地底人迷宮譚~迷宮を差し置いて遺跡に潜るのは間違っている~ 作:筆記者カレル
ダンまち側の設定とブラボ側の設定を擦り合わせるための説明回とも言えます。そのため今回は全体的に冗長で退屈だと思いますがご了承下さい。
ちなみに傍点が無駄に多めなのは少しでも淡々とした解説に起伏を持たせようとした苦肉の策です。作者の屑がこの野郎……
神──それは人智を超越した全能なる
基本的に完全な存在と言われており、人間が暮らす下界とは次元を異にする天界にて数億年もの長きに渡って生き永らえる万古不易の超越者とされる。実際は生まれ持った権能の範囲を逸脱して力を振るうことはできないらしいが、下界の子供から見れば十分に全能だと言えるだろう。
但し、天界から地上に降り立った神は古の誓約により超越者たる力……【
故に地上において神は自らを神たらしめる権能を振るうことはないが、唯一の例外も存在する。それが
神の
神々はそのように自らの子供に恩恵を分け与え、神を中心とする勢力【ファミリア】を形成する。ファミリアに属する眷属の力と数はそのまま地上における神の権威に直結し、特に一大勢力を築き上げたファミリアの主神は悠々自適な下界ライフが約束される。
その最たる例がオラリオ最大派閥とされる二大巨頭──【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】であった。
“世界で最も熱い都市”迷宮都市オラリオが誇る二大ファミリアの一角、“道化師”の
その主神たるロキは
まさに“狡知の道化師”と形容すべき
「うぇえええええん! 後生やー! 後生やからウチから命の水を取り上げんとってええええええ!」
「ええい、何が命の水だ! ただの酒ではないか! しかも
「ママーッ! リヴェリアママーッ!」
「誰がママだ!」
かつての悪神たる
緋色に燃える髪を持ち、ともすれば少年にも見えるようなスレンダーな体格の
このような風体だが、ロキはれっきとした女神である。天界にいた頃は悪神としての性質が強く出ていたが、下界に降り多くの子供達と触れ合った結果、あらゆる生命を育む
「そんなことより、ステイタスの更新を頼む」
「あぁん、いけずぅ」
都市最強の魔導士、【
ロキはわざわざ部屋の一番遠い所まで運ばれた酒瓶に未練がましく手を伸ばしていたが、すぐにいやらしく顔を歪める。とても女神が浮かべるものとは思えぬ助平親父の如き表情に、リヴェリアの目が一瞬で氷点下にまで冷え込んだ。
「ぐへへ……オーケーオーケー、ステイタス更新やな? なら疾く服を脱ぐんやリヴェリア! その厚ぼったいローブの下の! 魅惑の肢体を早うウチに見せたってやあああああ゛あ゛あ゛あ゛すみませんっしたァ──ッ!!」
スッと自然な動作でロキの首元に添えられる歪んだナイフ。骨を削り出して作られた鈍い刃には緑色に濡れ光る髄液が塗布してあり、その禍々しさにロキは震え上がった。
「ッスー……すんませんチョーシこきました……大人しくステイタス更新します……」
「分かれば良いんだ。ファミリアの主神たるもの、女子を不純な目で見るべきではないからな」
リヴェリアは骨の刃を懐にしまうと、着ていた服をはだけさせロキに背を向ける。
その真っ白な背中に手を伸ばしながら、ロキは我が子の物々しさにさめざめと涙を流した。
「うぅ、リヴェリアがすっかり非行に走ってしもうた……カインの奴ぅ、あんな涜神の禍物なんぞウチのママに渡しおってからに……」
「誰がママだ。あとカインは神のセクハラに困っている私を見かねてこれを渡してくれたのだ。あまり悪く言うものではない」
「普通のナイフじゃダメやったんスかねェー……」
ロキは針で僅かに指を傷付け、
すると【
主神としての権限により、ロキはリヴェリアの器に蓄積された【
「ふーむ……まぁぼちぼちってとこやなー。ほれ、一応
「助かる。
羊皮紙をエンブレムに押し付けることでステイタスを紙面上に写し取り、リヴェリアに手渡す。服を直した上でそれを受け取ったリヴェリアは、ロキの「ぼちぼち」がかなりオブラートに包んだ表現だったのだと気付き、その端正な顔を微かに顰めた。
「まあ仕方ないやろ。リヴェリアのレベルは圧巻のLv.6! それほどの高レベルにもなれば、ちょっとやそっとの
「それは分かっているのだがな……仮にも深層にまで出向いておいてこの程度の成長に止まるとなると、流石の私も少し堪える」
まあ長い目で見るさ、私は
それよりも、とリヴェリアは基礎アビリティの欄から視線を動かし、スキルについて記された欄に目を向ける。暫くスキル欄を穴が開くように凝視し、それが更新前と何も変わりないことを確認すると大きくため息を吐いた。
「アカン、せっかく戻った凛々しい顔がまた萎れてしもうた……そんなにショックやったか?」
「ああ、ショックだ。あれほど無理を言ってカインから《秘儀》の業を啓蒙してもらったというのに、何も器に響かなかったとは……どうやら私には神秘学者としての素質はないらしいな」
はぁ、と悩まし気に再度ため息を吐くリヴェリア。物憂げな表情を浮かべるハイエルフの姫君の横顔を労し気に見るロキだったが、その内心では大きく安堵していた。
(いやぁ良かった良かった。あんな突然変異が二人に増えたら堪ったもんやないからな!)
ここで言う突然変異とは、ロキ・ファミリアの問題児ことカインである。
忘れもしない。今から数年前、切らしてしまった酒を補充するためにオラリオの街道を歩いていた時。道を歩くその他大勢の一般人に紛れて、
カイン。否、それは偽りの名。その正体は──
「ロキー! お酒飲まなーい?」
「ちょっと、まだ
バァン、と勢いよく扉を開けて入ってくる件の人物。白炭のような白髪を揺らす、中性的な美貌の麗人。あどけない少女のようにも、達観した青年のようにも見えるその者こそが。
ロキ・ファミリアが誇るLv.6の一人にして、かつて【疾風】と並び多くの
「おっと、ごめんよ。墓暴きにノックの習慣とかないもんだから、つい」
「構わん、既に更新は終わっている。……途中で入ってきたなら話は別だったがな」
エルフという種は余人に肌を晒すことを極端に嫌う。とりわけ女性のエルフは異性に触れられることを殊更に厭うため、うっかり触れようものなら血を見るのは確実だろう。
その点、
釘を刺すように泣く子も黙る【
何か良いことがあったらしい。子供が楽しそうにしていることを喜ぶべきか、それとも「
「何や浮かれおって。ええことでもあったんか?」
「よくぞ聞いてくれました!」
カインは満面の笑みを浮かべると、どこからともなく小さな石を取り出した。少なからず事情を知る者達の前だからか、普段は行っている「懐から取り出す」という最低限の
途端、吐き気を催すほど濃厚な神秘と呪詛に塗れた死血の臭いがロキの鼻腔を刺激した。
「ヴォエッッッ」
「見てくれこいつを! 『血の攻撃力を高める+31.5%眷マイ*1放射』の血晶石さ!」
地底人が浮かれる理由など一つしかない──血晶石である。
「ふむ。私はお前が熱を上げる血晶石についてはよく知らないのだが、それはそんなに良いものなのか?」
「まあスタマイじゃないから最高ではないけど、オラリオでは眷マイも十分に大当たりさ! 何せ眷属がいないからね!」
「その眷属というのは我々のように
リヴェリアはその明晰な頭脳で啓蒙的真実の一端に思いを馳せ、だがその賢明さ故に狂気に至る手前で思考を止めた。
一人の魔導士としてカインが語る宇宙的神秘に興味はあるが、好奇心の代償に正気を失うのでは釣り合いが取れない。魔導の深淵に至るには段階を踏むことが重要であることを知るリヴェリアは、ただ目の前ではしゃぐカインに生温かい視線を送るに止めた。……少なくとも、今はまだ知るべきではないのだと。
一方のロキにそんな悠長に構えていられるような余裕はない。彼女は神ゆえに人の子とは桁違いの神秘に対する感受性を有しており、血晶石から立ち昇る
「いやぁあああ! それしまって! 後生やからそれ近付けんといて!」
「あ、ごめん。ロキはこの匂いが苦手なんだっけ」
既に凝固している以上、物理的に臭気を放っているわけではない。だが人間の目にはただ“禍々しいオーラのようなもの”としか感じられない呪われた血晶石の神秘を、神は「臭い」として強烈に感じ取ってしまうのだという。
フッとカインの手の中から血晶石が消失する。それでようやく人心地ついたロキは大袈裟に深呼吸すると、恨めしげにカインを睨んだ。
「おんどりゃカイィィン……! 何度言えば分かるんや!? ウチの! 前で!
「そうだっけ?」
「言った! 言いましたー絶ッ対言った! ちょうど去年の今頃! あん時は三角の白っぽい奴やったけど!」
「ああ、お冷やの全愚者が出た時か! いやぁ、そのあとローランで大輪の死血花の海に溺れた
「ムキャー!」
今日のカインは本当に機嫌が良い。普段は
とても一度死んだばかりとは思えないぐらいに──本当に、上機嫌だ。
謎多き冒険者カイン。名前すら借り物であると公言するその人物の正体は『限りなく神に近付いた元人間』であると、そのようにロキは推測していた。
本人の口から直接聞いたわけではない。そして聞くつもりもない。聞けば取り返しのつかないことになると、ロキは神としての直感で悟ったからだ。
そもそも
ランクアップとは
神々は恩恵を与えた人間を度々「子供」と呼ぶが、それは比喩でも何でもない。文字通り自らの
カインも同様の原理で人の規格を超越しているのは間違いないだろう。しかし原理は同じでも、その経緯は他の子供達とは大きく異なる。彼は神の血を
その手法がためにカインには主神がおらず、そも必要としていない。彼はただ一人で完結している──
だが、カインがただそれだけの“神殺し”であったのなら、ロキは自らの眷属を率い彼を殺していただろう。この神時代において神殺しは大罪である。禁忌を犯し秩序を乱した者を生かしておく理由などない。
そうしなかった理由はたった一つ、
ここで一つ矛盾が生じる。カインは神の血を喰らい器を昇華させたが、しかし神を殺していないという。
完全には神を殺めず、半殺しにして
ロキも最初はその可能性を疑った。とはいえ本当に神の全てを取り込めば人が神になれるのか不明であり、そもそも人の器が
その仮説に疑問を抱いた切っ掛けは、カインが無意識に垂れ流す
ずばり異質に過ぎた。ロキは自らが神である故に
だから一目で分かった。この気配はあまりに
カインの
恐るべきは狡知の神、端倪すべからざる洞察力である。
彼女の考察は正鵠を得ている。文句のつけようのない完璧な推察だ──唯一、彼の者が喰らった『ナニカ』の正体から目を逸らした愚を除けば。
それは彼ら地上神には与り知らぬ窮極の領域、大いなる暗黒次元より舞い降りた蕃神である。かつてトゥメルの民が信仰した、外なる宇宙より飛来した上位者達……その存在に気が付けたなら、あるいは彼女もビルゲンワースが辿り着いた思索と同じ次元に至ったかもしれないのに。
まこと、玉に瑕とはこのことであろう。
ロキはその『ナニカ』について知るつもりはなかった。何故ならその『ナニカ』は既にカインが喰らってしまったのだから、知ろうとするだけ無駄というもの。
神の如き何かを喰らい、神の如き不思議な力を宿すに至った元人間。……実に
だから手ずからファミリアに誘い、眷属にしたのである。しかしそこである問題が起きた。
要するに
恐らく、既に神に近いカインを神の眷属にするには
結局、ロキは泣く泣く眷属化を諦めた。故にカインの背には真っ新な道化のエンブレムが刻まれているだけで、そこにステイタスは存在していない。
それでもカインの能力は第一級冒険者すら凌駕しかねない特級のものだ。ステイタスがない故にレベルもまた存在しないが、その力はどう好意的に見てもLv.1のものではない。
ならばやることは一つ、レベルの虚偽報告……俗に言う「レベル詐称」である。
基本的に冒険者のステイタスは主神と本人以外には秘匿されるべきものだが、唯一レベルだけはギルド──オラリオの都市運営、冒険者及び
だが仕方のないことだ。冒険者として活動していけばいずれカインの実力は公に知れ渡る。そうなった時に「恩恵がないのでステイタスはオールゼロです」などと馬鹿正直に言える筈もない。言ったが最後、暇を持て余した神々がどんな行動に出るか分かったものではないからだ。誰だってそーする、ロキだってそーする。
そのため、ロキはカインにさも駆け出し冒険者であるかのように演技をしてもらった。事情を知るフィン・リヴェリア・ガレスらに協力してもらい、代わる代わる監督役としてダンジョンに同行してもらうことで彼がLv.1だが将来有望な冒険者に見えるよう半年ほど周囲にアピールする。期間を半年としたのは、少しでも演技に襤褸が出る可能性を減らすためである。
頃合いを見てLv.2に昇格させ、続けて当時問題になっていた
後は戦果が上がる度に順次ランクアップさせていくだけだ。街を脅かしていた
多少の違和感はロキ・ファミリアの権勢で覆い隠してしまえる。そのような涙ぐましいロキの努力は実り、斯くしてカインは歴代最速でLv.6に到達した冒険者として名を馳せることになったのである。
ここまで来れば殆どレベル詐称の嫌疑が掛かる心配はないだろう。第一級冒険者の適正階層ともなれば上層よりぐっと人数が減るため彼の特異な戦い方が目撃される機会は少ないし、お誂え向きに血晶石マラソンとやらでそもそもあまりダンジョンに潜ることもない。余程のことがない限りカインの特異性が他の神に知れ渡ることはない筈だ。
そこまでの手間を掛ける価値が果たしてカインにあるのか、と思われるかもしれない。もし秘密が露見すればロキはギルドからは大目玉、【
それでもロキは声を大にして言うだろう。
元より美少女好きを公言して憚らず、眷属には美男美女ばかりを集めているロキである。場合によっては実力や才能など二の次で、見た目の美醜のみを判断材料に団員を勧誘することさえあった。
その理屈に則れば、(ロキ目線で)運命的な出会いを果たしたカインは完璧に近い。やや性格が突き抜けているところはあるが、お気に入りであるアイズやリヴェリアとは方向性の異なる魔性の中性美は実にロキの助平心とコレクター魂を刺激する。加えて実力も申し分ないし、その特異な経歴と正体はロキの知的好奇心を大いに満足させた。
(これでリヴェリアを
それはそれで骨っこを咥えて駆け寄ってくる子犬味があって悪くはないが、持ってくるのがよりにもよってアレである。普段はまだ可愛いものだが、その一点だけは辟易とさせられてしまう。
「ま、駄目な子ほど可愛いって言葉もある。そこは主神の度量の見せどころやなぁ。
……で、カインはどんな酒を持ってきてくれたんや? ついさっきママに取り上げられてしもうてなぁ、是非とも美味しいのを頼むで?」
「任せて!
「ほほーっ、地酒かい! そいつはええ! 楽しみや!」
普段ロキが飲んでいるのは基本的にオラリオで生産されているものに限るため、地方でだけ作られているような地酒を口にする機会には恵まれなかった。そういうものは取り寄せるにしても輸送費が馬鹿にならないので、ファミリアの
……この時、ロキはもう少しよく考えるべきだった。カインという特級の
カインが「地元」と口にした時点でリヴェリアが逃走を図っていたことに気付くこともなく、ロキは呑気に現れた酒瓶を眺めている。ガラスの質が悪いのか瓶はやや曇っているが、なみなみと満たされた液体は見事な深紅の色彩を見せていた。「赤ワインかぁ、ええやん」と期待に胸躍らせるロキの目の前で、カインは笑顔でコルクの栓を引き抜く。
「はい、これがヤーナム民が愛して止まない『匂い立つ血の酒』です!」
「オンギャァアアアアアアアア!!??」
瞬間、爆発的な勢いで部屋中に血の臭いが充満する。それは血晶石が放つ呪いの
地獄めいて真っ赤な劇物が容赦なくグラスに注がれていき、泣き叫ぶロキに突き付けられる。これが混じりっ気のない善意によるものなのだから始末に負えない。
「これを楽しむコツは、とにかく開栓したらすぐに飲むことだよ! あっという間に香りが拡散しちゃうから、芳醇な血の香りが匂い立っている内に飲み干すのがヤーナム流さ!」
「ママーッ! 助けてリヴェリアママーッ!! ママぁあああああ!!!」
割とガチで号泣するロキの悲鳴が【黄昏の館】に木霊する。今日もロキ・ファミリアは平和だった。
分かりにくかったと思いますので簡単に解説いたします。
ヤーナムで血の医療を受ける(月の魔物の
↓
月の魔物を狩り上位者の血の遺志を獲得、自らも上位者の赤子に転生する(ロキが言う「神に近いナニカを喰らった」というのはこれ)
↓
赤子とはいえ
↓
赤子である以上「神>カイン」という力関係になるが、神々は地上では弱体化しているため「神<カイン」に力関係が逆転、眷属化不可
という理屈になります。たったこれだけを解説するのに丸々一話使って申し訳ありません。偏に作者の説明下手と文章力不足の問題です。
とはいえ一番説明が面倒臭い部分は今回で吐き尽くしたと思いますのでご安心下さい。私は夏休みの宿題は先に終わらせるタイプの狩人なのです。
それでは今回は以上です。平日はあまり書く時間が確保できないため投稿間隔は空いてしまうと思いますが、何卒ご了承下さい。