「お前があの子にした事よりも」
「______________酷い目に合わせてやる。」
嶋本のその言葉を聞いた長塚は少し間を置き、ゲラゲラと笑い出す。
「貴方は可笑しい。実に可笑しい人だ。」
「何だと?」
「私も貴方も傷や病気など永遠に再生するんです。それを辛い目に合わせる?どうやっ」
長塚が言葉を終える直前に嶋本は長塚の頭を鷲掴み、地面へと叩きつけた。
「それなら好都合だ。」
「ぐっうぁ......!?」
強い衝撃が長塚の脳を襲う。
通常の人間ならば脳震盪で気絶している筈だが改造人間としての身体がそれを許さない。
「『死なない程度』、なんて遠慮はいらないからな。」
黒い化け物/嶋本はニヤリと笑うとまた長塚の頭を地面へと叩きつける。
「調子に......、乗るなぁ!!!」
長塚が激昂すると同時に口元から系の様な物が飛び出し嶋本の口元や身体へと絡みついた。
「ぐっ......!?」
嶋本は抵抗を心見るも振りほどこうとすればするほど糸は強く絡みつく。
食いちぎろうにも口元が封じられては元も子も無い。
さっきのお返しだ、と言わんばかりに長塚は系に絡みつかれた嶋本を地面へと叩きつけようと試みた_________が。
嶋本に絡み付いたチタン合金よりも上の頑丈さを持つその系は、簡単にちぎれ、地面へと静かに落ちた。
ちぎれたと言うより『斬れた』と言う表現の方が正しい。
嶋本の腕や足から生えている棘、鋭く尖ったナイフの様な爪。
それに触れた瞬間、系はプツリと簡単に斬れたのだ。
黒ずくめの全身凶器。
そんな化け物が眼前に居る事実を改めて認識した長塚は恐怖_________ではなく怒りに支配されていた。
自身以外が、自分よりも下のクズが凶器を手にしている事が許せない。
それも、凶器は相手自身の身体。
その事実だけが長塚の神経を苛立たせた。
深い眠りについていた少年はゆっくりとその眠りから目覚めようとしていた。
うっすらとした意識の中、ぼんやりと見える自身の視界に写る黒い化け物。
少年はその『黒い化け物』を_____________
「仮面......ライダー......。」
TVの中に映るヒーロー。
そのヒーローとは似ても似つかない黒い化け物を、彼はそう呼んだ。
長塚の耳は少年のその言葉をはっきりと拾っていた。
「ケケケ......ふふっ、ぷっ......あははははっ......。」
唐突に笑い出す長塚に困惑する事もなく、嶋本は長塚の首根を掴む。
「ひひっ......滑稽です。実に。あの少年は実に滑稽です。」
「......何?」
「貴方の耳なら聞こえていたでしょう?先程貴方の事をあの少年は......ふふっ......、くっ、仮面ライダーと......!呼んでいたのですよ。」
「それがどうした。」
嶋本は下らない言葉を吐き続ける長塚にうんざりしつつ、長塚を壁へと押し付ける。
「貴方の様なクズを......テレビの中のヒーローと混合している......。」
「......。」
「実に滑稽じゃないですか。」
「否定はしない。」
嶋本は長塚の眼球へと指を突っ込んだ。
「ぐぁっ......!?」
「確かにそれは滑稽かもしれない。でも......お前のが余程滑稽だ。」
「ククク......ケケケっ......。」
「......何がおかしい。......ッ!?」
しかし嶋本は凄まじい威圧感を感じとった。
自身よりも遥かに強く、おぞましい。
とてつもない威圧感。
その威圧感の正体が目の前の長塚でない事だけは明白だ。
ゆっくりと振り返り、威圧感の主を確認する。
嶋本の目に写ったのは____________
少年を抱き抱える、レザースーツを着た薄い青髪の幼女だった。
背は変身前の嶋本より少し高く、胸は嶋本と同じ程度の大きさだ。
彼女はただ無機質な表情を浮かべている。眉も目も動いていない。
無表情。正にその言葉が相応しかった。
ただ一つ。その美しさに似合わない物が備わっている。
彼女の右手だ。
右手のみが大きく肥大化し、爪は鉤爪の様になっている。
レザースーツから見える胸元や顔は人形と見間違える程に白いが、右手のみが黒く染まった肌。
人間の手、と言うよりは何かを狩る為の手。
嶋本にはそう見えた。
嶋本は長塚を掴んでいた手を即座に離し、青髪の幼女を睨みつける。
「......その子を離せ。じゃないとお前もコイツと同じ様に......?」
青髪の幼女は嶋本に興味を示す事なく素通りすると長塚の方へゆっくりと迫る。
「ふぅっ......ふぅっ......、か、回収お疲れ様です、リーダー。」
「......誰が覚醒させろと言った?」
青髪の幼女は長塚の言葉に答える事無くその大きな右手で長塚の首根を掴み、酷く低い声でそう言った。
「ひっ......、そっ、それは......『黒』が勝手に......。」
「その原因の大半はお前だ。責任をどう取るつもりだ?」
「わ......私が『黒』を捕獲しま」
長塚が言葉を終える前に、青髪の幼女はレザーのニーハイブーツで長塚の顔を蹴り上げる。
「ッッ......。」
「現に失敗しているだろうが。」
「申し訳......ありまっ......。」
嶋本は青髪の幼女を止めに入ろうとした、が。
足が動かない。
それどころか身体が震えている。
目の前の青髪の幼女ただ一人に、自分は恐怖していたのだ。
「うふふっ......、痛かったわね......。辛かったわね......。」
「ひっ......!」
人形の様に無表情だった彼女は優しい口調で話し、優しい笑顔で長塚の頭を撫でる。
一方の長塚は、それが『不味い事』である事の様に怯えている。
「そ、『それだけ』はやめっ」
「楽に還なさい」
その言葉と共に、彼女の巨大な鉤爪は長塚の身体を貫く。
彼女が長塚の身体から鉤爪を引き抜くと同時に長塚の身体は飛び散り、肉片となった。
その肉片はうねうねと蠢き、肉片一つ一つが胎児の様な形へと変わっていく。
その瞬間、嶋本の頭の中には大量の産声が響きだした。
その産声で嶋本は何が起きたか、うっすらと理解した。
肉片が胎児の形になったのではない。
肉片が胎児そのものへと変わったのだ。
その胎児達は、存在もしない母を求め動き、一人ずつ枯れていく。
「......お前の部下じゃなかったのか?」
「そうよ。」
嶋本の問いに少女はあっさりと答える。
部下を殺す事も、人が死ぬ事もなんとも思っていない。
冷酷。
その言葉は彼女の様な者を指すのだろう。
「社会に居たなら分かるでしょう?役立たずは切り捨てるの。役に立つ奴だけを残すのよ。」
淡々と、少女は顔色一つ変えずに言葉を続けた。
「......、お前らは......何なんだ?何が目的だ......?」
「私達は『エリミネーター』。全てを抹殺して、全てを産み直す者の集まり。全ての母親......。」
「......イカれてるな。母親は子供を殺すのか?」
あまりの荒唐無稽な少女の言葉を嶋本は軽く流す。
しかし先程まで顔色一つ変えなかったエミリは優しい顔を浮かべ、嶋本へと語りかける。
「貴方も私の子供......ずっとずっと......昔から、ね。」
「......何?」
嶋本はその言葉に一種の気色悪さを覚えた。
「覚えておいて......。私の名はエミリ。」
「あぁ、覚えておくさ。お前を殴り倒してその子を取り返したらよく頭に叩き込んどくよ。」
嶋本はエミリへと殴り掛かる、が。
「それなら名前は覚えて貰える日は来ないわね。」
一瞬で背後に回られた。
改造人間にされ超人的になった動体視力を持ってしてもエミリの動きは一切見えない。
「私の名前はエミリ。覚えて貰えるまで、何度でも言うわ。」
「ッ!!!!!!」
回し蹴りで背後にいるエミリを狙うが、掠りもしない。
「今日はお遊戯の時間はここまでよ。さよなら。」
「待て......ッ!」
エミリは少年を抱き抱えたまま姿を消した。
文字通り、一瞬で姿を消したのだ。
全ての五感を研ぎ澄ましても、少年の気配も、エミリの気配もしない。
嶋本は手も足も出ず、エミリから少年を守る事すら出来なかったのだ。
嶋本の心に残ったのは強い罪悪感でも怒りでもなく、強い虚無感と吐き気。
悔しさで叫ぶ気力すら、嶋本には残っていない。
変身が少しずつ解け、嶋本は黒い化け物から銀髪の幼女へと戻っていく。
「お......ぇっ......う、おご......おえぇ......。」
静けさを取り戻した公園で、吐瀉物が地面へとぶつかる音だけが響いていた。
エミリは殺風景な部屋の中に居た。
壁や天井はコンクリートで出来ており、換気扇の音だけが響く。
しかしその部屋に一つだけ、似合わない物があった。
部屋を埋め尽くす程の巨大な肉塊。
肉塊は心臓の動きの様に一定のリズムで動いており、大量の血管が浮かびあがっている。
「ふふ......、今日も貴方の子供になるコを連れて来たわ。」
エミリはその肉塊へと語りかけ、少年を見て笑みを浮かべた。
それに呼応する様に、肉塊は動きを早める。
「正気に戻って?......貴方はジョークが得意なのね。私も返せる様に頑張るわ。」
エミリは低い声でそう言い放ち、少年を肉塊へ近付けた。
それと同時に、少年は目を覚ます。
しかし少年が声を上げる間もなく肉塊から触手が飛び出し、少年を取り込む。
(僕......どうなるの......?)
肉塊に取り込まれた少年の身体は少しずつ大きく成長していく。
しかしそれは男性としてでの成長ではない。
足はスラリと長くなり尻や胸は綺麗に膨らみ、幼かった顔も、少しずつ美しく大人びた顔へと作り変えられる。
(僕......は......。)
少年が作り替えられる自分の身体に不安を覚えたその時。
殺された筈の両親が、肉塊の中で疼くまっていた。
(パパ......!ママ......!良かった......生きてたんだ......。)
少年がそう安心したのも束の間、両親の身体は少しずつ縮んでいく。
少しずつ幼く、縮む。
(パパ......?ママ......?)
かつての少年と同じ様な小学生程に、そして幼稚園児程に縮み、最終的には胎児と化した。
その胎児達は、女へと作り替えられた少年だった彼女の身体へと入り込んだ。
(あぁ......ボク......、パパとママとまた一緒になれたんだ......。)
幸せそうな顔をする彼女の腹は、妊婦の様に膨らんでいた。
母親の腹の中。そこに居る様な安心感に包まれていた彼女に、異変が起こり始める。
「うふふ......どんなコになるのかしら。」
肉塊の中で、少年だった女は形を変えていく。
元の姿とは似ても似つかない、化け物の様な姿へ。
少年が死に、一人の化け物が肉塊から産まれた。
サソリの様なハサミを持つ右手。
尻から生えているサソリの様な尻尾。
黒く変色し、鎧と化した肌。
ギョロリと光る小さく黒い複眼。
妊婦の様に膨らんだ腹だけが、この怪物が女である事を証明していた。
「おっ......あっ......はぁっ......、おっ......。」
彼女の頭の中は真っ白になっている。
両親の顔も、かつての自分も友人も、先生も、何もわからなくなってしまっていた。
快楽だけが自分を包み込んでいる。
「あら......可愛いじゃない。んー......2時間は廃人状態ってところかしら。じゃあその間......。」
「_________きっちり『調整』させて貰おうかしら。」
エミリは彼女を見て妖しげな笑みを浮かべ、そう言った。
〜仮面ライダーパラノイア 二話 END〜