地底人迷宮譚~迷宮を差し置いて遺跡に潜るのは間違っている~ 作:筆記者カレル
~二行で分かる前回のあらすじ~
通りすがりの地底人、遂に原作主人公の存在を(一方的に)知る。
カイン「好みの狩人(候補)だったので
装備は身の丈に合った物を──それは冒険者ならば誰もが知っている常識である。
無論、誰だって素晴らしい武具は欲しいものだ。万物を切り裂く剣、何物をも貫く槍、堅牢無比の魔法の鎧……しかしながら、そんなものは大多数がLv.2にも満たぬ冒険者の世界では、多くの場合夢物語に過ぎない。現実は寂しい懐事情と相談しつつ、何とか資金をやり繰りして無難な装備を整えるのが関の山であった。魔法の力を宿した魔剣だの
とはいえ、それは確かに大半の冒険者に当て嵌まる常識だが、一方でそんな常識に囚われない規格外の存在もいる。
それは俗に第一級と言われる冒険者であり、神と運命に愛された選ばれし強者達だ。彼らが叩き出す稼ぎは下級冒険者のそれを遥かに凌駕する。その圧倒的な資金力によって、彼らはその超人的な実力に見合う一級品の武具を、これまた一級品の腕を持つ鍛冶師の手によってオーダーメイドするのだ。
その代表的な例を二つ挙げよう。一つはロキ・ファミリアが誇る精鋭の一人にして、その実力と類稀な美貌から主神の寵愛を一身に受ける少女、【剣姫】ことアイズ・ヴァレンシュタインの得物。
そしてもう一つは、同じくロキ・ファミリアの精鋭の一人である天衣無縫のアマゾネス、【
いずれも稀少な金属をこれでもかとつぎ込み、オラリオでも五本の指で数えられるような凄腕の鍛冶師が手ずから鍛え上げた大業物である。しかし前回の大遠征の折、片や使用に耐えぬ程に損耗し、片や跡形もなく破壊されてしまっていた。
高い武具には相応の希少な素材や技術が使われており、製造は言わずもがな、修理にも一流の鍛冶師の存在が不可欠だ。つまり、修理の際に生じる費用は一級品であればあるほど跳ね上がる。流石の上級冒険者でも、即金では用意できない程に。
……つまるところ、アイズとティオナは己の得物の修理代を稼ぐ必要に迫られていた。そして、冒険者が金を稼ぐ場所など一つしかない。
そう、
「いーやーだー! ボクは行かないぞ! 今日は一日中9k*1するって決めてるんだ!」
「えー、ノリ悪ーい。いいじゃん、たまにはカインも一緒にダンジョン行こうよー!」
「お断りだ! 伝説の全強化23.6か幻の血質32.6が出るまでトゥメルから帰らない!」
「また意味わかんないこと言ってー!」
場所は『黄昏の館』にあるカインの自室前。そこでは意地でも部屋に戻ろうとするカインと、意地でも部屋から引っ張り出そうとするティオナによる攻防が繰り広げられていた。それを呆れたように眺めるのは、フィンとリヴェリアの大幹部二人。そしてアイズ、ティオネ、レフィーヤの三人である。
この六人は、アイズとティオナの資金稼ぎを目的としたダンジョン探索に際し、急遽結成された臨時パーティだった。音頭を取ったのはティオナで、フィンは「偶には気心の知れた少数メンバーで散策するのも悪くない」という一言でそれを承諾。フィン一筋のティオネも団長と行動を共にしたい一心で追従。なし崩しでリヴェリアも参加。レフィーヤはアイズと一緒にいたいという理由で積極参入した形である。
Lv.6が二人に、Lv.5が三人。そしてレベル詐欺なLv.3が一人。深層ならばともかく、中層~下層近辺を攻略するには過剰戦力もいい所なメンバー構成である。フィンが“探索”ではなく“散策”と表現するのもむべなるかな。
そう、過剰戦力なのだ。何せ一般的に中層とされる13~24階層の適正レベルはLv.2であるし、下層にしたってLv.3~4の冒険者が五人以上のパーティを組めば問題なく攻略が可能と言われている。そんな所に平均レベル5の精鋭パーティが殴り込むのだから、それこそ子供の遊び場に大人が乱入するようなものだった。
故に、そこに更に(対外的には)Lv.6のカインを加えて中層に繰り出そうものなら、いよいよ公園の砂場に恐竜が踏み込むに等しい事態になるだろう。もう過剰どころの話ではない。この子頭おかしいんじゃないの、とカインは自分の事を棚に上げてそう思った。
「というか、ボクも加えて七人になったらそれだけ一人当たりの取り分も減るじゃないか。修理代を稼ぎたいなら頭数を増やすのは本末転倒じゃないの?」
「それはそれ、これはこれ。お金も欲しいけど、たまには皆で楽しくダンジョン探索したいじゃん! せっかくの二代目
「ただの付き添いじゃないか! そんなことする暇があるなら僕は9kするね!」
「休憩する暇あるならダンジョン行こうよ冒険者でしょー!?」
絶対にダンジョンに行かないカインVS絶対にダンジョンに行かせるティオナの図である。オラリオの常識的にはダンジョン探索を拒む冒険者などあり得ないため、ティオナの側に圧倒的に理があるだろう。
しかし、生憎とカインは純粋な冒険者ではない。彼は探索系ファミリアの一員として最低限の義務を果たす程度の意思はあるが、義務以上の働きをする意欲というものに乏しかった。
しかし、そんな地底人の都合など知る由もないし知ったことではないのがティオナである。アイズやレフィーヤならここまで固辞されればとうに引き下がっていただろうが、そんな遠慮などこのアマゾネスの少女には存在しなかった。
──ティオナにとって、カインとは近所の頼れるお
性別不詳だし年齢も正確なところは分からないが、何となく落ち着いた雰囲気から年上だろうと認識している。同じ年上でもフィンやリヴェリアほど堅苦しくなく、ガレスほど年も離れておらず。落ち着いた大人の貫禄を醸しつつも、柔らかな物腰は親しみやすい。要するに、ティオナにとってカインはあまり気負うことなく頼りにできる先輩なのである。密かな憧れであると言ってもいいだろう。
とはいえ、別に恋愛感情のようなものを抱いているわけではなかった。「ボク」という一人称を使っているのだから恐らく男性であろうとは思われるが、それにしたって彼はアマゾネス好みの男らしさといったものとは無縁の気質だ。確かにカインは強いが、ただ強いだけで誰彼構わず
何よりティオナが異性に求めるタイプは、同年代か年下のヒューマンである。年上であり、容姿は整っているものの些か男らしさに欠けるカインは、同性ならともかく異性としてはあまり好みではなかった。
しかし、そんな認識もここ最近になって少し変わってきた。ここ数日における未確認モンスターの襲撃などの騒動を経て、これまで知らなかったカインの新たな一面が見えてきたのである。
まず、アマゾネスという人種が最も重要視する“強さ”。これまでは何となく「Lv.6だし当然強いのだろうな」程度の曖昧な認識だった。雰囲気から強者であるということは伝わってきたが、さりとて具体的に自分と比べてどのぐらい強いのかまでは理解が及んでいなかったのだ。
だが、深層における地を埋め尽くすモンスターの群れの撃退に始まり、アイズとの模擬戦、そして先日の
そして何よりも、である。先の
恐るべき光景だった。あれが本当にあのカインなのかと、束の間我が身の正気を疑う程の暴虐の嵐。あの食人花を風に巻かれる木っ端のように蹂躙せしめる野獣の如き暴威を見て、何も思わぬ程ティオナは呑気ではないしアマゾネスをやめてもいない。
非常に興味深い、というのが正直な感想だった。アマゾネスらしからず異性に対する関心が薄いティオナでさえ、あの煮え滾るような野性には少なからず思うところがあった。色ボケた姉に感化されたわけではないが、ティオナとてお年頃なのだ。そういうことに全く興味がないわけではないし、いざそうなるなら相手は強くて男らしい人物の方が好ましい。
故に見極めたかった。否応なく闘争が関わるダンジョンならば、運が良ければもう一度あの時のカインを見れる可能性がある。そしてその時にこそ、今己が抱くこの感情に答えが出るかもしれないと。
ティオナがここまで頑固にカインをダンジョンに連れ出そうとするのには、つまるところそのような理由があった。イシュタル・ファミリアのアマゾネス達ならば「そんな悠長なことしてる暇あったらとっとと押し倒せ」とでも言いそうだが、残念ながらティオナはソッチ方面は全くの素人である。
しかし、裏でそんな複雑な乙女心が働いているなど知る由もないカインはあくまで頑なだった。腰の辺りを抱きすくめるようにして引っ張るティオナに対し、カインは自室入口の壁の縁に手を掛け何とか身体を潜り込ませようとしている。
「むむむ……」
オノレこっちの気も知らないで、そんなにあたしとダンジョンに行くのが嫌か。流石にムッときたティオナは、力尽くから搦め手に手法を変える。カインの耳元に口を寄せ、ぼそりとある言葉を呟いた。
「……聖職者の獣って何?」
「ヌッ」
ピタリ、とカインの動きが止まる。それは先日、食人花と戦っていた彼が譫言のように漏らしていた言葉だ。
案の定、それはカインにとって訊かれたくない言葉であるようだった。何となくそんな気はしていた。あの時の彼は明らかに正気ではなかったし、きっと余人に聞かせるべきではないことを思わず喋ってしまっていたのだろう。
「ローレンスって誰? 人の名前だよね? ゲールマンって?」
「ぬぬぬ……」
ここぞとばかりに畳み掛けるティオナ。反対にどんどん抵抗する力が弱まっていくカイン。
ここがチャンスと、ティオナは止めの一言を囁いた。
「訊いてほしくなかったら、分かってるよね?」
「はい……」
カイン、陥落。ここに平均レベルが5を超える、最強の七人パーティが結成されるのであった。
よほど
「よし、それじゃあ出発ー!」
「おー」
元気よく腕を振り上げるティオナと、それに追随して気合を入れるアイズ。
首尾よくカインをパーティに捩じ込むことができたティオナは上機嫌だった。男女間のあれこれを差し引いても、純粋にカインのことは一人の人間として気に入っているし、一緒にダンジョン探索ができるのは彼女にとって望外の喜びである。
これでまたあの時みたいに本気を出してくれるような強敵が現れてくれないかなー、などと思いを馳せるティオナ。
……その考えがよもや本当に現実になるなど、この時の彼女は思ってもいなかったのである。
事件はダンジョン18階層で起きた。
18階層、通称『
そのような環境故に、ここは古くから冒険者達の憩いの場とされてきた。時と共に生活基盤は拡充され続け、いつしか大規模な街を形成するに至る。
名を『リヴィラの街』。冒険者による冒険者のための楽園。元締めはLv.3のヒューマン、ボールス・エルダー。左目を眼帯で覆った屈強な壮年の偉丈夫である。
そしてリヴィラの街の顔役たるボールスは、今──
「犯人はLv.4を殺せる女だ! ……が! 女の武器を使えば、レベルを問わず殺せるかもしれねェ! つーわけで──
女は全員身体検査だ! 脱げーッ!!」
『はぁああああ!?』
身体検査と称し、街中の女性冒険者を裸に剥こうとしていた。
リヴィラの街で人死になど珍しくもない。如何に18階層が
確かに18階層ではモンスターは生まれない。しかし別階層で発生したモンスターが侵入することは過去何度もあり、その度にリヴィラの街は破壊され、そして蘇ってきた。その過程でモンスターに喰い殺される冒険者はどうしても発生してしまう。
しかし、それが人の手による殺人となると話は別だ。リヴィラの街はその性質上、冒険者同士の喧嘩は枚挙に暇がないが、殺し合いにまで発展する例は殆ど存在しない。
盗みは許す。リヴィラの商売は弱肉強食、ここでは盗まれる間抜けが悪いのだ。
ぼったくりも許す。流通に難のあるリヴィラでは物価が高いのは当たり前だ。
喧嘩はむしろ推奨する。リヴィラの街は冒険者の街、派手な喧嘩は冒険者の華だ。
だが、殺しは御法度である。断じてリヴィラの街を殺人が横行する無法地帯にしてしまうわけにはいかないのだから。
以上の理由により、リヴィラの街は秩序を揺るがすような殺人やそれに類する悪事は嫌悪されている。それでもその日、遂に事件は起きてしまった。
場所はヴィリーという
この事件において問題とされているのは、Lv.4もの上級冒険者が碌な抵抗も許されず殺害されてしまったという点にある。Lv.4ともなればその身体能力は常人の及ぶところではなく、たとえ非武装であったとしても無抵抗でやられるなどまずあり得ない。
すると考えられるのは同じLv.4、あるいはそれより上……Lv.5以上の第一級冒険者による犯行ということになる。少なくとも、これをただの殺人事件として片付けるには事が大き過ぎた。
「荒らされた持ち物の様子から、被害者が持っていた“何か”を奪わんとした者による犯行と予想される。
犯人候補として有力なのはドルリア氏と共にいたという女性だが、その女性はフードを目深に被っていたため素顔は知れず。だからリヴィラの女性冒険者を集めて身体検査を行うというのは……まあ、理に適ってはいるんだけど……」
事件直後の騒然としたリヴィラに居合わせたティオナとアイズを中心とする七人の金策パーティは、否応なく事件解決に関わることになった。
ところで今更言うまでもないが、彼女らロキ・ファミリアはオラリオを二分する最強派閥の片割れである。所属する眷属の数・質共に他とは一線を画しており、その勇名はオラリオのみならず世界中に轟いている。別けてもファミリアの最精鋭たる幹部達の名声は方々に知れ渡っており、特に団長たる【
「フィン~早く調べて~!」
「おねが~い!」
「身体の隅々まで!」
その結果がこれである。下心丸出しで下種な笑みを浮かべた
「こんの……阿婆擦れどもがぁあああああ!!」
それに一瞬で激昂したのは、言わずと知れた団長一筋の
「えっと……」
「アハハ……もう何が何だか……」
憧れの【
「まったく、何やってんだか……ん?」
二人と同じく騒ぎ立てる面々を退屈そうに眺めていたティオナだったが、ふといくつかの視線を感じ顔を巡らす。周囲をよく見てみれば、フィンに殺到する面子とは別に、遠目にチラチラとこちらの様子を窺う女性冒険者達がいることに気が付いた。
否……彼女らの視線の先にいるのはティオナではない。ましてやアイズでもレフィーヤでもなく、その後ろでニコニコと騒動を眺めているカインに熱っぽい視線が集まっていた。
「あー……」
ロキ・ファミリア内での評判はイマイチなカインだが、世間一般にはフィンら大幹部に準ずるレベルで高い評価をされていた。Lv.6というオラリオの中でも限りなく上澄みの存在なため当然と言えば当然だが、彼の場合は更に「歴代最速」という枕詞が付く。たった三年でLv.6に到達するというのがどれ程の偉業であるか、冒険者ならば分からない筈もない。
それ程の才能に加え、その容姿が人気に拍車を掛ける。フィンやリヴェリア(ガレスも若かりし頃は相当な美男子として鳴らしていたらしい)がそうであるように、カインもまたロキに見出されただけあり優れた容貌の持ち主である。オラリオ中の神々から「究極の中性美」「男の娘ktkr」「こんな可愛い子が女の子の筈がない……いや女の子なのか?」などと絶賛されたというのは有名な話だ。
線が細く男らしさというものには欠けるカインだが、逆にそういうのが好きな女性も一定数いるわけで。更に名声・実力共に保証されているとなれば、今のように熱視線が集まるのも仕方のないことではある。
「…………」
ただ、何となくその視線が面白くなかった。自分自身ですらイマイチ理解の及ばぬ情動に混乱しつつも、ティオナは視線を遮るように女性冒険者達とカインの間に身体を割り込ませた。
よもやこれが嫉妬というものなのかと、ティオナは仏頂面の下で悶々と頭を悩ませる。度々
(別にカインはあたしのものってワケじゃないし……そりゃ少しは意識してるけどさー……)
元々慕ってはいたが、それは決して色気のある感情ではなかった。せいぜいが兄弟姉妹に向けるような親愛に近いもので、断じて恋愛感情に発展する類のものではない筈だった。
そんな関係に変化が生じたのは、やはり
今でも鮮明に瞼の裏に思い起こせる。これまでの印象を覆すような、雄々しく荒々しい戦士としての姿。原始の闘争とは斯くの如きものであると、そう全身で訴えかけてくるかのような荒ぶる獣性の発露。その姿が、どうしようもなくアマゾネスの本能を擽って止まなかった。
ロキがこれを聞けば「それがギャップ萌えである」と深く同意するか、あるいは「所詮は吊り橋効果である」と笑い飛ばすかのどちらかだろう。しかし神ならぬ身のティオナでは己の抱く感情に明確な形を得ることができず、こうして悶々と思い悩む羽目に陥っているのである。
「? ボクの顔に何かついてる?」
「……何でもなーい」
そんなティオナの気も知らず、相変わらずのほほんと微笑んでいるカイン。
その呑気な様子に言いようのない苛立ちがこみ上げる。思わず向う脛でも蹴飛ばしたい衝動に駆られるも、よもやそんな不確かな理由で暴力に訴えるわけにもいかず。結局、ただ何とも言えず複雑な感情を込めた目でジトリと睨むことしかできないのだった。
「はぁ……」
ティオナは一つ大きくため息を吐き、それですっぱりと意識を切り替える。そう、どのみち今の時点で答えが出せないのなら思い悩むだけ無駄というものだ。
この感情が本物なのか、あるいは一時の気の迷いに過ぎないのか。全ては、もう一度あの時のカインを見ることができれば自ずと明らかになるだろう。
「あ、あのっ」
「ん?」
しかし、その意識を切り替える一瞬の隙をつき、ティオナの牽制を掻い潜った一人の女性冒険者がカインに声を掛ける。後手に回ったティオナがぎょっと目を剥くが、既に件の冒険者はカインの目の前まで接近していた。
その勇気ある女性は、これといって特徴のない──とはいえ美男美女揃いのロキ・ファミリアに所属しているティオナの感覚が麻痺しているだけで、彼女も世間の平均からすれば十分に整った顔立ちをしているのだが──茶髪のヒューマンだった。彼女は興味津々といった様子で目を輝かせ……
「カインさんって、男の人なんですか? 女の人なんですか?」
禁断の問いを投げ掛けたのだった。
『──ッ!?』
これにはティオナも、様子を窺っていたレフィーヤやその他の女性冒険者達も息を呑んだ。
それは誰もが疑問に思い続け、しかし「【流血鴉】は性別不詳だから良いんだろォン!?」という一部の神からの圧力によって禁句とされてきた問い。そして、ティオナが努めて意識しないようにしてきた問題であった。
だがここはリヴィラの街、
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ともすればロキすら知らぬ謎多きカインの最大の秘密……気にならないわけがない。しかし、その答えの結果如何によってはティオナに致命的な
「なるほど、ボクの性別が気になるのか」
しかし、もはやティオナの一存で止められるような状況ではなかった。ティオナの内心の葛藤など知る由もないリヴィラの女性冒険者達は興味津々にカインを見つめ、レフィーヤも例に漏れず興奮した様子で耳を傾けている。しかもよく見ればアイズですら興味深げに注視している始末。
【
「──アイズ、レフィーヤ。慌てて逃げる
「へ?」
素っ頓狂な声を上げるレフィーヤ。満を持して放たれたカインの答えは、期待していたものとは全く異なるもので。
しかし言葉の内容を理解するや、当初の目的を思い出した二人は真剣な表情でカインが指差した方向に駆け出した。
「そういうわけだ、そろそろ無駄話はやめて仕事に取り掛かろう。ティオナ、悪いけどティオネを止めてきてくれないかい? 少しフィンと話をしておきたい」
「え……あ、う、うん! わかった!」
顔色悪くカインの回答を待ち構えていたティオナは、明らかにホッとした様子で息を吐いた。
たとえ事態の先送りにしかならないとは分かっていても、何事にもタイミングというものがある。少なくとも何の心構えもできていない状況で聞く羽目にならなかったことにティオナは深く安堵し、カインの指示に従って暴れる姉の仲裁に走るのだった。
『──大量の水は眠りを守る断絶である。淡く淡く消え行くように、記憶の水底に沈みなさい』
人ならぬ声が囁く。魔性を帯びた表音は染み入るように女性達の脳裏に浸透し、霧が掛かったように意識を曖昧にさせた。
「さあ、今の話は一夜の夢のように忘れなさい。ボクが男か女かなんて至極どうでもいいことさ」
「はい、わかりました……」
「結構。では事が終わるまで大人しくしているように。ああ、皆と合流したら目を覚ましていいからね」
「はい、わかりました……」
茫洋とした眼差しでフラフラとカインの前から去っていく女性冒険者達。夢遊病患者さながらの様相だが、あれは意識を眠りの霧で覆われているだけだ。予め宣言した通り、あと数秒もすれば自ずと霧は晴れるだろう。
その時には、今し方の会話はすっかりと忘れている筈だ。夢など、朝に目覚めれば霞み行くように消え去るものなのだから。
「ふふ、危ない危ない。危うくロキとの約束を破るところだったよ。血と神秘は表出しないよう肉の皮で隠せても、肝心の肉体を偽る手段をボクは持ってないからね」
悪夢の果てに上位者として昇華したカインには、もはや物質次元に生きる地上の生物の特徴など一切当て嵌まらない。頭から爪先に至るまで、この星の要素を一片たりとて含まない、正真正銘の領域外生命なのだから。
狩人という
しかしながら、カインは今の生活を気に入っている。呆れるほど人間臭い神がいて、今を生きるのに一生懸命な人間がいるこの世界が。まるで自分までもが人間であるかのように錯覚できる、幸せな夢のように曖昧模糊なこの現実が。
雌雄同体であり無性。両性具有であり可変。そんな異形の肉体が露見してしまっては、オラリオで今まで通りに過ごすのは難しくなってしまうだろう。ある程度の異能がバレるのは仕方ないにしても、そのように目で見て分かってしまうような外見的異常は取り繕う必要があった。
「そういうわけでちょっと脳に干渉させてもらったけど、特に後遺症が残ったりはしない筈だから許しておくれ。……まあ、もう聞こえていないだろうけど」
古来より地上の神が
その人ならざる声の表音を無理矢理文字に表したものが、ビルゲンワースの学徒、筆記者カレルが残した秘文字こと《カレル文字》である。
カレル文字は古い時代より狩人の力となってきた。それはカインすら例外ではない。しかしかつては一人の狩人だったカインも、今や悪夢の領域に棲む上位者の一柱。
そんな宇宙の深淵で微睡む神の如き異形の声が、よもや空気の振動に過ぎぬ人の声と同一である筈もなく。カインがその気になれば、所詮はLv.3にも満たぬ人の子程度、ただの一声で意識を操るのも造作もない。……今のやり取りは、つまりはそういうことであった。
ティオナ君、悪い事は言わないから