・三人称視点。
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2年前に日本の公安警察と合同捜査で強大な犯罪組織……通称、黒の組織を壊滅させた作戦で大活躍した結果。以前から裏では有名だったが、表にもその名が知れ渡る事になった。
世界を股にかけて様々な犯罪を行っていた犯罪組織が壊滅したという知らせが世界中に発信され、アメリカでは特に"FBIの英雄"という肩書きと共に彼の名が広まっている。
凄腕のスナイパーであり、近接戦闘にも優れていて頭の回転も早い。今までに数々の難事件を解決している。上司、同僚、部下達からの信頼も厚い。総合的に見て凄腕の捜査官であり、FBIのエースと言っても過言ではない。
また、日本人とイギリス人のハーフで容姿が整っており、世の女性達の注目を集めている。35歳で未だに独身であるという事も注目される所以だ。
では性格は?というと……言ってしまえば無愛想で、我が道を行くタイプ。
無表情で、笑ったとしてもニヒルな笑み。無口ではないが、親しい人間以外にはどこか皮肉げな話し方をする。
単独行動を取る事が多く、命令違反をする事も珍しくない。意志が固く、時に頑固だ。
今ではすっかり鳴りを潜めているが若い頃は女を取っ替え引っ替えしていた、なんて噂もあるらしい。
しかし今の彼はどんな美女に迫られても全く靡かず、むしろ追い返しているようなので、その噂に信憑性はない。
ただ、現在も多くの女性に言い寄られている事は確かであるそうだ。たまに街中でナンパされたり、夜にどこかのバーで女性に話し掛けられたりする姿を、何人かの捜査官達が度々目撃しているという。
とはいえ、それはFBI外部の人間に限る。FBIの女性捜査官達は一部を除いて、赤井秀一の恋人になる事を諦めているのだ。
何故なら――"越えられない壁"が存在している事を、よく知っているからである。
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FBI本部のとある事務室にて。ジェイムズ・ブラックのチームに所属している者達が、それぞれ仕事をしていた。
赤井秀一もまた、時折部下に指示を出しつつ自分の仕事をこなしている。
「赤井さん、頼まれた資料を持って来ました」
「……ありがとう。……それから悪いが、次の仕事だ。時系列順に並べて欲しい書類がある。他に手が空いている奴がいたら、そいつと一緒に仕事に取り掛かってくれ」
「はい!」
赤井は涼しい顔で部下に仕事を言い渡した。
……実は赤井は書類仕事があまり得意ではないし、好きでもないのだが……それを知っているのは彼の同僚や上司だけだ。
そんな事を知らない部下達はデスクワークでも隙のない上司だと思い、赤井に尊敬の眼差しを向けている。
しかし……そんな眼差しは、ある人物が現れた事で変化する。
「――おはよう。遅れてすまない」
事務室内に入って来た男が、そう言って申し訳なさそうな顔をする。その時――
「――和哉さん!おはようございます!」
――今の今まで無表情で書類を捌いていた赤井が、満面の笑みを浮かべて男にそう言った。
その瞬間。赤井に向けられていた尊敬の眼差しの全てが、遠い目に変わった。
「朝早くから上層部の人間に呼び出されたと聞きました。お疲れ様です」
「ん、ありがとう」
「呼び出された理由は?」
「……どこから聞き付けたのか、数日前の指名手配犯が街中で少女を人質に取った事件について、俺が地元の警察官と揉めた話を持ち出されてな」
「あぁ、あの事件ですね。……また言いがかりですか?」
「そうだ。いつもの事だな。……朝早くに呼び出されてイライラしてたから、つい尽く論破して黙らせてしまった。そのうちまた面倒な仕事を回されるかもしれない」
「……本当に、お疲れ様です。もしもその面倒な仕事が来たら俺にできる事は何でもしますから、いつでも頼ってください」
「おう、ありがとう。その時が来たら頼りにする」
「はい!」
先ほどまでのクールな上司の姿はどこへやら。ニコニコと、輝く笑顔を男に向けている。
赤井を一瞬で変貌させたこの男の名は――荒垣和哉。
この男こそが赤井の恋人になる事をほとんどの女性捜査官に諦めさせた、"越えられない壁"の正体だ。
――赤井秀一は荒垣和哉を崇拝している。……これは、FBI内部では有名な話だ。
赤井は常日頃から、荒垣を"敬愛している師匠"、"崇拝してやまない飼い主"、"自身の唯一無二"などと称している。
そして自身は"荒垣の唯一の弟子"、"飼い主に忠実な犬"であると自負しているのだ。
さすがに本部から一歩外に出れば、その忠犬っぷりを表に出す事は控えめにしているが……言葉にせずとも、荒垣に対する態度からして彼を心から尊敬している事は一目瞭然である。
赤井に恋をする女性捜査官達にとって、彼が最も関心を寄せる相手である荒垣は非常に大きな壁だった。
元恋人であるジョディ・スターリング曰く、赤井は過去に"自分が女だったら独身を貫いている荒垣を絶対に放って置かない。逆にもしも荒垣が女に生まれていたら、それこそ口説き落としてでも手に入れていただろう"……と言っていたらしい。
――赤井にはそこまで言わせるほどの相手がいるのだから、自分に振り向かせるなんて到底無理な話だ。
ほとんどの女性捜査官が、そう考えて赤井の恋人になる事を諦めた。……それを知ってもなお諦められないと言う者も、少数いるのだが。
どうやらその少数の女性達は、赤井にとっての1番は無理でも2番なら……!と考えているらしい。
しかし、中には疑問を持つ者もいた。――赤井は何故そこまで荒垣に心酔しているのか?
確かに荒垣は誰もが認める、とても頼りになる男だ。ジェイムズのチームで参謀役を務める事が多く、周囲からの信頼も厚いベテラン捜査官である。
とはいえ
……もしも赤井がそんな疑問の声を耳にしていたら――
――そんな言葉を口にするという事は、俺達の表面上しか見ていないんだな。あの人の事も、俺の事も、何も分かっていない。
――俺達の事を全く理解していないくせに、よくそんな事が言えたものだな。
――そう言って、鼻で嗤う事は間違いないだろう。