機動戦士ガンダムSEED Re:DESTINY   作:野澤瀬名

2 / 8
ウィンダムがHGで出たんだからゲイツもお願いしやす


PHASE.02 戦いを呼ぶもの 

 炎上し黒く焦げた車両。爆撃によってひび割れ破壊された道路。モビルスーツが墜落し崩壊したビルの瓦礫。

 それらを踏み越え、赤と白の機体は猛然とステラの“ガイア”へと斬りかかる。

 

『なんだ、コイツ!?』

 

 ぶんと振り回された対艦刀をシールドで防ぐも、受け止めきれず、“ガイア”は頭部バルカンを連射しつつ後方へと退避しようとする。が、敵機は放たれた二十ミリの高速硬芯徹甲弾を物ともせずに腰からビームライフルを抜くと“ガイア”を狙い撃つ。

 こいつにもPS装甲が装備されている? 、とスティングは驚愕する。つまりは自分たちが奪った三機とほぼ同等の機体スペックを有していると考えるべきだろう。だが、事前ブリーフィングではあんな機体が存在している、という情報はなかったはずだ。援護射撃にビームライフルを数発撃ちこみながら彼は毒づく。

 

「あれも新型か!? くそ、事前データには無いぞ? “インパルス”?」

 

 “カオス”内部のコンピュータに登録された識別情報を見て、スティングは舌打ちする。

 一方業を煮やしたステラは“ガイア”を四足歩行形態に変形させ、自分を吹き飛ばしたモビルスーツに襲い掛かる。が、それを見た敵機は対艦刀の接続を解くと、取り回しの良くなった二刀で討ちかかる。

 回避したのも束の間、ステラは迫る巨大な刃に眼を見開く。投げつけられた長剣をシールドを掲げて弾くも、大きくバランスを崩した機体は背中から大地に叩きつけられた。

 スティングはその戦い方を見て、内心舌を巻く。機体のスペックだけでなく、中身も相当の手練れだ。

 と、まだ被害の少ない地区から援軍として飛来した“ジン”がマシンガンを撃ち掛けるも横合いから伸びたビームの火線に絡めとられ、空中で爆散した。“ジン”を撃ち落としたアウルがスティングに問い詰める。

 

『なんだよアレ! スティング、どうすんのさ?』

「俺に聞くな! くそ、ネオの奴いいかげんな情報寄越しやがって!」

 

 ここにはいない上官を呪うも、それで敵機がいなくなるわけではない。それにここで時間をかければ混乱から立ち直った敵に包囲されるのは明白だ。そうなれば奇襲の利は無くなり撃破されるのは避けられない。

 

『追撃されても面倒だ! アウル、援護任せるぞ!』

 

 スティングが命じ、赤と白の敵機へと“カオス”を走らせる。本来ならすぐにでも撤収するべきだが、コイツが健在なまま背中を見せるのは得策ではない。なら、三機で取り囲んで行動不能にするだけだ。

 

『ハ、首でも土産にしようって?』

 

 嘲笑うような調子言い返しながらで、アウルもそれに続く。

 

『カッコ悪いってんじゃね、そういうの!』

 

 

 スティングたちが突然の乱入に対応している同時刻。

 アーモリーワンの外部に広がる、漆黒の宇宙に一隻の戦艦が音もなく静かに航行していた。だが、その存在は肉眼はおろか電波、赤外線レーダーなどの観測機器すら掻い潜る。

 強襲特務艦“ガーティ・ルー”。かつての地球連合軍で活躍した“アークエンジェル”級の流れを汲む、非正規特殊任務用に極秘建造された艦である。その艦橋で席に腰掛ける男の腕時計のアラームが鳴り響き、行動開始時刻を知らせる。

 

「よーし、行こう! 慎ましくな?」

 

 男のくだけた号令と共に、艦橋の人員が慌ただしく活動を始める。隣の艦長席に座る謹厳そうでがっしりとした体格の男、イアン・リー少佐が次々と指示を下す。

 

「第一種戦闘配備発令!“ゴッドフリート”一番二番起動、アンチビーム爆雷装填、ミサイル発射管、“スレッジハマー”装填! モビルスーツ隊は発進準備急げ!」

「イザワ機、バルト機はカタパルトへ」

 

 メインモニターにはこちらに気付くことなく航行を続けるザフト軍ナスカ級高速戦艦が二隻と、奥には真空の宇宙空間に浮かぶ砂時計、プラントと呼称されるコロニーの一基、アーモリーワンの姿が映し出されている。

 不敵な笑みを浮かべて、それを見る男は周囲の兵士たちが着用する地球連合軍の軍服とは少し違う黒を基調とする制服を纏っている。だが、それ以上に、頭部を覆い隠すような無機質な黒いマスクが異様な雰囲気を醸し出している。だが、周囲の兵士たちはそのことを当然のように気にすることはない。

 彼の名はネオ・ロアノーク。地球連合軍第81独立機動群、ファントムペインと呼称される特殊部隊の一隊を率いる大佐であった。

 無機質な外見とは相反するおどけた調子で、ネオは指示を下す。

 

「主砲照準、左舷前方ナスカ級。発射と共に“ミラージュコロイド”を解除、機関最大。さあて、ようやくちょっとは面白くなるぞ諸君」

 

 ネオの陽気な調子の軽口にそれまで仏頂面だったイアンがふっと笑みを浮かべて、号令を下した。

 

「“ゴッドフリート”、てェッ!」

 

 Mk.71 225センチ連装高エネルギー収束火線砲“ゴッドフリート”から極太のビームが放たれ、それがナスカ級の機関部をまっすぐ貫く。ナスカ級は破壊されたエンジンが火を噴き、艦体を引き裂くようにして爆発した。

 

 

 

 *

 

 

 

『“ハーシェル”被弾!』

『“フーリエ”にミサイル接近! 数、十八!』

 

 アーモリーワン軍港管制塔は、いまや蜂の巣をつついたような状況だった。

 突如として放たれたビームに船体を貫かれ、爆散した友軍艦艇の姿がメインモニターに映し出される。先の軍工廠エリアでの強奪騒ぎで、アーモリーワン外部に哨戒配置に出したナスカ級が一撃で撃沈されたのだ。

 発砲したと思われる戦艦はなおも艦砲とミサイルを放ちながら、もう一隻の友軍艦へと近づいていく。

 

『不明艦補足、数、一! オレンジ二十五マーク八ブラボー、距離二千三百! 熱紋ライブラリー照合……ありません、艦影不明(アンノウン)です!』

 

 そんな位置に、ステルスなのか、と士官たちの間にざわめきが広がる。

 

「“ミラージュコロイド”!?」

 

 管制官の一人が口にした可能性とその意味が一堂に浸透し、更なる混乱を呼び起こす。可視光線や赤外線をはじめとする電磁波を偏向、変質させる特殊粒子による光学迷彩技術。前大戦で猛威を振るったこの技術はユニウス条約において軍事的な迷彩目的での使用が禁止されている。にもかかわらず関わらずその技術が搭載された大型の軍用艦艇が存在するということは、現ユニウス体制を根幹から破壊する可能性そのものである。そして“ミラージュコロイド”の技術を有する軍事組織はザフト軍と地球連合軍ぐらいだ。

 管制指揮を執る男性士官が指示を矢継ぎ早に出していく。

 

「モビルスーツ隊は直ちにスクランブル! 停泊中の“ラヴォアジェ”、“ローレンツ”は緊急出港せよ!」

 

 指示を受けて停泊していた二隻のローラシア級フリゲートの停泊用アンカーが解除され、軍港の外へ向かって進み始める。その時死角となっていた港の構造体の陰から二つの巨大な人型が躍り出る。黒い熱・電波吸収塗料で塗られたその機体は地球連合軍の運用するGAT-02L2/N“ダークダガ―L”であった。

 手にした390ミリのMk.39無反動砲から矢継ぎ早に発射された対装甲成形炸薬弾はローラシア級の艦橋とエンジンを正確に撃ち抜き破壊する。一隻は機関部から盛大な爆発を起こして擱座し、もう一隻はその余波を受け、管制塔にそのまま突っ込んだ。恐らく中にいた人間は逃げることもままならないまま死を迎えたことだろう。

二機の“ダークダガ―L”はその惨事を見ることなく、さらに港内の重要と思われるハッチや隔壁、構造物に砲弾を叩き込んでいく。

 爆発と艦の残骸が港内を埋め尽くし、その機能は完全に失われた。

 

 

 

「アスラン……!」

 

 大きな地響きを感じ取り、カガリは不安げに四方のモニターから周囲を窺う。大きさや響き方からコロニー内部での爆発ではないと、アスランは直感する。

 

「外からの攻撃だ。港か……?」

 

 新型機三機を強奪したのが、どこかの部隊であるのなら、外に運び出した後に逃走するための船が用意されていると考えるのが妥当だ。その船から攻撃を受けたと推測できる。彼の脳裏に前大戦の光景がありありとよみがえる。アスランも所属していたザフト軍襲撃部隊による地球軍の新型モビルスーツ強奪事件。その戦闘の余波を受けて崩壊したオーブのコロニー“ヘリオポリス”。

 ここで再びその惨劇を引き起こすのか、とアスランに戦慄が走る。

 助太刀に入ってきた赤と白の機体“インパルス”は対艦刀を振り回し、“ガイア”を追い詰めようとする。が、その背後から残りの二機が接近する。“カオス”で寸前まで射線を隠し、ジャンプすると同時にその後ろから“アビス”が胸部カリドゥス複相ビーム砲を放つ。ギリギリのところで回避するも、体勢を崩したところに真上から緑色の機体が脚部ビームクローで追い打ちをかける。

 その四機の新型機の動きをアスランは眼を見開いて凝視する。セカンドステージシリーズと銘打たれたザフト軍次期主力モビルスーツ実証試験機群の性能自体は開発に携わっていたアスラン自身良く知っているつもりであったが、ここまでの動きを見せつけられるとは思いもしなかった。だが、それ以上に強奪された三機を動かすパイロットに、アスランの驚嘆は向く。今日初めて機体に触れた部外者たちがここまで機体を操れることに、とてつもない違和感を覚える。

 ビーム刃を躱した“インパルス”に“カオス”がビームライフルを向け、その背後からさらに“ガイア”がサーベルを抜き放ち迫る。カガリがハッとし、悲鳴を上げる。

 

「アスラン!」

 

 その時には既に、フットペダルを踏みこみ、操縦桿を操作していた。

 

「掴まっていろ!」

 

 鋭く命じ、“シグーⅡ”を走らせる。

 二機の攻撃をどうにか避けようとした白い機体は、ビームをシールドで防いだところを“ガイア”のサーベル攻撃で地表に叩きつけられた。その決定的な隙を逃さず、青い機体が穂先からビームを出力した槍を振りかざして迫る。その間に、アスランは“シグーⅡ”を滑り込ませ、勢いを殺さないまま、残っていた左肩でタックルをかける。まともに体当たりを受けた“アビス”は後方へと大きく吹き飛び、その隙にアスランは右手に装備していたビームサーベルをスローイングナイフのように“ガイア”へと投擲する。“ガイア”は咄嗟にシールドを掲げ、その表面に激突して激しくスパークを散らした。

 が、そこまでだった。警告を無視して動かし続けた機体に、そのツケが現れる。バランサーが狂ったのか、機体のバランスが保てない。コクピットにロックオン警報が鳴り響く。さっき押し倒した青い機体が胸部の大口径ビーム砲を向けているのを目にしたアスランは鋭い戦慄を感じる。無茶を承知で躱そうと機体を操ろうとして、その瞬間凄まじい衝撃に襲われた。撃ち出されたビームは“シグーⅡ”の右腕をもぎ取り機体は地面に叩きつけられたのだ。その衝撃でシートに掴まっていたカガリの体が、コクピットの中で叩きつけられる。

 

「あぐッ──!」

 

 アスランの膝の上に落ちてきた彼女の体をどうにか受け止めた。と、手にぬるりとした感触を覚えた。慌てて彼女を見ると、ゾッとする量の血が、彼女の頭から流れている。

 

「カガリ!」

『下がれよ! その機体じゃコイツらに勝てない!』

 

 “インパルス”のパイロットからだろうか。激しい口調でアスランに下がるよう訴えると、カバーに入るようにビームライフルを連射する。

 機体は中破し、呼びかけに反応せず、出血の酷いカガリを同行したまま戦闘は続けられない。

 そう判断を下し、アスランはやむなく両腕を失った“シグーⅡ”を後退させた。

 

 

 

「はやく! 入れるだけ開けばいい!」

 

 破壊された格納庫の中、ルナマリアの声が響き渡る。作業員や兵士総出で、まだ使える機体の上から瓦礫を撤去しようと奮闘しているところだった。傍らではチームメイトのレイ・ザ・バレルが静かに愛機のコクピットが開くのを待っている。

 強奪の知らせが入り、レイとルナマリアは搭乗機を目指して走っていたところ、飛来したミサイルが格納庫の天井を破壊したのだった。あと一足先に到着していたら瓦礫の山に潰されていたことを考えると、中々に肝が冷える。

 

「レイ!」

 

 声がかかった瞬間、レイは機体の上へと駆け上がった。開かれたコクピットハッチを潜り、シートへと滑り込む。

 

「中の損傷は分からん。いつも通り動けると思うなよ! 無理だと思ったらすぐ下がれ!」

 

 レイは整備士の注意を聞きながら機体システムを立ち上げていく。ハッチを閉じ、スタッフたちが機体から離れたのをモニターで確認した後、機体を立ち上がらせる。

 通常の配色ではなく、パールグレイを基調とした彼のパーソナルカラーで塗装されたレイ専用の“シグーⅡ”である。

 

『どけ、ルナマリア』

 

 単調に彼女に命じると、もう一機の“シグーⅡ”のハッチを塞いでいた巨大な瓦礫に手をかける。人力では歯が立たなかった鉄筋コンクリートの塊や作業用クレーンのフレームを“シグーⅡ”の手は軽々と持ち上げて見せた。その下から赤い機体が見え、ルナマリアは喜び勇んで、機体のハッチへと向かった。

 

 

 

 中破した“シグーⅡ”が安全域に退却したのを確認し、シンは猛然と“インパルス”を“アビス”へと突貫させる。レーザー刃を出力した対艦刀が敵機へと速く鋭く弧を描くも、“アビス”はそれをいとも容易く躱してみせる。

 

「くそ、奪った機体でこうまで!」

 

 上空から“ディン”の三機編隊が機銃とミサイルランチャーによる援護射撃を加える。直撃を回避した“アビス”にシンは追撃を掛けようとするも、横合いから“ガイア”がサーベルを抜いて飛び掛かってくる。

 

「くそっ!」

 

 長剣を振るった反動をそのままに遠心力を活かしてそのまま“ガイア”へとぶつける。その威力に押されて“ガイア”はスラスターを全開にして空中へと逃れた。シンもそれを追って“インパルス”をジャンプさせる。それを見た“カオス”と“アビス”がそれぞれビームを撃ち掛ける。咄嗟にシールドを展開してそれを防ぐ。が、数条のビームが地上に展開していた“ガズウート”や“ジン”を貫き爆発する。

 その恐るべき威力とこれ以上被害を出せない、という驚愕と焦りにシンの顔が歪む。

 そのとき、もう一撃加えようとした“アビス”に向けてビームが数発飛来し、両肩のシールドではじけた。

 

『シン、離れて!』

 

 通信機からルナマリアの声が入り、驚いたシンがビームの飛来した方を見やる。ルナマリアが乗る赤い“シグーⅡ”とレイが乗るパールグレイの“シグーⅡ”だ。彼女たちが無事であったことにシンは安堵する。

 

『二人とも、ここで墜とすぞ。シンは前衛につけ。バックアップは俺たちがやる』

 

 いつも通り冷静沈着なレイの指示に心強さを感じながら、シンは愛機を飛翔させる。狙い撃とうとした“カオス”にルナマリアが牽制射撃を加えながら威勢よく啖呵を切る。

 

『こんのォ! よくも舐めたマネを!』

 

 攻守が逆転し、強奪された三機は二機の“シグーⅡ”から矢継ぎ早に放たれるビームに翻弄された。

 

 

 

 *

 

 

 

『こいつ、何故墜ちない!?』

 

 ステラが中々撃墜できない白い機体に向けて、憎々しげに吐き捨てる。スティング自身も新型とは言え孤立無援の“インパルス”と半壊した“シグーⅡ”相手にここまで苦戦するとは想定外であった。どうにか死にぞこないは追い返したが、そこに再び援軍が来たとあっては埒が明かない。

 

『スティング、キリがない! こいつのパワーだってもう!』

 余裕を見せていたアウルもさすがに声に焦りが滲む。撤収予定時刻を大幅に超過し、機体のエネルギーも危険域に近づきつつあることを確認したスティングはここまでか、と決断を下す。

 

「さすがに潮時か! 離脱する! ステラ、そいつを振り切れるか!?」

『すぐに沈める!』

「ステラ!」

 

 完全に頭に血が上った彼女は、背部のビーム砲を乱射しながら敵機へと肉薄する。エネルギー切れ間近であることもステラの頭の中には無いようで敵を墜とすことしかもう眼中にないらしい。殺気だった声を挙げながら彼女は敵機へとフルスピードで突撃する。

 

『よくも、私をよくも!』

「離脱しろ! ステラ!」

 

 スティングが怒鳴りつけるも、ステラはなおもビームサーベルを抜き放ち、赤と白の“シグーⅡ”の攻撃も意に介さず、白い敵機へと襲い掛かる。

 

「私が、こんなぁああアア!」

 

 その時だった。通信機にアウルの声が割り込む。

 

『じゃあお前はここで“死ね”よ!』

『え――――――――?』

 

 瞬間、怒りに沸騰しそうな雰囲気を纏っていたステラから殺気が霧散する。

 

「アウルっ!」

 

 余計な真似を! 、とスティングはアウルに毒づく。だが、尚も彼はステラに向かって追い打ちをかける。

 

『ネオには僕から言っといてやるよ、サヨナラってなぁ!』

 

(彼女の中に『死』というイメージが広がっていく。撃たれて『死』ぬ、斬られて『死』ぬ。出血『死』、窒息『死』、溺『死』、餓『死』、焼『死』凍『死』轢『死』『死』『死』死死死死死──)

 

 空中で滞空したままのステラに、ここぞとばかりに白い機体がビームブーメランを投げつける。直撃する寸前でスティングが割って入り、ビームサーベルでそれを両断する。

 スティングは通信機に向かって『余計な一言』をぶちまけた相方に怒鳴る。

 

「やめろアウル! おまえ!」

『止まんないじゃん。しょうがないだろ?』

 

 悪びれる様子もないアウルにスティングは苛立ちを覚える。『言葉』を使うのは最終手段であるのに、それをわざわざ敵の目の前で考え無しに使いやがって、と、アウルに内心で悪態をつきつつ、どうにかしてステラを離脱させなければと考えたところで、通信機から彼女の悲鳴が響き渡る。

 

『死ぬ……? 私……、ダメ、嫌……いやああああアアアア!』

 

 コロニー天頂部を目指して文字通り逃げるように急加速するステラの“ガイア”を見てアウルはほくそ笑みながらスティングに言い放つ。

 

『な? 結果オーライだろ!』

 

 何が結果オーライ、だ。後でネオにどやされるのは俺なんだぞ。

 スティングは舌打ちし、撤収する“ガイア”をカバーしながらその後を追った。

 

 

 

 *

 

 

 

 突然“ガイア”が港湾施設の方向に向けて猛スピードで逃走を始めた。それに続く形で残る二機も離脱を図る。あまりに唐突すぎる退却にシンは理解が追いつかずに困惑する。

 

『追撃するぞ、シン、ルナマリア!』

 

 レイが即座に判断を下し、逃走する三機に追走する。それを見るなり、シンとルナマリアもスラスターを全開にして追跡に入ろうとする。

 が、突然ルナマリアの“シグーⅡ”のスラスターが火を噴いた。

 

『な、エンジントラブルって!?』

 機体トラブルの影響でルナマリアの機体は盛大に黒い煙を吹きながら高度を落としていく。シンはルナマリアに向かって通信機越しに安否を確認する。

 

「ルナ! 無事か!?」

『私は大丈夫だから! 二人とも行って!』

 

 いつも通りの声に安心し、シンは再びスロットルを開いて敵機を猛追する。

 何がどうあれ、このまま三機とも逃がすわけにはいかない。

 

 

 

『第三弾薬庫への注水急げ! 引火したら手が付けられんぞ!』

『負傷者はD5エリアの救護班テントに搬送! 重傷者を優先だ! 動けるものは自力で向かわせろ!』

『パイロットは機体と共に“ミネルバ”に向かえ。議長の護衛を頼む!』

 

 今なお炎上し続ける工廠を見やりながら、アスランは苦いものを感じる。たとえそれが強奪されたとはいえ自分たちが作った兵器によってこの惨劇を引き起こしたことに、彼は恐怖とも後悔ともいえる複雑な感情を抱く。

 と、気を失っていたカガリが腕の中で身じろぐ。アスランはハッとし、彼女に目をやる。血糊がべったりとついた瞼が開き、その下から金色の瞳が見え、アスランは安堵の息を漏らした。

 

「……ア、スラン?」

 

 掠れた声で彼女が呟き、身を起こそうとするのをアスランは制止する。

 

「止せカガリ! 血は止めたけど応急処置だ。動かない方がいい」

「ああ……」

 

 青い顔だったが、彼女は微笑んでみせた。そんな彼女の姿を見てアスランの中に悔恨の念が生まれる。

 

「すまなかった、つい……」

 

 やはり彼女を連れて戦うべきではなかった。結果として大怪我を負わせてしまったのだから、自分の判断は間違っていた、と彼は謝罪の言葉を探す。と、カガリは何でもないように言う。

 

「……いいんだ。おまえがああしなきゃ、あのガンダムはやられていただろう?」

 

 思わず、アスランは彼女の顔を見やる。微笑みを向けていた彼女は、しかしモニターに目を移すとその表情は暗く沈む。

 墜落した“ディン”によって崩落したビルの周辺には救助隊が殺到し、脚部と頭部を破壊され動かなくなった“ガズウート”のコクピットからは傷ついたパイロットが運び出されている。

 暗い雰囲気を振り払うように、アスランはカガリに話しかける。

 

「ひとまず、ドックの方は無事らしい。デュランダル議長も“ミネルバ”に入られたとのことだ。俺たちもそちらに行こう」

 

 自分はともかく、カガリは部外者だ。この混乱の中、彼女の身元を保証するとなると議長の協力が必要不可欠になるだろう。瓦礫が散乱し、火災によって有毒ガスが発生している工廠区では下手に機体から降りるわけにもいかない。

 軋む機体を労りつつ、アスランは“ミネルバ”が停泊するドックへと“シグーⅡ”を歩かせた。

 

 

 

 *

 

 

 

 艦体のいたる所に大穴を開けたナスカ級はなおも反撃の砲火を絶やしていなかった。が、その機関部に“ガーティ・ルー”の主砲が直撃し、大爆発を起こして沈んだ。

 

「ナスカ級撃沈」

「左舷後方より“ゲイツ”三機接近!」

 

 オペレーターの報告を受け、リーはすぐさま指示を下す。

 

「アンチビーム爆雷発射と同時に加速二十パーセント十秒。ミサイル発射管、一番から四番“コリントス”装填。イザワ機とバルト機は呼び戻せ!」

 

 港の封鎖は成功したらしく、新たに艦が出港してくる気配はない。だが、モビルスーツまで封じ込めることは不可能だ。

 二機のダガーLが防御姿勢を取りながら彼らの母艦であるガーディー・ルーの直掩に入る。のんびりと戦闘を見ていたネオがふと腕時計を見る。時間的にはそろそろ脱出してきてもいいはずだが、潜入した三人の姿はまだ見えない。

 

「港を潰した連中からは?」

 

 オペレーターはネオの問いかけを理解し、すぐ応答する。

 

「まだです」

 

 その返答に、彼はやや困惑した表情を見せる。そのやり取りを聞いていたリーはネオへと問いかける。

 

「失敗ですかね?」

 

 スティングたち潜入班のことだ。すでに撤収時刻を割って、それでも何ら合図がないということは、とリーは最悪の事態を想像しているようだ。

 

「港と格納庫を潰したからと言ってもあれは軍事工廠です。長引けばこちらがもちませんよ」

 

 こちらは孤立無援の独立部隊。一方相手は最新鋭の機体をわんさかと抱えた軍事基地なのだ。これ以上この宙域に留まれば、逆にこちらが包囲されかねない。

 

「分かってるよ。だが、失敗するような連中なら、俺だってこんな作戦はなっからやらせはせんよ」

 

 何であれトラブルは特殊作戦にはつきものだ、とネオは苦笑し、席を立つ。リーはそんな上官の姿をやれやれ、と若干呆れ気味に見やるも、その行動に反論は出さない。

 

「俺が出て時間を稼ぐ。艦を頼むぞ」

「はっ」

 

 本来、作戦指揮官が戦闘に加わることはあまり褒められたことではない、とリー自身考えていたが、止めても無駄だということを既に学んでいた。手元の通信機を取ると、格納庫のスタッフたちに指示を出す。

 

「格納庫、“ウィンダム”発進スタンバイ、いいな!」

 

 まもなく、左舷カタパルトからマゼンタにカラーリングされたモビルスーツが射出された。

 ネオの専用機、GAT-04A先行量産型“ウィンダム”。先の大戦で活躍した“ストライク”を発展させた機体で、より洗練されたスタイルを持ち、その総合性能は“ダガー”はおろかベース機である"ストライク"を遥かに上回る。赤紫のパーソナルカラーで塗装され、背面にはドラム型のスラスターポッドのようなものを装備している。と、そのポッドが分離し、四方へと放たれる。

 彗星のごとく、加速するネオの機体に向けて三機の“ゲイツ”は手に持ったライフルを向ける。ネオはその銃口からビームが放たれるより先に機体を操ると、ビームの合間を縫って飛翔する。ナチュラルとは思えない機動に翻弄された“ゲイツ”は手にしたビームライフルを向けなおそうとするも、突然別方向から放たれた幾筋ものビームに機体の各部を撃ち抜かれる。それを見た二機は散開して攻撃の出どころを探ろうとするも、同じようにビームの驟雨にさらされる。一機は成す術なく全身を撃ち抜かれて爆散し、もう一機は頭部バルカン砲で牽制射をしようとするが、ネオはその隙を逃さず、ビームサーベルを抜き放つと、すれ違いざまにその胴体を両断してみせた。

 瞬く間に三機のモビルスーツを屠ったネオの機体を、艦橋から眺めながら、リーは苦笑しつつもその優れた操縦センスと技量、そして戦術に舌を巻く。

 なるほど、あれでは戦闘を大人しく座って見ているだけというのは性に合わないのだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 

「駄目です、司令部との回線不通! 応答ありません!」

 

 絶望的な情報が“ミネルバ”艦橋に響く。外部に正体不明艦を発見したとの一報が入った直後、プラント全体を揺るがす振動と共に軍管制塔との一切の連絡が途絶した。それが意味するところを考え、“ミネルバ”艦長のタリア・グラディスは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 

「工廠内、状況ガス! エスバス、ロナール地区にレベル四の退避勧告発令!」

 

 被害状況を調べていたメイリン・ホークからの報告にさらに追い打ちをかけられる。

 最新鋭機三機の強奪。工廠区の破壊並びに格納モビルスーツの三分の二の撃破もしくは損傷。さらに港湾施設の全壊。

 僅か一時間足らずでここまでの損害を食らったことに、タリアは頭を抱えたくなる。

 

「艦長、これマズいですよね? もしこのまま逃げられでもしたら……」

 

 傍らで戦況を見守っていた副長のアーサー・トラインの恐る恐るといった口調に、タリアはにべもなく答える。

 

「上層部の首が片っ端から飛ぶわね、確実に」

 

 彼女の言葉にゾッとしたようで、アーサーの頼りなさげな顔がさらに青くなる。人柄が良いのが彼の長所だが、軍人としてはもう少し度胸が欲しいといったところか。

 スラスターから黒煙を吐き出しながら、ルナマリアの“シグーⅡ”が緊急着艦する。元々“ミネルバ”搭載予定機だ。搬入を前倒しした、と思えばいいだろう。傍らのメイリンが驚いてパイロットの無事を確認しているのをタリアは横目で見守る。彼女はルナマリアの妹なのだ。心配になるのも無理はない。

 

(それにしてもどこの部隊かしらね、こんな大胆な作戦……)

 

 寡兵かつ僅かな時間で、これだけの軍事施設と部隊に損害を与える。

 内通者の協力があった、と考えられるが、僅か艦艇一隻足らずの陣容でこうも手玉に取られるとは、と彼女は敵の指揮官に対して密かに称賛の念を覚える。と同時に、これだけの作戦を遂行可能な組織は、やはり地球連合軍以外に存在しない、とタリアは考えた。

 

 (この事件、下手を打てば開戦の口実になりかねないわね……。)

 

 と、入電のアラームが鳴り、彼女は我に返る。

 

『ミネルバ、フォースシルエットを!』

 

 パイロットの要求にすぐさま“インパルス”のステータスを見る。戦闘によって武装を喪い、残るのは対艦刀一振りのみ。すぐさま、彼女は指示を出す。

 

「許可します! 射出準備急いで!」

「艦長……!」

 

 アーサーが不安げにこちらを振り向く。敵に対して“インパルス”のシステムを初戦でいきなり曝け出すことに、抵抗感があるのだろう。だが、ここで手を打たなければみすみすあの三機を掠め取られることになる。それに武装を失った“インパルス”では対抗できないだろう。

 

「“インパルス”まで撃墜させるつもり、あなたは?」

 

 あ、いや、としどろもどろになった副長を無視してタリアはメイリンへと向き直る。

 

「射出管制、任せるわね」

「りょ、了解!」

 

 指示を受けて管制官のメイリンがコンソールを操作しながら、うわずった声で格納庫に呼びかける。

 

「フォースシルエット、射出スタンバイ!」

 

 

 

 “カオス”のクローの一撃を受け止めた衝撃で、酷使していた対艦刀が半ばから真っ二つに折られる。

 当然受け止めきれない威力はコクピットへと伝わり、シートごとシンを激しく揺さぶる。

 

「クソ、コイツ!」

 

 武器を失ったその隙を“アビス”が狙い撃ちにしようとする。しかし、横合いからレイの“シグーⅡ”がかばって割り込み、ビームライフルを連射する。

 

『シン! 今のうちに装備を!』

 

 レイの声に、見れば“ミネルバ”から射出された小型機の姿が視界に入った。シンは折れた刀を投げ捨て、近づいてくる小型機へとスラスターを吹かす。

 背部のバックパックを切り離すと、そこに小型機、シルエットフライヤーが回り込んで並走する。ユニットが分離し、巨大なウイングスラスターを持ったパーツが“インパルス”の背面に接続された。

 途端、装甲色が変化する。胸部は赤から鮮やかな青に、腹部は赤に。全く異なる印象を与える姿へと“インパルス”は変貌する。

 先ほどまでの装備は近接戦用のソード、そして今換装したのは高機動戦闘を目的としたフォースシルエットと呼ばれる。戦況、戦術、任務に応じて装備を換装し、一つの機体に様々な特性を付与する。これこそがシンの駆る“インパルス”の最大の特徴である。

 換装を終えシンはフットペダルを目一杯に踏みこむ。グン、と機体が加速し、ビームライフルを撃つ“カオス”の目前へと迫る。先ほどまでと全く違う機動に驚いたように、“カオス”はたじろぐ。その隙を逃さず、シンはスロットルと姿勢を制御し、その腹へと蹴りを叩き込んだ。

 体勢を崩した“カオス”には目もくれず最後尾に位置する“ガイア”へとジャンプする。

 先ほどまでと違って“ガイア”はこちらに攻撃をかける様子もなく、ひたすら戦場から逃げようとする。

 

「墜ちろォォォォ!」

 

 シンは叫びながら、“ガイア”へと肉薄する。逃げる敵機を照準に捉え、ライフルを撃とうとしたその時。

 

『上だ、シン!』

 突然のレイの警告に困惑した直後、激しい衝撃にコクピットを激しく揺さぶられる。攻撃されたと気づいたのは、鳴り響くアラート音が耳に入っ手からであった。

 何故? “カオス”と“アビス”は後方のはずなのに!? 

 と、見れば港湾につながるゲートに二機の黒い“ダガー”が潜んでいた。二門の無反動砲から次々と放たれる榴散弾のシャワーによって“インパルス”は行動を封じられる。

 その隙に“ガイア”が、そして後を追うように残りの二機と支援していた“ダガー”二機がゲートを潜り抜けていった。

 やられた──!?

 せっかくここまで追い詰めたものを、これではやられっぱなしだ。手に入れた力を活かせず、振り回されるままになるということは、シンにとって耐えがたいことだった。

 

「クッソォー!」

 

 レイの静止の声も耳に入らず、怒りのままにシンはゲート内部へと機体を突っ込ませた。

 

 

 

 

「艦長! あいつら何を勝手に、外の敵艦だってまだ!」

 

 五機の敵機を相手にわずか二機で追撃をかけようとするシンたちにアーサーは驚愕の声を挙げる。

 さらに横からメイリンが慌てて報告する。

 

「“インパルス”のパワー危険域です! 最大であと三〇〇!」

 

 アーサーが驚愕の声を挙げ、その顔が青ざめた。タリアも彼らの軽率な行動にため息の一つ吐きたくなるも、堪えてクルーたちに告げる。

 

「“インパルス”まで失う訳にはいきません……」

 

 ここで、躊躇えば失われる機体が三機から四機になりかねない。それだけでなく、優秀且つ前途有望な二人のパイロットを見殺しにすることになる。

 タリアは決断すると、逡巡する間も無く、宣言する。

 

「“ミネルバ”緊急発進します!」

 

 

 

 アスランは傍らのカガリの様子に気を付けつつ、両腕を失った機体を慎重に操縦し、“ミネルバ”のカタパルトへと“シグーⅡ”を着艦させた。ハッチ付近は搬入される機材や人員が殺到し、彼らの乗る“シグーⅡ”を気に掛ける者などいない。ひとまず、彼女の怪我の手当てをお願いしなければ、とアスランは格納庫に機体を乗り入れながら考える。駐機させ、ハッチを開いてカガリを伴い、下へと降りた。

 カガリの顔はまだ青いままで、床に降り立った途端よろめいた。

 

「大丈夫か、すぐ……」

 

 彼女を気遣い、支えるアスランに、背後から少女の声が投げつけられる。

 

「そこの二人、所属は!?」

 

 振り向くと、ザフトの赤服を着た赤髪の少女が走り寄ってくるところだった。手には拳銃が握られている。さらに周囲の保安隊も同様に銃を持ち、突然の事態に即応できるように構えている。カガリが少し怯えた様子で後ずさり、アスランは咄嗟に彼女を庇って前に出る。一方内心では無理もない、と考える。強奪騒ぎがあったのだ。アスランはザフトの軍服を着ているとは言え、中から部外者を連れて出てきたとあれば、警戒もする。

 どうにか、警戒を解いてもらおうと、思案するアスランだったが、その時デッキ内部にアナウンスが響き渡る。

 

『本艦はまもなく発進します! 各員所定の部署に就いてください。繰り返す──』

 

 発進だと? 

 周囲がざわめき、アスランも同様に反応する。進水式前の“ミネルバ”が何故今出港する──!? 

 

「動かないで!」

 

 意表を衝かれた様子の赤髪の少女が、アスランたちに視線を戻して警告する。

 

「あなたは軍の者のようですが、何故、民間人をその機体に……。返答次第では拘束します!」

 

 とは言え、彼女たちには警戒と共に困惑の色も見える。アスランは慎重に言葉を選びながら、彼女たちに告げる。

 

「自分は認識番号二八五〇〇二、アーモリーワン技術試験隊所属アスラン・ザラです。こちらはオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ氏」

 

 それを聞いた“ミネルバ”クルーたちの間にどよめきが走る。赤髪の少女も困惑した表情で、アスランたちを交互に見やる。

 

「強奪騒ぎの最中、偶然氏が居合わせたところを自分が保護し、やむなく自分の判断で緊急避難的にこの機体に搭乗させました」

 

 赤髪の少女や保安隊の面々の表情はやはり曖昧なままだ。一応アスランの所属は判明したので疑惑は半分晴れたのだろうが、カガリが本当にVIPなのかどうか彼女たちには判断がつかないのだろう。確信が持てない以上は慎重に振舞わざるを得ないようだ。

 

「責任なら自分がとります。代表の手当てをお願いしたい!」

「しかし……」

 

 言い淀む少女に、アスランはじりじりとした焦燥感に襲われる。その時、彼らに横合いから声がかけられた。

 

「いや、その必要はない。彼女の身元は私が保証しよう」

 

 落ち着き払った印象の声に振り返ると、そこにいたのはプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルその人であった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ネオは敵モビルスーツ隊を撃破した後、アーモリーワン周辺に漂う戦艦の残骸に“ウィンダム”を寄せた。残骸に身を隠し、潜入させた部下たちの成否を確認するためだ。

 ナスカ級の残骸の陰に機体を滑り込ませ、そのまま様子を窺う。

 と、破壊された港から一つ、スラスター光が飛び出してくるのが見えた。さらに続いて四つの機体が飛び出してくる。その内の二機は“ダークダガ―L”で、残る三機が奪取した機体だろう。遅れはしたものの、期待通りの成果を上げてきたようだ。

 だが、ネオは彼らの無事を確認したにも関わらず、その場から動かない。彼には確信があった。恐らくこの後出てくるモノこそ、連中がここまで時間を食う原因になったモノだという奇妙な確信があった。

 果たして、崩壊した港から勢いよく一機のモビルスーツが飛び出す。背部には四枚の機動翼が装着され、白を基調とし、その頭部はデュアルアイセンサーと二本のブレードアンテナが特徴的な意匠が凝らされた機体だ。どちらかといえば連合製の機体の特徴を有した機体の姿にネオは少々興味を示した。

 

「へえ、コイツは驚いた」

 

 それにしてもまさか、四機目の新型機が出てくるとは思いもしなかった。だが、確かにこれはスティングたちに悪いことをした、とネオは自嘲する。

 

「──さあて、その機体もいただこうか?」

 

 ネオは背部のポッドを切り離しながら、残骸から滑るように抜け出す。AQM-E-X04Ⅱと、命名されたこの兵装ポッドは先の大戦で投入された“メビウス・ゼロ”というモビルアーマーに装備されていた兵装を、改良、発展させたものだ。高速で動く小さな兵装ポッドを捉えることは至難の業で、死角から音もなく近づくそれを敵の新型は察知できずにいる。

 ネオは敵機を照準に入れると、容赦なく引き金を引いた。

 

 

 

 *

 

 

 

「アスラン君、だったかね。プラント最高評議会議長として礼を言わせてほしい。よく、アスハ代表の身を守ってくれた」

 

 デュランダル議長の執り成しで、カガリは医務室での治療を受けられることとなった。

 彼女の手当てがされている間、アスランは赤服の少女と共に隣の待合室でデュランダル議長から謝辞を受け取っていた。

 

「君もよくこの緊急事態に良く対処してくれた、ルナマリア・ホーク君。感謝するよ」

「いえ、私は結局足手まといになってしまって……」

 

 ルナマリアと呼ばれた彼女が姿勢を正して受け答えする。話を聞けば、工廠区でカガリと別れた後、陣頭指揮を執っていたらしいが、有毒ガス発生の報告と随員たちの進言もあり、やむなく“ミネルバ”に入ったところ、アスランたちの騒ぎに出くわしたとの事だった。

 アスランもまた自分の独断行動を議長に謝罪する。

 

「自分も許可なくモビルスーツを持ち出し、他国の要人を戦闘に巻き込んだ上アスハ代表に怪我を負わせてしまい、申し訳ございませんでした」

 

 頭を下げるアスランに、デュランダルはやんわりとした口調で彼を労う。

 

「いや、君はあの場で最善を尽くしてくれた。そのことに変わりはないよ。私としてもあの場で代表から目を離してしまったことを悔やんでいてね。重ねて礼を言わせてくれ」

 

 カガリをあの混乱の中、置き去りにしたことに謝罪の念が絶えないらしく、議長は自嘲気味に苦笑を浮かべる。が、それでもアスランの中から暗然とした思いは消えそうにない。

 その時、艦内に警報が鳴り響く。

 

『コンディション・レッド発令! コンディション・レッド発令! パイロットはブリーフィングルームへ集合してください!』

 

 瞬時にその警報の意味を悟り、アスランは愕然とする。コンディション・レッド、第一種戦闘配備を意味するその警戒レベルが発令されたということは、今からこの艦は最前線に赴くことを示している。

 

「うそ、“ミネルバ”はまだ就役前なのよ!?」

 

 ルナマリアもまた、この事態を理解できていないらしく、戸惑った顔をこちらに向ける。

 そんな彼らをよそに、デュランダル議長はただ一人、まるでこれから待ち構える苦難を覚悟したかのような表情で、天を仰いで瞳を閉じた。

 

 

 

『第一ドック要員に通達。BB-01 “ミネルバ”の船籍コードは現時刻をもって有効となった。“ミネルバ”発進シークエンス進行中。A55M6警報発令、船体拘束を解除』

『ドックダメージコントロール班、スタンバイ。突発的な衝撃に留意せよ』

 

 発進シークエンスに伴い“ミネルバ”の周囲に張り巡らされた足場や拘束用アームの接続が解除され切り離されていく。同時にドック下部のエアロックへ続くゲートが解放され、“ミネルバ”の巨大な船体が係留された両側の隔壁ごと下ろされていく。

 船体が完全にエアロックへと入ると、上方ハッチが閉鎖され、出撃のために減圧が開始される。

 

『全兵装システムオンライン、IFFコンタクト、即応砲弾のロックを解除します』

『リフトダウン継続。気密隔壁閉鎖、異常無し。索敵及び測的レーダー、感度良好』

『こちら機関室、出力定格。いつでもいけます!』

 

 クルーたちの報告を受け、タリアは凛とした声でクルー全員へと告げる。

 

「これより本艦は緊急出港し、“インパルス”及び“シグーⅡ”の救援、並びに所属不明艦の迎撃戦闘に入る。これは訓練ではない、実戦よ。各員日頃の訓練の成果を発揮するよう奮励努力を期待する!」

 

 “ミネルバ”がドック下のエアロックに固定され、上部気密隔壁が完全に閉じる。

 

「“ミネルバ”発進する!」

 

 船体下のハッチが開き、眼下に煌めく無数の星々が“ミネルバ”を迎える。プラントの周回する遠心力をもって“ミネルバ”はそっと星の大海へと漕ぎだした。

 この航海がどれだけの長きに亙る苦難と激戦の道のりになると、この時クルーたちの誰もが知りえなかった。

 

 

 




量産機っていいよね、どうも野澤瀬名です。

ステラのブロックワードの描写が最も悩ましかった第2話です。SEEDの時の連合三馬鹿も好きでしたがエクステンデッド三人組も大好きです。しっかり者のスティング、お調子者もアウル、ゆるふわ不思議系のステラ、みんな可愛いですね。尚、以上の性格は私の自己解釈によるものです!(予防線敷設完了)

次回はネオのウィンダムが大活躍……!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。