嶋本の思考は酷く乱れていた。
悲しみ、怒り、恐怖。
様々な感情が入り乱れ、嶋本の思考を塗り潰していく。
自分を取り囲む飛蝗を模した仮面の化け物達。
そのほぼ全てが先程まで日常を送っていた親子や老夫婦なのだ。
ただ平和に日常を送っていた人々を攻撃する勇気など、嶋本にはなかった。
「ッ......。」
息が詰まる。
変わってしまった人々は戻らない。
嶋本は本能的に理解はしていた。
しかし嶋本は手を出せなかった。
人を殺したくない。
誰も殺したくない。
そんな言葉が脳裏をよぎる。
長塚を殴った時の様に「楽しい」と言う思考 化物に支配されれば、戦う事は容易い。
しかし、殺してしまうかもしれない。
親子も。老夫婦も。何もかもを。
一般人だった化け物を。
その全員を、殺してしまうかもしれない。
自分を取り囲む飛蝗の異形。
この異形全員が、元「人間」なのだ。
殺してしまえば、後戻り出来なくなる。
『貴方が反抗せずに投降し、エリミネーターへ来てくれるなら私は何もしません。』
「......来なかったら?」
『「私」が、つまり貴方の敵が増えるだけです。』
淡々と飛蝗の異形はそう告げた。
嶋本はその言葉に怪しさを感じつつも、口を開く。
「本当に......ッ、本当に、手を出さないんだな?」
『約束しましょう。』
「わかっ......。」
嶋本が言葉を言い終える前に何者かの手刀が、異形の頭を貫いた。
異形達が一斉に何者かが現れた方向へと振り返る。
するとそこには珍妙な格好をした少女が立っていた。
悪趣味な赤いドレスと赤いヒール。
そのドレスとは正反対な美しいブロンドの髪。
美しい長い髪を、左右の中央でまとめ両肩に掛かる長さまで垂らした髪型。
整った顔立ち。
美しくも、狂気を帯びた様にも見える紫色の瞳。
一言で言うのなら──────
『下劣な衣装に身を包んだ貴族』
そんな言葉がピタリと当てはまった。
「失せなさいな」
彼女がそう言い放った途端、彼女の身体は手元から発火し始めた。
炎が異形の体内へとじわじわ流し込まれていく。
身体が液体で出来ている異形/プラナリア•ライダーはその炎に耐えきれず声にならない悲鳴をあげ蒸発していった。
唐突な出来事に嶋本は目を丸くした。
残り数体のプラナリア•ライダーもその少女を睨みつけ襲い掛かる。
「ほぉ......向かって来ますか、今のを見て。」
少女はけたけた笑い、先程と同じ様に手刀で異形の身体を貫き手を発火させた。
「ま、待て......ッ!」
一体。二体。三体。
嶋本の彼女を止める声も虚しく少女は淡々と異形を仕留めていく。
残り一体。あれ程脅威的な能力を持ったプラナリア•ライダーも少女の前では
なす術がなかった。
『不利と判断。一度撤退しま───』
「逃がしませんわよ」
彼女の手刀は最後の一体を逃さずに捉え、蒸発させた。
一瞬の出来事。
嶋本が迷っている間に珍妙な格好をした少女が現れ、異形を残らず仕留めた。
元は一般人だった異形も含め、全て。
嶋本は彼女を止めようとしたものの、動きに隙が一切なかった。
改造人間となった嶋本の身体でさえ彼女の動きを捉えきれなかったのだ。
自分があの時よりも早く従って投降していれば、あの人達はこんな事にならずに済んだかもしれない。
嶋本は自分が情けなくなった。
自分が判断を間違えたせいで市民は異形へと姿を変え、最終的に死んだ。
全てが自分の過ちだ。
そんな事を考えていると、悪趣味な格好──────赤いドレスの少女は嶋本の胸ぐらを掴み壁へと押しつけた。
「......。」
嶋本は何も言わなかった。
反撃も、何もしない。
───殺すなら殺せ。
そう思っていた。
一方で少女は嶋本を品定めをする様にまじまじと見つめる。
「嶋本忠治、年齢は35歳で良かったですわね?」
彼女は胸ぐらを掴んだまま、にこにことした顔でそう言った。
「......?あ、あぁ......、そうだが。」
「ラーメンでもどうです?」
少女の口から発せられた言葉はたったそれだけの事だった。
嶋本は訳が分からなかった。
エリミネーターの襲撃されたかと思えば、今度は謎の少女と一緒に屋台にいる。
それもエリミネーターの怪人を仕留めた少女と。
「食べないならチャーシュー貰いますわよー」
少女はそう言って箸を嶋本のラーメンへと近づける。
嶋本は彼女から自分の醤油ラーメンを遠ざけチャーシューを死守した。
「......食うんですの?食わねーんですの?」
「......食べる。」
互いに無言で麺を啜る。
麺を啜る音以外は、何もしない。
「なぁ、その......。」
先に口を開いたのは嶋本だった。少女は手を止め、嶋本を見つめる。
「君は......何者なんだ?」
「私の名前は下高 姫(しもたか ひめ)」
よろしく、と言う様に彼女は手を差し出した。嶋本はその手を取る事を躊躇った。
異形を仕留めた時の彼女の手は、めらめらと燃えていた。
綺麗で、美しく、それでいて恐ろしいオレンジ色の炎。
もし彼女が自分の敵だったら、そんな恐怖心が募る。
「別に私はアンタを襲う気なんてないですわよ。」
下高 姫と名乗る少女は嶋本の考えを見透かした様にそう言った。
嶋本はその言葉を信じて姫の手を取る。
「随分と正直なんですのね。」
彼女はそう言うとまた箸を手に取り、麺を啜り始めた。
「......名前以外にも、色々聞きたいんだが。」
「食べてからにしましょう、麺が伸びてしまいますわ。」
「......。」
嶋本はとりあえず彼女の言葉に従い、再び箸を手に取り麺を啜った。
──────────同時刻。
變醜町の一軒家にて。
一人の女がうっとりとした顔で絵画を見つめていた。
女──────、大浦 昂樹(おおうら こうき)はその絵画の題名や、描かれた経緯など一切知らなかった。
ただ、美しいと思った。だから盗んだのだ。
この一軒家もそうだ。
木々に囲まれた趣のある外見。広い間取り。何もかもが素晴らしかった。
だから盗んだ。
「ごめんなさいねぇ」
大浦は血を流して床に横たわる元の家主の死体を見てそう言った。
「私 ミーねぇ〜、他人から奪ったモノを使っていなくちゃ落ち付かないんですぅ〜」
そう言って、元々家の中に備わっていた家具を破壊していく。
家具も『新調』しておきたいからだ。
その家具の中に大浦の興味を誘うものがあった。
木材で出来た家具だ。テーブル、椅子、タンス......。
明らかに食べ物ではないそれを恍惚とした表情で見つめ、大浦は舌鼓を鳴らす。
家具を破壊する手を止め、木材の匂いを嗅ぐ。
分かりきった事ではあったが、木材本来の匂いは塗料によって上書きされている。
大浦は舌打ちをしつつ、ぺろりと木材を舐めた。
「......まぁ、これでも構いませんよぉ〜。」
大浦はそう言って木材製の家具を噛みちぎり、舌の上で転がす。
くちゃくちゃと音を立てて、口の中に入れた木材を噛み砕く。
まるで木材ではなく食べ物を食べているかの様に。
「Sébon 《美味しいンゥ〜》......Sébon 《美味しいンゥ〜》......ッ」
大浦は口に入れた木材をごくん、と飲み込んだ。
「......そろそろ家具の『新調』に向かいましょうか」
大浦はそう言って『自分の家』となった一軒家を後にした。
嶋本と姫はラーメン代を払い屋台を後にし、路地を歩く。
戦いも無く誰かと飯を食って歩く、などと言うのは少し久しぶりな気がした。
互いに黙ったまま。静寂が二人を包み込む。
「意外でしたわね。」
先に静寂を破ったのは姫の方だった。
「何がだ?」
「貴方......、人を殺せるってタイプじゃあないでしょう?」
姫の問いに、嶋本は少し間を置いて答えた。
「そうだな。......俺には無理だ。」
「そんな貴方が何故あの時人殺しの私の手を取ったんですの?」
姫は立ち止まり、嶋本をじっと見つめる。
「......少し、考え直したんだ。人殺しは良くない事だし......俺には出来ない。けど......。」
「けど?」
「それが......君のやった事が間違いだって......、俺は言い切れない」
確かに嶋本は姫を止めようとはした。
人が死ぬのは嫌だったから。
けれど、もしあのまま姫が現れず自分が戦っていたら。
明らかに怪人による被害は増えていた。
だから彼女の行動が完全に間違った物だとは言い切れなかった。
しかし、彼女のせいで罪のない人まで死んだのもまた事実だ。
「俺は君を......悪い奴とは思ってない」
「へぇ。」
「けど、いい奴だとも思わない」
「じゃあ、なんだと思っているんですの?」
そう言われると、困る。
自分の事をどう思っているか。嶋本はまだ出会って間もない人間にそう言われるとは思ってもみなかった。
嶋本は少し考え込んで、口を開く。
「友人......かな。」
姫はきょとんとした顔をしたかと思えば、その貴族の様な姿には似合わない声を上げてげらげらと笑う。
「そりゃあ、いい。とてもいいですわね。」
「......何か可笑しい事言ったか、俺。」
「とても可笑しいですわよ、人殺し見て友人認定するのなんて、世界中探しても貴方くらいしか居ませんわ。」
姫はそう言うと、屋台に居た時と同じ様に嶋本に手を差し出した。
「傭兵」
「......?」
「私のお仕事でしてよ。貴方のお仕事は?」
「......サラリーマン。元だけど。」
そう言って互いに手を取る。
人を殺せる可笑しな女と、戦いに巻き込まれただけの哀れな人間。
本来なら交わる筈もないであろう二人の間に、奇妙な友情が生まれていた。
「最後に質問していいか?」
「なんでしょう。」
「どうして俺の名前を知ってたんだ?」
嶋本は疑問に思っていた事を姫へと問いかけた。
大浦はどの家の家具を強奪しようか、品定めをしていると、なんとなく昔の事を思い出した。
家族の為に家具を作り、家族の為に絵を描く。
昔はそんな日々を過ごしていた。
それなりに楽しく、生きてて満足だったと思う。
大浦は父親が大好きだった。
自分の家具を見せたら褒めてくれる父が。
自分の絵を褒めてくれる父が。
家具を作る時の道具も、絵を描く時の画材も大好きな父から譲って貰った物だ。
そんな父親がある日、突然おかしくなり始めた。
自分の作った家具を壊し、絵を破り。
顔を真っ赤にして本能のまま、獣の様に叫ぶ。
大浦は泣きながら父親を止める。
しかし父は大浦を突き飛ばし、信じられない一言を放った。
『誰だお前は、俺の息子はそんな顔じゃない』
今思えば認知症か何かだったのかもしれない。
けれどそれは、当時の大浦からすれば裏切り以外の何者でもなかったのだ。
信じていたのに。
そう言って大浦は父親から譲って貰った玄能を、父の頭へと振り下ろす。
貴方が僕の救いだった。
貴方だけが、貴方だけが。
父親が動かなくなっても、大浦はその言葉を繰り返してひたすら殴っていた。
嫌な程鮮明にこの過去を思い出せる。
父親の頭から滲み出る血の色も。
近くで怯えていた母親の顔も。
思い出すだけで大浦は気分が悪くなってきた。
大浦は舌打ちをし、適当な標的を決め玄関へと立ちチャイムを鳴らす。
住民の女性が扉を開け出てくる。
「はい、どなた......。」
女性は大浦の格好を見て絶句した。
整った顔立ち。赤色の瞳。
その綺麗な顔には似合わない派手な黄色蝶ネクタイ。
ボディラインの出やすいぴっちりとした紫色のライダースーツ。紫色の長い頭髪。
胸元には趣味の悪いドクロマークがプリントされているが、大きな乳房によりドクロは歪んでいる。
女性はすぐに扉を閉めようとしたが、大浦が女性の胸ぐらを掴み自分側へと引き寄せた。
「どうも。」
にこにことした顔で、女性に話しかける。
女性は驚いて声も出せない様だった。
「お子様は何人いらっしゃいますかぁ?また夫はいますかぁ?」
女性は何も答えない。
震えて答えられないと言った方が正しい。
女性は本能的に大浦に恐怖感を抱いている様だ。
大浦は困った様に自分の頬を引っ掻いた。
「心配する事はございません。ケセラセラ《 なるようになる》、ケセラセラ 《なるようになる》ですよぉ奥様ァ。」
大浦は女性を安心させる為、にこっとした顔で言葉を並べる。
しかし女性の震えは止まらず、目からは涙が溢れ出す。
大浦がはぁ、とため息を付くと大浦の顔が変化し始めた。
複眼は黒く染まり、大きく、丸く膨らんでいく。
口元が横に裂け、両端が刃の様な形へと変わる。
頬からは茶色の触覚の様な物が生え、顔の変化だけが完了した。
女性がその変化に対する悲鳴を上げる前に大浦は鋏となった口で女性の首を掻っ切る。
監視カメラの目を気にする必要はない。
どうせ警察など、組織 エリミネーターの傘下に過ぎないのだから。
女性は悲鳴を上げる事も出来ずに生首となって息耐える。
「素晴らしい組織に従えて私 ミーは幸せですよぉ〜」
大浦はそう言って、女性の死体を蹴り飛ばし家具を探しに家の中へと入っていった。
〜仮面ライダーパラノイア 四話 END〜