地底人迷宮譚~迷宮を差し置いて遺跡に潜るのは間違っている~   作:筆記者カレル

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前回は多くの感想と評価を頂きまして、誠にありがとうございます。ティオナに関する描写については正直かなり不安だったのですが、思いの外好意的な感想が多くて安堵しました。
「もっとやれ」と言ったのはあなた達ですからね(責任転嫁)

まあ感情というか憧憬の向き先は現状「ティオナ→カイン→ベル→アイズ←レフィーヤ」という地獄みたいな相関図になってるわけですが。


地下迷宮の怪人と地下遺跡の地底人:下

 カインの指示に従い、急いでこの場を離れようとする犬人(シアンスロープ)の女性を追ったアイズとレフィーヤ。

 果たして逃げ出した女性……否、少女の正体は【泥犬(マドル)】の異名を持つヘルメス・ファミリア所属の盗賊(シーフ)、ルルネ・ルーイであった。

 何故か半泣きで逃げ惑うルルネを宥め、話を聞くアイズ達。果たして、暫くして落ち着いた彼女の口から齎された内容は、二人を驚愕させるものだった。

 

 ルルネは事件の被害者であるハシャーナ・ドルリアから荷物を預かった運び屋であった。漆黒のローブで全身を覆い隠した謎の人物からの依頼により運び屋の仕事を請け負った彼女は、とある酒場で秘密裏に荷物をハシャーナから受け取り、ここリヴィラから地上に運搬する役目を担っていた。

 そんな折に発生したハシャーナ殺害事件。そして、件の犯人が狙っている荷物は今まさにルルネが所持している。

 もしそれが今もリヴィラに潜伏していると思しき犯人に知られれば、ルルネもまたハシャーナ同様に殺されてしまうだろう。それを恐れ、彼女は逃亡を図ったのである。

 

「うぅ……こんな怪しい依頼受けるんじゃなかった……。

 今思えばあの依頼主怪しすぎるよ……全身黒尽くめだったし声も変だったし……きっと何か大きな犯罪の片棒を担がされたんだ、そうに違いない……!」

 

 すっかり悲観的になってしまったルルネは犬耳と尻尾を垂れさせてガックリと項垂れる。

 その弱り切った小動物のような姿を見て、アイズの胸に憐れみの感情が湧き上がる。その無表情が祟り、相手に冷たい印象を与えることも多いアイズではあるが、彼女は生来心優しい少女である。目の前で困り果てている少女を放っておけるほど彼女は冷徹にはなれなかった。

 

「……じゃあ、私達が預かろうか?」

「え……? い、良いの……?」

 

 ギルドを通した正式な冒険者依頼(クエスト)ではないにしろ、本来なら依頼人の了承なく他の冒険者が依頼に介入するのは褒められた行為ではない。だが、事はリヴィラ全体を巻き込んだ大事件に発展しつつある。Lv.4の冒険者すら為す術なく殺害されるような危険人物が潜伏している現状、第一級冒険者であるアイズに一任するのは悪くない手である。

 むしろ、自身の身の安全を思えば全面的にアイズに任せてしまいたいというのがルルネの偽らざる本音であった。依頼人には悪いが命には代えられないし、何よりもう既にルルネにどうにかできる範疇を越えている。

 

「じゃあ、お願いするよ! ありがとう【剣姫】!」

「うん、任せて」

 

 まさに僥倖、渡りに船とはこの事である。第一級冒険者の助力など、本来ならばこうも簡単に得られるものではない。

 捨てる神あれば拾う神あり。ルルネは自身の幸運を噛み締めつつ荷物をアイズに託した。

 

「中身を確認しても良いですか?」

「うん。本当は誰にも見せるなって言われてるんだけど、こっちから頼むのにそうも言ってられないからね」

 

 レフィーヤが確認を取ると、ルルネはやむなしと頷いた。

 アイズは厳重に布で包まれたそれを丁寧に開封していく。苦戦しつつも何とか布を解くと、中から現れたのは子供の顔ほどもある大きな水晶玉だった。

 

 しかし、ただ一点。その水晶は内部に出来損ないの赤子のような異形を内包しており、それが不気味なまでに異彩を放っていた。

 

「これは……」

「……ッ!」

 

 それを見たレフィーヤは気味悪さに顔を顰める。

 だが、アイズの反応はより顕著だった。血の気が引いた顔は真っ青に染まり、身体は(おこり)のように震え出す。

 

 赤子の目が、開かれた。

 

「アイズさん!?」

「【剣姫】!?」

 

 頭部の大きさと比して異様に巨大な眼球がアイズを射竦める。

 その凝視を受けた途端、全身の血液が凍りつくような感覚がアイズを襲う。その徒ならぬ様子にレフィーヤとルルネが声を掛けるが、アイズは堪らず呻き声を上げて水晶玉を取り落とした。

 

 緑色の水晶玉が重い音を立てて地面に転がるが、異形の赤子の視線はアイズに固定されたまま動かない。

 名状し難き悪寒が絶え間なく襲い来る。それは歓喜か、それとも慟哭か。アイズの血に宿る古き遺志が、赤子の意思に呼応して声なき声を張り上げる。

 

 

 そして、リヴィラの街に草笛の音が響き渡った。

 

 

 

 

△▼△▼△▼

 

 

 

 

「リヴィラの冒険者にこの数の食人花は荷が重い。ティオネとティオナの二人は街で暴れる奴らの相手を。

 リヴェリアはここで魔法の詠唱、奴らをできる限り街の外に引きつけてくれ。護衛は僕が。

 カインには遊撃を頼みたい。郊外と街中、カバーする範囲は広いが、君の足ならどうとでもなるだろう」

 

 草笛の音と共に地を割って現れ、リヴィラを急襲する食人花(ヴィオラス)の群れ。事態を重く見たフィンは即座に指揮を執り、毅然とした態度で指示を下した。

 

 号令一下、ロキ・ファミリアの精鋭達は即座に動き出した。ヒリュテ姉妹は各々の得物を手に街の中へと突撃し、リヴェリアはその場に止まり粛々と詠唱を開始する。

 カインへの指示だけはいやに雑だが、これは蔑ろにしているのではなく信頼の裏返しである。何かと滅茶苦茶なファミリアきっての問題児だが、その実力は折り紙付き。特に《加速》の業は拙速を要する今の状況ではこの上なく有用だ。

 

 決して、危うく地底送りにされそうになった意趣返しではない。

 

「了解、最善を尽くそうじゃないか」

 

 フィンの期待通り、カインは常と変わらぬ笑顔でそれを了承した。その表情に焦りの色はなく、余裕綽々な態度はいっそ場違いですらある。

 瞬間、それまで無手だったカインの右手に握られたのは長大な曲剣。大きく湾曲した白銀の刃を閃かせ、加速の秘儀によりその場から掻き消える。

 

「まずは一匹」

 

 音もなく地面を蹴り、先行していたヒリュテ姉妹を追い越して街に到達。家々を粉砕しながら暴れ回る食人花(ヴィオラス)を視界に入れ、速度を乗せた斬撃を叩き込んだ。

 紫色の体液を撒き散らし、絶叫を上げながら呆気なく消滅する食人花(ヴィオラス)。打撃に強い耐性を持つ外皮と素早い動き、そして多数具えた触手による手数の多さ。こうしてその特徴を挙げ連ねると結構な強敵に感じられるが、実のところ第一級冒険者の実力があれば討伐自体は容易い。先の怪物祭(モンスターフィリア)でアイズやティオネ達が苦戦したのは満足な武装がなかったのが理由であり、きちんとした武器さえあれば相手をするのは容易である。

 

 しかし、今回はその数が問題だった。怪物祭(モンスターフィリア)において確認されたのが九体だったのに対し、現在リヴィラの街で暴れている食人花(ヴィオラス)の数は実に二十体以上。ちょっとした怪物の宴(モンスターパーティ)の様相を呈している。

 存分に暴れられるダンジョン内であれば、幹部が多く揃うこのメンバーならどうとでもなっただろう。だが、生憎と場所は多くの建物や露店が軒を連ねるリヴィラの街。住民はもれなく冒険者であり全員がある程度の戦力を有しているが、下層~深層クラスのモンスターの大群に対抗できるかと問われれば否と言わざるを得ない。そんな街の住民を守りながらの戦いとなると、剛勇無双で知られるヒリュテ姉妹であっても苦戦は免れなかった。

 

「おりゃあー!」

 

 雄々しくもどこか愛嬌が抜けきらない少女の気合が響く。しかしそんな声の印象とは反対に、振るわれる特大剣の威力は絶大の一言に尽きた。岩盤すら割断しかねない重量のある斬撃が叩き込まれ、標的にされた食人花(ヴィオラス)は僅かの抵抗も許されず極彩色の魔石を散らし消滅する。

 

「うん、やっぱこれぐらい手応えないとね!」

 

 そう言って笑い、両刃の特大剣……二代目『大双刃(ウルガ)』を掲げるティオナ。大量の超硬金属(アダマンタイト)を用いて作られた愛剣の重量は軽く百キロを超えるが、その重みこそが心地良いと【大切断(アマゾン)】は満足げに破顔した。

 

「ちょっと、何ぼーっとしてんの! 次が来るわよ!」

 

 そんな余裕を見せているティオナに対し、二挺一対のククリナイフ『ゾルアス』を構えたティオネが一喝する。

 

 彼女が言う通り、地面を割って現れる敵は次から次へと数を増していくばかりだ。当初は二十体程度と思われた食人花(ヴィオラス)だったが、倒した傍から続々と増援が現れるため息つく暇もない。

 ただ食人花(ヴィオラス)の群れを相手にするだけなら問題ないのだ。Lv.5の称号は伊達ではなく、この程度の敵相手なら一昼夜戦い続けられるだけの体力はある。だが、街を守りながらの戦闘となると勝手が違った。

 

 とりわけ食人花(ヴィオラス)の魔力に強く反応を示すという習性が曲者だった。それを知らぬ冒険者、特に魔道士が自衛のために魔法を使おうものなら、時に目前の脅威たるヒリュテ姉妹を無視してまでそちらを襲うことも少なくない。それらを適宜庇いながら戦うのは酷く彼女らの神経を擦り減らした。

 

「ああん、もう! 大人しくこっちに寄って来てくれた方がまだやりやすいわ!」

「こら、そっち行くな! こっち来ーい!」

 

 ティオナが大双刃(ウルガ)を振り回して叫ぶが、食人花(ヴィオラス)はエルフの女性冒険者を見つけると姉妹を無視してそちらを猛追し始める。見れば、その冒険者は杖を構えて魔法の詠唱を行おうとしていた。その果敢さは評価に値するが、この場においては完全に裏目に出てしまっている。

 周囲の食人花(ヴィオラス)が一斉に魔力源へと首を向け、一瞬で取り囲まれてしまった件のエルフは血の気を引かせた。彼女は先程までフィンに色目を使っていた女性冒険者の一人だったが、この状況で私情を挟む程ティオネは狭量ではない。即座に救助するべく駆け出そうとし──

 

『■■■■──ッ!?』

「きゃあああ!?」

 

 銀閃が奔る。音もなく飛来した黒衣の狩人は、手にした刃で今にも女性に喰らいつこうとしていた食人花(ヴィオラス)を一刀両断。その衝撃の威力を物語るかのように魔石諸共その巨体を爆散させた。

 

「カイン!」

 

 ティオナが嬉しそうな声を上げ、ティオネもまた安堵のため息を吐いた。

 この防衛戦において、作戦の要を担っているのはリヴェリアの魔法だが、街全域に広がる食人花(ヴィオラス)の群れを誘き寄せる程の魔法を詠唱するには時間を要する。それまでの間、生じる被害を抑えるのに貢献していたのがカインの《加速》であった。

 

 戦端が開かれてからこれまで、カインは街の中と外を幾度も往復していた。街中で姉妹が取り零した食人花(ヴィオラス)があればこれを狩り、徐々に高まるリヴェリアの魔力に引き寄せられ始めた食人花(ヴィオラス)があればフィンと共にそれを狩る。そんな無茶を可能としているのが、古狩人の業である《加速》の秘儀であった。

 秘儀とは言うが、わざわざ『古い狩人の遺骨』から水銀を触媒に遺志を引き出さねばならなかったかつてとは異なり、狩人として完成した今のカインならば走るのと同じ感覚で代償なく使用できる。lv544の身体能力から発揮される異常な速力も併せ、その移動能力はもはや瞬間移動(テレポート)も同然の域に達していた。

 

「ああ忙しい忙しい。安請け合いしたのは良いけど、こうも行ったり来たりするのは思いの外大変だ」

 

 そうぼやき、カインは額の汗を拭う仕草をする。尤も、彼の身体には汗どころか汚れの一つすらついてはいないのだが。

 呆れるやら頼もしいやら、その白々しい仕草に苦笑するティオネ。一方、ティオナは妙にぎこちない笑顔でカインに歩み寄った。

 

「か、カイン! ヴィ、ヴィ……ヴィオランテだっけ? がいっぱいで大変だね!」

「ヴィオラスだよ、ティオナ。そうだねぇ……まあ確かに大変だけど、リヴィラの冒険者も無抵抗でやられるほど柔じゃない。ざっと見て回ってきたけど、ボールスを中心に徐々に統率を取り戻しつつある。そう簡単にここは落ちないさ。ボクらは程々に、リヴェリアの詠唱が完成するまで時間稼ぎに徹していれば──」

 

 そろそろ面倒臭くなってきたカインは堂々とサボりを宣言しようとする。

 だが、その言葉を遮るようにすぐ傍の建物が崩壊し、中から増援の食人花(ヴィオラス)が現れた。その数、実に十体。

 

「程々に……何ですって?」

「……前言撤回、もう少し頑張りましょう。団長のご命令は違えませんとも、ええ」

「分かればいいのよ」

 

 ガックリと項垂れるカインを冷笑するティオネ。その実力こそ認めているものの、フィンの命令には絶対服従を信条としている彼女は、団長の指示であれ隙あらばサボろうとする彼の悪癖に対しては冷ややかだった。

 

 一方、現れた食人花(ヴィオラス)は激しく触手を蠢かし、威嚇するように極彩色の花弁を開く。

 しかし、じりじりとカイン達を取り囲むだけで直ちに襲い掛かって来る気配はない。姉妹二人ならばまだしも、カインも加わって三人の集団となった第一級冒険者達の脅威を警戒しているのか。

 

 いずれにせよ、掛かってこないのなら好都合。カインは曲剣の柄を握り直し、先手を取らんと再び加速で駆け出そうとする。

 

「そ、そういえばさ!」

 

 狙ったわけではないのだろうが、今まさに加速しようとしたカインの機先を制するように声を上げるティオナ。カインは思わずつんのめりそうになるのを踏み止まり、ティオネは先程から妙に挙動不審な妹に怪訝な視線を向けた。

 

「ちょっと、急に大声を出さないで頂戴。びっくりするじゃない」

「ご、ごめん。何か怪物祭(モンスターフィリア)を思い出すねって言おうとしたの」

「……まあ確かに気になるけど、今言うことじゃないでしょそれ」

 

 何かを誤魔化すようにそっぽを向き、おどおどと視線を泳がせるティオナ。

 らしくない、とティオネは思った。豪放磊落……は言い過ぎにしても、天真爛漫が服を着て歩いているようなのがティオナである。このように挙動不審に言い淀むなど滅多にあることではない。

 それに、ついさっきまではいつもと変わらぬ様子でモンスターを相手にしていた筈。それが急に態度がおかしくなったのは……確か、カインが援護に現れてからだったか。

 

(…………ふーん?)

 

 ニタァ、とティオネの口元が邪悪に吊り上がる。まだ確証はない。確証はないが、可能性は大いにあるだろう。

 思えば、ティオネ自身も似たような経緯でフィンに恋するようになったのだ。己を上回る絶大な武力と、高揚魔法【ヘル・フィネガス】による狂戦士化。その知勇兼ね備えた雄々しき姿にティオネは運命を感じたのである。

 翻って、先日の怪物祭(モンスターフィリア)においてカインが見せた狂乱怒涛の有り様はそれに通ずるものがあった。ティオネとティオナは双子の姉妹。憧憬の()()が同じでも全く不思議はない。

 

 一方色々と姉に筒抜けになっていることなど知る由もないティオナは、食人花(ヴィオラス)を警戒する……フリをしてこれ幸いと身体を休めているカインに水を向けた。その表情は高まる期待に輝いている。

 

「お祭りの時と似たような状況だしさ、あれ使わないの? あの……何か黒くて大きい変な薬!」

「黒くて大きい……ああ、獣血の丸薬のことか」

 

 医療教会によって禁忌指定されている薬品『獣血の丸薬』。子供の拳程もあるそれは獣血を固めて作られたとも言われ、使用者を一時の獣性に導く効果がある。

 意志によって獣性を律することができる狩人にとってはただの便利なアイテムに過ぎないが、常人が服用しようものなら即座に獣化しかねない危険物である。ティオナがそれに関心を見せたことにカインは僅かな警戒を覚えるが、どうも彼女は丸薬そのものではなく、カインが丸薬を使用することを期待しているらしかった。

 

「確かにあれを使えば攻撃力が劇的に上昇するし、効率を考えれば悪くない手なんだけど……」

「じゃあ使っちゃおうよ! あたし、もう一度カインが暴れるとこ見たいなー……なんて」

 

 胸の前で人差し指を突き合わせ、上目遣いでカインを見上げるティオナ。

 可愛らしい仕草だが、彼女の要求は獣血の丸薬の服用である。相手が狩人でなければ遠回しな自殺強要となっていただろう。

 

 とはいえ、ティオナが言う通り状況は怪物祭(モンスターフィリア)の時と酷似している。地上と地下という違いはあれど、街のど真ん中でモンスターが発生しており、早急な解決が望まれているのは同様だ。獣血の丸薬によって獣性を高め、被害が広まる前に速攻で片を付けるというのは確かに理に適っている。

 

 しかし、今の彼にはある問題があった。カインは虚空に視線を彷徨わせつつ、頭蓋の裡に在る()()に意識を向ける。

 それは脳の内側で蠢き、瞬き、星雲のように渦巻き煌めく、宇宙(そら)仰ぐ心の瞳──『啓蒙』である。

 

(今ある啓蒙は……80前後か。ちょっと多いなぁ……)

 

 それはつい昨日のことだった。いつものように聖杯ダンジョンに潜っていたカインだったが、その日は日課である『naapatbx』での血質マラソンをワンセット終えた後、趣向を変えて別の地下遺跡に赴いたのだ。

 場所は『イズの碑』の一区画、封印を解く聖杯文字は『pkp5hxwi』。全四階層であり、それぞれの階層におけるボス構成は1層が『残酷な守り人』、2層が『脳喰らい』、3層が『星の娘、エーブリエタース』、4層が『アメンドーズ』となっている。

 

 この『pkp5hxwi』の魅力は、何と言っても神秘に関わる血晶石の大半をこの遺跡で賄えてしまえること、そして踏破距離が比較的短いことによる優れた回転効率にある。

 1層の三人の守り人こと通称三デブからは高乗算属性血晶を。2層の脳喰らいからは神秘高加算血晶を。3層のエーブリエタースからは神秘深淵血晶を。そして4層のアメンドーズからは全強化深淵血晶を獲得することができる。その全てが神秘を操る者にとって有用な血晶石だ。

 

 カインは昨日、この遺跡でマラソンを行っていた。4層目だけはボス部屋前に遺跡に魂を囚われた狩人(同じ穴の狢)がいて邪魔をするため回転率を重視して省いたが、1層~3層を攻略しては再び封を暴き、攻略してはまた封を暴くのをひたすらに繰り返したのだ。

 その結果、大いなるイズの神秘に触れまくったカインの脳には常人であれば軽く二十回は狂死するだろう程の禁忌の智慧……啓蒙が蓄積された。

 

 そして、啓蒙と獣性は相反する双極性の概念である。啓蒙の値が低ければ低い程獣性は増し、逆に啓蒙が高まれば高まる程獣性は減少する。つまり、現在の啓蒙が異常に高まった状態のカインが獣血の丸薬を服用しても意味がないということだ。

 そんな状態で無理に丸薬を使ったところで大した効果は得られないばかりか、またぞろ無駄に興奮して失言を垂れ流しかねないだろう。それを何とか啓蒙については濁しつつティオナに伝えなければならなかった。

 

「えっと、その……最近は年のせいか獣性が上がりにくくてのぉ……」

「カインまだ若いでしょ!?」

 

 カインは隠し事が多い割に誤魔化し方が下手だった。今回は言い訳をする時のガレスを参考にしてみたのだが、結果はご覧の通りである。

 

「ねーちょっとだけ、ちょっとだけでいいから! もう一度あの時みたいに暴れてよー!」

「いや、今はちょっと都合が……あっ、今日は丸薬を持ってきてないんだ。だからまた今度ね?」

「“あっ”て何さ“あっ”て! 絶対今思いついた言い訳でしょ!?」

「ホントダヨ。カリウド、ウソ、ツカナイ」

「嘘だ! いくらあたしでもそんなのじゃ誤魔化されないからね!」

 

 周囲の状況など知らんとばかりにやいのやいのと騒ぎ立てるティオナとカイン。それを眺めるティオネは頭痛を堪えるように額を押さえた。

 

『■■■■──ッ!!』

 

 だがその時、遂に痺れを切らした食人花(ヴィオラス)が金切り声のような咆哮を上げる。花弁の中心で醜く開いた口腔から唾液を垂れ流し、一斉に三人目掛けて飛び掛かった。

 

「うっさい! 今大事な話してるの!」

 

 だが、激昂したティオナによる大双刃(ウルガ)の一閃によって呆気なく迎撃される。轟、と颶風を巻いて振るわれる巨剣の一撃(八つ当たり)は迫る十体の食人花(ヴィオラス)の半数を吹き飛ばし、残る半分もカインとティオネの連携によってあっさりと片付けられた。

 

 その直後、街の外から灼熱を伴う魔力の波動が噴き上がる。

 リヴェリアの魔法詠唱が佳境に入ったのだ。リヴィラの中心部まで届く魔力の熱風に反応し、全ての食人花(ヴィオラス)が街の外に首を向ける。

 

「ヨシ! 時間稼ぎは完了だ、フィンとリヴェリアの所に行くぞ!」

「あ、ちょっとカイン!」

 

 待ってましたとばかりにカインは話を打ち切り、即座に街の外に向かって飛び出す。話はまだ終わっていないとティオナは手を伸ばすが、カインは《加速》すら使用してその場から逃げ出した。

 

 一歩で音を超え、二歩で宇宙速度に追い縋る。たった二度の跳躍で郊外に飛び出したカインは、魔法円(マジックサークル)の内側で煮え滾るような魔力の渦動を立ち昇らせるリヴェリアと、それに群がろうとする複数の食人花(ヴィオラス)を視界に捉えた。

 

「天・誅!」

 

 紫電一閃。三歩でその身を隕石と化し、群がる食人花(ヴィオラス)を一掃する。

 大気が歪む程の衝撃波と共に、蠢く怪花の群れは木っ端と散華した。それは目にも留まらぬ神速の大斬撃。風より(はや)く、音よりもなお(はや)い古狩人の一刀である。

 

「カインか、助かった」

「いや、こちらこそ助かったよ」

「……?」

 

 食人花(ヴィオラス)から詠唱中のリヴェリアを守っていたフィンは構えを解き礼を告げるが、何故かカインからも感謝の言葉が返ってくる。

 理由不明の礼にフィンは首を傾げるが、今はそれどころではないと思い直し周囲を見渡す。今ので近くにいた食人花(ヴィオラス)は一掃されたが、すぐにでも次鋒が街の中から誘き寄せられてくるだろう。あまり悠長にはしていられない。

 

「ティオネ達は?」

「すぐに来るさ。ちょっと一身上の都合で先行させて貰ったけど……ところで、この後は魔法で処理を?」

「いや、リヴェリアの魔力はできるだけ温存しておきたい。奴らの脅威は個体の強さではなく、その数だからね。リヴィラから引き離すという第一目標がこれで達成された以上、残りは僕らで始末した方が無駄がなくていい。

 ……そういえば、アイズとレフィーヤがどこに行ったか知らないかい? さっきから姿が見えないようだが」

「ああ、あの二人には怪しい動きをしてた冒険者を一人追わせてたんだ。確かあっちの方角に……」

 

 カインは水晶群が柱のように連なる高台を指差した。乱立する水晶が邪魔で見通しにくいが、幾匹かの食人花(ヴィオラス)が蠢いているのは視認できる。

 

「んー? 何か妙だな……」

 

 リヴェリアに次ぐ魔力量を誇るエルフと半人半霊の魔法剣士がいるのだから、魔力に反応する食人花(ヴィオラス)が引き寄せられるのはおかしなことではない。

 だが、あの程度のモンスターがまだ倒されず生き残っているというのは不可解だった。アイズにしろレフィーヤにしろ、今更食人花(ヴィオラス)程度に後れを取るとは考え難い。

 

 しかしその直後、遠目からもはっきりと目視できる程の暴風が巻き上がったことでカインは異常を悟った。

 たかが食人花(ヴィオラス)を相手にするには過剰な程の風の魔力。恐らく、全力の【エアリエル】を行使せねばならないような強敵がいる。

 

「……何かあったみたいだね」

「そのようだ」

 

 一拍遅れてフィンも異常に気付く。詠唱待機中のリヴェリアもまた徒ならぬ気配に端正な顔を顰め、仲間を案じるように高台を仰いだ。

 

「リヴェリア、悪いが詠唱の続きを頼む。手早くここら一帯のモンスターを始末してしまおう」

「了解した。【汝は業火の化身──」

 

「ようやく追いついたー! ちょっとカイン、置いてくなんて酷いじゃん!」

 

「ごめんねフィン、リヴェリア! アイズとレフィーヤが心配だから先に行かせて貰うよ!」

「え? ああ、まあ別に構わないけど……」

 

 ドドドド、と土煙を上げながら迫り来る【大切断(アマゾン)】。その声と気配を察知した瞬間、カインは些かの躊躇もなく身を翻した。

 三十六計逃げるに如かず。啓蒙について暈しつつ丸薬を使用できぬ理由を上手く説明できない以上、カインとしてはひたすら沈黙を選ばざるを得ないのだ。

 

「サラダバー!」

「ちょ、待ってよー!」

 

 ティオナの制止の声を振り切り、再び加速でその場から離れるカイン。高台に続く長い階段を数十段飛ばしで駆け上がり──

 

 果たしてその先で目にしたものは、Lv.5であるアイズと互角以上に斬り結ぶ赤髪の女剣士。そして、不快な音を立てて肥大化していく食人花(ヴィオラス)の姿だった。

 

「……これは、一体どういう状況なのかな?」

 

 流石のカインにもこの状況を一目で把握することは難しかった。場は彼の理解を超えて混沌とした様相を呈している。

 だが音もなく高速移動できる《加速》の特性が幸いし、恐らくは敵であろう赤髪の女剣士も食人花(ヴィオラス)もカインの存在には気付いていない。不意打ちを仕掛けるには絶好の状況(シチュエーション)だった。

 

「挨拶なしの角待ち瀉血(アンブッシュ)は一度のみ許される……まあ流石に味方がいるのに瀉血は無理だから、ここはアレを使うとしよう」

 

 遺志より呼び起こされ、虚構から物質へと存在の定義が移り変わる。まるで虚空から突如出現したかのように、カインの左手に巨大な火砲が握られた。

 それはかつて医療教会の工房が試作した大型銃、その名も《大砲》。見た目そのままの名前だが、しかし本来大砲とは地面に設置して扱う兵器である。それを携行し片手で扱おうという発想そのものがまず馬鹿げている。まして、それを現実に実用化してしまうなど。

 

 事実、《大砲》はごく一部の好き者からは異様に愛されたものの、殆どの狩人には見向きもされず廃れていったという歴史がある。実用性を考慮しない重量と反動、劣悪な燃費、それらによる圧倒的な取り回しの悪さ。欠点を挙げれば切りがない。

 しかし、火力ばかりは砲の名に恥じぬ破格のものだった。特に血質ではなく純粋な火薬の爆発力を利用した兵器であるため、血の性質に優れぬ狩人にも高い威力を発揮できるという利点もある。後はその馬鹿げた重量を克服できる超人的な筋力さえあれば、十分使用に耐える武器となるだろう。

 

 そして、その全ての条件を満たした狩人がここに一人。カインは左手で軽々と《大砲》を持ち上げると、メリメリと音を立てて肥大化を続けている食人花(ヴィオラス)へ照準を合わせた。

 

発射(Feuer)ァー!」

 

 迸る炎の轟哮。爆裂する火薬の衝撃によって、砲弾状に変容した水銀が撃ち放たれた。

 

『■■■■■■ァァァアア────ッ!?』

「ッ、何だ……!?」

 

 耳を劈く爆音。炸裂する鋼の衝撃が大気を轟かせる。それはこの神時代には未だ発明されていない純粋物理の炎熱であり、神々の奇跡(プロメテウスの火)より逸脱した人類の叡智(科学)の結晶である。

 咲き誇る烈火の徒花。今まさに羽化しようとしていた精霊の分身(デミ・スピリット)は悲痛な絶叫を上げ、形を得る前に塵となって消滅した。

 

「バカな……!」

「次弾、発射(Feuer)ー!」

 

 絶句する赤髪の女剣士。しかし、カインは情け容赦なく砲口をそちらに向ける。不意打ち(アンブッシュ)が許されるのは一度のみではなかったのか。

 

 間髪入れずその身に火を蓄える鋼鉄の暴力装置。それが大砲であるのなら必然的に生じる次弾装填の準備動作など皆無だった。まるで砲身内部に直接砲弾が出現したかのような不条理。

 しかし不条理を語るのなら、無手状態から突然武装を行う時点で十分に常軌を逸していると言えるだろう。故にこんなものは今更だ。何ら驚くには値しない。

 何故なら血の遺志とはそういうものだからだ。それは血中に溶ける万物の根源であり、また異形の上位者が形作る夢の雫。即ち最小単位の悪夢である。それが如何なる不条理であれ、支配者の意志一つで自在に形を変えるのが夢の理。

 

 まさしく世界を侵す狩人の悪夢(ナイトメア)。逆しまの宇宙論が敵対者に牙を剥いた。

 

「くっ、何だ貴様は……!」

 

 食人花(ヴィオラス)の二の舞は御免だと、赤髪の女は慌てて《大砲》の射線から逃れようとする。

 だが回避行動に移ろうとした刹那、女の腹部で衝撃が弾ける。驚愕に目を向ければ、今まさに相対するアイズが左手に持つ細剣の切っ先を突き付けているのが目に入った。

 

 それはデスペレートとは反対の腰に佩いていた予備武装(サブウェポン)。華麗な装飾と護拳(カップガード)が特徴のレイピアであり、その名を《レイテルパラッシュ》と言った。

 カインより譲渡されたそれは、変形により銃としての機能を露わにする仕掛け武器であった。右手のデスペレートで女の大剣と鍔迫り合っていたアイズは、空いた左手でこれを抜刀しつつ変形。剥き出しの腹部に銃撃を見舞ったのである。

 

 アイズは狩人ではないため、獣狩りの狩人達が扱う血の水銀弾は作り出せない。故に《レイテルパラッシュ》に内蔵された弾倉には予めカインの水銀弾が装填してあった。

 とはいえ、流石にカインの血質で精製した血弾を常人に取り扱わせるのは不安が大きい。そのため、アイズに与えられたのは『死血の雫』と水銀を混ぜ合わせて精製した水銀弾である。血に優れた狩人から直接採血したものには及ぶべくもないが、死血の雫とて遺志を宿した上質な触媒だ。ただの鉛玉よりは有効な武器になる。

 

 目論見通り、予期せぬ衝撃に体勢を崩す赤髪の女。いやに強靭な皮膚を貫通することこそ叶わなかったが、着弾の衝撃はかなりのものとなった。

 そこへ容赦なく《大砲》の一撃が叩き込まれる。リヴェリアやレフィーヤの魔法程の広範な破壊力こそないが、魔力に依らぬ物理的な爆発力は人間大の標的に撃つには過剰な程の威力を誇る。直撃を許せば到底無事では済まないだろう。

 

「ええい、飛び道具とは面倒な……!」

 

 赤髪の女は悪態を吐き、妙に生物的な意匠の大剣を投擲した。得物を失うリスクと砲弾の直撃を喰らうリスク、どちらがより脅威かなど天秤に掛けるまでもない。まるで矢のように一直線に飛翔した大剣は過たず砲弾と衝突し、カインと女の間の中空で盛大に爆発する。

 直撃はせずとも、爆発の余波だけで凄まじい熱と衝撃が周囲に広がる。アイズはそれを【エアリエル】の風の鎧で防ぎ、赤髪の女は腕で顔を覆うことで何とか耐え凌いだ。

 

「さてさて、随分とウチのお姫様を可愛がってくれたようだね」

「ッ!」

 

 瞬間、黒い疾風と化したカインが迫る。赤髪の女は瞠目し回避しようとするが、それより速く白銀の一太刀が閃いた。

 

(コイツ、速い!)

 

 刹那の思考で回避が間に合わぬことを悟った女は、避けるのではなく肉体の頑強さを信じて防御を選択。胴を袈裟に裁断せんと迫る刃の前に自らの左腕を差し出した。

 

「ギッ……がァァあああ!?」

 

 果たして、女は左腕を代償に命を拾うことに成功する。しなやかに鍛え上げられていた繊手は鮮血を撒き散らしながら無惨に宙を舞い、女はその激痛に苦悶の声を上げた。

 痛みは覚悟していたが、それでも女は驚愕を禁じ得なかった。左腕を失う覚悟で防御したとはいえ、こうも容易く切断されるとまでは思ってもみなかったのだ。何せ彼女の肉体はレフィーヤの魔法を無傷で跳ね返す程の強固な耐久を誇っていたのだから。それをこうも鮮やかに斬ってのけるとは、尋常な手合いではないだろう。

 

 女が苦痛に歪む表情の下で戦慄を覚えているのと同時に、カインもまた少なからぬ驚きを感じていた。

 カインは狩人である。獣も人も、暗黒宇宙の化外に至るまでありとあらゆるものを狩ってきた。ノコギリで引き裂き、剣で切り裂き、重打で叩き潰し刺突で穿ち、炎と雷で焼き払った。カインはその感触の全てを克明に記憶している。

 だが、今し方の手応えは到底人を斬ったものとは思えなかった。強いて言うなら獣のそれに近い。硬く強靭で、恐らくは鋭利な刃よりもノコギリの方が有効だろう。

 

「ふーむ、気になるな」

「くそっ!」

 

 苦し紛れの拳が飛ぶが、カインは首を傾けるだけでそれを躱す。

 そして躱しざま、《大砲》を握ったままの左腕で閃光のようなクロスカウンターを放った。

 

「がッ……!」

 

 巨大な鋼鉄の塊が顔面に炸裂し、女は冗談のような速度で地面と平行に吹き飛ぶ。水晶の柱を幾本も薙ぎ倒し、盛大に土煙を上げながら壁面に激突した。

 

「アイズさんが苦戦した相手をこうもあっさり……」

「あれがLv.6……【流血鴉】のカインかよ。やっぱロキ・ファミリアは化け物揃いだ……」

 

 レフィーヤとルルネから感嘆の声が上がった。僅かな畏怖と、それ以上の憧憬を以て第一級冒険者の雄姿を見上げる。……だが、直後のカインの行動が全てを台無しにした。

 

 グシャリ、という不快な水音と共に肉が爆ぜ、飛沫のように鮮血が弾ける。

 あろうことか、カインは地に落ちた女の腕を踏み潰したのだ。人外の怪力で圧迫された腕は、尋常ならざる負荷を前に水風船のように破裂。血と肉片を盛大に撒き散らした。

 

「え、えぇ……」

「あれが……【流血鴉】……」

 

 僅か一瞬で畏怖が憧憬を上回り、二人はドン引きし呻き声を上げた。元々こういう破天荒な為人(ひととなり)であると知っていたレフィーヤはともかく、初めてカインの姿を目にしたルルネはそのあまりの残忍さに恐怖し涙目になった。

 

 だが、カインは何も悍ましい嗜虐心を満たすために遺骸を冒涜したわけではない。……いや、仲間を痛めつけられた当て付けの気が皆無だったとは言わないが、決してそれだけが目的でこのような蛮行に及んだわけではないのだ。

 カインの目的は赤髪の女の血だ。血は万物の根源であり、血液こそが生命の形を定義する。遺志を継ぐ狩人たる彼は、血中に溶ける源の声……即ち血の遺志(Blood echo)を読み解くことで対象のあらゆる情報を詳らかにすることができるのだ。

 

 カインは破裂した鮮血を全身に浴び、芳醇に薫る女の血を舐め取った。今やすっかり血の常習者となったヤーナムの狩人である彼は、実に美味しそうに赤い血潮を嚥下する。

 その様を見て少女二人が益々ドン引きしているのを余所に、カインは舌の上で転がすようにして遺志の声に耳を傾ける。水の底からゆっくりと滴るような、湿った神秘の呼び声に。

 

「ふむ……レヴィス、というのか。キミの名前は」

「──その名を、どこで……」

「キミ自身が教えてくれたのさ。血は何よりも雄弁に万象を物語る。ほんの一滴であれ、表層を浚うぐらいならそれで十分だ」

 

 名を言い当てられたことに表情を険しくし、ゆっくりと起き上がる赤髪の女──レヴィス。

 その満身創痍の様を見て驚愕に目を剥くアイズとレフィーヤ。だがそれは、何も片腕を失う程の重傷を負ってなお立ち上がる強靭な生命力に驚いたのではない。

 

 傷が──肘より先から斬り飛ばされた左腕が、頭蓋が罅割れ陥没する程の衝撃を受けた顔面が。徐々に、だが確かに回復して……否、復元していく。流石に喪失した腕を元通りにするまでは至らないようだが、それでもその断面は少しずつ肉が盛り上がり、元の形状を取り戻そうとしていた。

 

「獣のように強靭な筋骨に、尋常ならざる治癒能力。キミはどうも純粋な人間ではないらしい」

「ふん、獣などと風情のない……我々は自らを『怪人』と自称しているがな」

 

 怪人(クリーチャー)。なるほど言い得て妙だ。色々と規格外なカインでさえ、輸血液や脈動血晶*1を使わねばああも劇的な治癒能力を得ることはできないだろう。

 

「レヴィス、レヴィスねぇ……錬金術において曰く、相反する二属性の合一を聖なる結合(ヒエロスガモス)といい、またその結合によって生み出される大いなる結晶をラピス……あるいは賢者の石(レビス)というらしい。

 レビスとレヴィス……偶然の一致というには中々考えさせられる符合じゃないか? 名は体を表すというが、さて。果たしてキミは何の混ざり物なのかな?」

「貴様……」

「その反応、中らずと雖も遠からずといったところか。いや、案外ドンピシャだったのかな?」

 

 持って回ったような言い草で核心を衝くカインをいよいよ無視できなくなったのか、完全にアイズから意識を外し警戒も露わに視線を鋭くするレヴィス。

 光彩が縦に割れた緑の瞳と、色のない灰の瞳が交差する。相対する両者は共に人に非ざる異形。互いが互いに異端の生命であると悟ったのか、片や表情を険しく、片や面白そうに笑みを深めた。

 

「貴様は……危険だ」

「その言葉、そっくりそのまま返させて貰うよ。ボクにとってはさほどでも、(エアリエル)込みのアイズを圧倒するような脅威を放置しておくわけにもいかないな」

 

 レヴィスは注意深くカインを見据えつつも、その意識は退路を求めて徐々に後方に向かっている。流石に片腕を欠損した状態で戦闘を続行しようとは思わないらしい。

 だが、みすみす見逃してやる理由もない。状況から考えて食人花(ヴィオラス)を操っていたのは彼女だろう。その肉体共々、彼女の能力は実に興味深い──カインは何としてもレヴィスを捕える決意を固めた。

 

 元よりロキ・ファミリアの幹部の一人として、事件の首謀者を逃がすつもりはない。カインは確保すべく駆け出そうとし……近付いてくる見知った気配を感じ取り、一先ずその場に止まった。

 

「カイン!」

「アイズ、レフィーヤ、無事!?」

 

 猛スピードで階段を駆け上がり、真っ先に現れたのはヒリュテ姉妹。その後にフィンとリヴェリアが続く。

 本来ならば囮の役割を果たす筈だった異形の食人花(ヴィオラス)も既におらず、レヴィスの予想よりも遥かに早く増援が集結する。彼女は内心で役立たずの精霊の分身(デミ・スピリット)を激しく罵った。

 

「カイン、彼女は一体何者だい?」

「ハシャーナ殺害事件の首謀者さ。ついでに、食人花(ヴィオラス)を操っていたのも恐らく彼女だ」

「……調教師(テイマー)なのか?」

「そこまでは何とも。けど中々に興味深い人物だよ、彼女」

 

 そう言ってカインは不気味に微笑んだ。彼がそういう笑みを浮かべる時は決まって碌な内容ではないとフィンとリヴェリアは知っている。

 どうやら彼が興味を抱く程度には厄介な存在であるらしい。二人はレヴィスに対する警戒を一段階引き上げた。

 

 しかし、“興味深い”というカインの言動を額面通りに受け取った人物がここに一人。ティオナは表情を険しくしてレヴィスの顔を睨み──少し視線を下げ、彼女の胸元で激しく自己主張する双丘を目撃し愕然と目を見開いた。

 

「──胸か!? やっぱり男は胸がいいのかぁー!!」

「え、そういう解釈?」

 

 腕を振り回して怒りを露わにするティオナ。これには流石のカインも虚を突かれ目を瞬かせる。

 それも些細な嫉妬と思えば可愛らしいものだが、しかし今は状況が宜しくなかった。カインの意識がティオナに向かった一瞬の隙を衝き、レヴィスは猛然と後方に飛び退る。

 

「おっと、逃げようったってそうはいかないよ!」

 

 瞬間、膨れ上がる殺気。レヴィスが身を翻すまでの一刹那の内にカインは武器の変形を終えていた。

 大きく湾曲した白銀の刃が二つに分かれる。だがそれは《慈悲の刃》のように二つの刃に分裂するのではなく、一個の武器として形を保ったまま大きく左右に開いた。

 

 柄を支点とし直角に開いた刃は弓幹(ゆがら)に、そして刃と共に開帳した鍔は弓柄(ゆづか)となる。同時に刀身内部に隠されていた金属糸の弦が姿を現し、弓幹の展開によって力強く張り詰めた。

 

 《シモンの弓剣》──担い手の名を冠したその曲剣は、その名の通り変形によって剣から弓へと大きく姿を変える仕掛け武器である。カインは慣れた動作で矢に転じた水銀弾を番えると、溜める時間すら惜しいとばかりに射ち放った。

 

 矢を番えてから射るまでに一秒もなく、だが放たれた水銀の矢は怖気が走る程の速度で飛翔し、背を向けるレヴィスの肩を抉った。

 苦悶の呻き声が上がるが、さもあろう。何せカインの高血質に加え、弓剣に装着された血晶石は三つ全てが守り人の狂人──通称貞子から獲得した愚者血晶*2である。さして力を込めずともその威力は破格のものだ。

 

 しかし、カインは怪人(クリーチャー)の肉体の耐久力と、何よりレヴィスという女の執念を見誤っていた。

 

 怪人(クリーチャー)でなければ肩口から腕が吹き飛んでいただろう程の衝撃を受けつつも、レヴィスは体勢を崩すだけで足を止めることなく逃走を続行したのだ。

 その時点で既にレヴィスは大きく距離を離している。そこでカインは二択の行動を迫られた。即ちこのまま矢を射るか、走って追い掛けるかだ。

 

 矢を中てるだけなら簡単だ。しかし致命傷を避け、殺さないよう加減しつつ狙い射つには間合いが離れ過ぎていた上に、何より弓矢の火力が高過ぎた。恐らくは怪物祭(モンスターフィリア)の一件にも関わる人物と目されている以上、背後関係を洗うためにも生かして捕えなければ意味がない。

 故に、カインは走って追い掛けることを選択する。《加速》を用いれば一瞬だが、しかしこちらはこちらで問題があった。

 

 その問題とは、レヴィスが向かう先にあるのがどう見ても断崖絶壁であることだった。流石にアイズを圧倒しただけありその身体能力はかなりのもので、カインの内心で二択の逡巡が行われていた刹那に、既にその姿は崖際を目前とする所まで至ってしまっている。如何に《加速》を用いようと、追いつく頃には既に身を投げた後である公算が大きい。そして断崖絶壁の先には、ここ18階層を迷宮の楽園(アンダーリゾート)足らしめる要因の一つである豊富な水資源……巨大な湖が広がっていた。

 これがカインにとって何よりの問題だった──()()()()()()()()()()

 

 古来より、高所と水場は狩人にとって鬼門であると相場が決まっている。これは何も狩人に限った話ではないが、大抵の生物は高所から落下すれば死ぬものだ。羽を持つ生物や空中を移動できる上位者などを例外とし、どれだけ強靭な生命力を有する獣であろうが落下の衝撃というものは等しく命に係わる。

 そして水を苦手とする理由だが、こちらにも切実な事情があった。炎が獣血を祓うのは獣が火を恐れる事実を鑑みるに周知の通りだが、実は水にも同様の働きがある。

 大量の水は眠りを守る断絶である。炎が悪意ある血を退けるのと同様、水には神秘を封じる効果があるのだ。月前の湖に白痴のロマが封印されていたように、血と神秘の恩恵を受ける狩人もまた水の底では自由を封じられ……結果として泳ぐこともできず無様に溺れてしまうのである。

 

 如何に人を超え上位者に至ったとて……否、至ったからこそカインは水が苦手だった。足が届く程度の浅瀬や河川ぐらいならどうという事もないが、海や湖を形成するような大量の水を前には全くの形無しだ。死んだところで即座に最寄の灯りか夢に帰るだけなので問題ないと言えば問題ないが、しかしレヴィスを捕えたい今のカインにとってそれは致命的だった。彼女を追って湖に飛び込み、それで動けなくなったのでは本当にただの無駄死にである。

 

「ああクソ、やっぱり間に合わないか!」

「……っ」

 

 大方の予想通り、崖際まで加速したカインの手は虚しく空を切る。苦痛に表情を歪めたレヴィスは捨て台詞を吐く余裕すらなく崖から身を投げ、力なく湖に沈んでいった。

 

「カイン、彼女は……湖に逃げたのか」

「ごめんよ、フィン。水銀で薄めたとはいえボクの血で作った鏃で射ったから、それなりの深手は負わせられたと思うけど……」

「こっちは殺さないよう手加減しなきゃいけない状況だったからね、仕方ないさ。……ところで“それなりの深手”というのは、具体的にどんな?」

「一般人なら七孔噴血して即死、冒険者でも三日三晩はのたうち回るんじゃないかな?」

「………………十分過ぎる成果じゃないかな、うん」

 

 フィンはそっとカインから距離を取る。同時に、今後一切カインの水銀弾には手を触れないと固く誓った。

 

 一方団長から特級危険物扱いされているなどとは知る由もないカインは、みすみす目の前で取り逃がしてしまった悔しさを噛み締めつつ、とある予感を覚えていた。

 

 湖に落ちていく際に彼女が見せたあの目──全身を苛む苦痛に歪みながらも、なお抑え切れぬ報復の怒りに燃え上がる緑の瞳。

 あの視線からは並ならぬ気迫と執念を感じた。ほんの一滴にも満たぬ少量、且つ水銀と混ざり純度が下がっていたとはいえ、仮にも上位者の死血が注がれた鏃で貫かれたのだ。想像を絶する激痛に襲われていただろうに、そんな状態でなおも怒りを発することができるなど並大抵の意志力ではない。

 

 きっと常人であれば発狂しかねないような苦痛がレヴィスを襲うだろう。だがそれでも彼女は再び立ち上がり、またロキ・ファミリアの前に立ちはだかるに違いないと。そんな確信にも似た予感を、カインはまざまざと感じ取っていた。

 

*1
HP自動回復効果を持つ血晶石。三秒毎に体力が回復していく

*2
「物理の攻撃力を高める+21%・HP最大時、物理を高める+12%」の効果を持つ。“愚者”とは体力最大時に限り大きく攻撃力を上昇させる血晶に冠される名称であり、特に通称貞子愚者と呼ばれるこれは、一部を除いたあらゆる物理血晶を上回る破格の強化値を誇る




アイズとの一対一の戦いに敗れ、計り知れぬ悔しさと不思議な充足感に包まれながら灰となって消滅しようとしていたレヴィス。
核となる極彩色の魔石を両断され、完全消滅まであと僅か。そんな時、レヴィスの下に歩み寄る謎の影が!

「お前も地底人にならないか?」

力が欲しいか的なノリで差し伸べられる地底人の手! それが恐るべき魔の誘いであると知りつつも、レヴィスはもう一度アイズと戦いたい一心でその手を取ってしまう!

「よろしい。これで誓約は完了だ」

「それでは輸血と……固定聖杯の攻略を始めようか。なあに、なにも心配することはない。
 何があっても……悪い夢のようなものさね──」






以上、クノッソス戦のその後にあるかもしれない妄想ちゃんでした。
不定期更新しかできない作者が外伝12巻の内容まで書けるわけないので、ふと思いついた妄想をこんな所で暴発させた次第です。アイディアは出すだけならタダなんだよ!
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