何度、命を救っただろうか。
何度、痛みを背負っただろうか。
何度、救った命が消えていくのを見ただろうか。
他人の痛みを引き受けて、せっかく助けた命もすぐに消えてしまう。
必死になって助けても、意味なんてない。くそったれの戦場では、自分以外の命はすぐに消える。
全てが無駄だ。何をしても無意味だ。無価値だ。そう気づかされた。
欧州のブリタニア。大陸から海で隔てられた島国。かつては覇権国家として多くの植民地を有し、今でもその海洋軍事力と国際社会での発言力は強力だ。
この国で有名な物を例として挙げるのであれば、紅茶とスコーン、ビック・ベンにロンドン橋、フィッシュアンドチップスとスコッチ、そしてパブだ。
その国のとある酒場。カウンターで酒の入ったショットグラスを前に煙草をふかして座っている一人の男がいた。店には男とカウンターの奥でグラスを拭いているマスターしかいない。男はコーカソイドが治めるこの国では珍しい黒髪短髪のモンゴロイドだ。アジア系の人間は大人でさえ子供に見られることが多いが、男は大人びた雰囲気を漂わせている。そして、軍の所属を表すウイングマークを付けた黒いジャケット 飛行服を羽織っている。
男が引き続きタバコをふかしていると背後から誰かが近づいてくる。ブーツの足音を立てながらその人間は男の傍により声を掛ける。
「中尉、そろそろ行こう。もう門限だ」
男に話しかけたのは銀髪長髪の白人の女だ。年齢的にみれば十代後半の少女だろう。男を『中尉』と呼ぶ女も彼と同じく胸にウイングマークを付けた軍人だ。淡い青の瞳を持つ彼女は上官である男に基地へ帰還するよう促す。
男は女へ振り向かずにグラスを口元へ運ぶ。
「いまさら行っても間に合わないよ、少尉。基地まで少なくとも3時間はかかる。というか、君が規則なんて気にしてどうする?」
男はそんなことを無視してグラスの酒を楽しんでいた。
女は返ってきた言葉に、頭を抱えて深くため息をつく。
「まったく、いつから私の上司は不良軍人になったんだ?会った時は扶桑のお堅いエリート様だったのに。降格と減俸を続けておかしくなったか?」
「おかしくしたのは君だ。上官で未成年の俺に煙草と酒、ポーカーとイカサマを教えたせいだ。今日も稼ぐことができたのは、君の教えの賜物だ」
そう言うと男はカウンターの上に大きな革袋を置く。どこからともなく出した袋の封の縄を女は解く。中にはブリタニアの紙幣や硬貨、指輪などの貴金属が詰まっていた。中には金歯や銀歯などもある。
「薬中よりはましだと思ったが、これは……」
女は店内を見回す。いつもは賑わっている店だが、他のカウンターにもテーブルにも誰一人として居なかった。マスター、男、女の三人しかいない。
なぜなら、他の客たちは全てこの男にカモにされたのだ。
女は自分のお気に入りであるこの店でいつか出禁になってしまうのではないかと思った。
「とにかく、このままじゃお前がダメになる。さっさと行くぞ、司波元少佐」
「ああ、運転は任せるよ、ビューリング少尉。君はシラフのようだ。マスター、それはチップだ」
ビューリングは飲んだくれた上官の右腕を左腕で無理やり組み、強引に立たせそのまま出口へと連行していった。一方の元少佐と言われた扶桑軍人 司波竜也中尉は、本日の戦果がたらふく入った革袋をカウンターに残したまま店を後にした。
『やあ、少年。君の力を多くの人を救うために使ってみないか?』
その言葉が、俺の二度目の人生を変えた。
司波竜也、それが俺の新しい名前だった。目が覚めると病院のベッドで見ず知らずの子供になっていたのだ。どこかもわからない場所にいて、入院着を着ていて、顔も声も全くの別人になっていた。混乱してパニック状態になっている俺を看護師が見つけ、医者が俺の元に飛んできた。
医者曰く、俺は雨の日に崖崩れに巻き込まれたらしい。家族と一緒に車に乗っていたが、土砂に飲まれ生き残ったのは俺だけだった。父親と母親、妹も乗車していたが捜索活動では見つからず行方不明となった。
俺が目覚めた時、既に事故から二カ月ほど経過していた。
家族なし、親戚も見つからない俺の身元引受人になったのは救助に当たっていた女性軍人だった。
女性軍人と言っても十代後半の少女だ。スク水の上に白い軍服という意味がわからない服装。それを見てもがあたかも当然のように医者や看護師が彼女へ話しかけるため、俺の頭が可笑しくなったのかと思った。
どうやらここは俺がいた日本でもなく、この世界自体も俺がいた場所とは何もかも違う。
インターネットもテレビ。トイレは全てウォシュレットがない。水洗便器すら少ない。
そして、人類が化け物と戦っている。戦っているのは魔法を使える女の子 魔女だ。
俺の身元引受人もその魔女だった。彼女はその年で戦いを経験し、既に多くの敵を倒したらしい。
そんな彼女が俺を軍へと勧誘してきた。魔法を使えるのは若い女性のみだが、俺は魔法が使えた。それもチートと呼ばれる類のもの『分解』と『再成』だった。
今世の名前 司波竜也も魔法科高校の劣等生の主人公 司波達也と一文字違いだ。容姿も似ていた。能力は似ているが、俺はあのお兄様みたいなシスコンじゃない。
とにかく、能力を知った彼女は俺をスカウトしてきた。
戦うことは嫌いだが、養ってもらっている以上頼まれたら断れない。それにこの能力で誰かの助けになるならそれもいいと思った。
初めての戦場。俺はエレメンタルサイトで確認した海上の化け物どもの大軍を何百キロも離れた陸地から分解して消滅させた。
味方の損害なし。死傷者ゼロ。初の戦闘でスコア300越え。当時の世界記録だったそうだ。
勲章やら記者会見やら、いろいろ広報活動に付き合わされた後、激戦地である欧州に派遣された。
通常ならエリートウィッチが行くらしいが、軍の上層部が俺の力を認めたらしく前線の激戦区に回された。
当時の俺は、自分に酔っていた。どんな敵も分解の前では無意味。再成があれば死ぬことはあり得ない。俺なら多くの人間を救える。
そう思い、『もう少しよく考えるべきだ』と助言してくれた彼女の言葉を無視して欧州に行った。
それが間違えだった。
『痛い・・・・痛い痛い痛いッ!』
『頼むコイツを助けてくれッ!お前ならできるだろ!』
『お願い!この娘を助けてッ!彼女には故郷に一人で残した妹がいるの!だからっ!』
『それなら、俺にだって国に家族がいるんだ!アンタらだけじゃない!』
地獄だった。
俺一人が多くのネウロイを消しても、その倍の兵士が、魔女が、民間人が死にかける。
片足を失い泣き叫ぶ兵。戦友を治すよう俺に怒鳴りつけるボロボロの兵士。ネウロイの攻撃で腹を貫かれ、意識の無い同僚を助けるように懇願するウィッチ。自分が先だと主張する血で染まった腹部を抑える負傷兵。
皆、文字道理の死に掛けだった。1人を瞬時に治しても10人の人間が瀕死の重傷を負う。まるでいたちごっこだ。助ける優先順位は指揮官、ウィッチ、兵士の順だ。
だから、間に合わなかった人間も大勢いた。治した兵士もすぐに死体になって帰ってきた。
戦闘が終った後は、死んだ人間の戦友や同僚に罵詈雑言をよく浴びせられた。
兵士たちは俺が一度に何十人に対して再成ができると勘違いしていた。そんなこと出来るはずがないのに。
戦闘時の分解と再生の併用。分解はまだしも他者に再成を行う際、俺は治す相手の痛みを何倍にも増幅された痛みを受ける。俺はそれを分解でネウロイを消しながら何百もの負傷兵に行わなければならなかった。
原作の司波達也がこんなことを平気でやっていることが信じられなかった。あのお兄様は感情を失っているから痛みを我慢ができる。だが俺は違う。感情がある。能力は同じでも中身がまるっきり違う。ただの一般人だ。さすおに?なんだよ、それ?ふざけているのか?出来るわけないだろ。
他人の痛みを引き受け続けた俺は、だんだんおかしくなっていた。この苦しみから解放されるなら、死んでもいいと思うようになっていた。薬も使った。基地の医務室から勝手にモルヒネといった麻薬に手を出した。使った後は自己修復術式を起動させて体内の薬物成分を消していた。だが、そんなことをしても脳は薬の快楽を覚えていた。
他人の倍の激痛と言葉による精神的なストレス、薬物の快楽、自分の無力さで俺は壊れていった。
そして、俺はいつ能力を暴走させるか分からない危険な存在として前線を外され降格もされた。扶桑ではなくブリタニアにいたのは俺の能力を他の国が恐れたからだった。圧力をかけられた扶桑はオレをブリタニア軍に人材交流という名の島流しにした。俺は24時間365日俺は監視され続けた。いつもつるんでいるブリタニア軍人 ビューリングは俺の監視も兼ねている。彼女とは前線に来て初期からの付き合いだった。
他の国は、俺の身柄をどの国が預かるか揉めたそうだ。もし暴走して自分の国が消えることになれば国家滅亡だ。その俺という貧乏くじを引いたのはブリタニアだった。
魔女にはアガリと呼ばれる現象が起こり魔法を失うらしい。成人に近付くほど魔力の減退は起こるそうだ。
1939年、俺は既に19歳になっていた。残りの一年。ただただ早くアガリを迎えて軍を辞めたい限りだ。