機動戦士ガンダムSEED Re:DESTINY   作:野澤瀬名

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ユニウスセブン落とし、ってコロニー落としと同義なんですよね……(今更)


PHASE.04 終わる世界(前編)

 アーモリーワンを出港してプラント本国への航路について暫く経ったあたりだ。当直をアーサーに任せ、艦長室で休息でも取ろうかと、思っていた時、この人とばったり出会ったのは。

 

「気にすることはないよ、タリア」

「失敗を慰めて欲しくて、部屋に案内したわけじゃありませんわ」

 

 苦笑しながらタリアは紅茶の入ったカップに口を付ける。ソファセットの傍らに座るデュランダルはいつもの様子で公式文書が流れていく電子ボードに目を走らせている。

 彼らは恋人であった。あった、というのその関係は既に過去のものであり、今の関係は親しい間柄といったところである。

 二人が出会い、付き合い始めたのはお互い学生の身であった時だ。まだ、ごく平凡で、ささやかで小さな世界だったが、二人の関係は満ち足りたものであった。その後、ある事情がその関係に終わりを告げてしまうも、その後も親友としての関係は続いている。

 二人の関係を知る者たちの中には、色仕掛けで艦長職を手に入れた、などと嘯くものたちがいることも知っている。彼女にとっては言わせておけ、というのが本音である。そんなものに頼らずとも自分は今の職務を勝ち取れたと自信を持って言える。まあ、面と向かって言ってくる奴がいたらその時は平手打ちの一発や二発出てしまうかもしれないが。

 

「あまり根をつめ過ぎないでくださいな。 目を悪くなさるわよ?」

 

 優しく響くタリアの声にデュランダルは相変わらず「うむ」と生返事を返す。少しだけあの頃に戻ったような、穏やかで少し苦い、だが心地よい沈黙が二人の間に満ちる。

 その静寂を破って、デスクから緊急を知らせる無粋な電子音が流れる。微かな苛立ちを覚えながらも、スイッチを切り替えすぐさま応答する。

 

『艦長! デュランダル議長に最高評議会よりチャンネル・ワンです!』

 

 チャンネル・ワン。その単語に後ろに座していた男が鋭く顔を上げる。第一級優先の、緊急を要する内容がもたらされたということだ。

 

 

 

「なんだって!?」

 

 カガリの絶叫にも似た声が、士官室に響き渡る。

 

「ユニウスセブンが動いているって……いったいなぜ!?」

 

 恐らくどんな人間であっても、豪胆かつ冷静であった彼女の父であったとしても、同様の反応を見せただろう。それほどまでに、誰もが予想しなかった知らせであった。然しものデュランダル議長も、今回ばかりは表情に緊張が見える。

 

「それは分かりません。──だが、動いているのです。それもかなりの速度で、最も危険な軌道を」

 

 深刻な口調で、だが、澱みなく告げる彼の様子を見て、この人はこのニュースを聞いて驚いたのだろうか、と場違いな想像が浮かぶ。なんとなくだが、デュランダル議長が慌てふためく光景が想像できない、とカガリは頭の片隅で思った。

 

「ユニウスセブンのコースのズレは、既に本艦からも観測、確認しました」

 

 タリア艦長が事実を裏付けるように告げ、手元のモニターに地球へと向かうユニウスセブンのコースが示された。傍らで呆然と立ち尽くしていたアスランが、動揺に揺れる声音で独り言のようにつぶやく。

 

「しかし、なぜ……! あれは百年の安定軌道にあると言われていたのに……」

 

 彼の母親の遺体は今もユニウスセブンに眠っている。そのことをカガリは思い出し、アスランの胸中を考えると胸が張り裂けそうになる思いだった。デュランダル議長も彼に労るような視線を向けながらも考えられる要因を口にしていく。

 

「隕石の衝突か……はたまた他の要因か……」

 

 しかし、とデュランダル議長はそれらの疑念を脇に置き、明確な事実をはっきりと告げた。

 

「ともかく、動いているのですよ、今この時も。地球に向かって」

 

 カガリの背筋が凍り付く。直径十キロにも及ぶプラントが地球に落ちる。そうなれば地球はどうなる? 

 陸地に、人口密集地にでも落ちれば、そこに住む人たちは……? 

 纏わりつくような恐怖を振り払うようにカガリは矢継ぎ早に問いかける。

 

「オーブは、各国政府の動きは!? 避難勧告などは行われているのか!?」

「落ち着いてください、代表。どうか落ち着いて」

 

 デュランダル議長の落ち着き払った態度に、カガリも自身の動揺をなだめようと深く息をつく。が、この状況で落ち着くことなどできそうにもない。

 

「既にプラントからは現状の報告と原因の究明、回避手段の模索に全力を上げると各国に通達しています。また、軍本部からも破砕作業用の機材を装備した部隊が先発したと連絡が入っています」

 

 目の前の男は、そんなカガリの様子と反対に沈鬱な調子でありながらも、取り乱すことなく事態への対応、措置を告げていく。その姿はまさしく一国を導くリーダー、指導者の鏡と言えるだろう。そう、まるで舞台で与えられた役柄を完璧にこなす演者のように。

 

「姫には申し訳ないが、この"ミネルバ"にもユニウスセブンに向かうよう特命を出しました。幸いにも位置が近いので。どうかご承知いただきたい」

 

 丁重に頭を下げた議長に、カガリは勢い込んで頷く。

 

「無論だ! むしろこちらにとっての一大事なんだ、これは……!」

 

 そのままの調子で「私にも、何かできることが……」と口から出かけたところで、ふと今の自分に何ができるか、と自問が胸の中を通り過ぎた。

 何ができる? なにもできない。落ちていくユニウスセブンを止めることも、国元で対策を立てることも、国民のそばにいてやることすら、今の自分にはできないのだ。

 デュランダル議長が、そんなカガリの焦りを救うように、そっとなだめるように言葉を投げかけた。

 

「そのお気持ちだけで結構です。何かお力をお借りしたいことがあれば、こちらから申し上げます」

「頼む……」

 

 自分の情けなさを痛感した彼女はどうにかその一言を告げて、頭を下げるのだった。

 

 

 

 “ミネルバ”の全クルーたちにもユニウスセブン落下コースへの変位という緊急事態は瞬く間に広がった。

 なぜ、どうして、とクルーたちの顔には疑念と共に深刻な雰囲気が漂う中、レクルームでもシンたちはこの事態について話し合っていたところであった。

 

「で、ユニウスセブンを俺たちはどうすんのさ!? 地球に落とすワケにはいかないじゃんか!」

 

 いつもは明るいヴィーノの顔には焦燥の色が見える。

 確か彼も地球出身だったはず、とシンは思い出す。先の大戦時に、北欧が連合の支配下に置かれた際にプラントに移住してきたと聞く。生まれ故郷が無くなるかもしれない一大事に焦るのも無理はないだろう。そのことは、シンにも痛いぐらいに理解できた。

 その彼の問いかけた、落下するユニウスセブンをどうするか、について一同は考え込む。ヨウランが真っ先に口を開いた。

 

「そりゃ……スラスターとかで軌道をずらしてとか」

「砕くしかない」

 

 と、ここまで静寂を保っていたレイが答えた。

 

「砕くって……」

「アレを!?」

 

 簡単そうに出されたその案に、全員が顔を見合わせる。

 レイは淡々と、事実を言う。

 

「落下コースに入ったあれだけの質量の軌道変更は容易ではない。だが、細かく破砕できれば……」

「大気圏で燃え尽きる……?」

 

 シンの呟きに、レイは肯く。だが、その案に思わずヨウランは現実的な問題を挙げる。

 

「で、でもデカいぜぇ、あれ!? 最長部は十キロはあるっていうじゃねーか!」

 

 実際、過去ユーラシア大陸に落下した隕石は直径約五十メートルと推測され、大気中で破砕した結果、二千平方キロメートルが薙ぎ払われたとされる。学者の話では地表に激突していた場合、五百メートル近いクレーターが形成されていたかもしれないとされている。最悪その程度まで被害を抑えようとなると破砕作業も大掛かりなものになるだろう。残された時間もそう多くはない。

 

「だが衝突すれば地球は壊滅する」

 

 レイは、恐るべき可能性を眉一つ動かさず、冷たいともとれるほどの無表情で告げた。

 

「そうなれば何も残らない。そこに生きる全てのものは」

 

 レクルームにいた仲間たちが一様に重く沈黙する。何もかもが死ぬ。人も物も草木も動物も──。捨ててきたはずの故郷の風景を無意識に重ね、シンはいつの間にか手に持っていたドリンクのカップを半分潰しかけていたことに気付いた。ヴィーノが泣き出しそうな顔でみんなの顔を見る中、ルナマリアはこの空気に耐えかねたように少し掠れた声で口を開く。

 

「地球……滅亡……?」

「……だな」

 

 ヨウランはわざとめいた様子で肩をすかした後、若干おどけた調子で言い放つ。

 

「でも、それも、しょうがないっちゃしょうがないかぁ……」

 

 彼の言いように、ヴィーノが少し怯んだように肩をすくませる。シンもまた、彼の言葉に少し言い過ぎだと尻込みを覚える。

 

「ヨウラン!」

 

 メイリンが彼の毒舌を咎めるように声を挙げた。が、ヨウランはこの重い雰囲気を振り払おうとさらに言いつのろうとする。

 

「不可抗力だろ! けど、変なゴタゴタとかきれいに無くなって、案外ラクかも──」

「よくそんなことが言えるな! お前はっ!」

 

 突然横合いから飛んできた鋭い叱責に、ヨウランは飛び上がり、シンたちも驚いて声の方を見る。部屋の入口からヨウランの方へと激怒した様子で歩いてきたのは、今一番顔を合わせたくない相手、カガリ・ユラ・アスハだった。シンは思わず顔をしかめ、彼女から距離をとるように後ずさる。

 レイが落ち着き払った様子で敬礼し、他の者たちも気まずそうな表情で姿勢を正し、彼女に敬礼する。

 

「しょうがない? 案外ラク? 一体どれだけの人たちが犠牲になるか、分かっているのか!?」

 

 カガリが激しい口調でヨウランに言い寄る光景を見て、ルナマリアがあちゃー、といった表情で顔に手をやる。流石に今の発言はまずかった、とシンも内心思う中、叱責されたヨウランもその様子でしどろもどろになりながらもなんとか弁明しようとする。

 

「あ、いや言葉の綾っていうか、その……」

「冗談だったとでも!? 言っていいことと悪いことの区別すらできないのか!?」

 

 カガリの激昂した口調に、神妙な態度をとっていた皆の顔に、うんざりとした表情が漂う。まるで、ナチュラルに言われなくても分かっている、とでもいうような感じであった。シンも、今の発言に関してはヨウランが全面的に拙かったのは認める。が、こう頭ごなしに糾弾されれば、誰だって反感を買うだろう。シンは彼女に向かって、そのあたりでやめにするよう、言葉を投げつけた。

 

「もうよせよ。ヨウランも本気で言ったわけじゃないってことぐらいわからないのかよ、アンタは」

「なんだと!?」

「アンタから説教されなくても、みんなこれが大事だって、分かってるさ! なのに、アンタは上からきれいごとバッカ言って!」

 

 ついぶっきらぼうな言い方になり、カガリはキッとシンを睨みつけ、シンも睨み返す。レクルームに不穏な空気が立ち籠める。

 

「シン、言葉に気を付けてよ!」

 

 ルナマリアはシンを咎めるも、その言葉をうけて彼女に向かって軽蔑したように肩をすくめてみせる。

 

「……すみませんでした。そういえば偉い人でしたね。この人、オーブの代表だし」

「おまえ!」

 

 激昂したカガリが、食って掛かろうとし、シンもそれを見て構えようとしたその時だった。

 

「やめろ二人とも!」

 

 二人の腕を引っ掴むようにして第三者が割って入って止める。アスラン・ザラだ。

 

「いい加減にしろ、カガリ! 君は国のトップなんだろ? 行動一つ一つが問題になることぐらい理解するんだ!」

 

 大分、というかかなり乱暴な物言いに、シンも思わず驚く。というか、一国の指導者にこんな口の利き方をするのかこの人は。

 睨み合っていたカガリとシンを引き離したアスランは、シンに向き直ると、静かに、だが不穏な調子でシンにたずねる。

 

「シン、だったかな。君はオーブを大分嫌っているようだが、なぜなんだ?」

 

 詰問に対して、シンは俯きかける。が、続く言葉にシンは相手が誰であるかやここがどこであるかも忘れた。

 

「何があったかは知らないが、一士官がくだらない理由で関係のない代表に突っかかって外交問題に発展させる気なら──」

「くだらない……? くだらないなんて言わせるか!」

 

 シンの脳裏に、あの日の出来事がよみがえる。目の前に助けを求めるようにして転がっていた小さな手を。たった九歳で断ち切られた幼い命を。家族の全てを奪っていった砲火を。

 湧き上がった怒りのまま、シンは眼前の少女に向かって言い放つ。

 

「関係ないってのも大間違いだ! 俺の家族はアスハに殺されたんだ!」

「殺された……?」

 

 金髪の少女は一体何を、という感情の凍結したような表情で立ち尽くす。その言葉に周囲のみなが凍り付くが、シンは構わずに目の前の責任を負うべき少女のみを見据えて続ける。

 

「国を信じて、アンタたちの理想ってのを信じて! そして最後にオノゴロで殺された!」

 

 他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに干渉しない──。

 オーブが掲げた理念は確かに美しいものだろう。だが、その理念を貫くために、守るべき国民を犠牲にして苦しめるようでは本末転倒もいいところだ。挙句、その理念を唱えた連中が自分だけ生き残り、戦後に英雄だなんだともてはやされ、またもきれいごとを並べるカガリを、自分は絶対に許さない。

 

「だから俺はアンタたちを信じない! オーブも信じない! アンタたちのきれいごとも信じない! アンタたちの言葉で誰が死ぬことになるのか、ちゃんと分かってたのかよ!?」

 

 血を吐くようなシンの叫びに、カガリは一言も発せず、血の気の失せたような表情を浮かべていた。が、それでもその双眸はシンへと向けられていた。先程までの怒りに満ちた瞳ではなく、そこには驚きと、そして痛ましいものを見るような憐れみの表情があった。そんな目で見られることがさらにシンの心を逆撫でて、彼は彼女に向かって吐き捨てる。

 

「何もわかってないくせに、わかったようなこと言わないでほしいね!」

 

 激情に駆られるまま、シンはレクルームを飛び出す。後ろからヴィーノやルナマリアが制止する声が追ってくるが、足を止めることはしなかった。

 相手から撃たれるのに、口だけの正義や正論が何の役に立つ? 相手が撃ってくるのに言葉だけでそれが止められるわけがない。仲間を、自分を守るためには力を得るしかないのだ。

 

 

 

 

 

 漆黒の宇宙空間を、ユニウスセブンはストリングスをなびかせながら、地球へと静かに、だが着実に引かれていた。その後方から、ナスカ級高速戦艦“ボルテール”とその僚艦二隻が接近しつつあった。“ボルテール”の艦橋のメインモニターには光学センサーが捉えたプラントの残骸が映し出されて、ブリッジに集まったクルーたちはそれを見つめていた。

 

「こうしてあらためて見ると、デカいな……」

 

 一般兵士の制服を着た、金髪褐色肌の男がしみじみと呟く。普段は斜に構えたような態度をとっていることの多い彼だが、流石に圧倒されたのか、今は真剣な表情を浮かべ、ユニウスセブンを睨みつけている。名はディアッカ・エルスマンという。

 

「当たり前だ。住んでいるんだぞ、俺たちは。同じような場所に」

 

 隣に立つ指揮官服姿の銀髪の男が、咎めるように鋭く返す。年は、ディアッカと同じ、二十歳前後で、切れるような整った顔立ちと、鋭い青い瞳は初対面の者に冷たい印象を抱かせる。が、大抵その第一印象は裏切られることが多い。叱責というより、信頼の置ける者に対するぞんざいな感じで、彼は続ける。

 

「それを砕けっていう今回の仕事がどんだけ大ごとか、あらためて分かったって話だよ」

「ディアッカ、大体お前は危機意識が薄いんだ。ヘラヘラしていないでもっと緊張感を持て」

 

 冷淡に返した指揮官の名前は、イザーク・ジュールという。ディアッカは冷たく返してきた相方に不満げな表情でのぞき込む。

 

「……なんかお前にだけはいわれたくないんだけど」

「どういう意味だ、それは」

 

 イザークが不機嫌になる様子を見て、彼は肩をすくめながら追及される前にかわしてみせる。

 

「いいえェ、何でもございません、隊長殿ォ」

「こんな時だけ隊長呼ばわりするな!」

 

 二人のやりとりを周囲のクルーたちは、またか、といった感じで噴き出すのをこらえるように見守っている。このような二人であるが、どちらも前大戦で数々の激戦を経験し、生き残ってきた猛者である。

 そんな彼らのやり取りを微笑みながら見守っていた一人のクルーが、表情を改めると疑問の声をあげた。

 

「……でもやっぱり変ですよねコレ?」

 

 彼女の名はシホ・ハーネンフース。プラントでも有数の高エネルギー物理学の第一人者であり、またイザーク、ディアッカと並ぶ、ザフト軍エースパイロットの一人でもあった。彼女の言葉にイザークとディアッカも振り向く。

 

「これだけの質量なんです。コースを変わるならそれこそ前大戦で使われたジェネシスと同じくらいのエネルギーを指向するか、同程度の大質量をぶつけた反動じゃないとこんなコースはとらないはず……」

 

 その言葉に艦橋のクルーたちが一様に怪訝な表情を浮かべる。

 ジェネシス。ヤキン・ドゥーエ宙域戦で投入された核エネルギーを使用したγ線レーザー砲は、ラグランジュポイントから地球を狙撃できる大量破壊兵器である。が、当然そんなレベルのエネルギー放射があれば既に観測されているだろう。同じように大質量デブリもザフト連合両軍が常時監視しており、危険な軌道変更が行われればすぐに察知されるはずである。

 

「じゃあ、何がユニウスセブンのコースを変えたっていうじゃん? ちんけなロケットブースターとかじゃ動くわけないだろ?」

「わかりません。でも、百年周期での安定軌道を外れたからには原因があるはずです」

 

 シホの言葉を聞きながら、イザークは思案する。外部からの干渉なら既に原因の予測がつく。なのに未だにその判別がつかない。だが、ユニウスセブンは動いた……。

 確実な情報が不足する中で、イザークは一つの仮説を出した。

 

「つまり、外部からではなく、ユニウスセブン自体に異変が生じた、または何か細工がなされた、という可能性か」

「おそらくは」

 

 シホの同意を得てイザークはすぐさま、モビルスーツ管制官に指示を出した。

 

「作業部隊の第一陣にライフルを装備させろ。ディアッカ、その現場指揮を任せる。周辺警戒は厳となせ!」

「りょーかい!」

 

 打てば響くといった様子で、ディアッカは敬礼しながら、エレベータの方に体を向ける。続けざまにイザークは部下たちへと指示を下していく。

 

「第二、三陣にも同様だ。指揮はそれぞれシホと俺が執る。“ボルテール”らは後方からユニウスセブンの監視を続けろ」

 

 イザークの指示を待たず、オペレーターたちが仕事をはじめた。活を入れるように、イザークは鋭く命じる。

 

「いいか、時間があるわけじゃない。“ミネルバ”も来る。手際よく動けよ!」

 

 

 

「カガリ、入るぞ」

 

 士官室の前で一言かけてから、アスランは扉を開ける。中ではカガリが一人、俯きながらベッドに腰掛けていた。彼女はこちらを一瞬ちらりと見るが、すぐに視線を下に向けた。

 アスランは持ってきたドリンクのパックをデスクに置くと、カガリの傍にかがみこむ。

 

「アスラン……」

「分かってたはずだろ。あんなふうに思っている人たちだっているって……。今、考えても仕方ない……」

 

 アスランはカガリに語り掛けながら、先程彼女に対して暴言をぶつけた赤い瞳の少年、シンのことを思い出す。

 彼はユニウスセブンで母を亡くした自分と同じだ。大切な人を喪い、悲しみと怒りのまま、敵を憎み、武器をとって戦った。その結果、アスランは先の大戦で親友と戦うことになり、お互いに大切な人を殺し合うことになった。

 

「分かってくれ、と言っても彼には通じないだろう。今は、自分のことでいっぱいなんだ、きっと」

 

 そしてそんな自分を止めてくれたのが、カガリだった。

 

『殺されたから殺して殺したから殺されて……。それで最後は平和になるのかよ!?』

 

 涙でくしゃくしゃになりながら叩きつけられた彼女の言葉は、今でもアスランの心に根付いていた。だから、認め合わない者同士、憎しみに駆られるまま際限なく殺し合おうとしていた世界を止めるべく、アスランは彼女や志を同じくした仲間たちと共に戦った。

 だが、現実はどうだろう。ナチュラルとコーディネイターの溝は無くなっておらず、未だに水面下では連合とプラントは軍事競争を続けている。そして、アスランもまた、兵器開発という形でその一端を担っているのだ。

 考えるうちに、自分まで暗い感情に囚われそうになる。

 

「……ホントに、仕方ないのかな……?」

 

 カガリの呟きに、ハッとアスランは顔を上げる。そこには、涙ぐみながらも、毅然とした表情のカガリがいた。

 

「そうやって、仕方ない、無駄なことだ、分かり合えない、って決めつけて諦めたら、何も変わらない……って」

 

 アスランはその言葉を聞きながら、二年間の彼女の成長を感じていた。

 

「私は何もわかっていないさ。アイツが、シンが言った通り、分かったように口を開く偽善者なのかもしれない。でも、だからアイツと話さなきゃいけないんだ私は……」

 

 彼女は強い。その強さを見て、自分の中に渦巻いていた重苦しい感情が少し薄れるのを感じられた。

 

「話をしなきゃ、分かり合うことすらできやしないんだ」

「……カガリは強いな、やっぱり」

 

 え、とアスランの呟きにカガリはキョトンとした。アスランはそんな彼女に対して微笑みを向ける。

 そうだ。まだ諦めるわけにはいかない。ナチュラルとコーディネイターの対立も、今地球に落ちていこうとするユニウスセブンのことも。

 アスランは、カガリの金色の瞳を見据えて、はっきりと告げた。

 

「……カガリ、話がある」

 

 

 

 パイロットアラートのソファに体を預けながら、シンはモビルスーツデッキに並ぶ機体を見つめていた。

 今は誰にも会いたくなかった。これまで打ち明けたことのない自分の過去をああやって知られてしまって、同情されたり腫物扱いされるのは御免だ。

 ぼうっとガラスの向こう側を見つめながら、自分がさっきカガリにぶつけた言葉を、その前の、モビルスーツデッキで彼女の発した言葉を思い出す。

 確かに戦争しないで済むのなら、それが一番だ。コーディネイターとナチュラルが手を取り合って平和に暮らしていけるのなら、それが本当に良いことだとシンだって思っている。

 だが、相手がこちらの差し出した手を払いのけ、銃口を突き付けてくるならどうすればいいのだろう。言葉で銃弾が防げるというのだろうか。

 結局、力が無くては、何を声高に叫ぼうとも力あるものに捻り潰されてしまうのだ。あの日のオーブのように。そしてマユを、家族を守れなかった自分のように。

 だからこそ、自分は“インパルス”という力を手に入れた。手に入れたはずだった。

 実際はどうだろう。アーモリーでは“カオス”“ガイア”“アビス”の三機に良いように逃げられ、あの新型には“インパルス”を成す術もなく翻弄された。

 俺は、強くなれたのだろうか? 

 アラートのドアが開き、シンは我に返る。入ってきたのは白色を基調としたパイロットスーツに身を包んだレイだ。彼はシンを気にすることなく壁際のディスプレイの前に立つと、これから行われる破砕作業のデータチェックをはじめる。軍紀に厳しい彼のことだ、先程の騒動で何か言われる、と身構えていたシンは、思わずレイの背中を見つめていた。

 

「なんだ?」

「いや、べつに……」

 

 肩越しに問いかけられた彼の言葉に、シンは思わず言葉を濁す。

 

「気にするな、俺は気にしていない」

 

 普段と変わらないその様子にシンは彼なりに気遣ってくれているということが分かった。だが、とレイは一拍置いてから続ける。

 

「それはお前の正しさだ。普遍的な正しさではない」

 

 シンは少し虚をつかれて、しかし咄嗟に無愛想な調子でレイに返していた。

 

「分かってるさ、そんなこと!」

 

 ──本当に分かっているのだろうか、自分は。

 正しいのだろうか、彼女に投げかけた言葉は。

 

 

 

 カガリのいる士官室を出たアスランは、まっすぐ艦橋をめざした。彼女も同行すると言ってくれたが、アーモリーワンからまともに休息も取れていないことを指摘し、部屋で休んでいるように伝えた。

 艦橋に通じる基幹エレベータに向かう通路を歩いている途中、曲がり角で、赤い髪の少女と鉢合わせた。

 

「あ」

 

 確かルナマリアという名の少女は、不意をつかれたのか慌ただしく、アスランに頭を下げた。

 

「その、先程は失礼しました。ただシンもヨウランも悪気があって言ったわけじゃないんです。ちゃんと私からも言っておきますから!」

 

 しどろもどろになりながらも謝罪の意を示した彼女に、アスランも彼女を制するように手を掲げる。

 

「あ、いや。なにも、俺に謝られても困るというか……」

「あ、そう、ですよね……。ごめんなさい」

 

 彼女の実直なその態度に、アスランも内心少し感じていた彼らへの憤りを収める。

 

「みんな、何も知らないだけなんだ……。自分のことも他人のことも」

 

 アスランが低くつぶやくと、彼女はキョトンとしたような顔でアスランを見る。アスランは、ルナマリアに少し微笑み、そのままやってきたエレベータに乗り込んだ。

 何も知らないのだ。シンも、彼の仲間も、勿論自分やカガリも互いに知っていることなどたかが知れている。だからこそ、話し合わなければ知ることすらできないのだ。

 そのためにも、自分が今できることをやる。その決意を胸に、アスランは“ミネルバ”の艦橋へと足を踏み入れた。

 

「阻止限界点まで時間は?」

「あと、十時間と五十五分です」

 

 緊迫したやりとりを聞きながら、アスランが進み出ると、オブザーバー席に座っていたデュランダルが気づき振り向いた。

 

「どうしたのかな、アスラン?」

 

 タリアも彼の声で気づいたようで、こちらに目をやる。アスランは彼らの視線に臆せず、口を開いた。

 

「無理を承知でお願いします。私にもモビルスーツをお貸しください」

 

 その言葉に、艦橋のクルーらが皆、驚き注目する。タリアは、少し困惑したような表情になる。無理もない。彼は本来の“ミネルバ”乗員ではなく、議長の特例措置で要人の警護任務にあたっているのだ。おいそれと許可を下すのは難しいのだろう。

 

「既に代表には許可をいただいています。それにこの状況で、ただ見ているだけなど、自分にはできません!」

 

 モビルスーツパイロットとしての力があり、そしてこの危機的状況を何とかしたいという想いがアスランにはあった。彼は深く頭を下げる。

 

「使える機体があるのならどうか……!」

「気持ちはわかるけど……」

 

 と、そこにデュランダルの声が重なった。

 

「いいだろう。私が許可する」

「議長……」

 

 あっさりと許可を下した議長に、二人は思わずそちらに目を向ける。デュランダルは切れ長な瞳に笑みを含みながら、アスランを見つめていた。

 

「私が責任を取るよ、艦長。それに出せる機体は一機でも多い方がいい」

 

 その言葉に、しかしタリアは若干不承不承の色を示す。だが、デュランダルは柔和な笑みを浮かべながら、冗談めかして言う。

 

「腕が確かなのは、君も知っているだろう?」

 

 その時、アスランは何故か議長が本心から楽しんでいるように思えた。

 この危機的状況下で? いったい何を? 

 だが、次の瞬間には、デュランダルから笑みは消え、アスランに向かって真摯な口調で話していた。

 

「改めて頼むよ、アスラン」

「了解しました」

 

 

 

 クラゲの触腕のようにストリングスを漂わせながら動き続けるユニウスセブンの各地に“ゲイツR”たちが巨大な作業機器“メテオブレイカー”と共に凍った大地に降り立つ。三本の固定脚と台座、中央に掘削用のパイルを装着したこの機器は本来、小惑星の掘削・破砕作業に用いられるものだ。今回はパイル中央部に高性能爆薬を充填してユニウスセブンに打ちこみ、内部で爆破することで破砕することを目的としていた。

 

『こちらロメオ・アンタレス・ツー、“メテオブレイカー”の接地完了。固定作業に移る』

『起爆深度はマイナス25に設定』

 

 その作業の様子を見守りながら、ディアッカはチリチリとした緊迫感を感じていた。前大戦の時に出会い、共に戦ったナチュラルの少女やその仲間たちが住む地球にユニウスセブンが落ちるかもしれない恐怖や焦燥もあるだろう。だが、それ以上に死線を掻い潜ってきたパイロットとしての勘が、何か危険を感じ取っているように思えた。

 と、その時、作業を進めていた“ゲイツR”が“メテオブレイカー”ごと爆発したのを視界の端でとらえる。その時には既にスラスターを吹かせて、回避行動をとる。コクピット内部に敵機からの攻撃を報せる警告音が鳴り響き、通信機から部下たちの悲鳴のような声が届く。

 

『エルスマン隊長! ジャンが!?』

「各機散開! 全周囲警戒しろ!」

 

 とっさに部隊員に呼びかけながら、ディアッカは自身の機体“シグーⅡ”の背部にマウントした、M1500オルトロス高エネルギー長射程ビーム砲を構えさせながら工作隊の前へと出る。見れば、周囲に漂うビルの残骸や構造体の影から数機の機影が飛び出し、ビームライフルやマシンガンを連射しながらこちらに接近してくる。黒をベースとした迷彩塗装を施された機体をデータ照合すると、それは見知ったモビルスーツであるザフトの“ジン”と連合の“ストライクダガー”であった。だが、機体各部には過積載といえるほどのミサイルランチャーやグレネード、それらを無理やり運用するための追加されたブースターによってシルエットは大きく異なる。敵対するはずの組織の機体と共に、本来友軍機である“ジン”が敵対行動をとりながら迫るある意味珍妙な様相に、ディアッカの部下たちは激しく動揺する。

 

「なんだ、こいつら!?」

「エルスマン隊長! 指示を!」

 

 対応に遅れた部下の“ゲイツR”を庇うようにシールドを掲げながら、ディアッカは鋭く命じると同時に母艦に緊急コールをかける。

 

「一時作業中止! 各自、応戦しろ! イザーク!」

 

 “ボルテール”の方でも状況変化を察知したらしくイザークが務めて冷静に指示を出す。

 

『今シホを出した! 俺もすぐ出る。ディアッカ、到着まで工作隊と“メテオブレイカー”を守れ!』

「なるべく早く頼む! そう持たないぞ!」

 

 ディアッカは改造“ジン”と“ダガー”の部隊に向かって腰だめに構えたビーム砲で牽制射撃を放つ。が、所属不明機たちは易々とその射撃をかわして“メテオブレイカー”を保持した“ゲイツR”に向けて肩部ミサイルポッドの三連射を撃ちこむ。“メテオブレイカー”を保持して回避運動もままならない“ゲイツR”はそのまま爆発に飲み込まれて、掘削機材ごとユニウスセブンの地表に叩きつけらた。ディアッカの背中に冷たい汗が流れる。

 

 

 

『モビルスーツ発進三分前。各パイロットは搭乗機にて待機せよ。繰り返す──』

 

 “ミネルバ”広大なモビルスーツデッキに管制官のアナウンスが響き渡る。アスランはパイロットスーツの気密をチェックしながら自身に貸与されたシルバーグレーの機体に向かって飛んだ。赤い“シグーⅡ”のそばを通り過ぎた時、技術スタッフと会話していたらしいルナマリアが彼の姿を目にして驚いた表情になったのを横目で確かめた。

 

「もしかして、彼、アスランも出るの?」

「らしいよ。ま、元エースがいるなら心強いってもんさ」

 

 興味津々といった様子の彼らの横を通り過ぎて、アスランは自身が登場する“シグーⅡ”のコクピットハッチに手をかける。技術主任のマッド・エイブスが機体の一通りの説明をしてくれる。

 

「両腕部の修理は完了してある。あと、ペダルは要求通り固く設定した」

「……プラス四でしたね」

 

 返事をしながら、アスランはシートに座った。ガントリークレーンが白くペイントされた“シグーⅡ”をカタパルトデッキへと運んでいく様子を見ながら、アスランは機体を立ち上げていく。が、その時緊急を報せるアラートがデッキ中へと響き渡った。

 

『発進停止! 状況変化!』

 

 続く、管制官の慌ただしい言葉にモビルスーツデッキにいたクルー全員が驚愕する。

 

『ユニウスセブンにてジュール隊が所属不明機と交戦中!』

「なんだって!?」

『各機、対MS戦闘用に装備換装してください!』

 

 慌ただしく発進シークエンスが中断され、メカニックマンたちが機材片手に走り抜ける。アスランもまた、アナウンスの内容に驚いていた。

 

「イザークが……?」

 

 アスランと同期で、同じ部隊に配属された戦友であるイザークの名が出たこと、それ以上にその彼がユニウスセブンで交戦中……!? 

 追加の情報を欲した彼は艦橋との通信チャンネルを開き、管制官にたずねる。

 

「どういうことだ、状況は!」

 

 管制官の少女も困惑気味の様子で、アスランに指示を下す。

 

『不明です! しかし本艦の任務がジュール隊支援であることに変わりなし! 換装終了次第、発艦願います!』

 

 所属不明機との交戦。思いもしない事態へと発展しつつある、とアスランは焦燥を覚える。このタイミングでの攻撃、すなわちそれがユニウスセブンのコース変動が人為的なものであったという証拠の一つになりえるからだ。

 それに、イザークは無事なのだろうか? 彼の腕は知っていたが、それでも心配なのには変わりない。

 シンが搭乗する“コアスプレンダー”と三つのフライヤーが一足先に射出され、左舷カタパルトでは、高機動戦用のバックパック、“ブレイズウィザード”が装着されたレイの“シグーⅡ”が発進する。

 

『状況が変わりましたね、アスラン』

 

 ふいに、回線が開き、モニターにルナマリアの顔が映し出される。アスランのパイロットの腕に興味があるのか、好奇心旺盛な様子で、彼女は言う。

 

『大戦のエースの力、当てにしますからね?』

「……そんな大層なものじゃないよ、俺は……」

 

 カタパルトに運搬される機体の中、彼は思わず独り言ちる。アスランの“シグーⅡ”にも、レイと同様のバックパックが装備され、カタパルトに接続される。ハッチの向こう側には瞬くことない星空がのぞく。戻ってきた、という物懐かしさと、戦場に対する恐怖がアスランの胸中を走り、それを振り切るように彼は告げた。

 

「アスラン・ザラ、出る!」

 

 発進ランプがグリーンに転じ、アスランの駆る“シグーⅡ”は宙へと打ち出された。

 

 




魔改造っていいよね(挨拶)どうも、野澤瀬名です。

Re:DESTINY第四話です。ユニウスセブン落下を阻止しようとするザフト軍、復讐を成就すべく決死の覚悟で抵抗するテロ組織の対決の幕が上がりました。原作では、そこにファントムペインも乱入してくるのですが、 このRe:DESTINYではちょっと静かにしておいてもらいます。え、なんでかって?原作の描写見る限り介入する理由が無いんだよ……(あれじゃただの妨害行為だよ)

あと、原作から設定改変したキャラやオリジナル機体、それに付随する設定を公開するかどうか、アンケートを取ろうと思います。期間は1月25日、午後6時までです。よければご協力をお願いします。

刻一刻と近づく阻止限界点、襲い掛かる地球の重力の顎。砕かれ落ちていく悲劇の地で、シンとアスランは嘆きの声を聞く。
次回、機動戦士ガンダムSEED Re:DESTINY 『終わる世界(後編)』
灼熱の宙を、駆け抜けろ! ガンダム!

機動戦士ガンダムSEEDRe:DESTINYの設定集公開に関して

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