機動戦士ガンダムSEED Re:DESTINY 作:野澤瀬名
爆発によって崩壊し、戦艦と施設の構造材で埋め尽くされた湾口をくぐると、一面に星の海が広がる。
CGで補正された宇宙が映し出されたモニターに目を凝らし、逃げた敵機の痕跡を探す。しかし、破壊された戦艦の残骸や構造材の破片で視界は悪い。さらにそれらが持つ熱によって熱紋センサーも使い物にならなくなっている。
「くそ、どこだ!?」
『シン! 一旦引くんだ。闇雲に出ても……』
後方からレイが追いつき、シンに一時撤退を促す。だが、熱くなった彼には届かず、消えた三機にばかり意識が向いてしまう。
その時、突然レイの“シグーⅡ”が急加速した。
『──シン!』
「え?」
唐突なそのアクションにシンが驚くとほぼ同時に、“インパルス”の下方へとレイの機体がシールドを掲げてカバーに入る。何もないはずなのに、とシンが思った刹那、その方向から一条のビームが放たれ、シールド表面で弾ける。続く攻撃をレイはシンの機体を庇うようにして防いでみせた。
ゾッと、シンに戦慄が奔る。レイのカバーがなければ恐らく撃墜されていた。
アドレナリンが噴き出し、全神経を高ぶらせながら周囲を見渡す。が、モニターに映し出されるのはデブリばかりだ。
「どこから!?」
張り詰めた神経に全感覚を集中する。次の瞬間、コクピットの中を接近警報が満たした。
反射的にフットぺダルを踏みこみ、全速でその場を離脱する。さっきまでいた空間にビームの雨が薙ぎ払われ、直後にマゼンタの配色の機体が矢のように駆け抜けた。
「モビルスーツ!? でもこんな機種は!?」
“インパルス”と似たフォルムのモビルスーツは戦艦の残骸で一度身を隠すと、機首をこちらに向けてフルスピードで突貫してくる。
二度も同じ手は食わない、とシンはビームライフルを構えようとしたその時、今度は真下から矢継ぎ早にビームが撃ち込まれる。最初の一撃は奇跡的に当たらなかったが、続く斉射を躱しきれず、脚部を掠める。
突然の死角からの攻撃に驚き、シンは思わず足を止めてしまう。紫色の敵機はその隙を逃さず、ビームサーベルを抜くと最小限のスラスター噴射だけで“インパルス”へと急速に近づく。咄嗟に左腕に装備されたシールドで胴体を守ろうと掲げるが、敵機はそれすら見越していたように機体を捻り込み、すれ違いざまに“インパルス”の右脚を撫で斬りにしてみせる。反撃しようとしたところで、さらに四方からビームが撃ち込まれ、シンはそれから逃れるべく推力偏向で無理やり軌道変更させて回避する。
身体にかかる猛烈な重力加速度に耐えながら、ようやくシンは周囲に飛び交う小物体を視界に捉えた。ビームガンを装備した小型の兵装ポッド、恐らく“カオス”に装備されていた“ドラグーン”システムと同様の特殊兵装のはずだ。
優秀なテストパイロットでも扱いに難儀していた兵装ポッドを、しかし敵機は自らの手足のごとく自在に操ってみせる。シンは機体を後退させながらビームを撃ってくるポッドにライフルで応戦しようとするが、こちらの狙いを読んでいるように、射撃はことごとく躱される。
間断ない全方位攻撃に翻弄され、直上から接近する敵モビルスーツへの対処に遅れた。サーベルからビームが発振され、その膨大な熱エネルギーが“インパルス”の腹部へと撃ち込まれようとした。が、寸前で白い“シグーⅡ”が割って入り盾をかざしてそれを防ぐ。対ビームコーティングされた盾の表面でビームサーベルが激しくスパークする。
混乱に陥りかけたシンをレイが叱咤する。
『何をしている! ぼうっとしていたらただの的だ!』
*
「読まれたのか? いや、しかし……」
四本角の新型を庇ってシールドを掲げる“シグーⅡ”を見やり、ネオは仕切り直しにと一度射程圏外へと離脱する。新型はどうにかこっちの動きとオールレンジ攻撃を対処するのでいっぱいの様だが、あの白い“シグーⅡ”は別格だ、とネオはにらむ。初見の筈のガンバレルの攻撃を予測していたように回避してみせ、今のドッグファイトにも横やりを入れてきた。
偶然、いやそれにしては迷いのない動きだった。ならば直感?
奇妙な引っ掛かりを覚えながらも再度、二機を狙ってガンバレルを展開したネオは、その時。
〈──―この敵は普通とは違う! 〉
声を聞いた。無線の混信、ではなく、この身の細胞一つ一つが共鳴したように声を感じたのだ。
「なんだ……?」
ネオは戸惑いと好奇心を覚えながら、ガンバレルを操作し、“シグーⅡ”の周囲へとガンバレルを繰り出す。
回避できるはずのない、ビームガンによる全方位同時攻撃。が、白い機体は射線の隙間を掻い潜るように回避し、さらにガンバレルの一つを撃ち落としてみせた。
その光景に内心驚く。パイロットとしてこの敵に興味が湧くが、残念ながら任務中の身としては拘泥するわけにはいかない。
足止めを目的として三基のガンバレルを“シグーⅡ”にけしかけると、もう一機の新型へと愛機を向けた。
*
「インディゴ五十三マーク二十二ブラボ―に不明艦一、強奪部隊の母艦と思われます! 距離一五〇!」
索敵を任されていたバートからの報告に艦橋に緊張が走る。アーサーが血気に逸ったように声を挙げる。
「それが母艦か!?」
モニターに暗青色の艦影が映し出される。前大戦において活躍した地球軍の“アークエンジェル”に近い船体の両舷には、推進剤タンクと固定用アーム思われる構造物が伸びている。恐らくは補助推進システムの類のはずだ。船体自体から発せられる熱量も少ないところを見ると、特殊作戦用に隠密性を重視した設計なのだろう。
「対象艦をデータベースに登録、以後ボギーワンとする!」
敵を示すボギーと仮定した不明艦を捉えた光学センサーが、拡大画像をスクリーンへと映し出す。見れば、強奪された内の一機、"アビス"がハッチの内側へと消えるところだった。タリアはアームレストを握り締めながら、歯噛みしてにらみつける。もはや強奪機の奪還という任務は失敗したと見るべきだろう。あとは、運び去られる前に艦ごと沈めるしかない。シンとレイに攻撃を命じようとしたその時、メイリンがうわずった声で報告を続けた。。
「ど、同一五七マーク八〇アルファに“インパルス”と“シグーⅡ”、敵モビルスーツと交戦中! “インパルス”脚部損傷の模様!」
「敵モビルスーツ熱紋照合……ありません!」
目論見が一瞬で崩れ去った。だが、一機の敵に“インパルス”が損傷を貰った……?
アカデミーを優秀な席次、赤服で卒業したシンの被弾報告に流石のタリアも唖然とする。
「呼び戻せる?」
「駄目です、周辺宙域の電波干渉激しく、通信不能!」
「光学映像、でます!」
戦闘状況が映し出され、クルーたちも愕然とする。
敵機とは別方向からビームが格子状に放たれ、レイの“シグーⅡ”へと襲い掛かる。レイは何とか機を捻って回避する。恐らくは“ドラグーン”システムによって運用される遠隔操作兵器なのだろう。その対処でレイがカバーできない隙に、赤紫色の敵機は腰だめに構えたライフルを連射しながら、“インパルス”へと肉薄する。シンはライフルで応戦しようとするも、ライフルのバレル部分に直撃を貰い、爆風に機体が煽られる。
「な、敵は一機のはずじゃ……!?」
「シン!」
アーサーが呟き、メイリンは思わずインカムに叫ぶ。
“インパルス”の残りエネルギー量は少なく、敵機は熟練且つ特殊装備を備えた機体。急いで手を打たねば、“インパルス”が墜とされる。
即座に打つ手を定め、クルーたちに告げる。
「“インパルス”の援護を! 艦橋遮蔽、進路インディゴデルタ、加速二〇パーセント、アンチビーム爆雷装填!」
「しかし、艦長! それでは“ボギーワン”と三機が……」
無論彼女も承知だった。だが、今撃墜の危機にあるシンの機体を見捨てて、正体不明艦と撃ち合っていては次に墜とされるのは“ミネルバ”になると、彼女の直感は告げていた。
断腸の思いで、彼女は決断を下す。
「この状況では、シンたちの援護が優先よ! ……この際、あの三機は諦めます」
彼女の苦虫を噛み潰したような表情に、アーサーも指示に従い、頷く。艦橋が床ごと、ゆっくりと降下し下部フロアのCICに直結する。
艦橋遮蔽システムと呼ばれるこれは、船体の突端に位置し、戦闘時において最も脆弱となる艦橋を防護する機能として、試験的に採用された機能である。他にも艦橋とCICを一体化することによる戦闘ステータスへのスムーズな移行なども図って設計されている。
アーサーが指定の火器管制官席へと飛び込み、指示を出していく。
「ランチャーエイト、一番から四番、“ナイトハルト”装填! 目標、敵モビルスーツ!」
「ち、こいつ! 速い!」
マゼンタの機体が迫り、シンはシールドを掲げながらビームライフルで応戦しようとする。が、雨あられのように浴びせられるビームに捉えられる。咄嗟にライフルを投げ捨てるも、機体を爆発が襲う。ビームサーベルを抜き、シンも敵機へとフルブーストで接近する。敵機はビームマシンガンと思われる武装で弾幕を形成するが、シンはひるむことなくその間隙の中へと機体を突っ込ませる。最初の奇襲こそ許したが、それでもまだ勝算はあるはずだ。レイが兵装ポッドを抑えている間に、懐に入りさえすれば、四方からの攻撃はできなくなる。
「いけえ!」
シンはビームサーベルを袈裟に斬りかかる。確実に敵機の胴体を捉えたと、確信し振るった光刃は、しかし次の瞬間、敵機がモニターから消え、虚空を裂くに留まった。
「な!?」
続く接近警報に、シンはハッとし音の方向に、下へと視線を向けようとするが、その前にコクピットを衝撃が襲う。“インパルス”の左腕が掲げたシールドごと宙を飛び、シンは歯噛みながらなんとか敵機の挙動についていこうとする。
あの一瞬で敵機はわざと姿勢を崩して“インパルス”の下方死角へと滑り込んだのだ。並大抵の技量ではできない。いやそもそもこんな残骸が漂う宙域でバランスを崩すような操作をする敵の度胸に戦慄する。
敵機の性能自体はおそらく“インパルス”とさほど変わらないはずだ。なのに、何故ここまで追い詰められる!?
追う者と追われる者の立場が逆転し、背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じながらも、シンは必死にその赤紫色の軌跡を追いかけた。
*
「ちっ、なんて機体だ。これだけの攻撃で半壊どまりとは!」
ビームマシンガンの掃射を加えながらネオは独り言ちる。
あの四本角のパイロットは致命傷だけは避けるように機体をさばいている。片腕片足をもがれたとは言え、姿勢制御スラスターやメインスラスター、機体制御モジュールといった急所へのダメージは最小限に止めるよう回避、防御に徹しているようだ。
恐らく、このまま成長すれば、エースパイロットになれる器だろう。
墜とすには少々惜しい逸材だな、と考えたところで、コンソールから測敵レーザーロックの警報が発せられた。反射的にネオは回避機動をとりながら迎撃を行う、その一拍後に、すぐ横を大型の対艦ミサイルが掠めていき、二発目三発目のミサイルは掃射されたビームの雨に撃ち抜かれて虚空に爆発の華を咲かせた。
見れば、ライトグレーを基調とした戦艦が、主砲をこちらへと向け、回り込んでくるところだった。恐らくは情報にあった新造戦艦だろう。進水式前というのに、無理を通して出撃してきたのか。
「チッ……欲張りすぎは元も子もなくすか?」
戦況は以前ネオの優勢である。だが、敵艦に“ガーティ・ルー”のケツをとられるのも面白くはない。
ネオはガンバレルを呼び戻し、母艦への進路をとろうとする。なおも四本角は追いすがろうとこちらに機首を向けようとするが、そこで限界が来たらしくフラフラと漂うところに、白い“シグーⅡ”が押し止めた。一瞬、あと一撃加えられるか、と考えたが、藪をつついて蛇を出す気はないと改めて帰還コースを取る。
「撤収する、リー。“ガーティ・ルー”は離脱進路をとれ」
リーに撤退指示を出しながら、背後をちらりと見る。四本角の機体がなおも追撃しようとするのを白い“シグーⅡ”が制止する様子にネオはフッと笑みを浮かべる。二人ともまだ若いな、とネオは何の根拠もなく、しかし確実にそう感じた。
「予想以上愉しかったよ、ザフトのボウズ君たち。また会える日を楽しみにしているよ」
*
計器やコンソールがけたたましく警報音を発する中、必死に機体を操作していたシンは、唐突に敵機が攻撃をやめ、背中を見せたことに、彼は一瞬戸惑った後激昂する。
「逃げるのか!」
すかさずスラスターを吹かして敵機に追いすがろうとするも、積み重なったダメージのせいか機体の反応が鈍く、姿勢制御だけで機体が悲鳴を上げる。それでも尚敵機を追いかけようとしたところで、レイの“シグーⅡ”が“インパルス”を背後から掴んで引き止めた。
『シン、その機体じゃ無理だ!』
「まだいける! もう少し……!」
ここで引き下がるわけにはいかない、と振り払おうとするも、そこでついにパワーインジケーターがレッドゾーンへと突入した。フェイズシフト装甲がダウンし、鉄灰色のディアクティブモードへと変化する。ここまでだった。
『……“ミネルバ”からも帰還信号だ。帰艦するぞ』
「……くそッ!」
狭いコクピットの中、シンは悔しさに唇を噛みしめ、ただ俯くしかなかった。自分には何もできなかった。その事実がシンの胸に刺さり、彼は悔しさに顔を歪ませた。
「敵モビルスーツ、戦域より離脱します!」
バートの声にタリアは内心ホッとしながらも、状況報告を求める。
「“ボギーワン”は?」
「インディゴ八八マーク六ブラボー、距離一三〇〇です……」
こちらの火器の射程外に逃げられた以上、本来ならトレースできる間に追撃戦に移りたかった。しかし、“インパルス”が中破した今、これ以上の戦闘継続は不可能だった。
「……“インパルス”と“シグーⅡ”の回収作業終了後、アーモリーワンへ帰還する。コンディションレッドからイエローに移行。総員対空監視を厳とせよ」
タリアの号令と共に、CICの空気が動き出す。だが、クルーたちの顔には敗北の苦い表情があった。
奇襲を許したとはいえ、一方的に新型機を強奪され工廠と軍港を破壊され、挙句“インパルス”を中破させられるという大損害を出され、対応すらままならなかったとあれば、関係者の首が吹っ飛ぶだけでは済まないだろう。だが、それ以上にタリア自身、連合との関係の悪化を危惧していた。艦もモビルスーツも、連合製の特徴をもっていただけでなく、あれだけの戦力を有する彼らが海賊風情だとは彼女には思えなかった。
『艦長』
モニターに映し出されたのは、先ほど緊急着艦したルナマリアの姿だった。どこか、慌てたような、というよりかは何か戸惑いのような表情をみせ、タリアは内心嫌な予感を抱いた。
「どうしたの?」
『戦闘中のこともあり、ご報告が遅れました。二件ほど連絡があります』
彼女は努めて事務的にてきぱきとした口調で報告する。
『本艦発進時に、格納庫にて“シグーⅡ”に搭乗したアーモリーワン基地所属の兵士と民間人一名を発見、これを保護したところ民間人はオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ氏と判明。同行していた兵から傷の手当を希望したため、僭越ながら独断で傷の手当をし、現在士官室にてお休みいただいております』
「オーブの……!?」
あまりの事態にタリアは愕然と口を開く。隣のアーサーに至っては理解すら追いついていないようで「え、え?」と首をかしげている。
だが、事態はこれだけでは終わらなかった。
『もう一件、同じく発進時のことですが、そのオーブ代表らの保護の現場にてギルバート・デュランダル議長の乗艦を確認。問い合わせたところ、緊急避難措置として本艦に随員らと共に乗艦したとの事です。いかがいたしましょうか……?』
ここが自室なら、壁を思いきり殴りつけていたかもしれない。
強奪事件に巻き込まれ、艦載機の内、一機は中破。艦は進水式前日だというのに緊急出港し、さらに国家元首が二名乗船ときた。これでもかという程の厄ネタを抱え込んで楽観できる人物はいないだろう。と、ここでようやくアーサーは事の重大さに気づいたようで、あんぐりと口を広げ、その顔には驚愕とこれからどうなるかという不安が張り付いていた。
*
最低限の照明が灯された薄暗い部屋を、機材のモーターから発せられる微かな唸りと専任スタッフたちの会話だけが満たす。ネオはガラスウィンドウ越しに部屋の中央部、三つのカプセルベッドが並べられたところに視線を向ける。その中ではスティング、アウル、ステラの三人が思い思いの格好で横たわっている。さっきまで激しい戦闘に参加していたにもかかわらず、彼らの寝顔は年相応のあどけなさと愛らしさで満ちている。
そこまで考えて、ネオはらしくない、と苦笑を浮かべて部屋から退室した。
艦橋に戻ると、オペレーターたちに現在の状況をたずねた。
「敵の追撃は?」
「索敵圏内に敵影、熱紋、感なし」
オペレーターの答えに、艦長席に座るリーはネオに向き直ると、探るように口を開く。
「追撃がある、とお考えですか?」
「わからんね。まあ、アレだけ機体を叩き潰したしな。指揮官がまともなら藪蛇つつくような真似はせんと思うが」
自分があの場であの戦艦、事前の内偵で得られたコードネームは“ミネルバ”だったか、の艦長であれば、緊急出撃に加え、手持ちの艦載機が手酷くやられた時点で早急な追撃戦を仕掛けるのは下策と判断するだろう。勿論、正常な指揮判断ができる相手なら、だが。
「ま、予定通りの進路をとる。予測は常に悪い方にしておくもんだ。特に戦場ではな」
ネオの決定に、リーは無言で頷く。堅物で口数の少ない面白味のない男で、配属された当初は馬が合うかどうかひやひやしたが、案外相性はよかったらしい。ネオの奇抜な、それでいて敵の盲点を突くような策に合わせられるだけの指揮能力をもつこの男、イアン・リーは、伊達に前大戦を戦い生き残ったわけではない、というところか。
と、リーは少し表情を硬くしたかと思うと、ネオにだけ聞こえる声で、義務的に訊く。
「……彼らの“最適化”は?」
「一時間以内には終わるとさ。気持ちよさげに眠っているよ」
先ほどのメンテナンスルームの光景を思い出し、ネオも若干不機嫌になる。あの部屋では、スティングたちを文字通り『調整』するための場所だ。
元々、モビルスーツの操縦というものは、十八メートル前後の人間と同じような稼働範囲と、従来の戦闘機を上回る機動性、そして多数の火器を持つ機体をコクピットからモニター越しに操作することになる。故に学習能力の高いコーディネイターであれば、短期間でも習熟することができるが、ナチュラルには最短でも半年近い訓練が必要で、それでもどうにか単純作業をこなせるかどうか、といったものだった。
地球連合軍は自軍でのモビルスーツ開発運用にあたって直面したこのパイロットの問題に対して幾つかの解決プロセスを模索した。一つはオペレーティング・システムによるパイロットの補助という方法がとられ、最終的にはそれによって連合軍でもモビルスーツの運用が可能となった。しかし、それと並行して密かに試行されていたのが、モビルスーツの性能を引き出すことが出来る兵士を造り出す、という方法だった。
筋力など身体能力を薬物や手術で強化し、脳内へのマイクロ・インプラントの埋め込みや刷り込みなどで戦闘、殺人、への不安や恐怖を取り除くことによってコーディネイターと同等以上に戦うことのできる兵士を造り出した。そして彼らは戦闘後にメンテナンスベッドで記憶の調整や内面に抱え込んだストレス、恐怖といった戦闘に関わるマイナス要因を取り除くことによって常に最高のステータスを維持する生体CPUとして活動することができる、というのが研究者たちの謳い文句だった。
「ただ、アウルがステラに“ブロックワード”を使ったようでね。うまく消えてくれるといいが……」
ネオはスタッフたちからの報告を思い出し、口にする。
彼らには、安全装置として“ブロックワード”がそれぞれ設定されている。ステラの場合それは『死』という単語だ。パイロットが反抗、または作戦中に暴走した場合、その『言葉』を用いて彼らの深層心理に刻み付けれらたマイナスイメージを想起させることによって行動を封じ、撤退を強制するような条件付けがなされている。勿論、パイロットへの負担が大きいため安易な使用は避けるべきと、ネオは研究員たちの注意事項を思い出しながら、暴れる身体を押さえつけられ、メンテナンスベッドに寝かしつけられていたステラのことを考えた。
リーは眉間のしわを深くさせながら、不機嫌に息をつく。
「何かあるたびに、揺りかごに戻さねばならぬパイロットなど……ラボは本気で使えると思ってるでしょうかね?」
リーは恐らく彼らのことが気に入らないらしい。パイロットのことが、そして彼らを造った連中のことが。ネオも一応取りなすように口を開く。
「前のよりかはマシだ、って上は思ってるらしいな。……俺たち下働きにゃどうしようもないが」
ネオ自身もスティングたちが研究所のスタッフに連れられて、配属された時のことを思い出すと、どうにも胸糞悪いものを感じてしまう。元々、戦争は国の利権や威信、対立のようなクソの役にも立たない大人の争いが原因で起こるものだ。そんなものに子供を巻き込んでおいて平然とできるなら、そいつは外道以外の何物でもないだろう。
「……どっちにしろ、あの子たちが生きられる場所は戦場以外にないんだ。なら、せめて……」
「何か?」
リーが眉を顰めてこちらを見やる。ネオは彼になんでもない、と頭を振りながら、自嘲じみた苦笑を浮かべる。
───何がせめて、だ。それこそ今戦場に彼らを叩き込んでいる外道は自分自身なんだから。
黒い無機質な仮面は、諦観した様子で、宇宙を見つめていた。
*
「この度の事態、お詫びの言葉もない」
“ミネルバ”の艦長室でデュランダルの理知的で静かな謝罪の文言を聞く。隣には自己紹介で、タリア・グラディスと名乗った女性士官が控えている。
「代表まで、このような事態に巻き込んでしまうとは。ですがどうか、ご理解いただきたい」
アスランは治療の終わったカガリとデュランダル議長と共に艦長室に通され、そこで面談を果たしていた。これで、カガリの身柄の保証が立ったと、アスランは張り詰めていた緊張感をようやく解くことができた。一時は“ミネルバ”も戦闘に出るとなり、ひやひやしたものの、今は追撃を断念してアーモリーワンの湾口部に停泊している。ひとまずは彼女の身の安全は確保できたのだろう。
一方のカガリはというと、俯き加減で懸念の表情に満ちていた。
「あの潜入部隊について、何かわかったことは?」
カガリの問いかけに、デュランダル議長は歯切れの悪い口調で返す。
「ええ、まあ……そうですね。艦などにはっきりと何かを示すようなものは、なにも……」
つまりは、あの部隊について背後にある組織は考えられるものの、確たる証拠がない現状では明言できないのだろう。
「無論、この事態、一刻も早く収集せねばならなければならないのです。取り返しのつかないことになる前に」
デュランダルは沈鬱な表情で告げる。アスランも事態の深刻さを考えると、やりきれない感情が湧き出す。前大戦が終結して約二年。地球もプラントも被害を被り、疲弊した中からどうにか安定を取り戻してきたのだ。だが、この危うい均衡の上で平衡が保たれている以上、この火種が後でどれだけの大火となって戻ってくるのか、最悪再び地球とプラントの戦端が開かれるかもしれないと、考えるだけで恐ろしい。
「だが、これ以上代表と“ミネルバ”のクルーたちに危害が及ぶ危険を冒させたくない。この件に関してはまた別の策を講じる」
「議長……」
傍らに立つグラディス艦長が申し訳なさげに頭を下げようとするのを、デュランダルは片手で制し、カガリへと謝意を表して頭を下げる。
「本当に申し訳ありませんでした、アスハ代表」
「こちらのことなどいい! ──ただ、このような結果に終わったこと、私も残念に思います。──早期の解決を心よりお祈りします」
カガリも慌てたように頭を下げる。その言葉を聞き、デュランダルの曇っていた表情も少し晴れやかなものになった。
「ありがとうございます」
デュランダルがうやうやしく返答し、会談の終わりを察したタリアが言葉を添える。
「現在アーモリーワンから出発するシャトルは全便欠航中で、議長には本艦に乗艦していただきプラント本国へ、代表にはそこから経由してお国へ戻ることになりますがよろしいでしょうか?」
「いや、構わない。ご配慮、痛み入ります」
「私も構わんよ。グラディス艦長」
両者とも、疲れているはずだが、それを感じさせない表情で頷く。アスランも退室するカガリに続いて艦長室を出ようとしたところで、デュランダルに背後から呼び止められた。
「そうだ、アスラン君」
は、とアスランは立ち止まり彼に向き直る。デュランダルは淡々と告げる。
「君にはプラント本国までアスハ代表の周辺警護を任命したいのだが、良いかね?」
突然告げられた提案に、アスランはたじろぎ、傍らのカガリは若干戸惑ったような表情になる。自分が、カガリの護衛任務に就くだと!?
第一、アーモリーワンの復旧作業も完了していないのに原隊を離れるというのはいかがなものか、と議長に訴えようとする。
「え、いや。しかし自分は……」
「原隊には私から連絡しておくよ。それに旧知の間柄のほうが代表も気を遣わずに済むだろう」
そういわれてしまうと、何も言えない。
それに、とアスランはカガリの姿をちらりと見る。ここに来るまでの随員は先の強奪事件に巻き込まれた際に亡くなったと聞く。頼れる人がいない状況では、彼女も内心不安がっているのでは、とアスランは思案した。
ここは、議長の指示に従うことにしよう。
「……了解、しました」
その言葉を聞き、若干肩の荷が下りたようで、カガリの強張っていた表情を少し緩んだ。
帰還したシンは軍医の診察を受けた後、モビルスーツデッキに足を運んでいた。自分の未熟さで半壊させてしまった“インパルス”の修復の手伝いを整備班に申し出たが、スタッフたち曰くメインモジュールである“コアスプレンダー”はほぼ無傷で、チェスト、レッグの両パーツは予備パーツの交換のみで済むとの事だった。インパルスは元々、チェスト、レッグ、コアスプレンダー、シルエットモジュールをそれぞれ換装することによってモビルスーツの汎用性を極限にまで高め、対応力を増すことを目的とした技術実証機としての側面もある機体だった。予備パーツ自体はかなりの数が"ミネルバ"に搭載されているとの事だ。
故にOSの調整を完了させると、手持ち無沙汰になってしまった。
別命あるまでパイロットアラートで待機しようとモビルスーツデッキを横切ろうとしたところで、メンテナンスクルーたちの会話が耳に入ってきた。
「え、まじで! 信じらんない!」
「ああ、俺もその場にいたけどまさかな……」
見れば、両腕を損傷した“シグーⅡ”のメンテナンスユニットに取りついたヴィーノとヨウランが何かを興奮気味で喋っている。ふと、思うところがあり、シンは格納庫の床を蹴り、彼らのところへと近づく。もしかしたら"シグーⅡ"の、アーモリーワンで助けてくれたパイロットについても何か知っているかもしれない。
「なあ、この“シグー”のパイロット、誰なんだ?」
「それがさ。シン!」
「オーブのお姫様だったんだよ!」
「え……」
その言葉に、一瞬思考が停止する。オーブ、お姫様、その単語が意味するところに考えが至る前に横合いから知ってる声が掛けられた。
「さっきはそれで大騒動だったのよ。議長もその場にいたし……」
見ればルナマリアが愛機の整備が終わったらしく、こちらへと身を流してくるところだった。彼女にもヨウランたちと同じ興奮の色が見える。
「でもなに? そのお姫様がどうかしたの?」
内心に渦巻く感情を鎮めながら、シンはなんとなく搭乗者のことから切り離すようにして話題を続けようとする。
「ああ、いや……“ミネルバ”配属の機体じゃないから、誰が乗ってたのかなって……」
結局、パイロットの話題からは避けられそうにない。今、オーブを統治しているのが自分と年齢の変わらないアスハ家の少女が務めているということは、シンも知っていた。前大戦最大の戦場であったヤキン・ドゥーエ宙域戦にもその身を投じ、大戦終結の一役を担い、オーブでは英雄扱いされているということも。
その事を考えてしまい、どうしても胸の中に苦いものが満ちていくのを避けられない。
そんなシンの様子を気にとめずにルナマリアは続ける。
「操縦してたのは、アーモリーのメカニックだったんだけど……」
そこで、ルナマリアは秘密めかしてシンに語る。
「それがね……アスラン・ザラよ」
「え?」
その人物の名前に、シンは虚を突かれて目を瞬かせる。ルナマリアが身を乗り出し、話を続ける。
「本人がそういったのよ。プラントに戻ってるとは聞いてたけど、まさかアーモリーにいるとはね!」
アスラン・ザラ。当時の最高評議会議長パトリック・ザラの息子で、ザフト軍トップエース。大戦中、地球軍の新型モビルスーツであった"ストライク"を撃破し、ネビュラ勲章を授与。特務隊配属と同時に当時のザフト軍最新鋭モビルスーツ"ジャスティス"のパイロットに任命されたことは、アカデミーの戦史の教科書にも出てくるぐらいに有名な話だ。その後、軍を脱走し大戦終結に尽力したとのことだ。が、その時期の詳細は不明で、大戦終結後に軍に戻ったということだけはシンも知っていたが、まさかこんなところで有名人に出会えるとは思ってもみなかった。確かに彼であったからこそ、強奪された三機を相手に、しかもVIPを乗せた状態でしぶとく立ち回ることもできたのだろう。
「アスラン……ザラ……」
しかし、ならば何故、とシンの中に微かな疑問が生まれる。
何故あれだけの力を持っていながら、彼は今前線から退いているのだろうか?
「しかしこの艦も、とんだことになったものですよ」
通路を進みながら、デュランダル議長は話を続ける。
「進水式前日に、いきなりの実戦を経験するとはね……」
カガリは、護衛を任されたアスランと共にデュランダル議長に案内され、"ミネルバ"艦内を巡っていた。レイ・ザ・バレルという赤服を着た兵士に先導され、彼らはエレベーター前で立ち止まる。
「ここからモビルスーツデッキへ上がります」
「議長! これ以上は……」
アスランが咎めるようにデュランダルに制止の声を上げる。が、議長は頓着する様子も無く、カガリを促す。
「この先が軍事機密に関わるエリアであることは私も承知している。だが、その上で代表には我々の誠意として隠し事なく案内がしたいのだよ」
こう言われてしまっては、一エンジニアでしかないアスランには強く出られないようで彼は押し黙った。エレベーターが動き出し、重力ブロックから離れるに従って、無重力感に包まれていく。
「艦のほぼ中央に位置するとお考え下さい。搭載機数等は、無論申し上げられませんし、現在その数が載っているわけでもありません」
情報公開に制限が掛けられることを聞きながら、カガリは疑うように、デュランダル議長の横顔を覗う。まだ二十歳にもなっていない若造だと見くびられているのか、それとも本当に彼なりの誠意のつもりなのだろうか。
彼の端正で理性的な顔立ちのどこにも、何かを隠すような底意は見えず、しかしどこか裏のあるような不気味な雰囲気を感じる。
と、到着を知らせるチャイムと共にドアが左右へと開かれ、格納庫の全容が視界に広がる。その光景にカガリは圧倒され、暫し息を呑む。
「ZGMF-521──“シグーⅡ”は既にご存知でしょう。我が軍の現行主力モビルスーツです」
議長の指し示した方向には、多数のメンテナンスクルーが取り付いてメンテナンス作業中の"シグーII"の姿があった。その奥には、四層に分割されたデッキが設えられ、アーモリーワンで見かけた白い機体のパーツが見えた。
「そしてこの“ミネルバ”最大の特徴ともいえる、この発進システムを用いる“インパルス”。工廠でご覧になったそうですが?」
「あ、ああ……」
戸惑いながらも、カガリは議長の言葉に頷く。デュランダル議長はその様子に頷き返すと、得意げな雰囲気で説明を進める。
「技術者たち言わせると、これは全く新しい、効率の良いモビルスーツシステムなんだそうで。彼らが言うには、"シグーII"の武装換装システムを発展させ四肢の換装によってあらゆる戦局に対応する全領域戦闘機として開発したそうで」
私にはあまり、専門的なことは分かりませんがね、とデュランダル議長は笑いながら付け加えた後、からかうようにカガリを見やる。
「しかし、姫にはやはりお気に召しませんか?」
その言葉を聞き、カガリは議長へと視線を向ける。彼の熱意ある弁を聞きながらカガリはこの目の前の人物に対してある感情を覚えた。
「議長は、嬉しそうですね」
兵器という人を傷つけ殺す機構を楽しげに語る目の前の男に、アーモリーワンの工廠で感じた薄ら寒さを今もう一度実感して、デュランダル議長という人物が決して信頼できない人であると、カガリは直感的にであるが、そう感じた。
カガリの食ってかかるような言い方に、デュランダルは失笑気味に返す。
「嬉しい、というわけではありませんが。戦後の混乱期から、みな懸命に努力し、ようやくここまでの力を持つことができたということは、やはり……」
「……」
議長の言葉を聞きながら、カガリはやり場のない悲しみを、そして苦しみを思い出す。
「争いが無くならぬから力が必要だ、とおっしゃったな、議長は」
「ええ」
「だが、此度のあの三機のモビルスーツの強奪のために、被ったこの被害の事はどうお考えになる!」
彼女の烈火の如き口調に対して、議長は挑発するように聞き返す。
「だから、力など持つべきではないと?」
「そうは言っていない! だが、あの三機の能力を間近で見た者として、あれだけの力が本当に必要なのか、今更!」
モビルスーツデッキに、カガリの声が木霊する。作業中のスタッフたちが奇異の視線を向ける中、彼女は尚も強く弁を続ける。
「互いが憎いから、とより強い力を、相手を倒す力をと求めた結果、先の大戦で多くの血が流れたのだ! その悲劇を繰り返さないと、我々は誓い合ったのではないのか!?」
軍事力の競争、衝突が歴史上様々な大戦を引き起こし、そしてそのタガがお互いに外れた結果、先のヤキン・ドゥーエ戦役では、人類全滅の一歩手前まで進んだのだ。それなのに、今こうして新たな、そして驚異的な武力を手にしようとする連合勢力とプラントの双方に対して、彼女は危惧を覚え、それを目の前の男に伝えようとする。
だが、その議論を叩き切るように、鋭い声が下方から投げつけられた。
「さすが、きれいごとはアスハのお家芸だな!」
聞こえよがしに発せられたあまりの暴言に、カガリは怒りを通り越して驚きを覚え、声の方に視線を向ける。
「シン!」
レイと呼ばれる兵士が、キャットウォークの手すりを乗り越え、暴言を吐いたと思われる者の所へと宙を行く。
そこには憤怒の色に染まった目でカガリを見る一人の少年がいた。全てを焼き尽くすような、怒りと悲しみに満ちた赤い目は真っ直ぐに彼女を捉えていた。
その凄みに気圧され、少し後退りした時、格納庫の中をアラートが鳴り響いた。
『まもなく本艦は出港します。総員、所定の部署に就いてください。繰り返す──』
「予備パーツの積み込み、急げ! 終わり次第、電装をチェック! 出港したらやり直しは効かんぞ!」
整備班のリーダーと思われる男が声を上げ、凍りついていたスタッフたちがハッとしたように仕事を再開した。一方、シンと呼ばれた赤い目の少年はレイの制止の声を振り切ってパイロットアラートの方へ背を向けて行ってしまった。
「申し訳ございません、議長! この処分は後程、必ず!」
シンを追うように去っていったレイを見やった後、議長はカガリに向き直り謝罪の言葉を発する。
「本当に申し訳ない、姫。彼はオーブからの移住者なので……。よもやあんなことを言うとは、思いもしなかったのですが……」
「え……」
オーブからの移住者。その事実に彼女は身を固し、シンが消えた方向へと目を向ける。彼の発した『きれいごと』という一言、そして、カガリを睨みつけていたあの怒りに満ちた赤い瞳に彼女は不安を覚えた。
*
デブリベルト。
人類が宇宙に進出して以降、廃棄された人工衛星や採掘作業を終えた岩塊、そして戦闘によって破壊された機動兵器や艦船といった様々な廃棄物や残骸が地球の引力に引かれて集まった宙域、いわば宇宙の墓場と言うべき場所である。
その中に、一際巨大な物体、いや大地が存在した。
枯れて凍り付いた麦が一面に広がり、ぽつぽつと点在する家屋は真空の中でその姿をほぼ完全にとどめている。急速減圧によって沸騰したまま氷結した海の周囲には外壁を形作っていただろうハイテンションストリングスが、中途で引きちぎられて漂っている。かつて人が住んでいた様相をそのままに、時間が凍り付いたかのような静謐さを秘めている。
ユニウスセブン。かつて、一発の核ミサイルが撃ち込まれ、二十四万三千七百二十一人の人命が喪われた悲劇の地。
死者たちが眠るその白い大地の上を、この場に似つかわしくない黒い巨人が往く。鶏冠を思わせる意匠を持ったその機体は、ザフト製のモビルスーツ、“ジン”であった。
『太陽風速度変わらず。フレアレベルS3、到達まで予測三〇秒』
“ジン”の他にも連合の“ダガー”タイプや“ミストラル”と呼ばれる作業用モビルポッドの姿もあった。それらはみな、弾痕や塗装の剥げが目立ち、中古の機体をレストア改造したものばかりであると一目でわかった。しかし、独特の規律正しさをもったその声と統率のとれた動きは、彼らが軍人出身であることを窺わせる。
『七号機、敷設完了。離脱します』
コクピットに彼の部下たちの声が響く。我々はこの時を二年間待ったのだ。もうすぐ、その時は訪れる。
サトーは作業を進めながら、他の仲間の状況を確認する。
「急げよ。 九号機、状況は?」
『こちら九号機。間もなく完了します』
モニターに映し出される巨大なテンキーパッドをモビルスーツの指で入力し、それを終えると、上方へと離脱する。見れば、ストリングスにはびっしりと超電導材ワイヤーが巻き付けられ、各所には同様のテンキーを備えた電磁加速器が設置されている。
『放出粒子到達確認。フレアモーター、受動レベルまでカウントダウン、開始』
観測員からの報告が続く。
フレアモーター。元々は、アステロイド・ベルトから資源衛星を地球圏に牽引するために用いられる機材だ。太陽風と共に放出される太陽の磁場を利用し、物体を動かす。磁石同士が引き合う原理で推進剤などのエネルギーに頼らず、大質量の物体を移動させる手段である。これを逆に用い、ユニウスセブン全体に太陽風と反発する磁場を纏わせ、干渉し合ったユニウスセブンは地球に向かって押し出される。力は僅かであるが、一度安定軌道から外れればあとは地球の引力によって落下コースに乗るだろう。
やや興奮した観測員のカウントダウンが続き、サトーは愛機“ジンハイマニューバ二型”のコクピットの中で死者たちに祈りを捧げるよう静かに目を閉じる。
これは死者たちの眠りを妨げる行為だ。
だが、それでも彼らの悲哀を、理不尽に焼き殺された怒りを代弁しなければ、地獄に堕ちても死にきれない。その為であれば、悪鬼羅刹と罵られようと、どのような汚名であっても背負おう。
『三……二……一……。 フレアモーター、作動!』
次の瞬間、作動した電磁加速器の稼働ランプが次々と灯り、ユニウスセブンを赤く照らし出す。この瞬間、ユニウスセブンは静止した墓標から、恐るべき脅威へと静かに変貌した。
「アラン……クリスティン……」
コクピットに貼り付けた幾つかの写真をサトーは愛おしげに指でなぞる。その中では、ザフトの制服に身を包んだ青年とサトー自身、抱き合って笑う若い女性の姿があった。他にも、共に戦ってきた戦友や恩師、最愛の家族の姿もあった。皆、心底嬉しそうに笑顔をサトーに向けている。
「皆、我らの我儘に巻き込んでしまってすまない……」
許しを請うように首を垂れる。だが、今更許しなどいらない。そして、もう引き返すこともできない。
「だが、成さねばならんのだ! お前たちの無念、我らが果たす!」
『ユニウスセブン、移動開始を確認!』
巨大な大地がゆっくりと、しかし着実に動き始めた。空気抵抗の存在しない宇宙空間では物体は動き出すと抵抗なく加速していく。そしてユニウスセブンが向かう先には青く輝く巨大な星、地球の姿があった。
「──さあ、行け。我らの墓標よ!」
それを見送りながら、サトーは高らかに告げる。
「嘆きの声を忘れ、真実に目を瞑り、またも欺瞞に満ち溢れるこの世界を、今度こそ正すために!」
絶対座標ではなく相対座標なのね、理解した。どうも、野沢瀬名です。
Re:DESTINY第三話です。まさかの三話目でインパルス中破しちゃいました。でも、ウィンダム&ネオ&ガンバレルの三連コンボ相手じゃやむなしだよな……。まあ、ネオの評価ではこれから伸びしろデカいそうなのでシンの今後の成長に期待しましょう。
そして動き出すかつての悲劇の地……!