地底人迷宮譚~迷宮を差し置いて遺跡に潜るのは間違っている~   作:筆記者カレル

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『ダクソかブラボとダンまちのクロス流行れ』という上位者の啓示を受けたので初投稿です。文章力に期待はしないで下さい。


迷宮都市の地底人・上

『おお、何と度し難く救い難い人間であろうか。極悪人め、貴様には地獄すら生温い。

 ──ダークソウルかブラッドボーンの主人公に生まれ変わらせてやろう』

 

 判決、辺獄(フロムゲー)行き。閻魔はソウルボーンシリーズ経験者だったらしい。ガッデム。

 

 ちなみにダークソウル(DARKSOULS)とは、不死の亡者である主人公が、数え切れぬ程の苦難の果てに自己の犠牲を以て滅びの定めにある世界を延命させる物語であり。

 ブラッドボーン(Bloodborne)とは、怪しい医療で不死身の狩人となった主人公が、血と獣にまつわる超自然的恐怖に曝されながら明けない夜の終わりを目指す物語である。

 

 両タイトル共に重厚な世界観が織りなす神秘的なストーリーが高く評価されるゲームであるが、同時に“死にゲー”などと揶揄される程度には高難易度であることも知られている。

 まあ死ぬ。とにかく死ぬ。「どうせ死んでもすぐ生き返るんだからええやろ」みたいなノリで軽率に訪れる死、死、死。ボスが強いのは当たり前で、何ならそこらの犬や鼠にすら嬲り殺しにされるのがフロムクオリティ。レベルが上がり装備も整ってきた中盤以降ならともかく、序盤は本当に辛い。ふんだんに盛り込まれた初見殺し、数の暴力で襲ってくるモブ敵ども、無数のトライアンドエラーを要する鬼畜なボス敵。直前にポケモンとかやってると温度差で風邪ひくレベルの鬼畜難易度。

 

 だが、それでも所詮はゲームだ。どれだけ強大な敵が立ちはだかろうと、どんなに醜悪なクリーチャーに襲われようと、全ては画面の向こう側の出来事。それらが我々プレイヤーに直接的な危害を加えることは決してあり得ない。そういう保険・安心感があるからこそ、我々は死にゲーだの何だのと言いつつ楽しく遊べていたのだ。

 

 ──もしそれが現実のものになったら?

 

 ダークソウルもブラッドボーンも、「きつい・汚い・危険」の3Kを網羅した容赦のない世界だ。血と汚泥に満ちた不毛の大地、毒に沈んだ穢れの湖沼、呪詛に塗れた光届かぬ暗い森。平和な時代に生きる日本人には到底耐えられぬであろう酸鼻と過酷を極めた地上の地獄である。自分はダクソもブラボも飽きる程やり尽くした熱心なフロムゲーユーザーを自負しているが、いや自負しているからこそ、自分自身がその世界に行くことは断固として御免被りたい。

 

 が、現実は非情であり、閻魔の判決は絶対であった。出会って三秒で極悪人判定された自分は、こうして天国行きも地獄行きも許されず、フロムの辺獄などというふざけた場所に落とされることとなったのである。

 

 

 

 

 以上が()()()において、我が身に起きた出来事である。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼

 

 

 

 

 異形の咆哮が轟く。

 そこはダンジョン50階層の安全階層(セーフティーポイント)。未到達階層を目指し深層を行軍中であったロキ・ファミリアの冒険者たちは、絶対安全と思われたその場所で予期せぬ襲撃を受けていた。

 

 相手は未知のモンスターの群れ。生理的嫌悪感を抱かずにはいられない巨大な芋虫の如き極彩色の魔蟲は、その身に充填した強力な酸性の体液を武器にロキ・ファミリアの精鋭たちを蹂躙していく。拠点(キャンプ)は物資諸共破壊し尽くされ、触れれば一級品の武具すら容赦なく溶解させる酸の噴射(ブレス)は甚大な被害を引き起こす。瞬く間に頼りの得物は溶け落ち、頭から強酸の毒を浴びた者たちの絶叫が響き渡った。

 

 だが、それでも臆さず前に出る者らがいる。

 オラリオにその名を轟かせるロキ・ファミリアの中にあって、同ファミリアの仲間からも畏敬の念と共に見上げられる精鋭の中の精鋭たち。

 

 【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。

 【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック。

 【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ。

 【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテ。

 【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ。

 そして、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 彼らこそロキ・ファミリアが誇る最大戦力、いずれ劣らぬ英雄豪傑である。彼らは圧倒的な実力に裏付けられたカリスマを以て混乱する遠征軍を纏め上げ、自ら敵を殲滅せんと前線に赴く。

 

「【──間もなく、焔は放たれる】」

「【忍び寄る戦火、免れ得ぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」

「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火】」

 

 その剛脚で天を衝く巨体を誇る魔蟲を容易く吹き飛ばすベート。酸の体液で自慢の大双刃(ウルガ)を溶かされ、されど臆することなく殴り砕いた岩を武器に戦うティオナ。酸など知らぬとばかりに素手で敵の肉体を砕くティオネ。風の魔法を纏い、攻撃の一切を寄せ付けず舞うように敵を切り裂くアイズ。

 

「【汝は業火の化身なり】」

「【悉くを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 

 そんな彼ら前衛の尽力によって守られるファミリア最強の後衛……ハイエルフの魔導士、リヴェリアによる範囲殲滅魔法の詠唱は粛々と紡がれていき、強大な魔力を宿した魔法円(マジックサークル)を構築していく。

 それを危険であると本能で察知した魔蟲がリヴェリアに殺到しようとするが、その前に重厚な鎧に身を包んだドワーフが立ちはだかる。酸ですら容易には溶けない強固な大盾を構え、ガレスは持ち前の剛力と合わせ堅牢な防御で敵の悉くを跳ね返していく。

 

「【焼き尽くせ、スルトの剣──我が名はアールヴ】」

「総員、退避!」

 

 リヴェリアの魔法が完成を見る刹那、小人(パルゥム)の勇士フィンによる一喝が響き渡る。ロキ・ファミリアの団長たる彼の号令一下、最前線で大立ち回りを見せていた幹部たちは直ちに後退を開始する。

 圧倒的なカリスマと指揮能力を有するフィンを頂点とし、それを優れた戦闘能力で一軍の仲間たちが遂行する。まるで一個の生物のように有機的な連携を行うロキ・ファミリア。この集団戦における優れたチームワークこそが彼らの強みであり、ロキ・ファミリアがオラリオ最強の一角にまで成長した要因である。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!」

 

 そして、遂にファミリア最強の火力が解き放たれる。巨大な魔法円からは灼熱の魔力が迸り──瞬間、火山噴火の如き業火となって吹き荒れた。

 正に荒ぶる巨神の嚇怒を思わせる炎の嵐。身を捩り苦痛にもがくモンスターたちの悲鳴すら無慈悲に飲み下し、烈火の豪嵐は螺旋を描きながら魔法円の内側に存在する全てを焼き尽くす。果たして百に迫ろうかという魔蟲の大群は、僅か一瞬の内に塵も残さず消滅した。

 

 

 

 

「す、すごい……」

 

 そう呟いたのは、美しい金の髪を靡かせるエルフの少女だった。

 彼女の名はレフィーヤ・ウィリディス。【千の妖精(サウザンド・エルフ)】という二つ名を持つ、しかし未だ道半ばにあるLv.3の魔導士である。

 

 未到達階層を目指して深層に潜るこの遠征に際して選出されたメンバーは、ロキ・ファミリア内においても二軍以上……即ち最低でもLv.4以上の最精鋭が選ばれる。そんな中にあってLv.3であるレフィーヤは例外的な存在であった。

 確かにレフィーヤは精鋭と比較すればレベルは低いが、突出した魔力量と魔法の素質により、Lv.3でありながらLv.5相当の爆発的な火力を発揮することができた。その優れた潜在能力故に都市最強の魔導士たるリヴェリアから直々に指導を受ける立場にあり、その将来を嘱望されている。彼女が遠征の攻略メンバーに選ばれたのは、その才能を磨くための経験を積ませたいという師の采配があったからこそである。

 

 例外が許される特異な才能、正しく誰もが認める新進気鋭の冒険者。それが【千の妖精(サウザンド・エルフ)】レフィーヤ・ウィリディス。

 だが、新進気鋭という評価は伸びしろに対する称賛であり、裏を返せば現状における未熟が誰の目にも明らかであるということだ。

 現に、レフィーヤはその優れた才幹をこの戦いで発揮することができなかった。生理的嫌悪感を催す極彩色の体色に、天を衝く脅威の体躯。突如として現れ拠点を急襲した異形の魔蟲に恐れをなした彼女は、終ぞまともに魔法を唱えることができなかったのである。

 

 恐怖に身を竦ませた羞恥、師の期待に応えられなかった情けなさ。それらが綯い交ぜとなった複雑な面持ちで吹き荒れる熱波を眺めるレフィーヤ。

 

 

「いやァ凄いねぇ。あれ程の範囲と火力を両立した魔法はオラリオでも唯一無二だろう。神様でもよほど武勇に優れた戦神でもなきゃ同じ破壊力は生み出せないだろうさ」

 

 

 すぐ傍らから聞こえてきた声に我に返る。はっとレフィーヤが隣を見れば、そこには男とも女ともつかぬ中性的な容姿の人物が立っていた。

 ベートのような銀狼の鬣を思わせる銀髪ではなく、まるで真っ白に焼けついたかのような艶のない長い白髪が特徴的だった。後頭部で一括りに纏めているそれと蒼褪めたように白い肌、そして色のない灰の瞳だけがその人物を構成する色彩であり、それ以外は一部の隙もなく漆黒の装束に覆われている。顔立ちは怖気が走るほど整っているものの、総じて華やかさといったものとはかけ離れた印象の人物であった。

 

 レフィーヤはその人物を知っている。否、ロキ・ファミリアに所属する者で彼/彼女を知らない者はいないだろう。

 【流血鴉(ブラッディレイヴン)】カイン。姓はなく、種族がヒューマンであること以外は年齢・性別共に一切が不明な謎多き冒険者であり──同時に、ロキ・ファミリアでも一、二を争う問題児として知られている人物でもあった。

 

「カインさん! あなた今の今までどこにいたんですか!」

 

 レフィーヤはそれまでの情けない表情から一転、キッと眦を吊り上げてカインを睨んだ。

 何せ、未知のモンスターの襲撃を受け多くの団員が命懸けで奮戦する中、この人物だけが一切その姿を現さなかったのだから。

 

「いやぁ、そのー、ね? 前方はフィンたちだけで大丈夫そうだったから、ボクは後方を警戒していたのさ」

「嘘です! またサボっていただけでしょう!」

 

 サボり癖。それがこの遠征に同道できる実力者でありながら、カインが問題児とされる所以であった。

 兎にも角にも怠け者なのだ。狂ったようにダンジョンに挑むアイズとは対照的に、カインがダンジョンに潜ることは稀である。専ら自室に籠もって出てこないのが日常であり、少なくともレフィーヤが知る限り彼が自発的にダンジョンに挑む姿など見たことがない。今回の遠征に関しても、リヴェリアが鬼の形相で部屋から引きずり出さなければ決してついて来なかっただろう。

 

 率直に言って、レフィーヤはカインのことを良く思ってはいなかった。生真面目なレフィーヤと不真面目なカインの相性は言うまでもなく最悪であるが、それ以上に──

 

「あ、カイン見つけた! 今までどこにいたのさー!」

「げ」

 

 先のレフィーヤと同じような内容の、だが生真面目な彼女とは正反対の溌剌とした口調の声が投げかけられる。飄々とした澄まし顔だったカインの表情が僅かに曇った。

 

「どーん!!」

「ぐぇ」

 

 つい先ほどまで獅子奮迅の働きで魔蟲を殲滅していたファミリア幹部の一人、【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ。アマゾネスらしからぬスレンダーな体躯に恐るべきパワーを秘めた彼女は、満面の笑みでカインに飛びついた。その様はまるで嬉しげに尻尾を振る子犬のようで、懐っこく彼の胸元に顔を擦り付けている。

 

「ちょっとティオナったら怪我をそのままにして……ってカイン、あんたまたサボり? あまり団長を困らせるようだったら殺すわよ?」

「やあティオネ。一応ボクの行動はキミの敬愛する団長のお墨付きさ。……それよりこの怪力っ娘を引き取っておくれ。ボクがガラスのように脆いのは知っているだろう?」

 

 続いてやって来たのは、ティオナの姉である【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテ。妹とは対照的にアマゾネスらしい肉感的な体つきをしている彼女は、団長であるフィンに熱烈な想いを寄せており、いっそ盲目的と言って良いほど彼を心酔していることで知られている。

 そのためファミリアの活動に対し非協力的ともとれるカインの怠惰な姿勢は、団長を深く敬愛するティオネにとって相容れない筈なのだが……何故かカインに対しての当たりはあまり強くなく、今も言葉の内容とは裏腹にカインを見る目は穏やかだった。

 

「ケッ、何がガラスのように脆いだ。ガレスのおっさんと正面から殴り合う奴がほざきやがる」

 

 悪態を吐きながら現れたのは、狼の特徴を具えた獣人である【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガだ。その隣にはいつもの無表情で佇む【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインもいる。

 

「お疲れベートきゅん。殴り合うって言っても、秘薬とガラシャがないと一方的に殴り殺されて終わりさ。流石に【重傑(エルガルム)】は伊達じゃないよ」

「……オイ、いい加減そのふざけた呼び方はやめ──」

「アイズもお疲れー。怪我はなかったかい?」

「ん、大丈夫」

「無視すんな!」

 

 あの凶暴なベートを相手に「ベートきゅん」呼ばわりする猛者はカインだけだろう。そしてそう呼ばれたベートは忌々しげにギャンギャン吠えてはいるが、本気で怒っている様子はない。アイズにしても──無表情なためイマイチ分かりにくいが──明らかにサボっていたカインを咎めている様子はなかった。

 

 代わる代わるロキ・ファミリアの幹部勢と言葉を交わすカイン。彼ら四人はいずれもLv.5を誇る第一級冒険者であり、当然ながらLv.3に過ぎないレフィーヤが気安く声を掛けて良い存在ではない。

 

 ──そう。レフィーヤにとっては何とも認め難いことに、これほど怠惰なカインはファミリアの幹部たちから一目置かれる存在であった。

 その理由は単純明快、彼が強いからである。そのレベルは驚くことにLv.6……即ち、フィン、ガレス、リヴェリアら最古参の中枢メンバーと並ぶオラリオ最高クラスの冒険者なのだ。

 

 そして、それこそがレフィーヤがカインを快く思っていない最たる理由である。

 レフィーヤは類稀なる才能を持つとしてリヴェリアを始め多くの第一級冒険者から将来を期待されている天才だが、一方カインはオラリオ始まって以来の逸材との呼び声も高い()()()()()なのだ。

 カインの冒険者歴は約五年と、レフィーヤとはほぼ一年程度しか違わない。にもかかわらず彼は歴代最速と言われたアイズの一年という記録を悠々と打ち破り、たった半年でLv.2へ昇格。その後も破竹の勢いでランクアップを続け、遂には三年という頭のおかしい短期間でLv.6へと至った最速記録保持者(レコードホルダー)なのである。

 

 無論、ただ才あるだけならレフィーヤが悪感情を抱く理由などない。彼女は生真面目で融通が利かない(たち)ではあるが、その性根は心優しく、本来なら醜い嫉妬などとは無縁の善なる少女である。

 だがその相手が才能に胡坐をかき、日々を怠惰に過ごしているとなると話が変わる。レフィーヤが憧れて止まないアイズの記録を塗り替えたというだけでも不本意なのに、精力的にダンジョンに挑みファミリアに貢献するアイズとは対照的に、日がな一日自室に籠もり滅多にダンジョンに行かないカインがオラリオでも数少ないLv.6であるという不条理。これに不満を覚えないでいられる程レフィーヤは大人ではないし、はっきり言って大多数の団員が同様の思いを抱いていた。

 

 だが、冒険者の街オラリオでは力こそが全てだ。どれだけ不真面目で怠惰であろうと、カインはLv.6の第一級冒険者であり、ロキ・ファミリア内どころかオラリオ全体で見ても数少ない最高峰の実力者である。そんな彼に文句を言えるのはファミリアの主神か、彼と同じLv.6の団員だけ。そして彼らが何も言わない以上、カイン以下の実力しか持たないレフィーヤたちに何か言えよう筈もなかった。

 

「どーしたのさレフィーヤ? 何か元気ないよ?」

「いえ、その……さっきの戦いで私、結局何もできなかったなと……」

 

 ティオネの手によってカインから引き剥がされたティオナに問われ、レフィーヤは知らず浮かんでいた嫉妬心を頭から追いやり、慌てて気落ちしていた理由を語る。

 そう、本来あの魔蟲の殲滅はレフィーヤがやるべきだったのだ。レフィーヤにならそれができるとリヴェリアに期待され、しかし恐怖心からその期待に応えられなかった。魔蟲の威容に恐れをなした結果まともに詠唱できず、結局リヴェリアに役目を肩代わりしてもらう始末。せっかくLv.3の身でありながら特別に遠征に連れて来てもらえたのに、これではただ仲間の足を引っ張っただけだ。

 

 そうして改めてさっきまでの己を振り返り、レフィーヤは自己嫌悪で死にたくなった。冒険者の癖にモンスターを恐れるだけでは飽き足らず、自分の実力不足を棚に上げカインへの嫉妬心を募らせるなど、誇り高きエルフにあるまじき醜態だ。

 

「んー、でもこうして一人も欠けずに済んだわけだし、気にする必要はないんじゃない?」

「そうね……誰も見たことのない新種のモンスターの群れ。団長すら予想できなかった襲撃だったのだし、経験の浅いあなたが怖気づくのも無理はないわ」

 

 ティオナとティオネの二人は優しげな表情で落ち込むレフィーヤを励ます。

 実際、ここ深層は彼女らLv.5の冒険者であっても気を抜けば命を落とす可能性がある魔境である。少なくとも、勇猛なアマゾネスである二人であっても単独(ソロ)で挑むのは御免だと思う程度には危険な場所なのだ。地形も、生息するモンスターも、ダンジョンを構成するありとあらゆる全てが冒険者を殺しに来ていると言っても過言ではない。

 Lv.5のヒリュテ姉妹であってもそうなのだ。まだLv.3であるレフィーヤにとっては何をか言わんや。本来ならばこの遠征について来れるだけでも十分な偉業であると評価されてもおかしくはないだろう。

 

 だが、理解と納得は別問題である。優しい仲間は決してその弱さを責めることはしないが、他ならぬレフィーヤ自身がレフィーヤの弱さを許せなかった。リヴェリアに見出された一人の魔導士として、モンスターを相手に臆し詠唱を怠るなど言語道断。結果として力及ばずとも、せめて後衛としての責務は最低限果たすべきであると。

 

「レフィーヤは真面目だなぁ。そうやって考えすぎるのはあまり良くないよ?」

「カインさん……?」

 

 思わぬ人物からの助言らしき言葉にレフィーヤは俯かせていた顔を上げる。カインは灰色の瞳を柔和に細め、究極の中性美と神々に称えられた美貌をレフィーヤに向けていた。

 嫉妬や苛立ちといった負のフィルターを通して見なければ、エルフであるレフィーヤをして驚くほど整った顔立ちだ。美の女神に匹敵すると評されるリヴェリアとは異なる方向性の、退廃的、あるいは魔的と表現すべき妖しい魅力に満ちている。

 

「物事を真面目に考えすぎるのはキミの美点であると同時に欠点でもある。なまじ優秀で相手の脅威を正確に推し量れてしまうからこその恐怖なんだろうけど、はっきり言ってそれは魔導士であるキミが考えるべきことじゃない」

「私が、考えるべきことじゃない……?」

「そりゃそうさ。考慮にも値しない。だってほら、まずは冒険者としてのキミの役割を思い出してごらんよ」

 

 レフィーヤの冒険者としての役割。そんなものは改めて言われるまでもない。圧倒的な魔力量と火力に特化した攻性スキルに物言わせた高火力魔力砲台である。

 剣や槍、弓では決して実現できない高火力・広範囲の爆発力。一手で如何なる戦況をも打破し得る圧倒的破壊力。それこそがレフィーヤのような魔法に特化した後衛職に求められる役割だ。そう答えると、カインは良くできましたとばかりに微笑んだ。

 

「そう、キミの役割は固定砲台。圧倒的な火力で敵陣を薙ぎ払う戦場の女神だ。それ以外の一切は些事。敵の強大さも、味方の立ち回りも、それら全て砲台が考えることではない。砲はただ火を放ち、敵を撃滅することにのみ専心することが望まれる。

 ……そうだろう? リヴェリア」

 

 ハッとカインの視線を辿れば、いつの間にかそこにいたリヴェリアと目が合った。

 【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ。魔導士の限界であるとされる三つの上限を超え、実に九つもの魔法を操るオラリオ最強の魔導士。

 美々しき翡翠の御髪(おぐし)。宝石のように煌びやかで、深い知性を感じさせる涼やかな瞳。そして女神すら嫉妬する輝かんばかりの美貌。その正体は全てのエルフが傅くべき王族の血統、いと高きハイエルフの姫君である。

 

 敬愛する師を前にし、反射的に背筋を伸ばすレフィーヤ。

 いつからそこにいたのかは分からないが、もし先ほど漏らした弱音を聞かれていたら……思わず赤面するレフィーヤだったが、現状リヴェリアの興味はカインに向けられているらしい。彼女は細く整った柳眉を持ち上げ、意外そうな視線を彼に向けていた。

 

「お前が後輩に助言を送るとは珍しい。何か悪いものでも食べたのか?」

「心外だなぁ、可愛い後輩への助言は惜しまないさ。ボクのことを何だと思ってるんだい?」

「何だも何も、ただのマラソン狂いだろう。偶にはその狂熱(ねつい)を他に向けたらどうだ?」

「……いやぁ、返す言葉もない」

 

(マラソン狂い……?)

 

 口さがない者からは怠惰の化身とまで言われているカインにはあまりにそぐわぬリヴェリアの評価に首を傾げるレフィーヤ。

 カインとマラソン。あまりにも似つかわしくない組み合わせだ。カインとはダンジョンにも行かず日がな一日部屋に籠もる、不真面目な引き籠もりではなかったか。

 

「それよりも、お前のレフィーヤへの助言には私も興味がある。是非拝聴したいものだな」

「助言というほど大したものではないけどね。キミら魔導士にとっての当たり前を説いているだけさ、そうだろう?」

「そうだな。我々にとって重要なのは“魔法を撃つこと”、ただそれのみだ。それ以外の一切が些事……とまでは言わないが、まあ概ね同意できる」

「えっ?」

 

 暴論とすら思えたカインの言葉に同意を示すリヴェリア。レフィーヤはそれに驚くが、しかし師は語る。カインの言うことは極論でこそあるが、決して的外れではないと。

 

「私は以前語ったな。魔導士の使命とは強力な魔法を放ち、戦局を決定づけることにあると。カインの表現はやや端的に過ぎるきらいこそあるが、言っていることそのものは同じだ」

「キミは魔物の脅威に怯え、引鉄を引くことを躊躇った。とんでもないことだ。砲は自らの弾が敵に通用しないかも、何て無駄な思考を割いたりはしない。(魔力)を込め、(魔法)を放てばそれだけで砲の役割は達成される。撃つ弾が敵に通用するかどうかを考えるのは指揮者(リーダー)の役目。そして撃つまでの間砲台を守るのは前衛の役目だ。断じて後衛たるキミが考慮することではないのさ。

 アイズだってそう思うだろう? 詠唱完了前にレフィーヤがモンスターの攻撃を受けてしまったとして、果たしてそれはレフィーヤの責任になるかい?」

「……そんなことはない。もしレフィーヤに攻撃が行ったとしたら、それは後衛を守れなかった私たち前衛のせい」

 

 いつになく雄弁に語るカインに感化されたか、こちらもいつになく饒舌に答えるアイズ。そしてカインが語ることは異論を唱えるべくもなく()()()()のことだった。

 

「さっきもそう。レフィーヤの前まで芋虫を通した私の責任。……ごめんね、怖がらせちゃって」

「そ、そんな! アイズさんが謝ることじゃ……!!」

 

 全く予想だにしなかった憧れの人からの謝罪に仰天し、恐縮するレフィーヤ。

 ついでにもっと予想外だったのは、アイズの隣に立つベートが口を挟むでもなく居心地悪そうにしていることであった。カインの論に従うならば、アイズと共に前衛を務めていた彼も同罪になるからか。そしてその態度は暗に認めているも等しいのだが、果たして()()ベートがそんな殊勝な態度をとるものだろうか。

 

「……つうか、そいつとババアのとこにはガレスのおっさんがいただろうが。一匹二匹のモンスターが行ったところでどうにかなるかよ」

「まあそういうことだ。今更言うまでもないだろうけど、ロキ・ファミリアの人材の層は厚い。前衛の戦士職は特にね。はっきり言ってあの程度のモンスターの脅威ならキミが心配するまでもないのさ。

 ……それでも不安なら、こう考えればいい。もし前衛を差し置いて後衛のキミが死ぬような事態になるのなら、遅かれ早かれ皆死ぬ。後衛への突破を押さえられないほど敵の攻撃が苛烈で、ついでに魔導士という決定力を失うわけだからね。最後には皆いなくなるのなら、それはキミを責める者も皆無になるというわけだ。キミを責めるのはキミただ一人のみ! 斯くも憂いなき戦いがあろうか!」

「莫迦者、それは流石に暴論が過ぎる」

「あいたっ」

 

 ゴン、と結構な音を立てて白銀の杖がカインの頭に振り落とされる。リヴェリアは完全後衛職の魔導士とはいえ、そのステータスはLv.6に相応しい高水準のものだ。力のアビリティも同レベル帯においては低かろうが、それでもLv.3であるレフィーヤより高いのは確かであり、十分に超人と言える水準にある。加えて使われた得物は杖とはいえ金属の塊である。その腕力で殴られればさぞ痛かろう。

 

「まったく、相変わらず真面目なのか不真面目なのか分からん奴め。そこまで生死を割り切って考えられるのはお前だけだ。あまりレフィーヤを怖がらせるな。

 ……さて、レフィーヤ。最後にこいつの言った事は話半分に聞くべきだが、それ以外は概ね真実だ。畢竟、我々魔導士の役割は“敵に向かって魔法を撃つ”ことのみ。それ以外は全て雑念と心得るがいい。呪文を詠唱すること、それは即ち共に戦い守ってくれる仲間を信じることなのだから」

「仲間を、信じる……?」

「そうだ。仲間を信じればこそ、我々魔導士は安んじて魔法の構築に専念できるのだから」

 

 リヴェリアは部下の統率と指揮も並行して行えるが、それはあくまで彼女が副団長としての経験を多く積んだからである。確かに後方に控える魔導士は戦局を広く見渡せるが、さりとて集団の指揮までが魔導士の役割かと問われればそれは違う。

 戦場を把握し仲間を指揮するのは団長たるフィンの役目。

 前線を維持し、敵の撃滅と後衛の守護を行うのは前衛の戦士の役目。

 そして後方より敵陣の殲滅を実行するのが後衛、特に範囲殲滅魔法を運用する固定砲台型魔導士の役目である。魔導士の中には近接も同時に行う魔法剣士職や味方への援護や回復を主にする支援職も存在するが、少なくともレフィーヤはそのどちらにも該当しない。とりわけ繊細且つ高密度の魔力操作と術式構築を要する大魔法を扱う彼女は、ともすれば他の如何なる役職よりも集中力が求められると言っても過言ではない。

 

「不安定な精神状態で繊細な大魔法の詠唱などできよう筈もない。お前は恐怖で詠唱を疎かにしたことを恥じているようだが、それは仕方のないことでもある。

 だからお前に必要なのは、ほんの少しの勇気だけだ。どのみち、詠唱中の魔導士とはどう足掻いても無防備なのだから、いっそ全てを仲間に委ねるがいいさ。仲間を信じれば自ずと恐怖は薄れ、さすれば魔法は成るだろう」

「リヴェリア様……」

 

 レフィーヤにとって、その言葉は目から鱗というべきものだった。

 なまじ勇敢に戦場に立ち、如何なるモンスターをも恐れず勇猛に戦うアイズら一級の戦士が身近にいたからこその勘違い。彼ら戦士と魔導士ではそもそも求められるものが違うのだ。

 戦士のように魔物の爪牙に耐え得る肉体的頑強さを持たないのだから、魔導士がその脅威に怯えるのはある種の必然である。だからこそ、その脅威と恐怖を一手に引き受けるべく前衛は存在している。魔導士がすべきなのは恐怖に耐えることではなく、前衛で身体を張る仲間を信じ、ただ魔法を放つことだけなのだ。

 それこそが魔導士の理想たる揺るがぬ精神性、『大木の心』に至る先駆けである。

 

「聞いておくれよティオナ。せっかく可愛い後輩にアドバイスを送ろうとしたのに全部ママに持ってかれたんだ。酷いと思わないかい?」

「慣れないことするからじゃない?」

「……カイン、聞こえているぞ。誰がママだ、ロキみたいなことを言うんじゃない」

 

 リヴェリアの額に青筋が浮かぶ。

 リヴェリアはその面倒見の良さからファミリアの主神よりママなどと揶揄されているが、彼女は断じて母と呼ばれるような年齢ではないし、そもそも誰とも結婚していない。九魔()という二つ名から分かるように、短命なヒューマン基準ならともかくエルフの基準においてはまだまだ若いのだ。なのにママだの年増呼ばわりだの不本意も甚だしい。リヴェリアは更に文句を言おうと口を開き──

 

 

 ズン、と重々しい振動が彼らの足元を襲った。

 

 

「何事だ!」

 

 瞬時に臨戦態勢に切り替わったリヴェリアが声を上げる。見ればアイズとベート、ヒリュテ姉妹も既に戦闘時のものに意識を切り替えており、相変わらず呑気にしているカインとおろおろしているレフィーヤ以外は何らかの異常を察知したようだった。

 

 続いて鳴り響いたのは断続的な地響きと、木々を薙ぎ倒す轟音だった。音の発生源は先の魔蟲が這い出てきた51階層へと繋がる通路。暗闇の奥より、異様な瘴気と共に巨大な影がその姿を現そうとしていた。

 

「何だ……アレは……」

 

 そう呆然と呟いたのは果たして誰だったか。しかしながら、その問いがこの場にいる全員の総意であることは確かであろう。

 それはあまりにも異形であり、強大であった。体高は優に6M(メドル)を超え、芋虫のような下半身と人間の女のようにも見える上半身を持つ。恐らくは先の魔蟲と同系統、しかし明確にその上位種と分かる計り知れぬ脅威をその身に秘めたモンスターであった。

 醜く膨れ上がった腹部に詰まった腐食液の量は如何ばかりか。その恐るべき酸の威力を知る団員から悲鳴が上がるのも無理からぬことだった。加えて、そのモンスターの背後には先の倍する数の魔蟲が蠢いている。

 

「これは、まずいな……」

 

 リヴェリアの頬を一筋の冷や汗が伝う。

 女体型の魔蟲を先頭とした、極彩色のモンスターによる百鬼夜行の如き大行進。これ程の物量ともなれば如何な範囲殲滅魔法といえど、一度の発動で全滅できるかは分からない。

 それにリヴェリアは既に特大の魔法を使用した後だ。魔力の消耗は激しく、同規模の大魔法ともなればあと一度撃つのが精一杯だろう。

 

「──総員、直ちに撤退を開始せよ」

 

 どこか幼く、だが大きな威厳と迫力に満ちた声が上がる。

 団員たちの視線が一斉に声の主へと注がれる。そこにいたのはレフィーヤよりも小さく、だがその矮躯に計り知れぬ武力と叡智を秘めたロキ・ファミリアの団長──【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナであった。

 

「我々はキャンプを放棄、最小限の物資を持ってこの場から速やかに撤退する」

「そんな! あんなのを放っておいたら大変なことになっちゃうよ!?」

 

 フィンの宣言にティオナが反射的に異を唱える。

 ダンジョンのモンスターは階層ごとに発生する種類の傾向は概ね決まっているが、さりとていつまでもお行儀よく生まれた階層に留まり続けるわけでもない。当然ながらモンスターも生物である以上は個体ごとの個性があり、その気性によっては積極的に階層を移動する場合がある。……例えば、今も51階層から50階層へと進軍を続けているあれらのように。

 

 もしここでロキ・ファミリアが撤退した後もモンスターが進軍を続け、更に上層へと昇っていったら。Lv.4以上の高位冒険者で構成されたこの遠征軍でさえ手古摺った相手に、それ以下の冒険者が太刀打ちできるとは考え難い。恐らくは目を覆わんばかりの被害が出ることだろう。それはオラリオ最大派閥を自負するロキ・ファミリアにとって看過できることではない。

 

「気持ちは分かるが、仕方なかろう。物資も先の攻防で大半が失われ、団員の多くも疲弊著しい。怪我人もいる以上、更なる戦闘行為はリスクが高すぎる」

 

 そう言って巨躯のドワーフ……【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロックは血気に逸るティオナを宥める。

 団長たるフィンは、ファミリアの仲間の命に対し責任を負う立場にある。確かにモンスターの進軍による地上への被害も考慮せねばならないが、それ以上に仲間の命がみすみす失われる事態を見過ごすわけにはいかなかった。

 

「気持ちは分かる。だが自滅紛いの特攻なんて許可できない以上、僕が出せる命令は撤退しかない」

「むぅ……」

 

 それ以上否定する材料を見出せなかったのか、ティオナはやや残念がりながらも意見を引っ込める。

 そして団長が決定し、幹部の一人であるティオナが納得した以上は他に異論など出よう筈もない。幹部以下の団員たちは即座にキャンプを畳み、最低限の物資を確保するべく行動を開始した。

 

「……撤退するのは良いが、どうする? 奴らと接敵するまでもう間もないぞ」

 

 撤退の準備に奔走する団員を見送ったリヴェリアは、やや声を潜ませてフィンに尋ねる。

 リヴェリアは「間もない」と言ったが、実際は字面以上に時間がないだろう。魔蟲は動作こそ鈍重だが、巨体故の歩幅の大きさもあり移動速度そのものは決して遅くはない。加えて、腐食液の噴射はかなりの射程があった。多めに見積もっても一分と経たずこの場は奴らの射程圏内に入るだろう。

 

「言いたいことは分かっている。 ……カイン」

「はいはーい。ようやくボクの出番かな?」

 

 硬い声色で呼び掛けたフィンとは対照的に、緊張感の欠片もないカインの声がそれに応じる。

 何故ここでカインの名が? 疑問符を浮かべるアイズら幹部やレフィーヤを余所に、フィン、ガレス、リヴェリアら三人の表情は険しい。唯一、最初から最後まで一貫して変わらぬ笑顔を浮かべているカインだけが異様なまでに浮いていた。

 

「──団長として命じる。カイン、君はこの場に残り全員が撤退するまでの時間を稼いでくれ」

 

 その耳を疑うような命令に、疑問符を浮かべていた幹部たちの表情が驚愕に染まる。レフィーヤに至ってはフィンが何を言ったのか理解するのにたっぷり数十秒も要した。

 

 フィンはこう言っているのだ。「我々が撤退する時間を稼ぐためにカインを犠牲にする」と。そして暗に死んで来いと言われたカインは、相も変わらずその顔に柔らかな微笑を浮かべたまま。怒りも悲しみも、ましてや絶望もなく、ここまで来るといっそ不気味ですらあった。ある意味でアイズ以上の無表情であるとさえ言えるだろう。

 その笑みから、もはや何の感情も読み取れないのだから。

 

「────ッ!!」

()()()()

 

 瞬間、平時は天真爛漫が服を着て歩いているようなティオナの目が憤怒に燃え上がる。平然と仲間を切り捨てるような団長の采配に一瞬にして理性の箍は焼き切れ……だが他ならぬカイン自身の声により制止を余儀なくされた。

 たった一声で、まるで呪詛(カース)に侵されたかのように身体が硬直し目を見開くティオナ。それを余所に、カインは自己嫌悪に表情を歪ませるフィンへ殊更に柔らかく微笑みかけた。

 

「それで、どこまでやっていいんだい?」

「それは難しい質問だな。僕は君が何をできるのか把握しているわけではないからね。だから全て君に任せる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ほほう……それは、それは」

 

 くつくつと含み笑いが漏れる。それまでとは明確に異なる種類の喜悦に表情を歪めたカインの手に、いつの間にか一挺のメイスが握られていた。

 直前まで一切の武装をしていなかった筈のカインの手元に忽然と現れた凶器。頭部に鋭利な刃を具えた奇形の鉄塊に、一同は奇異の目を向ける。

 

(カインさんの武器……そういえば初めて見るかも)

 

 ふとそんなことを思ったレフィーヤだったが、良く考えれば武器どころかカインが戦っている姿すら一度も見たことがないことに気付く。何せ普段からして滅多に外に出ない上に、この遠征中においても彼は一切の戦闘行動を行わなかったのだから。

 そして多かれ少なかれ他の面々も同じ思いだったのか、全員の興味深げな視線が集まる中──カインはその鋭い頭部を、徐に自身の腹部に突き刺した。

 

「え……」

「テメエ、何やってやがる……!?」

 

 血飛沫が舞う。まるで気でも違ったかのようなカインの暴挙に誰もが目を疑う中、すぐさま引き抜かれたメイス……否、()()()()()()()()を見て等しく絶句した。

 

 つい先ほどまでは1Mあるかないかという程度だったメイスは、今やカインの身の丈すら超える大振りの凶器へと姿を変えていた。それもただの武器ではない。頭部は幾本もの鉄杭が飛び出たかのような巨大な剣山を形成しており、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 邪悪なまでに赤黒く凝固したそれは頭部のみならず柄にまで及び、一瞬にして長柄の武器へと変貌。そんなものを(はらわた)から引き摺り出したにもかかわらず一切の痛痒を感じた様子のないカインは、満足そうな表情で「よし」と呟いた。

 

「さあて。今日もよろしく、ボクの可愛い《瀉血の槌》ちゃん」

 

 自身の血液で形作った異形の戦槌をうっとりと眺め、その魔性の美貌を綻ばせる様はただ異様としか言い表せない。誰もが言葉もなく押し黙る中、一人平然とした様子のカインは何ら気負うことなく魔蟲の軍勢へと足を向けた。

 

「っ、カイン!」

「ティオナ、良い子だから団長の指示に従って撤退しなさい。ボクは大丈夫……そう、味方がいると上手く発動できないスキルがあるんだ。だから遠征中は戦わなかったし、こういう状況でもなきゃ本気を出せなかったというわけさ。そうだろう、フィン?」

「よくもまあそうペラペラと……いやまあ、確かに間違ってはいないけど。

 そういうことだティオナ。彼は一人の方がその力を最大限に発揮できる。そしてその力は、決してあの大群と比較して劣るものじゃない」

 

 ようやく謎の硬直から抜け出したティオナが声を上げるも、カインとフィンは「大丈夫」の一点張りで詳細を話そうとはせず取り付く島もない。縋るようにガレスとリヴェリアを見れど、二人も難しい顔で沈黙するばかり。

 その様子にレフィーヤは不可解なものを感じた。確かにフィンたちは難しい顔をしているが、一方でカインの身を心配している様子はない。それはまるで、決してカインが命を落とすことはないと確信しているかのような態度だった。不可解というのは、そうと確信する根拠について幹部にすら固く口を閉ざす理由についてである。

 

 何か余人には話せない深い事情があるのだろう。だがそんな曖昧な対応で取り乱すティオナを納得させられる筈もなく、彼女は癇癪を起こしたかのように地団太を踏んだ。足踏みの度に堅牢なダンジョンの地盤に亀裂が走る。

 

「やっぱりカインを一人残していくなんてできない! あたしも一緒に戦う!」

「……私も残る」

 

 すると、アイズまでもがティオナの主張に便乗する。

 こちらは半ば予想できたことだった。何せアイズは最近ステイタス成長の鈍化に悩んでおり、何かしらの変化を起こす切っ掛けを望んでいたのだから。若干戦闘狂の気があるアイズがこれ程の強敵を前に黙っているなどできる筈もなかった。

 

「困ったなぁ、別に命懸けって場面でもないんだけど……」

 

 するとカインはその場の地面に《瀉血の槌》と呼んだ戦槌を突き立てると、懐から何やら見慣れぬガラス瓶を二つ取り出した。その内側には精神力回復薬(マジック・ポーション)らしき青白い液体がなみなみと満たされている。

 しかし精神力回復薬(マジック・ポーション)を取り出した理由が分からない。魔法も使うアイズならともかく、完全近接特化のティオナは一切の魔力や精神力(マインド)を用いるスキルを使用していないというのに。

 

「じゃあはい、これ飲んで?」

「……?」

「ええっと、あたしは別に精神力(マインド)は消耗してないんだけど……」

「ああ、これはただの精神力回復薬(マジック・ポーション)じゃない。疲労回復効果もある特別製さ。気休め程度だけど、疲労は少しでも取り除いておいた方がいいだろう?」

 

 カインの言い分に納得したのか、疑う様子もなく薬瓶を受け取るティオナとアイズ。

 だが、レフィーヤは「何のつもりだ」と視線で訴えるリヴェリアに、カインが意味深な目配せをしたのを見逃さなかった。

 

「……!?」

「あ、れ? 何か、急にねむ、く……」

 

 次の瞬間、青白い液体を口にしたティオナとアイズに異変が起きる。急に足元をふらつかせ、その場に倒れ込んだのだ。それを見たティオネが慌てて二人を抱きとめる。

 

「アイズ!? ティオナ!? ちょっとカイン! あんた二人に何飲ませたのよ!」

「疲労回復効果があるって言っただろう? 眠れば疲労が取れるのは道理さ」

「……睡眠薬ってこと? この二人をたった一口で昏倒させるとか、それもう殆ど猛毒じゃないの」

「滅相もない、一般人に使ったって死ぬことは決してないよ。ただちょっと短時間だけ()()()()()()だけさ」

 

 本来の用途は違うけどね、とにこやかに嘯くカイン。

 戯けた様子の彼をしばらく睨みつけていたティオネだったが、そんな場合ではないと思い出したのか、アイズを背負いティオナを小脇に抱え立ち上がった。

 

「まあ良いわ。元より私は団長の判断に異を唱えるつもりなんてないわけだし。……死ぬんじゃないわよ」

「あはは、大丈夫。ボクは()()()死なないからね」

「ふん、どうだか……ほら、ボケッとしてんじゃないわよアホベート。さっさと団長のご命令通り撤退しなさい!」

「痛ッ、蹴るんじゃねぇバカゾネス!」

 

 気を失った少女二人を抱えたティオネはベートの尻を蹴って急き立てる。

 その様子を見て話は纏まったと判断したのか、フィンら三首領は撤退を指揮すべくその場を後にした。

 

「あ、あのっ!」

「?」

 

 一人残ったレフィーヤは震える声でカインに呼び掛ける。白炭のような髪を揺らす麗人は、変わらぬ柔らかな微笑のまま小首を傾げた。

 

 神時代始まって以来の大天才、最速でLv.6に至った最速記録保持者(レコードホルダー)。そして滅多にダンジョンどころか外にも出ない引き籠もりの怠け者──そんなこれまでの印象は、この僅かな時間の内に塗り替わってしまった。

 内心を決して悟らせぬその微笑の裏にどんな思いを秘めているのか。そのどう見ても呪われている悍ましい武器は何なのか──尽きせぬ疑問に蓋をして、レフィーヤは死地へ赴く仲間へと思いの丈を叫んだ。

 

「絶対に生きて帰ってきて下さい! ()()()()()()()!」

「──ふふ。後輩にそう言われちゃ、カッコ悪い真似はできないね」

 

 約束するよ、と。そう言い残して、カインの姿はモンスターの群れの中へと消えていった。

 




「(T)<貴公……」な二人称のフロム主人公が多いので、独自性を出すためにボクっ子性別不詳系主人公にしました。深い意味は特にない。
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