随員の一人が「こちらへ!」と先導するのに従い、彼女とその付き人が続く。
「何としても取り押さえるのだ! “ミネルバ”にも応援を頼め!」
さすがというべきか、デュランダルは既に冷静さを取り戻し、次々と指示を出している。その声を背中にカガリはただ、走るしかなかった。
先ほどまで青空が見えていた空は、黒煙で塗りつぶされて周囲にはオイルや金属が焼ける異様な臭いがたち込める。あの三機の“ガンダム”タイプの機体の能力は圧倒的であった。迎撃する“ジン”や“シグー”の攻撃をもろともせず、襲い掛かった黒い機体は四足歩行形態に移行すると、背部のビームブレイドを閃かせ、“ジン”と“シグー”を腰部で真っ二つにして見せた。青色の機体は両肩のバインダーから幾条ものビームを飛来する“ディン”数機へと浴びせかけ、貫かれた機体が爆発しながら工廠へと落ちていく。
先導に従い、格納庫の間を走る。が、甲高い音が頭上で響き渡るのにカガリがハッと気づく。だが、同時に遅い、と感じ取り、体が凍り付く。
「伏せろ!」
何者かに突き飛ばされるように建物の陰へと押し倒された。瞬間、数発のミサイルが周囲に着弾し、先ほどまでいた場所を爆発と炎が焦がす。反応に遅れた随員たちが炎にのまれるのをただ見ることしかできなかった。
「──君、大丈夫か……?」
爆発音で麻痺しかけた耳がようやく機能を取り戻し、聞き覚えのある理知的な声音にカガリは見上げた。そこには驚きに満ちた表情のアスラン・ザラがいた。
かつて共に戦争を終わらせるために戦った戦友であり、今はザフト軍に復帰していたと聞いていた彼とこんなところで再開するとは彼女も思っていなかった。
「な、アスラン?」
「カ、カガリ……!? どうして君がプラントに」
「いや、議長と私が会談していて、その後騒ぎに巻き込まれて……。 あ、カツラギは?」
振り向くが、そこには火と瓦礫とモビルスーツの残骸だけが転がっていた。護衛の者たちがいた場所は爆発で黒く焼け焦げた大きな穴が穿たれ、彼らの姿はどこにもなかった。
「──ああ……そんな……」
「カガリ、立つんだ!」
愕然と戸惑うカガリの手を引き、アスランはどうにか戦闘区域から離れようと逃げ道を探す。が、既に周囲には格納庫が倒壊してできた瓦礫が散乱し、燃料に引火して辺りは火の海へと変貌している。彼女だけでも助けられないかと、周囲を見回す彼は瓦礫と炎の中に横たわる一機のモビルスーツ、“シグーⅡ”に気が付く。
「……カガリ、来い!」
「え!?」
有無を言わさず、彼女を連れて機体へとよじ登る。幸いコクピットのロックは自分のIDカードキーで解除できた。シートへと座り、起動ボタンを押し込む。
「アスラン、お前!」
ハッとカガリが彼の行いを咎めるように声を上げるが、アスランは構わず素早くOSを立ち上げ、起動シークエンスを続ける。
「こんな所で君を死なせる訳にいくか!」
簡易自己診断プログラムが各部の状態をコンソール画面に表示される。幸い主動力と駆動系に問題はないが、電装系に損傷を示すイエローサインが灯る。動けるのなら問題はない、と無視して“シグーⅡ”の身を起こさせた。エンジンが吠え、フレームの軋む音を響かせながら、機体を起こすことになんとか成功する。
これなら戦域から離脱できるか、とアスランは考えたが、目の前に強奪された内の一機が現れ、こちらへとライフルを向ける。
「ちっ!」
咄嗟にステップ回避をとり、続けざまにタックルを敵機にかます。突然の反撃に虚を突かれた黒い機体、“ガイア”はまともにタックルを受けて後ろに吹き飛ぶ。だが、今の衝撃で左腕の駆動系に異常を示す赤いランプが灯る。アスランの背中に冷たい汗が流れる。一方、“ガイア”は反撃が頭にきたかのように、ビームサーベルを抜くと遮二無二それで斬りかかってきた。アスランは悲鳴を上げる機体を何とか操り、それを回避し、離脱のチャンスを窺う。
「アスラン、後ろ!」
「な!?」
応援に現れたもう一機の接近に反応が遅れた。モスグリーンの機体が振り下ろすビームサーベルをかわしきれず、左腕を斬り飛ばされる。
やられる、と戦慄が走ったその直後。
追撃を入れようとした“カオス”の背中を爆風が襲い掛かった。
*
戦艦“ミネルバ”の中では、慌ただしくモビルスーツ発進シークエンスが進められていた。緊張に顔を引き締めた整備員たちが速やかにチェックリストを消化し、機体の出撃準備を完了させていく。
『“インパルス”発進スタンバイ。パイロットは“コアスプレンダー”へ』
管制に従い、シンはモビルスーツデッキへと駆け込む。アカデミーを優秀な成績で卒業した証である赤いパイロットスーツに身を包んだ彼はハンガーに用意された愛機、“コアスプレンダー”と呼ばれる新型戦闘機へと飛び込み、システムを起動する。
『モジュールはソードを選択。シルエットハンガー二号を開放します。シルエットフライヤー、射出スタンバイ』
ヨウランと共に機体の最終チェックに当たろうとしていたところ、突如として警報が発令された。状況もつかめないままブリーフィングルームへと招集されると、工廠内で新型機が奪取された、との連絡が入ったきり情報が錯綜しているとのことだった。
(いったい誰だよ! こんな騒ぎ起こすバカは!)
事態を招いた誰かを罵りながら、機体のステータスチェックを終える。発進シークエンスが進み、“コアスプレンダー”を乗せたリフトが中央カタパルトへと接続される。カタパルトハッチが開放され、コロニーの青空が隙間から覗くのが見える。スロットルレバーを操作し、エンジンが唸りを上げて回転数を上げる。
『ハッチ開放、射出システムのエンゲージを確認。カタパルト電圧正常。進路クリア、“コアスプレンダー”発進、どうぞ!』
「シン・アスカ、“コアスプレンダー”、行きます!」
スロットルを全開にし、同時に電磁カタパルトが青と白の機体を矢のように加速させる。発生したGが身体をシートに押し付ける感覚に耐える。視界が開けると同時に、操縦桿を引き、機体を旋回させる。眼下には未だ戦闘が続く工廠が広がり、シンは愕然と目を見開く。格納庫の多くが倒壊し、迎撃に出たモビルスーツもまた大破し擱座している機体が目に付く。なぜこんな事を、という疑問が一瞬浮かび、さっき工廠で別れたルナマリアや顔を合わせて挨拶した同僚たちの顔がよぎる。
(人の陣地で好き勝手しやがって……!)
怒りのままに機首を戦闘エリアへと向け、エンジンが許す限り加速し、機体を走らせる。黒煙にまみれた空を飛び、シンの眼とレーダーはまもなく目標をとらえた。
見れば“ガイア”が“シグーⅡ”へと襲い掛かるのが見えた。“シグーⅡ”はどこか損傷しているのか、ぎこちない動きで、防戦一方の様相を呈している。と、“ガイア”を援護するように“カオス”がその場に割って入る。振るわれたビームサーベルが“シグーⅡ”の左腕を斬り飛ばす。
「!」
それを見た瞬間にシンは、操縦桿のトリガーを押し込んでいた。放たれた二発の多目的ミサイルはとどめを刺そうとした“カオス”の背面で炸裂し、そのバランスを崩す。その隙に味方機は攻撃レンジから退避したのを見て、シンは心の中でホッと息をつく。その間も彼の両手は機体の操作を続ける。一度、上空へとフライパスし、そこで、“ミネルバ”から続けて射出されたユニットと相対速度を合わせる。“コアスプレンダー”の機首が変形し、主翼も折りたたまれる。後方から接近したユニットとの間にビーコンが送受信され、二つのパーツが空中で接触、接合した。続けて牽引用フライトパーツを分離した前方ユニットとの接続を終えると、その機体はモビルスーツの姿へと変貌する。最後に、“シルエットフライヤー”と呼ばれる無人機が運んだ二振りの長剣を装備するユニットがパージされ、モビルスーツの背部ジョイントに装着された。
合体を終えたのを確認したシンは一つのボタンを押し込む。と、機体は鮮やかな赤と白に色づく。この機体もまたPS装甲を有しているのだ。
シンはコロニーの重力に牽かれて降下する機を操作し、背中の二本の長剣を抜き放ちながら地上へと降り立たせた。
ZGMF-X56S“インパルス”と呼ばれる機体を操り、二刀を結合させ一振りの長大な剣へと変化させたそれを振りかぶる。
「何で、こんなことを……!」
なぜまた戦争を起こそうとする。
なんで再びあんな惨劇を繰り返そうとする。
かつての悲劇を脳裏に浮かべながら、シンは怒りを滲ませ血を吐くような勢いで目の前の敵たちへと叫ぶ。
「また戦争がしたいのか!? あんたたちは!」
皆様大変長らくお待たせいたしました。野澤瀬名です。
SEEDは僕が一番最初に出会ったガンダムシリーズであり、TV放送以来18~19年もファンである作品です。ストライクかっこいいよね。ムウさんがドミニオンのローエングリンから身を挺してアークエンジェルを庇うところとか涙なしでは見られないですよホント。あと、クルーゼの復讐劇とか……(長くなるので割愛)
そんなSEED愛が爆発してしまって気が付いたらプロット書き進めていました。DESTINYの主人公、シン・アスカ君の成長を、そしてコズミック・イラに吹き荒れる戦乱を丁寧に描写していければいいな、と思います。頑張ります!