地底人迷宮譚~迷宮を差し置いて遺跡に潜るのは間違っている~   作:筆記者カレル

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唐突に告白しますが、作者はベル×ヘス原理主義者です。

ベル×アイは好物です。ベル×リリも悪くない。ベル×リューはもっとやれ。ベル×フレは絶対に流行らせろ。

しかしそれらを踏まえた上で、やはりベル×ヘスが至高であると断言します。これだけはハッキリと伝えたかった。紐神様マジ神様。



……主人公? 奴の永遠の伴侶は銃デブなので。


怪物祭と狂える獣狩り

 『怪物祭(モンスターフィリア)』。

 それは迷宮都市オラリオで年に一度行われる大祭であり、“群衆の主”こと男神ガネーシャが主催となって行われる神事である。

 

 ガネーシャを主神に戴くガネーシャ・ファミリアは、オラリオでも有数の探索系ファミリアだ。眷属の戦力ではロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアの二大巨頭に一歩譲るが、それでもギルドが定めた派閥の等級はSランク。名実共に都市を代表する大派閥の一角である。

 そんなガネーシャ・ファミリアは腕の良い調教師(テイマー)を数多く抱えることで有名だった。本来ならば絶対的な人類の天敵たるモンスターを手懐け、倒すのではなく従えてしまうモンスターテイマーは、様々な技能を持つ冒険者の中にあっても特に稀少な存在である。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)とは、そんな調教師(テイマー)達が己の腕を披露する一大イベント。ガネーシャ・ファミリアとギルドが共同で開催する、まさに冒険者の街たるオラリオならではの祭典である。

 

 

 

 

 そして、その祭りを誰よりも楽しみにする人物がここに一人。

 

「……何か今日のカインさん、妙に機嫌良くないですか?」

 

 場所はロキ・ファミリアの本拠(ホーム)『黄昏の館』の食堂。朝食を食べていたレフィーヤ・ウィリディスは、声を潜めつつ隣の席に座るアイズに囁いた。

 言われ、黙々と食事を進めていたアイズ・ヴァレンシュタインはレフィーヤの視線を追って顔を向ける。すると確かに彼女の言う通り、妙に浮かれた様子でサンドイッチを頬張るカインの姿が目に入った。

 

 一括りにされた長い白髪が身体の動きに合わせてゆらゆらと揺れる。浮かぶ表情は大輪の花を思わせる満面の笑顔で、普段のどこか見る者の不安を掻き立てる薄い微笑と比べればその差は一目瞭然。誰が見ても上機嫌だと分かる【流血鴉】の姿に団員達は何か不吉なものでも感じたのか、彼の周囲は不自然に空席が目立っていた。

 

 こうして朝食の席に顔を出すのもそうだが、何よりこうも分かり易く感情を表に出すカインの姿も珍しい。加えて、彼はつい先日の試合でアイズと激戦を繰り広げ、これを制したばかりである。その凄まじい戦いぶりは多くの団員の記憶に新しいだろう。そんな強者が普段とは全く異なる態度でいれば、戸惑いが先に立つのもむべなるかな。

 斯く言うレフィーヤもその一人だ。ここ最近、何故かその姿を見る度に謎の悪寒に襲われるためカインを避けていたレフィーヤだったが、そんな彼女にとって今のカインの態度には戸惑いよりも恐怖を強く感じてしまう。誰だって理由不明の笑顔を浮かべる獅子に近付こうとは思わないだろう。

 

 しかしレフィーヤの予想に反し、水を向けられたアイズは「ああ、そんなことか」と言わんばかりの無反応だった。むしろ「どこが変なの?」とでも言いそうな顔で首を傾げる始末である。

 

「そう言えばレフィーヤは知らないんだっけ? カインはこの時期になるといつもこんな感じだよ」

「そ、そうなんですか?」

 

 答えは向かいの席に座るティオナ・ヒリュテから齎された。曰く、カインは怪物祭(モンスターフィリア)を毎年楽しみにしており、この時期になると決まって今のように浮かれ出すのだという。レフィーヤがそれを知らなかったのは、単純にこれまであまり接点がなかったのと、何よりカインが朝食の席に顔を出すのが極めて稀だからである。

 

「意外です。カインさんあまり外に出ないから、てっきりこういうお祭りは敬遠しているのだとばかり……」

「確かに、改めて言われると意外よね。正直あの引き籠もりと怪物祭(モンスターフィリア)ってイメージ合わないわ」

 

 驚くレフィーヤにティオネ・ヒリュテが同意を示す。ティオネにとってこの時期の浮かれたカインを見るのは今に始まったことではないが、客観的に見てカインが祭りではしゃいでいる姿が想像しにくいのは理解できる。何せ彼は冒険者の誉れたる深層遠征すら同行を渋る生粋の引き籠もりなのだから。

 

(でもいいなぁ……私も本当だったらアイズさんと……)

 

 素直に祭りを楽しみにしているカインの姿を見て、レフィーヤの胸中に羨望が湧き上がる。

 本来ならば、レフィーヤはアイズと二人で怪物祭(モンスターフィリア)を楽しむ筈だった。しかしロキの「用事」とやらにアイズの護衛が必要だったらしく、レフィーヤは主神権限により楽しみにしていたデートの機会を取り上げられてしまったのである。

 

 流石の【千の妖精(サウザンド・エルフ)】も神命には逆らえない。泣く泣くアイズとのデートを諦めたレフィーヤは、八つ当たりであるとは理解しつつも、浮かれるカインに恨みがましい視線を向けてしまうのだった。

 

 

 

 

△▼△▼△▼

 

 

 

 

 言うまでもないが、カインは獣狩りの狩人である。

 それは“幼年期の始まり”を迎えて上位者の赤子に成り果てようと、次元を超えてオラリオの地に至り冒険者になろうとも変わらない。人に呪いを及ぼす獣を狩り、人に神秘を齎す精霊すら殺し尽くす──上位者狩りの殺戮者にして人界の守護者。それがカインという狩人の本質であり、夜に惑い血に酔おうとも失われなかった存在理由(レゾンデートル)である。

 

 そんなカインにとって怪物祭(モンスターフィリア)とは、獣性を克する人のあるべき姿を端的に表現した儀式である。人の尊厳を冒涜する(モンスター)を、他ならぬ人の意志と力によって打ち倒し、屈服させる。その様は獣性の敵対者たる狩人を何よりも喜ばせた。

 

 見よ! 鞭を振るい獣皮を打ち据えるその姿。これこそ人を人たらしめる尊厳の輝きである。

 おお見よ! 角衝く獣頭を踏み拉き、地に這いつくばらせるその雄姿。これこそ獣性に打ち克つ人の本質、あるべき姿の体現である。

 

 人々よ、刮目せよ。人は禽獣に非ず。まさに怪物祭(モンスターフィリア)こそ、内なる獣を調伏せし人間性の輝きを言祝ぐ宴。群衆(ガナ)(イーシャ)たる善神の祝福である。

 

 

「おおおおお! 人よ斯く在るべし! 万歳ッ! ガネーシャ・ファミリア万歳ッ! ガネーシャ神ばんざァあああああいッ!!」

 

 ガネーシャ・ファミリアの調教師(テイマー)がモンスターの服従(テイム)を為した瞬間、大勢の観客の声を押し退けるようにカインの歓声が上がる。

 周囲の目を意にも介さず、カインは円形闘技場(アンフィテアトルム)の観客席最前列で立ち上がり万歳三唱。調教師(テイマー)の男は満更でもなさそうに美貌の狩人に手を振り返していた。

 

 

 

 

「………………何です、あれ?」

「ね、言った通りでしょ? カインは怪物祭(モンスターフィリア)になるとおかしくなるんだよ」

 

 ティオナは見慣れたものなのかあっけらかんとしているが、レフィーヤとしては愕然とする外ない。

 【剣姫】をも圧倒したあの【流血鴉(ブラッディレイヴン)】が。かつて闇派閥(イヴィルス)を相手に殺戮の限りを尽くしたあの【屍肉烏(キャリオン)】が。神々より魔性の中性美と称えられた美貌を興奮に染め、黄色い声を上げて熱狂している。

 

 当初は心から祭りを楽しむカインに小さな嫉妬を覚えていたレフィーヤだったが、さしもの彼女も狂ったように興奮を露わにする彼の姿を見て冷静になった。端的に言ってドン引きである。

 同時に、何故ティオナがカインを誘わなかったか理解した。カインに対して兄か姉に接するように懐いているティオナだが、流石の彼女も今の彼の近くにいたいとは思わないのだろう。こうして少し離れた席から遠巻きにしているのがその証拠だ。

 

怪物祭(モンスターフィリア)の何がカインさんの琴線に触れたんでしょうか……もう普段とは別人じゃないですか……」

 

 先の遠征の一件もありカインの評価を改めていたレフィーヤだったが、流石に今の彼の狂態には幻滅せざるを得ない。やはり変人はどこまで行っても変人だったのだ。

 

「気持ちは分かるけど、今更よレフィーヤ。毎年こんなだから、一般市民の中にはカインをガネーシャ・ファミリアの冒険者だと勘違いしている人もいるんだから」

 

 呆れを隠そうともしないティオネ。声高にガネーシャを称える今のカインを見ては、そう勘違いしてしまうのも仕方のないことだろう。

 

「ああしてただ騒いでるだけならまだ良いけど、興奮しすぎて変なことをしでかさないか心配だわ。団長のお顔に泥を塗るようなことだけはしないでほしいけど──あら?」

 

 異変を感じ取ったのか、言葉の途中で唐突にティオネが顔を上げる。釣られてティオナとレフィーヤが視線の先を追うと、何やら貴賓席の方が騒がしいことに気が付いた。

 

「あれは……神ガネーシャ?」

 

 象の頭を模した仮面を被った精悍な男性神が、慌ただしく眷属に指示を出している姿が目に入る。レフィーヤの目に誤りはなく、確かにその特徴的な容姿は怪物祭(モンスターフィリア)の主催たるガネーシャ神のものだった。

 貴賓席から眷属たる調教師(テイマー)の晴れ舞台を見守っていた筈の彼が、遠目からも分かるほど血相を変えている。何かあったと見て間違いないだろう。

 

「どうする?」

「そうね……一応外の様子を見ておきましょうか。何かあってからじゃ遅いのだし」

 

 頷き合い、ティオネとティオナは同時に席を立つ。即断即決の責任感と行動力。流石はロキ・ファミリアが誇るLv.5、オラリオを代表する第一級冒険者の一角と言うべきか。

 少なくとも、その果敢さはレフィーヤにはまだないものだった。慌てて二人に倣うように席を立ったレフィーヤは、ふと何の気なしにカインのいる方向に目を向ける。

 

「……あれ?」

 

 熱気に包まれた観客席の最前列。つい先程まで大騒ぎしていた狩人の姿は、既にどこにもなかった。

 

 

 

 

△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ベル・クラネルは未熟な冒険者である。

 レベルは1。迷宮都市に至り、冒険者として身を立ててからまだ半月と経過していない。駆け出しも駆け出し、正真正銘の新米冒険者だった。

 

『■■■■■────ッ!!』

 

 対するは白銀の体毛を有する大猿、シルバーバック。筋骨隆々の巨躯を屹立させ、乱杭歯が覗く顎門から身の毛もよだつ咆哮を迸らせる、その威容。小柄なベルとの間には絶望的な体格差が存在している。

 否、体格差だけではない。シルバーバックがダンジョンにて出現するのは11~12階層とされるが、これはLv.1の冒険者が挑める中では最も深くに位置するエリアである。適正レベルがLv.2以上とされる「中層」が13階層以降であることを踏まえると、シルバーバックは実質的に「上層」最強のモンスターの一種であると言えよう。……断じて、冒険者となって日が浅い駆け出しのLv.1が対峙して良い相手ではなかった。

 

 『ダイダロス通り』に人々の悲鳴が木霊する。冒険者のように神の恩恵(ファルナ)もなく、戦う術を持たぬ彼ら一般市民にとって、ガネーシャ・ファミリアの制御下から外れ、突如出現したシルバーバックはまさに地獄からの使者とでも言うべき絶望の具現である。

 

 さりとて冒険者ならば大丈夫、ともいかなかった。ここはダンジョンではなく地上であり、本来モンスターが発生する事態など想定されていない。偶然その場に居合わせただけの冒険者達にそんな備えなどある筈もなく、祭りのいち参加者に過ぎない彼らはその殆どが軽装だった。

 上層最強クラスのモンスターを相手に鎧も回復薬(ポーション)もなく、申し訳程度の懐剣一本で挑むなど愚の骨頂。辺鄙な貧民窟に偶然上級冒険者が居合わせてくれるような幸運(ラッキー)もありはせず。せめて市民が避難する時間を稼がんとする彼らの奮戦すらも、シルバーバックは無慈悲に蹂躙していった。

 

 勝てるわけがない、と誰かが言った。相手は上層最強、何の準備もなしに挑むべき相手ではないと。

 恐怖に負けた誰かの一言を皮切りに、居合わせた冒険者達は次々に剣を取り落とし潰走していく。だが、それを無様であると誰が責められよう。命あっての物種だ。身を捨てて浮かぶ瀬などありはせず、死んでしまっては元も子もないのだから。

 

 だが──ベル・クラネルは逃げなかった。

 恐怖は当然ある。自身の倍以上もの体躯のモンスターが他の冒険者達を鎧袖一触に退けていく様を見て、何も思わぬ程ベルは鈍間ではない。

 しかし、ベルには退けぬ理由があった。彼の背後には、何よりも大切な女神の存在があるのだから。

 

 竈の女神ヘスティア──遍く孤児達の守護者。国家統合の鎮護神。不滅の聖火齎す祭壇の守護女神。

 そして何より、あらゆるファミリアから門前払いを受け路頭に迷っていたベルを眷属に見出してくれた、少年にとって掛け替えのない大恩人であり……今や、彼に残されたたった一人の家族だった。

 

 負けられない。たとえ剣が折れようとも、この女神の前で無様に膝を折ることだけは許されない。彼女の前でだけは……ベル・クラネルは、無敵の英雄でなくてはならないのだから。

 

 ──ボクがキミを勝たせてみせる。信じてくれるね?

 ──はい、神様!

 

 その背には女神の祝福(ファルナ)を。手には女神の(ナイフ)を。一新されたステイタスと、折れた剣の代わりに主神より託された新たな武器を携え、未熟な少年は一足飛びに階梯を駆け上がる。

 其は女神の分身。闇を切り裂く聖なる炎、主の路を切り拓く真銀の刃。鍛冶神ヘファイストスが鍛え、竈神ヘスティアの神血(イコル)を受けたベルの新たな相棒。

 

 銘を『ヘスティア・ナイフ』。担い手と共に成長する、同じ神血()を分けた眷属(きょうだい)である。

 

「はぁああああ──!!」

 

 裂帛の気魄と共に疾走する、一陣の風。その【敏捷】はもはや一般的なLv.1の水準に収まるものではなく、直前までのベルとはまるで別人だった。

 

 これが神の恩恵(ファルナ)の神髄。神血(イコル)を媒介にした魂の神化。卑小な人の魂魄を神に近しい領域にまで引き上げる、あり得ざる超越の奇跡である。

 たとえレベルアップまでは至らずとも、蓄積(プール)されていた経験値(エクセリア)を還元し器を拡張させたベルの肉体は、文字通り数瞬前の己を()()した。ステイタス更新を行ったヘスティアが驚愕に目を剥いた恐るべき上昇値──実に、トータル600オーバーにも上る熟練度の急成長。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。余人が扱えば鈍らにしかならないが、ベルが手にすれば彼の成長はそのまま剣の成長に繋がるのだ。ベルがランクアップを果たせば、その分だけ女神の刃は鋭さを増していく。

 

 疾走する小人に振り下ろされる、巨人の剛腕。ベルの体躯をゆうに上回るその拳が直撃すれば、少年の矮躯はたちまち木端微塵に砕け散るだろう。

 しかし、ステイタスを一新したベルは軽々とした身のこなしで唸る剛腕を回避する。迫る拳を紙一重で避け、その勢いのまま跳躍。一瞬で間合いを詰めると、手にした黒曜の刃を一閃させた。

 

 これまでベルが使用していた初心者用の粗末な鉄剣では、シルバーバックの強靭な体毛と筋肉の鎧を突破できなかっただろう。だが、ベルの恩恵(ファルナ)を刃に反映するヘスティア・ナイフは恐るべき切れ味を発揮して獣皮を切断。そのあまりの手応えのなさにはベル自身さえ驚愕する程だった。

 

『■■■■■────ッ!?』

 

 突如顔面に激痛が走ったシルバーバックは、鮮血を撒き散らしながら狂ったように腕を振り回す。しかし機敏に動き回るベルには掠りもしない。今の交錯で己の身に宿った力の程を把握した彼は、より洗練された身のこなしで乱舞する白猿の腕を掻い潜る。

 

「信じるんだ! そのナイフを、ボクを……そして、何よりもキミ自身を!」

 

 ヘスティアの声援が飛ぶ。その想いに呼応するように背に刻まれた恩恵(ファルナ)が熱を発し、ベルの身体の隅々にまで力を漲らせる。

 その現象は奇跡ではない。女神の祝福(おもい)を受け奮起するベルの意志が、彼の肉体に限界を超えた底力を発揮させたのだ。

 

 想いを力に変え、意志が肉体を凌駕する──今はまだ小さくとも、それは紛れもない“英雄(アルゴノゥト)”の萌芽だった。

 

「信じるんだ!!」

 

 己を、神を信じろ。言い聞かせるように叫び、ベルは最後の力を振り絞る。相手は格上、上層最強の大猿鬼。たとえ急成長を遂げようと、依然格上の強大なモンスターである。それでも、ヘスティア・ナイフを手にしたベルならば。

 届く。否、届かせる。死力を尽くし、限界を超えろ。女神の祝福ある限り、ベルはどこまでだって強くなれるのだから。

 

「届けぇえええええ────ッ!!」

 

 迫る巨腕の一撃は、果たして空を切る。激烈な踏み込みによって加速したベルの身体は、矢のようにシルバーバックの胸元目掛けて飛翔し──その心臓に、見事女神の刃を突き立てるのだった。

 

 

 

「……すごいな、彼は」

 

 呟き、《シモンの弓剣》の弦から指を離す。屋根の上に立ちいつでも大猿の頭を吹き飛ばせるよう構えていたカインだったが、終わってみれば全くの杞憂だった。白髪の小柄な少年は狩人の援護など必要とせず、遂に独力で敵を打ち倒してしまったのだから。

 

 シルバーバック。中層を目指すLv.1の冒険者達に立ち塞がる最後の大敵。カインからすれば小指の先で圧し潰せる程度の雑魚に過ぎずとも、あの未熟な少年にとっては恐るべき怪物だったろうに。

 だが倒した。それもパーティを組むでもなく、たった一人でだ。これは驚くべき快挙である。

 

「せっかくのお祭りを滅茶苦茶にした奴を《千景》の錆にするつもりでいたけど……ちょっと気が変わったな」

 

 事態を収拾すべく脱走したモンスターを追っていたカインだったが、今となっては下手人に感謝しても良いとさえ思っていた。

 それだけこの邂逅は価値あるものだった。身の丈を超える強大で恐ろしい獣を相手に、湧き上がる恐怖を押し殺し、守る者のために立ち上がれる者が果たしてこの世にどれだけいることか。

 

 人間は獣のように強力な爪も牙もない、とても非力な存在だ。狩人はそのことを誰よりもよく知っている。恐るべき獣を前に人は為す術なく翻弄され、自らの秘めたる獣性を暴かれながら惨めに死んでいくしかないのだと。それは敬虔な神秘の聖職者であれ、栄光と称賛を一身に浴びる英雄であれ、蔑視と迫害に追い立てられる下賤の窶しであれ、人であるなら皆同じ。一皮剥けば、皆々等しく矮小な血肉の塊だ。

 そんな憐れな人の本性を、カインは獣狩りの夜に数え切れぬ程目の当たりにしてきた。呪いと獣、そして大いなる宇宙の暗黒の前には、所詮人間など塵芥に過ぎないのだと。

 

 だからこそ、絶望的な状況に置かれた人が見せる最後の足掻きには価値があるのだ。己のため、友のため、家族のために、身を捨ててでも強大な敵に立ち向かう心。恐怖に屈さず立つ信念。極限状態でこそ発揮される、勇気と覚悟の煌めき。即ち、悍ましき獣性に呑まれぬ人間性の輝きである。

 その弛まぬ意思、強さ、決意……血と呪いに塗れ、()()()()と心折れぬ高邁なる意志の輝き。それこそが古い遺志を継ぐ狩人が何よりも尊ぶものなのだ。

 

 そして今、カインは確と目にした。その輝きが、今まさに芽吹いたその瞬間を。

 相対するは己を圧倒的に上回る巨躯と膂力の怪物。備えもなく、鎧も盾もなく、あるのは小さな短刀が一振りのみ。もしカインが同じ状況下に置かれたとして、果たして己は勇敢に立ち向かえただろうかと自問せずにはいられない。

 

 しかし、少年は立った。震える膝を叩いて立ち上がり、恐るべき獣に勇気を以て挑んだのだ。神の恩恵(ファルナ)があったからとか、神造の武器があったからとかそんなものは関係がない。

 何故ならあの瞬間、少年は確かな勝算があったから立ったのではない。背後に守るべき者がいたからこそ立ち向かったのだ。

 

 何と気高く、何と尊いのだろう。その意志の輝きは、まるで在りし日の英雄(ルドウイーク)のようで……

 

 本当に──とても素敵だ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……いけないな、良い狩人を見つけるとつい味見したくなるのはボクの悪い癖だ。血は争えないねぇ、ホント」

 

 分かっている。少年が奮起したのは、あの女神の存在があったからこそなのだと。それを横から掻っ攫うような真似をしては、女神を想う少年の勇気と覚悟を侮辱することになる。空気が読めぬことに定評のある狩人とて、流石にそんな無粋な真似はできなかった。

 

「竈の女神ヘスティアか……聞いたことがないな。新興のファミリアなのかな? いずれにせよ、あれ程の勇士がいるならヘスティア・ファミリアの将来は安泰だろう」

 

 遠目からも分かる程の光輝溢れる神威は、かの女神が相当に高い霊格を有している証だろう。神秘の瞳によって女神の神格を読み取ったカインは、その名を深く記憶に刻んだ。

 いずれまた会うことになるだろうと、そんな予感を抱いて。

 

「名残惜しいが、あっちはもう大丈夫だろう。周囲にモンスターの気配はない。

 ……問題は、こっちか」

 

 ()()()()()()()()遠方のダイダロス通りから視線を逸らし、カインは屋根の上から眼下の街並みに目を向ける。

 

 眼下では、今まさに氷雪の大瀑布が炸裂しているところだった。第一階位攻撃魔法【ウィン・フィンブルヴェトル】。凍てつく三条の極光を放ち、絶対零度の猛吹雪を引き起こす大魔法だ。

 対象となったのは三体の植物型モンスター。Lv.5の敏捷に迫る俊敏な動作と、打撃に強い耐性を持つ強靭な外皮を有した未確認の怪物である。

 祭りに際して一切の武装をしていなかったヒリュテ姉妹は元より、『デスペレート』がないために全力を出せなかったアイズすらも苦戦する相手だったが、魔導士であるレフィーヤだけは武装の有無にかかわらず実力を発揮できた。未知のモンスターの脅威を前に彼女は大魔法の詠唱を完成させ、見事これを討ち果たすことに成功したのだ。

 

 つい数日前の遠征では強大なモンスターの脅威に怯え魔法を発動できなかったことを踏まえると、たった数日で随分な進歩であると言えるだろう。白髪の少年が見せた勇気と奮戦に勝るとも劣らぬ、見事な意志の輝きだった。

 

「レアマジック【エルフ・リング】……エルフの魔法に限り、詠唱とその効果を把握していれば他人の魔法でさえ完全に再現してしまうという前代未聞の固有魔法。よもやリヴェリアの魔法すらほぼ完璧に再現してしまうとは恐れ入った。アイズ達がいるからと手出しは控えてたけど、流石は【千の妖精(サウザンド・エルフ)】。最後までボクの出る幕はなかったね」

 

 元々それだけのポテンシャルがあることは知っていた。しかし、やはり人伝に聞くのと見るのとでは大違いだ。まさか深層クラスのモンスター三体を、たった一度の魔法行使で全滅させるとまでは思わなかった。

 魔法の破壊力に限れば、レフィーヤの素質は既にLv.5に相当する域にあるだろう。カインとは別の意味でレベル詐欺な少女である。

 

「未熟な少年は守るべき者のために勇気を奮い、妖精の少女は遂に恐怖に立ち向かう覚悟を得た。……いやはや、流石は神時代にありて世界で最も熱いと言われるオラリオだ。暗く陰惨なヤーナムと違って、人々の抱える熱量が桁違い。思わずあれもこれもと目移りしちゃって堪らないよ」

 

 だからこそ、これ以上の無粋は看過できない。

 レフィーヤは恐怖に立ち向かう意志の強さを見せ、結果モンスターは見事討伐された。それだけで十分な偉業と成果だ。これ以上の試練はただ萎えるだけ。神々ですらもう少し空気を読むだろう。

 

「まあ、丁度いいと言えば丁度いい。少し、この昂ぶりを発散したいと思っていたんだ」

 

 そう独り言ち、カインは屋上から飛び降りる。音を立てて石畳の上に着地したことで、ようやくレフィーヤ達はカインの存在に気が付いた。

 

「カインさん!」

「おっそーい! もうモンスターはアイズとレフィーヤが倒しちゃったよ!」

 

 驚いたようにレフィーヤが声を上げ、ティオナが揶揄うような声で遅れに遅れて到着した狩人に呼び掛ける。

 だが、アイズとティオネは訝しむように目を細める。カインが常ならぬ鬼気を発していることに気が付いたのだ。

 

「カイン……」

「ああ、《レイテルパラッシュ》のことは気にしないでいいよ。最大強化済みとはいえ、流石に【エアリエル】を受け止める程の耐久度はなかったみたいだ」

 

 見れば、アイズの手にあるレイピア──デスペレートの代わりとしてカインが与えた仕掛け武器《レイテルパラッシュ》は既に半壊している様子だった。無理もない。出力次第では【不壊属性(デュランダル)】すら貫通するアイズの風に耐えられる程、カインハーストの仕掛け武器は丈夫に作られていないのだから。

 しかし、武器を欠いた状態のアイズにこれ以上無理をさせるのは宜しくない。無手のヒリュテ姉妹も言わずもがな。やはりここは自分がやるべきだろうと、カインは徐に拳大ほどの大きな丸薬を取り出した。

 

「ちょっと、いったい何を……」

()()()だよ、ティオネ。無粋な獣がまだ潜んでるのさ」

 

 押し並べて、獲物が最も油断するのは敵の首を取った瞬間である。これはそんな極めて単純な野生の論理だ。

 ダンジョンでは当たり前の事実だが、流石の第一級冒険者達も地上ということで油断したか。終ぞ彼女らは、地下に潜伏する獣の息遣いに気付くことはなかった。

 

 ガリッ、と真っ黒い丸薬を噛み砕き。

 カインから発せられる戦意が急激に弥増すのと、石畳を突き破って植物型のモンスターが出現するのは全くの同時だった。

 

「うそ、新手!?」

「まだいたの!?」

 

 瞠目するヒリュテ姉妹。

 それはそうだろう。アイズが撃破した一体と、レフィーヤが倒した三体。それに加え、新たに出現したのが()()。いったい、どれだけのモンスターが地上に迷い出たのか──

 

 咄嗟に身構えるアイズ達。しかし、それを制するようにカインが前に出る。その手には、いつの間にか長柄の槌鉾(メイス)が握られていた。

 

「だ、駄目です! あのモンスターは打撃に耐性が──」

 

 声を張り上げるレフィーヤ。あのモンスターの外皮は【怒蛇(ヨルムガンド)】と【大切断(アマゾン)】による本気の拳打を受けても傷一つ負わなかったのだ。如何にカインがLv.6であれ、打撃武器では余りにも分が悪いと。

 だが──

 

「おおおおおおぉぉぉォォッ────!」

 

 瞬間、カインの喉から人のモノとは思えぬ雄叫びが放たれる。まるで、臓腑の奥底に沈殿していた獣性を吐き出したかのような、解放の喜悦に濁った咆哮だった。

 さながらティオネの【憤化招乱(バーサーク)】を思わせる豹変。灰色だった双眸は深紅に染まり、長い白髪は重力に逆らうように荊棘(おどろ)に揺らめいている。狂奔する戦意がまるで波濤のように押し寄せ、傍にいたアイズ達を気迫だけで数歩も退かせた。

 

 その尋常ならざる殺意に反応したか、極彩色の花弁を広げるモンスター達は一斉にカインに鎌首を向ける。

 その内の一体が先走るように突出した。蠅捕草のような顎門状の花弁を開き、研ぎ澄まされた殺意の嗅覚で獲物の血を求めて蠢動する。

 

 獣性の解放に伴う底知れぬ快楽に口端を歪め、だが理性の枷は決して手放さず。

 骨が浮く程の力で柄を握り締め、カインは迫り来るモンスターの頭部目掛けメイスを振り抜いた。

 

 激突、そして轟音。

 槌鉾と花弁の衝突は、前者が圧倒する形で決着し──その力の余波が、周囲一帯の石畳を大きく波打たせた。

 

「な……」

 

 これには流石のアイズも絶句した。

 風の魔法も、凍結の魔法もなく。原始的な暴力と鋼の殴打によって、あれほど強靭な植物型のモンスターは呆気なく粉砕されたのだ。そこに込められた力たるや、音に聞こえし【猛者(おうじゃ)】の剛剣にも匹敵しようか。

 

怪物(けもの)化け物(けもの)モンスター(けもの)……どこもかしこも獣ばかりだ」

 

 陶然と、カインはまるで酒精に酔ったかのように譫言を呟く。その様はとても正気のものとは思えないが、ゆっくりとモンスターに歩み寄る足取りはしっかりしたもので、真実彼は正気だった。()()()()()()()()()()()()

 

「初めて聖職者の獣を狩った時の記憶が蘇るかのようだ。ああ、今や全てが懐かしい!

 ローレンス! ゲールマン! 夜明けは遠く、遥か暗夜の果てに至ろうと、依然()は狩人だ! お前達の遺志は、今も私の血に息衝いている!」

 

 次々と余計な言葉が口を衝いて出る。久方振りに『獣血の丸薬』を服用した反動か、獣性の高まりはいつになく激しいものだった。

 あるいは、直前に見た白髪の少年が放つ輝きが、狩人の狩猟本能を昂らせているのかもしれない。だとしたら仕方のないことだ。あの光景を目の当たりにして興奮しない狩人などいないだろう。

 

 高まる獣性。暴れる瞳。狩人の体内で相反する双極性の血と神秘は、その内的衝突の激しさを物語るかのような恐るべき暴力となって発露する。

 人であって人に非ず。獣であって獣に非ず。苗床であって苗床に非ず。我は人、我は獣、我は赤子、我は──狩人である。

 

「獣の愚かを克させたまえ!」

 

 メイスを振り回し、その頭部を背負った機構に突き立てる。それは鋸刃が並んだ円盤を重ねたような奇怪な形状をしており、槌鉾と一体になった瞬間、けたたましい駆動音と共に激しい火花を散らした。

 

 その異形の仕掛け武器、名を《回転ノコギリ》。かつて獣喰らいが振るった獣狩りの刃であり、獣皮と肉を細切れに粉砕する『火薬庫』の最高傑作である。

 

 狂奔する意志を強靭な人間性で押さえつけ、獣血と神秘の相克を発条に人外の膂力を発現させる。天井知らずに上昇していく筋力で力任せに《回転ノコギリ》を振るい、カインは次なる獲物に喰らいついた。

 

「おおォ天なる父祖、悪夢のイリアステルも照覧あれ──!」

 

 もはやこうなった狩人を止める術などありはしない。まず標的になったのは最もカインの近くにいたモンスター。悍ましい金属音を轟かせて唸るノコギリの刃は、黄緑色の外皮をいとも容易く引き裂き絶命に至らしめる。

 

 極彩色の魔石を散らせて塵に還るモンスター。零れる鮮血を浴び、カインは血中に溶ける遺志からその正体を読み解いた。

 

 食人花(ヴィオラス)──それが眼前のモンスターの個体名。克明に敵の姿を捉えたカインの顔に凄絶な笑みが浮かぶ。

 蕩ける瞳の内で輝く線虫、悪夢の導き。視界の中で踊り狂う精霊達の輝きを(しるべ)代わりに、正気のままに狂乱する狩人は哄笑を迸らせて次なる食人花(ヴィオラス)に飛び掛かった。

 

 

 彼女達には知る由もないだろう。だが、これこそが獣狩りの狩人による()()()()。合理と効率を極めた末、夢見る狩人達は圧倒的な火力による嵐のような速攻に行き着いた。

 神秘が齎すのが宇宙の叡智ならば、獣血が齎すものは呪いであり単純明快な力である。強靭な意志で己を律する狩人は、禁忌の獣血を意のままに制御し、悍ましき獣性を力に変える。まるで菓子を頬張るように気安く丸薬を噛み砕き、血を浴びながら並み居る獣を薙ぎ払うのが、行き着くところまで行き着いた狩人の日常的な狩猟風景である。

 

 まさに「敵に何もさせない」という狩人の戦闘教義の究極にして最適解。熱く滾る衝動を解放させつつ、素早くモンスターを狩ることで街に一切の被害を出さないという、一挙両得の最高に冴えた方法だった。

 

 

「はははははははははははは────!!」

 

 しかしながら、狩人の普通は常人にとっての異常である。少なくともアイズ達の目には、変な薬品を口にしたカインが突如狂ったようにしか見えなかった。狂乱の雄叫びを上げ、天蓋の膂力で異形の武器を振り回すその姿が異常でなくて何なのか。

 

 舞い散る火花と鮮血。響く狩人の哄笑と怪物の悲鳴。唸るノコギリの刃は担い手の意のままに回転し、擦過の度に破滅的な威力で食人花(ヴィオラス)の体組織諸共瓦礫を塵に変えていく。

 まさに地獄の蹂躙劇。まさに修羅の殿堂である。弾ける戦意と迸る獣性の混声合唱。たとえ冥府の神々でさえ、斯くも生々しく真に迫った生死と狂乱の音色を奏でることはできないだろう。

 

 オラリオよ、見るがいい。これが狩人、獣狩りの血濡れた業の具現。

 壁があれば叩き壊す。敵があれば叩き潰す。それしか知らぬ、人の形をした戦禍の災い。人を超えた上位者の裡に潜む、悪夢の果てになおも拭えぬ獣の抱擁である。

 

 

 

 斯くして、怪物祭(モンスターフィリア)の騒動は一人の犠牲も出すことなく終結を見た。麗しの人形姫と可憐な妖精少女、勇ましきアマゾネス姉妹の貢献は広くオラリオに膾炙し、人々はロキ・ファミリアの奮戦を称えたという。

 

 しかし四人の少女達の他に、二人の冒険者の活躍があったことを知る者は少ない。

 

 白髪の少年は無名であるが故に、また活躍の場がダイダロス通りだった故に目撃者が少なく、話題に上ることがなかった。

 

 一方黒衣の狩人は、目撃者そのものは多かった。だが、その凄惨な戦い振りを見た目撃者が揃って口を噤んだために、少女達の活躍の影に隠れるように話題は自然消滅していったのである。

 




剣姫と千の妖精(サウザンド・エルフ)のイチャイチャ百合空間に割って入る狩人がいるってマジ?
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