地底人迷宮譚~迷宮を差し置いて遺跡に潜るのは間違っている~   作:筆記者カレル

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何やらミステリアスな空気出してた主人公の化けの皮が剥がれる話。


迷宮都市の地底人・下

 ボクには本当の名前がない……忘却した、と言った方が適切か。閻魔の手でフロムの辺獄に落とされた後、ボクはボクに関する前世の記憶を徐々に失っていった。朧げに思い出せないこともないけれど、まあ殆ど記憶喪失であると言って相違ないだろう。出会って三秒で極悪人認定されたボクの人格(パーソナリティ)はきっと永遠に失われたので安心してほしい。

 

 カインという名は、ボクが獣狩りの夜の中で出会った最強の狩人の名前から頂戴したものだ。『カインの流血鴉』といえば、プレイヤー諸兄ならすぐに分かってくれるだろう。尤もカインというのは恐らく「カインハースト」の略なので個人を示す名称ですらないわけだが、それはそれ。

 赤き月光差し込む大聖堂に佇んでいた、恐らく女王以外では最後の血族と思しき千景の狩人。……彼は本当に強かった。ゴースの遺子の方がまだしも楽だったと断言できる程に。

 

 さて、簡潔にボクのこれまでの来歴について語ろう。ダクソかブラボか、果たしてどちらの世界なのかと戦々恐々しながら目を開けたボクの視界に真っ先に飛び込んできたのは、萎びた成り損ないの赤子のような異形……『使者』たちが群がってくる光景だった。

 斯くしてブラッドボーンの世界に転生したボクは、転生特典的な秘めたる力を発揮して最初の獣を倒し──何て都合の良いことがある筈もなく、当然のように喰い殺されて『狩人の夢』へ直行。そこで使者から『仕掛け武器』を受け取り、ボクの狩人としての第二の人生……獣狩りの夜が幕を開けたのだ。

 

 あとは特別語ることもない。概ねゲーム通りの道筋を辿って狂気に満ちたヤーナムの夜を駆け抜けた。数え切れない程の死を繰り返して、獣を狩り、人を狩り、上位者を狩り──その果てに人を捨て、幼年期の始まりを迎えるに至る。

 

 狩人になって最初の頃はまだ前世の名残りを知識として残していたような気もするが、儀式の秘匿が破れたあたりで殆ど前世の残滓は失われ、上位者になった時点で既に完全に失われていたように思う。なので今となってはもうゲーム『Bloodborne』のストーリーとかそういうのは全然覚えていなくて、ボクがヤーナムについて知っているのは全てこの目で見て経験してきたことだけとなっている。

 

 だから幼年期の始まりを迎えた直後のことは全くの意味不明だった。何せ気が付けば人間としての姿で迷宮都市オラリオのど真ん中に立ち尽くしていたのだから。

 

 まあその後何だかんだすったもんだあって──結構色々と物語とか冒険とかあったような気がしないでもないが、とある事情により殆ど覚えていないため割愛する──オラリオ最大派閥の一角であるロキ・ファミリアにて冒険者として頭角を現し、今やLv.6の第一級冒険者【流血鴉(ブラッディレイヴン)】カインとして名を馳せている。

 

「思えば随分遠い所まで来たものだ。昔はまさかヤーナム以外の場所で生きることになるなんて夢にも思わなかった」

 

 なまじ悪夢の根源を知っているが故の絶望の中、ただ助言者の声に従うままヤーナムの暗闇を這いずっていたあの頃。あの当時はヤーナムから逃れられる可能性なんて露程も考えておらず、いずれ悪夢の中で憐れに朽ち果てるものとばかり思っていた。

 

 それがまさか、悪夢の果てにこんな楽園が待っていたなんて! 穢れた獣も、気色悪いナメクジも、頭のイカれた医療者もいない。外宇宙より飛来した神の如き上位者もおらず、いるのは妙に人間臭い神様と繁栄を謳歌する多種多様な人類種たち! ああ、素晴らしきかな迷宮都市オラリオ!

 ヤーナムでは常に陰気で無表情だったボクとて、思わず笑みも浮かぼうというものだ。……何故か仲間からは気味が悪いと不評なのだが。

 

「さて、と」

 

 誰に向けたものとも知れぬ自分語りはこのぐらいでいいだろう。続きは追々、今は目の前の脅威に対処するとしよう。

 

「んー、だけど集団戦は苦手なんだよなぁ」

 

 狩人たるもの常に一対一を心掛け、決して複数の敵に囲まれることなかれ──我が心の師匠、狩人狩りアイリーンの教えである。その教示は狩りを全うした今もなおボクの中で息づいている。

 助言者ゲールマン? あのお爺ちゃんの助言は何かと抽象的且つ難解なので論外です。存在どころか言動まで曖昧とかもうどうしようもないよ。

 

「でもまあ、できるだけやってみるか!」

 

 現実の世界としてヤーナムを駆けていたボクにとって、レベル縛りなどする意味もない。当然ながら強化できる最大値……全ステータスオール99、総合レベル544に到達している。これはヤーナムにおいても、オラリオにおいても超人として通用するレベルである。集団戦が苦手とはいえ、ある程度の敵ならばやってやれないことはない。

 

 跳躍する。踏み込んだ勢いで地を砕く……なんて如何にもな派手さはない。殆ど音もなく、微かに粉塵が舞う程度。だが外から見える静けさとは裏腹に、ただ一度の跳躍でボクの身は蠢く軍勢のど真ん中に飛び込んでいた。

 プレイヤーからは「ヤーナムステップ」などと呼ばれていたこれは、今やゲーム画面の中でプレイヤーキャラが行っていたものとは別物と化している。ゲーム内では初期レベル(lv4)だろうが最大レベル(lv544)だろうが見た目にも性能にも一切の差はなかったが、それはあくまでゲームの中での話。初期レベルとは136倍ものレベル差がある現在、その身体能力は市街で群衆相手に四苦八苦していた頃とは文字通り雲泥の差である。

 

「さぁて、まずは数を減らそうか」

 

 明らかにボス格と言わんばかりの迫力を出している半人半蟲のモンスター。こいつとやり合っている最中に他の魔蟲に横槍を入れられては堪らない。

 白痴の蜘蛛と同じだ。ボスに複数の取り巻きがいる時は、不確定要素となり得る雑魚は先に始末しておくに限る。

 

 女体型の頭上を飛び越え群れの中心に下り立ち、《瀉血の槌》を逆手に持ち替え地面に突き立てる。すると鋼鉄より硬く凝固していた血液が妖しく蠢き──次の瞬間、槌を中心とする半径数十M(メドル)に渡って血液が飛散した。

 血飛沫、などと月並みな表現で言い表せるほど生易しいものではない。その勢いたるや水蒸気爆発の如く、液体の衝突とは思えぬ威力で射程圏内にいた数十匹の魔蟲を文字通り()()させた。

 

 そして被害はそれだけには止まらない。直接的な爆発の破壊力に曝されなかった魔蟲の身体に勢いを失った血液が付着する。

 

『──ッ、ギイィィiiiiiii────!!??』

 

 途端、血液に触れた個体が身の毛もよだつような苦悶の絶叫を上げる。まるで気が狂ったかのように身悶えし、自重で身体が傷付くのもお構いなしに滅茶苦茶に暴れ出した。

 まるで猛毒の雨をその身に浴び、恐るべき激痛に苦しみ悶えているかのようで……事実、彼らは今まさに言語を絶する痛みに肉体を侵されているのだ。

 

 狂気の果てに見出されたヤーナムの血の医療を受け入れたボクの身体は、数多の悪夢を潜り抜けた末に悍ましく変容した。血質99という数値は、尋常な人血との絶望的な乖離を示している。

 ましてや上位者()の血を喰らい、自らもその領域へと至った身体に流れる血がまともである筈もなく。我が身に流れる血に溶けた宇宙悪夢的な遺志は、あらゆる命と魂を蝕む劇毒と化す。

 

 こんなのだから仲間と共闘できないのだ。他にも理由はあるが、一番の理由がまさにこれである。この身体に流れる血は『上位者の死血』と同様の宇宙的神秘を孕んでおり、たとえ一滴程度でも仲間の身体に付着すれば大変なことになる。

 血に宿るは大いなる遺志であり、片鱗に過ぎずとて、高次元暗黒に形を得る上位者の神秘など常人にとっては毒にしかならないのだ。

 

「今ので始末できたのはざっと三十程度……まだまだ沢山いるねぇ」

 

 血飛沫を浴びて悶えていた連中がようやく息絶え、魔石を残し塵に還る。

 だが一体一体が見上げる程の巨躯を持つモンスターである。今の爆発だけで仕留められたのは全体から見ればごく僅かだ。

 

「仕方ない、地道にやるか」

 

 血の爆発によって群れのど真ん中にポッカリと空いた間隙へ次々と魔蟲が殺到してくる。流石はモンスター、たった今多くの同胞が死んだというのに微塵も躊躇がない。それを勇猛と取るか馬鹿と見るかは意見が分かれるところだが、いずれにせよただ我武者羅に突撃してくるだけなら御し易いので大歓迎だ。

 

 まず真っ先に突っ込んできた一体の頭を吹き飛ばす。その際に強酸性の体液が飛び散るが、ボクの血で作られた《瀉血の槌》がその程度の毒で溶けるわけもなく。続いて飛び込んできた二体目も同様に槌の一閃で吹っ飛ばした。

 

 そのまま四、五体ほど叩き潰したあたりで接近戦は分が悪いと理解したのか、魔蟲たちは腐食液の一斉射に戦法を切り替えた。ボクを取り囲むように布陣し、一斉に頭を擡げ汚らしい唾液を滴らせる。

 が、それも有効かと問われれば首を傾げざるを得ない。元より奴らとボクとでは象と子犬程度には体格の差がある。頭数を揃えたからといって狙い易くなるわけでもなく、加えてこちらは闇夜を疾走する獣の狩人。

 

 そこにダメ押しの《加速》──古狩人が用いたという独特の歩法による身体加速を使用する。かつて秘儀として僅かに再現するに留まっていたこの業は、狩人の悪夢すら飲み干した今のボクにとっては当たり前に使える技術として肉体に刻まれている。

 ただでさえ通常のステップでさえ目で追えなかった鈍重な魔蟲どもが《加速》の業すら使ったボクの移動を見切れるわけもなく、吐き出された酸の噴射(ブレス)は誰もいなくなった地面を虚しく抉る。逆にこちらはまんまと奴らの目を欺き、消えた標的を探して狼狽えている集団のど真ん中で再び血の爆発を放った。

 

 影すら置き去りにする超加速で群れの間を疾走し、所構わず猛毒の血の嵐を撒き散らす。

 何と容易い作業だろうか。戦略も何もあったものではない。まるでリズムゲームのような単調さで次々とモンスターはその数を減らしていく。加速(ビュン!)爆発(ドカン!)の繰り返しで瞬く間に地を覆う程だった魔の軍勢が目減りしていく様は、上空から眺めればさぞ胸が空く光景だっただろう。

 

『■■■■■────ッ!!』

 

 いよいよ自軍の被害が洒落にならない所まで進行したのを悟ったのか、群れの長と思しき女体型の魔蟲が怒りの咆哮を上げる。

 それでもボクの動きに追いつけない以上、何をしようが無意味である。さてどうするのかと高みの見物気分で眺めていると……モンスターは身体から生えた二対四枚の羽を羽搏かせ、巻き起こる風に乗せて盛大に鱗粉をばらまき始めた。

 

「あっ……と、これはマズい」

 

 まさかの範囲攻撃持ち。予想より厄介な敵の攻撃手段に、のんびり構えていたボクは慌てて範囲外に飛び退る。果たして、先程までボクがいた空間を含む周囲一帯を盛大な爆炎が包み込んだ。

 (やっこ)さん、配下の芋虫が巻き込まれようがお構いなしである。僅かに残った手勢は憐れにもボスの攻撃の巻き添えを喰らい、ボクが手を下すまでもなく全て塵となって消えていった。

 

 まあ、確かに有効な手ではあった。敵がボク一人しかいない以上、やたら多い頭数はただ視界と攻撃の邪魔になるだけだったろう。どうせ配下の攻撃では通用しないのだからいっそ纏めて吹き飛ばし、あわよくばボクも爆発に巻き込めれば万々歳という魂胆だったに違いない。実に合理的である。

 お誂え向きに、あの粉塵爆発による面制圧は理想的な《加速》潰しである。まともに目で追えないのなら、敵がいる一帯を丸ごと吹き飛ばしてしまうというのは理に適っている。……その程度の威力ではボクを倒し切れないだろうという点に目を瞑ればだが。

 

「ここまで追い込まれて出し惜しむ理由もない以上、今のが敵の最大攻撃だろうね。……取り巻きは勝手に消えてくれたし、そろそろ本丸を仕留めますか」

 

 敵は攻撃の手を緩めることこそ悪手と理解しているのか、休む暇は与えないと言わんばかりに再び鱗粉を撒き始める。

 良いだろう、その一撃は甘んじて受け入れよう。代わりに命を貰っていくが。ボクは《瀉血の槌》を虚空に消し去り、一振りの刀を手に取った。

 

 それはカインの流血鴉も得物としていた、カインハーストの血族が好んで振るったという異邦の曲剣(日本刀)

 その銘は《千景》。最後の血族たる鴉より受け継いだ(殺して奪った)、血濡れの大業物である。

 

 薄く沿った刀身は曇りなく流麗で、だが微かに(くゆ)る血臭にも似た呪いが刃を軋ませる。それを見てボクは僅かに表情を歪めた。

 分かっていても不満が顔に出てしまう。武器そのものは文句のつけようもないほど素晴らしいのに、()()()()疵瑕(しか)となり、完璧である筈の《千景》を蝕んでいた。

 

 ──()()()()()()()()()()という、忌むべき呪いが。

 

「……あまり刀身に負担を掛けたくない。手早く終わらせよう」

 

 鞘を握る指を僅かに斬りつけ、刃に血を吸わせつつ納刀する。湿った水音と共に鞘に収まった刀を腰撓めに構え、舞い散る鱗粉の中に飛び込んだ。

 

 目で追えないなりに気配か風の動きでボクの接近を悟ったのだろう。敵は即座に鱗粉を起爆させ、今度こそボクを打ち倒さんと強烈な粉塵爆発を引き起こす。だが無意味……とまでは言わないが、それでもその爆発はボクの体力の二割程度を削るに留まった。

 

 ここまで散々自分のことを大層に語っておきながら二割も喰らうのは失望を招くかもしれないが、そもそも狩人とは決して肉体的に頑強なわけではない。攻撃を“受ける”のではなく“回避する”のを前提に、頑丈さよりもしなやかさを重視して肉体を鍛え上げるからだ。

 その代わり、狩人というものは総じて()()()()。肉が裂け骨が折れ、内臓が零れ血を流そうと、生命力尽きるまで決してその動きを止めることはないのだ。夢に依って存在を定義するその特質が故だろう。狩人は敵の血を浴びる度に生きる力と感覚を得て、意志絶えぬ限り死の淵の傍で延々と動き回り続ける。

 

 だから爆炎に肌を焼かれ体力が二割消し飛ぼうと、死んでいない以上は何も支障はない。現にボクは僅かも足を止めることはなく、何なら瞬きすらせず一直線に灼熱の中を駆け抜けた。

 

『■■■……ッ!?』

 

 爆炎を切り裂くように現れたボクを見て女体型のモンスターが驚いたように呻き声を上げる。よもや今ので仕留めたと思われていたのなら心外だ。

 

 キン、と澄んだ音を立てて鯉口を切る。《千景》の刀身に刻まれた波紋は持ち主の血を絡めとり、緋色の血刃を形作る。頓に上位次元の神秘に穢れた血の刃は、触れた傍から相手を蝕み死に至らしめる禍つの呪詛である。

 そして抜刀──見るだけで尋常の精神を侵す血刃を鞘走らせ、音を置き去りにする神速の居合切りを繰り出した。

 

『────────、』

 

 音はない。悲鳴もない。無音の斬撃は速やかに敵の命脈を断ち切り、恐らくは“死んだ”という実感を得る暇すら与えず《千景》の刃はその巨体を縦に割断した。

 残心、血振るい。刀身に纏わりついた血刃を振り払い、静かに刀を鞘に収めた。

 

「フ、またつまらぬモノを斬ってしま──」

 

 見事一刀で敵を打ち倒した達成感に頬を緩ませる。そしてキメ顔と共にどこかで聞いたような台詞を口にしようとした、まさにその直後。

 魔石のみを残して塵に還る筈だったモンスターの死骸が凄まじい規模の爆発を起こし、完全に油断していたボクの残った体力を吹き飛ばしたのだった。

 

 

 

 

△▼△▼△▼

 

 

 

 

 そして、夢の狩人は実にあっさりとその場で生き返った(リスポーンした)

 

「ひ、酷い目にあった……あんな最後っ屁があるとか聞いてない……」

 

 ぬるりとその場に生えてきた『灯り』の傍らに出現したカインは、げっそりとした顔でその場に蹲った。灯りに寄り添う『使者』たちは憔悴した狩人にどう反応したら良いか分からずオロオロしている。

 

 

 夢見る狩人とは基本的に不死である。死なばひと時の悪い夢だったとして何事もなく蘇る。それは“魂”とでも言うべき存在の基幹を『狩人の夢』に置いているからであり、畢竟、どこでどれだけ死のうが夢にいる狩人自身は爪の先ほどの損傷も受けない。

 日本の神社に喩えるなら、狩人の夢が総本社であり、各地に存在する灯りが分社となる。大本の魂は常に総本社たる夢に在り、分社たる灯りを通して本体から別たれた分霊がヤーナム各地で狩りを行う。

 

 これが狩人の不死の絡繰りである。カインハーストの血の女王のように肉体的に死を超越しているのではなく、魂を狩人の夢という異次元に置くことで“死から隔離している”が故の絶対的不死。

 だからか、カインはヤーナムにおいても実によく死んだ。純粋な実力不足での死以上に、「絶対に死なない」という保険が生む無意識の油断が多くの死を招いた。そして、それはオラリオに至った今も変わっていない。

 

 かつては魂を夢に囚われていたが、今は違う。夢の主たる『月の魔物』を狩り、その血と遺志を喰らうことで上位者へと至ったカインは、言うなれば月の魔物の後継。次代の夢の主である。──即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今ダンジョンで狩りを行い、不注意で死んだのもあくまで分身に過ぎない。フィンたちはそれを知っていたから、カインただ一人を殿に残したのである。

 とはいえ、彼らは厳密に夢の仕組みを把握しているわけではない。あくまで「死んでも蘇る」というレアスキルによって不死を実現している、という認識である。当然カインの正体が人を超越した化け物であるという事実も知らないし、だから殿を命じたフィンの顔はああも自己嫌悪に歪んでいたのだ。蘇るとはいえ、死の苦痛だけは本物である故に。……その苦痛(いたみ)さえ、今となっては感じなくなって久しいのだが。

 

 まあ夢を介した不死がそのままならば、不死故の慢性的な油断もそのままヤーナム時代から引き継いでいるわけだが。先程のモンスターが死に際に行った自爆とて、もっとよく敵を観察していれば気付けた筈なのだ。

 

 

「まあいいさ……どうせ死なないし、初見殺しなんて慣れっこだし」

 

 一頻り落ち込んだカインは、蘇生(リスポン)直後特有の寝起きのような気怠さを振り切って立ち上がる。カインにとっては理不尽な死も油断が生んだ間抜けな死も馴染み深いものだった。

 幾千幾万と繰り返せば死とてただの日常に成り下がる。一瞬で意識を切り替えると、主が立ち直ったことを無邪気に喜ぶ『使者』たちに微笑みつつこれからの事に想いを馳せた。

 

「さて、この後はどうするかな……このまま階層を逆走して本隊に合流するか、いっそ灯りで真っ直ぐ家に帰ってしまうか」

 

 普通に考えれば何を差し置いても仲間と合流するべきだろう。ロキ・ファミリアの団員は主神の性格の影響もあってか非常に仲間想いである。仲間を死地に残してきたとあっては心休まる筈もない。それが不死のカインであっても、大多数の仲間がその事実を知らないのだから。

 故に早々に無事な姿を見せ、仲間を安心させてやるのが道理である。しかし、カインには一刻も早く本拠(ホーム)に……というより夢に帰りたい理由があった。

 

 

 ──血晶石マラソンである。

 

 

 古都ヤーナムの地下深くには、広大な地下遺跡が幾層にも渡って横たわっている。遥か太古の時代、今の時代を生きる人間とは明確に異なる起源(ルーツ)を有する知的生命体によって作られたそれは、外宇宙より飛来した上位者を奉る神の墓、あるいは寝所であった。

 そこでは今も神の躯が横たわり、またその眠りを守る異形の守り人どもが徘徊している。彼らは外なる神々の信奉者であり、忌むべき呪われた血の末裔であった。

 

 とはいえビルゲンワースの墓暴きならばいざ知らず、獣の狩人にとって遺跡の歴史的価値など至極どうでもよいことだ。カインもまた古代文明の神秘になど興味はない。

 用があるのはたった一つ、より即物的な“力”だ。それこそが遺跡に巣食う忌み人、異形の獣、または神そのものに宿る濃厚な死血。それらが凝固し強力な力と呪いを帯びた末に生まれる特別な石……『血晶石』である。

 

 血晶石を捩じ込むことで狩人の武器はその性質をより強力なものに変化させる。狩人の肉体を超人のそれに飛躍させるのが血の遺志ならば、狩人の爪牙たる仕掛け武器をより鋭利に研ぎ澄ますものこそが血晶石なのだ。故に過去多くの狩人が遺跡に入り、更なる力を得るために血晶石を求め彷徨った。

 

 狩人の夢にある祭壇に聖杯を捧げることで、時の微睡みに沈んだ神の墓の封は暴かれる。故に狩人たちはこの地下遺跡を『聖杯ダンジョン』と呼び、またその多くが大いなる血の力の希求に酔い、狂ったという。

 他ならぬカインもまた、血晶石の狂気に魅了された者の一人である。

 

「可能な限り早く《千景》を完成させないと……ていうか何で放射に形状変化*1したやつばかりが悉く耐マイ*2とか獣マイ*3なんだよ偏り過ぎでしょ……いやそれはまだ良いにしてもHPマイ*4と全マイ*5は許さない、絶対にだ。せっかく理想値が出てもマイオプ*6が糞じゃ意味ないんだよクソが。あああ三角と欠損ばかりが溜まっていつまで経っても放射の理想血晶が揃わないし儀式の血はもう見たくないしいいあああああああ温めるのはやめてぇえええええええ────ッッッ!!!」

 

 カインは唐突に態度を豹変させ、まるで発狂したかのように頭を掻きむしりはじめる。

 

 深層への遠征を開始して数日が経過した。当然ながら遠征中に聖杯ダンジョンに潜ることなどできず、カインは日課である血晶石マラソン──理想の血晶石を求めて同じ敵ばかりを狩る行為──を行うことができずにいた。

 一刻も早く理想の血晶石を掘り当てたいが、よもや大事な迷宮攻略(ダンジョンアタック)中に一人離脱することが許される筈もなく、涙を呑んでマラソンを断つこと数日。既にカインは限界だった。もはや禁断症状すら起こしている。

 

「ええい、迷宮(ダンジョン)になんかいられるか! ボクは遺跡(ダンジョン)に戻らせてもらう!」

 

 カインは即決で仲間への気遣いより自身の欲を取ると、情緒不安定な狩人に怯えた様子の使者たちが守る灯りに手を翳した。するとカインの身体がうっすらと透けはじめ、徐々に存在が曖昧になっていく。

 これが夢見る狩人にのみ許された、距離や次元の隔たりを無視して灯りから灯りへと自在に移動を行う『転送』の業。灯りは狩人が自ら足を運んだ場所にしか設置できないものの、逆に言えば一度でも行ったことのある所であれば一瞬で移動することが可能ということだ。それこそダンジョン50階層という遥か地の底からであっても、地上にある本拠(ホーム)まで転移することなど容易い。

 

 とはいえ、今カインが用があるのは本拠(ホーム)にある灯りではない。灯りから灯りへの転送は一度狩人の夢を介する必要があるが、カインの用事は他ならぬ狩人の夢にこそある。

 一瞬の暗転の後、カインの姿は狩人の夢にあった。眼前に佇む立派だが古びた洋館とその足元で居眠りする女性を無視し、身を翻したカインは無数に並ぶ墓石の一つへと突撃する。

 

「聖杯文字はぁああああ! n・a・a・p・a・t・b・x! ナッパぁあああああああああ!!」

 

 狂乱したように地下遺跡の封印を暴く聖杯文字(パスワード)を叫ぶと、カインの身体は墓石に捧げられた聖杯を通して聖杯ダンジョンへ転送されていく。

 再び暗転。転移したカインの視界に、オラリオのダンジョンとは比較にならないほど暗く悍ましい瘴気に満ちた地下遺跡の光景が広がった──が、今更そんな見慣れた景色に何か感慨を抱くことはなく、カインは即座に灯りのある小部屋を飛び出し、地面に空いた大穴に向かって身を躍らせた。

 

「銃デブぅうううう!」

 

 大穴の底、血溜まりと腐臭を放つ汚水でぬかるんだ地面を蹴りつけ、カインは叫びながら開いた横穴に突貫する。

 乱雑に掘り進められた横穴の奥には、醜く肥え太った蒼褪めた肌の墓守……『残酷な守り人』が佇んでいる。手入れのされていない巨大な散弾銃を右手に掲げた彼あるいは彼女は、落ち窪んだ眼窩を突如襲撃してきた不届きな墓暴きに向けた。

 

 「銃デブ」と呼ばれた守り人は真っ黒に淀んだ眼球を蠢かしカインの姿を捉えると、緩慢な動作で銃口を持ち上げ照準を合わせる。

 しかし縦横無尽に夜を駆ける狩人にとってその反応は鈍重に過ぎた。カインはあっさり守り人の背後を取ると、いつの間にか握り締めていた《ノコギリ鉈》を無防備な背中に振り下ろす。

 

「内臓攻撃だけで血の遺志36119の守り人さぁああああん!!」

 

 強靭な獣の皮膚すら引き裂くノコギリの刃は病的に膿んだ青白い肌を容易に裁断する。皮膚を裂き肉を抉り、守り人はその激痛と衝撃に堪らず膝をついた。

 その無惨な裂傷に、カインは容赦なく腕を突っ込んだ。柔らかく温かな臓腑に爪を立て、どす黒い血と共に容赦なく体外に引き摺り出す。

 

 背中から血と臓物をぶちまけて息絶える守り人。カインは引き摺り出した内臓を矯めつ眇めつこねくり回し、だがそこに求めるものがないと見るや再び守り人の残骸に手を入れ、その内側を乱暴に(まさぐ)りだした。

 ずりゅ、ぐちゅ、と湿った音を上げ、生臭い血と脂を掻き分けて内臓を漁るカイン。暫くその冒涜的な行為を続けていると、やがて硬い感触が微かに指先に触れた。

 

「! 見つけた!」

 

 やや緊張した面持ちで探り当てたそれを引き出す。ぬちゃりと血の糸を引いて取り出されたそれこそ、狩人に大いなる力と呪いを約束する血の塊……血晶石である。

 果たして、それは雪片にも似た形状をしていた。様々な形を持つ血晶石の中でもその形状は特に放射型と呼ばれるものであり、何よりカインが求めて止まない形状であった。だが──

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 温かいゴミじゃないかあああああああ!!」

 

 詳細は省くが、出た血晶の効果は彼の望むものではなかった。よりにもよって放射に形状変化した時に限って望まぬ効果が出た事実にカインは慟哭の声を上げる。

 

「うぅ……けど一回目から形状変化したのは幸先が良い。今日はツイてる……筈だ!」

 

 基本的に銃を持った守り人が落とす血晶石の形状は円型だ。それを望む効果で放射型に形状変化させるのがカインの目的であり、それが果たされるまで同じ行為を続けることになる。

 故に、この行為は多くの狩人たちから血晶石マラソンと呼ばれるのである。

 

 カインは懐から一枚の呪符を取り出した。獣皮を(なめ)して作られたその表面には“逆さ吊り”のルーンが刻まれており、微かに神秘の力を燻らせている。

 『狩人の確かな徴』──そのように狩人たちから呼ばれるこの呪具を使えば、夢に帰ることなく最後に使用した灯りの傍に目覚めることができるという。

 

 転送と同様の現象により、カインは一瞬にして遺跡の灯りで目を覚ます。

 曖昧な時の流れの底に沈んでいるからか、あるいはとうの昔に夢幻の存在と化している故か。“目覚め”を行うことで狩人が荒らした破壊の痕跡は消失し、遺跡は何事もなかったかのように元の状態に立ち戻る。疑似的な時間遡行を為したわけだが、カインはその不可思議な現象に一切頓着することなく全く同じ動作を繰り返し守り人のいる横穴へと突撃していった。

 

「『血の攻撃力を高める+31.5%スタマイ*7放射』! 『血の攻撃力を高める+31.5%スタマイ放射』! 『血の攻撃力を……」

 

 欲しい血晶石の効果と形状を呪文のように口にしながら、先程の焼き直しのように復活した守り人の背中をノコギリで斬りつける。

 そこまでは先程までと変わりなかった。だが膝をついた守り人の背中の傷に手を入れ、内臓を引き摺り出した直後。内臓攻撃を喰らって吹っ飛んだ守り人の死体は勢いよく地面にぶつかり──その反動で横穴の天井付近まで飛び上がり、何やら宇宙悪夢的トンネル効果を発揮して天井にめり込んだ。

 

「ァァァアアアア!! これじゃ血晶石を取り出せない!」

 

 カインは顔を蒼褪めさせ、垂れ下がった守り人の足を掴んで引き摺り下ろそうとする。だが原理不明の透過現象で土壁にめり込んだ守り人の身体は強固に天井と一体化しており、彼の腕力を以てしてもびくともしなかった。

 

 遺跡に響く絶叫、怒号、慟哭。オラリオにいる時とは全く異なる狂態で取り乱すカインの姿は、とてもではないが迷宮都市を代表するLv.6の第一級冒険者のものとは思えないだろう。

 だが、元より血に酔った狩人とは狂人の同義語である。むしろ素直に怒り悲しむカインの様は人間的ですらあるだろう。より深刻に遺跡に囚われた狩人ともなれば、常に凪いだように静謐な笑みを湛えながら延々とマラソンを続け、果てには目的の血晶石を得たにもかかわらずマラソンを続行する手段と目的が逆転した生粋の狂人となるのだから。

 

 今日もカインは遺跡(ダンジョン)を走り回る。求める血晶石を手に入れるまで。あるいは手に入れた後も。

 これが迷宮(ダンジョン)にも行かず部屋()に引き籠もる、怠け者と呼ばれるカインの実態であった。

 

*1
血晶石には放射・三角・欠損・円・雫の五種類の形状がある。そして武器には決まった形状の血晶石を嵌めるための「スロット」があり、そのスロットの形状に合う形の血晶石しか使うことができない。しかし聖杯ダンジョンはエリアごとに出現する形状の傾向が決まっており、度々欲しい血晶石の効果と形状がそぐわないことがある。そのため、ごく低確率で発生する血晶石の形状が変わる現象に一縷の望みをかけ、多くの狩人が試行回数を重ねていくことになる。この一定確率(約1%)で形状が変わる現象を「形状変化」と呼ぶ

*2
「武器耐久度を減算する」呪い。武器の破損が早まる

*3
「対獣の攻撃力を弱める」呪い。獣狩りの狩人にとっては致命的

*4
「HPが減り続ける」呪い。三秒毎に体力が減少していく

*5
「全ての攻撃力を弱める」呪い。即刻廃棄処分せよ

*6
マイナスオプションの略。血晶石をより強力にする代償として必ず付与される呪いであり、全ての狩人は一番マシな呪いを厳選する羽目になる

*7
「スタミナ消費量が増える」呪い。文字通り行動の際のスタミナ消費量が増加するが、実際は体感できる程の影響がないため“当たり”の呪いとされている




ただの設定垂れ流しになってしまいました。見苦しかったらごめんなさい。

ミステリアスな雰囲気など偽りの姿。その実態は理想血晶が出ないことに嘆くマラソン狂い、ダンジョン攻略そっちのけで聖杯ダンジョンに籠もる生粋の地底人な主人公くんちゃんでした。
性別? 上位者に雌雄なんてないよ。

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